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光を求めて  作者: kotupon


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207/452

作業分担

前方の山道、その先からわずかに聞こえていた車輪の音と、重い足取り。

ジトー、トーマス、ザックの三人は、じっと視線を向けていた。

まるで岩のように動かず、風の気配さえ逃さぬ眼差し。


次の瞬間──その目がすっと和らぐ。


「……あれは、ダグだな。先頭の御者」とザックが呟いた。

トーマスも頷く。「ああ。並走して歩いてるやつ、見覚えある顔だ」

「……表情を見る限り、異変はなさそうだな」とジトー。


警戒は解かないまでも、声には確信が滲んでいた。


「中堅隊が来たのか?」ギャラガが訊ねる。

「どこだ? お前、見えるか?」

グーリスが隣のユキヒョウに問う。

ユキヒョウは片目を細め、前方を見つめながら首を横に振った。

「…残念ながら見えないね。」


──すると、風を割くような声が山道の上方から降ってきた。


「おーい! 仕留めた獲物を置いてきたから、俺たちは一旦戻るぜ!」

声の主はシマだった。堂々たる声が響く。


「案内よろしくな」と続けたのは、もう間近まで降りてきたクリフだ。


「案内が終わったら、昼食にしましょう」

優雅に言い添えるのはサーシャ。背筋を伸ばし、涼しげな笑み。


「僕たちもいったん戻るよ!」

明るい声をかけるロイド。


「おう、分かったぜ」

トーマスが返事をし、頷く。


「んじゃあ、俺は中堅隊が来たってこと、連中にも伝えてくるわ」

ザックが言いながら、肩を軽く回す。

その巨躯がゆっくりと方向転換しながら、既に次の行動に移っていた。


そんなやり取りの中、グーリスがぽつりと呟いた。

「……あんな遠くからよく分かったな。深淵の森で培った本能ってやつか?」


「どんだけ危険な場所なんだよ……?」

ギャラガが思わず返す。


「……それだけ気配を探ってないと、生き残れない……ってことじゃない?」

ユキヒョウの声は静かだが、どこか実感のこもった響きがあった。


「ん? ああ、そうかもなぁ」とトーマス。

「あいつら、狼や熊もそこそこ知恵が回るからな」


「風上から襲ってくるし、連携もいいし、凶暴だし……でかいしな」

ジトーが付け加える。


会話が一段落したかと思われたそのとき、ふと、トーマスが眉をひそめた。

「………アレ? おかしくねぇか?」


ジトーも、すぐに頷いた。

「ああ。俺も、言ってて途中で気がついた……なんか、違和感があった。……個体が違うのか……?」


二人の表情には困惑の色が浮かぶ。

何かが噛み合わない。

仕留めた獣の挙動か、足跡か、あるいは気配の残り方か──それはまだ曖昧だった。


「……考えてもしゃーねぇ。今は中堅隊を迎え入れねぇとな」

トーマスがそう言って頭を振ると、ジトーも一つ深く息を吐き、前を見据えた。


静かに、だが着実に、中堅隊の列が村の入口へと近づいていた。



山道の向こうから土煙をあげて現れた中堅隊──

先頭の馬車の御者席には、風にさらされながらも凛と背を伸ばすダグの姿があった。

その背後には、ずらりと続く馬車の列。

全部で8台、荷台にはぎっしりと物資が積まれていた。

重そうにきしむ車軸、土を踏みしめて歩く馬たちの息遣い、そして馬車の上で手を振る団員たちの顔には、数日の旅路を終えた安堵と、再会の喜びが滲んでいる。


並走しているのは、もう一人の中堅隊の指揮官──デシンス。


馬は10頭。馬車の荷台には、木箱や麻袋、皮袋にくるまれた大樽が積まれている。

中身は道具や資材、干し肉や穀物、根菜などの食糧、塩や香辛料、薬草や包帯といった医薬品──

そしてワインや果実酒の瓶がきらりと光を反射していた。


それを見つけた女性陣から、小さな歓声が上がる。

「まあ……果実酒もあるのね」

「ワインの銘柄、何が届いたのかしら」

「やっと香りのある酒が飲める!」


その中で、ノエルがくるくると指先を回しながらにんまり笑う。

「飲み放題の権利、いつ使おうかしら?」


──合流によって、シャイン傭兵団は総勢約190名にまで膨れ上がった。

馬車は18台、馬は25頭。


合流を確認したシマは、一人ひとりの顔を見渡しながら、簡潔に、しかし心のこもった労いの言葉をかけた。

「よく来てくれた。長旅、お疲れ様。……だが、午後からは手を貸してもらうぞ。やるべきことは山ほどある」

「了解!」

「任せてください、団長!」

返事は力強く、どこか晴れやかだった。



狩猟班(解体・なめし):

シマ、ロイド、クリフ、オスカーが獲物の解体にあたる。

手際よく肉を切り分け、皮を剥ぎ、脂と内臓を分類していく。

皮はそのままなめし処理に回す。


炊事班(料理担当):

女性陣を中心に、料理に興味がある者を募ると、手を挙げたのは10名。

・先発隊から8名

・中堅隊からは2名


木材伐採班:

中堅隊からは37名とダグ自身が参加。


資材・防水加工班(布・革・蜜蝋):

・中堅隊から31名+デシンス

・先発隊から10名


資材・防水加工班では、中堅隊31名に対し、先発隊の10名が指導役として動く。

彼らはわずか一日の経験ながらも、蜜蝋の溶かし方や布・革への塗り込み方、乾燥具合の見極めを実践で学んでおり、その手順を丁寧に伝える。


泥レンガ班:

新たに先発隊から3名が加わる。

すでに黙々と作業していた既存のメンバーと合流し、泥を練る、型に詰める、天日干しするという作業を分担して進める。


──これらの配置は昼食時、手短に通達された。

腹を満たす間も、皆は次の作業に意識を向けており、その動きには統率と自律が感じられた。


シャイン傭兵団──

その一団は、まさに一つの有機的な組織として動き始めていた。



ルナイ川の川辺。

水音と皮を裂く刃の音が交じり合い、湿った土の匂いと血の香りが空気に溶け込んでいる。

簡易な解体台には熊の巨体が横たわり、シマが最後の手際で内臓を外し、血を拭っていく。

ロイドは手慣れた様子で鹿の肢をばらし、クリフは鳥を裂き、オスカーは猪の皮を剥いでいた。

手元には道具と水、乾いた布。

彼らを補助する団員のマークと他5名も無言で動き、息の合った流れを崩さない。


シマが熊の解体を終え、肉を分けると、周囲の団員たちが一斉に目を輝かせる。

注がれる視線には、言葉にせずとも「熊の皮をなめすのは俺がやりたい」という熱意が宿っていた。

肩をすくめて「ジャンケンで決めろ」と言うシマに、場の空気が緩む。


勝ったのはアーベという若い団員だった。

拳を握りしめて「よっしゃああ!」と叫び、仲間たちに笑われながら跳ねるように皮に近づく。

「熊の皮はお前のものだ。ちゃんとなめせよ」とシマが声をかけると、アーベは満面の笑みで「勿論だぜ!ありがとうな団長!」と応えた。


その横では、マークがすでに自分用の熊の皮を丁寧に伸ばし、皺を逃がすように掌で滑らせていた。

匂い、感触、手の圧──彼の集中は、一枚の皮を最高の状態に仕上げることに注がれている。

アーベはそんな様子を横目に、すぐさま自分も手を動かし始めた。

仲間たちの歓声と羨望が、秋の川辺に明るく響いていた。



「よっし、じゃんじゃん切り倒していくぜ!」

ザックの声が山に響き渡る。

彼の目はすでに斜面の奥を見据え、手に握る斧が陽光を反射していた。

ジトー、トーマスも無言で頷き、肩に斧を担ぎながら山の中へと足を進めようとする。

彼らの後ろでは、合流したばかりのダグ率いる中堅隊の団員たちが、力を漲らせた表情で続こうとする。


しかし、ジトーが振り返り「ダグたちはここで待っていてくれ」と短く告げた。


「えっ?」と一瞬、声が漏れる。


だがトーマスがすかさず続ける。

「このまま山に入ると、ブーツに水が浸み込んで泥だらけになるぞ」


「見ろよ、俺のブーツを!」

ギャラガが誇らしげに足を突き出す。

深緑の革に泥の跡は少なく、滑らかに光っていた。


「…あんまり汚れてねえな」とダグが唸る。


「まーな!防水加工ってやつをしてるからな!」

ギャラガは胸を張りながらニカッと笑った。


「防水…?なんだって…?」

ダグの顔が困惑と興味の中間で固まる。

中堅隊の団員たちもざわついた。


「作業が終わった後に説明するよ」

ユキヒョウが緩やかな笑みとともに割って入り、手をひらひらと振る。


その隣で、グーリスがバンガローの横を顎で指した。

「あそこに木材を積んでくれ。とにかく運ぶのが今の仕事だ」


「…あ、ああ、わかった…」

どこか釈然としない様子ながらも、ダグたちは頷き、準備を整え始めた。

周囲には木の香り、湿った土の匂い。



昼食を食べ終えたばかりの頃。

サーシャたちは既に夕餉の支度へと動き出していた。

村に集まる団員たちは190名を超える。

数が多ければ早めの準備が肝要だ。


サーシャが食材を確認しながら言った。

「卵があるわね」


「今朝、シンセの街で買って来たばかりだぞ」

近くにいた団員が胸を張る。


「早めに使い切らないとね」

ノエルが腕をまくると、サーシャが「ハンバーグにしましょう」と提案した。


「いいわね!」「賛成!」

ケイトとメグが声を重ねる。

焚火の明かりに髪がふわりと照らされた。


ミーナが周囲の団員たちに手際よく指示を出す。

「ミンチ肉にしてちょうだい」


スープを作る過程で布袋に骨付きの獣肉を入れる。それを寸胴鍋へ。

鍋は焚火の上にずらりと8つ並ぶ。骨から旨味を取るためだ。


その横で、数人の団員が肉を粗刻みにしては包丁や木槌でひたすら叩き、潰し、練っている。


「これ、結構きついな……」

額に汗をにじませながら一人がこぼす。


「料理は体力を使うのよ」

サーシャが笑みを浮かべつつも真剣な声で返す。


「まだまだこんなものじゃないわよ?」

ノエルが笑いながら背中を軽く叩く。


「ミンチにしたら――捏ねて、捏ねて、捏ねまくるのよ!」

ケイトの声が上がると、団員たちはどっと笑いながら作業に集中する。

やがて、その場は美味な夕餉の匂いと笑い声に包まれはじめるのだった。



泥レンガ作りの作業が着々と進められていた。

作業に当たるのは、先発隊から志願した3名と、新たに選ばれた3名の計6名の団員たち。

皆、袖をまくり、真剣な面持ちで手を動かしている。

彼らの中心に立つのは、学者姿のヤコブだった。


「混ぜすぎても脆くなる。乾燥時に縮むからの。水分と繊維のバランスを見るのじゃ」

ヤコブは持参した用紙を片手に、手にした木棒で泥の状態を何度も撹拌して確かめていた。

その目は鋭く、しかし口調は穏やかで、どこか楽しそうでもある。


「藁の量はこのくらいじゃ。水を加えすぎないように…そう、その感触じゃな」


団員のひとりが「これでいいか?」と差し出した塊に頷き、「うむ、型に詰めていこう」と声をかける。木製の枠に丁寧に泥を詰めていくと、空気を抜くように叩き、端を押し固める。

日当たりと風通しのよい場所にずらりと並ぶ泥レンガの列が、じわじわと増えていく。


「おお、見てみろよ、最初より形がきれいになってきた」

「本当だ、乾いたやつは硬さも増してるな」


互いに成果を見比べながら、団員たちの顔に達成感がにじむ。

ヤコブは「よくやっておる」と頷きつつ、「明日には組んで試しに火を入れてみようかのう」とつぶやいた。

学びと実践が交錯するその場は、静かに熱を帯びていた。



広く開けた敷地で防水加工班の42名が忙しなく手を動かしていた。

布、革、生地、テントが風に舞わないよう石で端を押さえられ、ずらりと地面に広げられている。

その中で、先発隊の10名が中心となって作業の手本を見せていた。


「蜜蠟は湯で溶かして、このくらいの粘度にして…こうやって刷毛で繊維に沿って塗るんです」

とひとりが丁寧に見せながら話す。

手元の木桶には黄色く光る蜜蠟が湯気を立て、刷毛がそれをすくっては布に塗り込まれていく。

特に継ぎ目や縫い目の部分には念入りに重ねて塗り、「ここ、縫い目は特に念入りに。雨が入るのは大抵ここです」とアドバイスが飛ぶ。


その傍らで、デシンス副隊長は蜜蠟の塗られた布に触れ、目を見開いた。

「…沁み込まない、濡れない…これは、いいね」と素直に感心する。


「作業が終わったら、自分たちのブーツやマントも仕上げちまいましょう」

先発隊の若い団員が意気込む。


「あーっ、ダメだぞ! テント布にそんなに塗り込んじまったら重くなってしょうがねぇ!」

先発隊の一人が慌てて注意する。

「底部は三回塗りだけど、側面は二回でいいんだ。覚えておけよ」


作業の合間、ふとデシンスが指差して言う。

「ところで…あの山小屋は? なんだか真新しく見えるけど…?」


「一昨日、団長たちが一日で建てちまったんですよ」


「……? そんな……馬鹿な……」

目を丸くするデシンスに、隣の団員が笑いながら「ハハ、それが普通の反応っすよ」と肩をすくめる。


「団長たちのやることにいちいち驚いてたら身が持ちませんよ? あの人たち、仕留めた熊を一人で担いで山から下りてくるんだから」


「はっ……?」

唖然とする中堅隊の面々。

その横で、手慣れた様子で蜜蠟を塗り込む先発隊の背中が、どこか頼もしくも映った。

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