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光を求めて  作者: kotupon


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203/452

贅沢?

馬車停留所わきの簡素な屋根の下、雨の気配もどこ吹く風といった賑わいの中で――


「キャーッ!勝ったわ!」

ノエルの甲高い声が天幕の下に響き渡り、それに応えるように、どっと湧き上がる歓声。


「おおおおォォ~!!」

若い団員たちが立ち上がり、エールのジョッキを高々と掲げる。

リバーシ大会の決勝戦、ついにノエルがザックに勝利した瞬間だった。


「果実酒、飲み放題!」

ノエルは両手を上げて勝利宣言。笑顔は弾け、頬はすでに少し紅潮している。


「ほどほどにな」

トーマスが苦笑混じりにたしなめるが、周囲の団員たちにはその声も届かないほどの熱気。


シマとヤコブの元へ、次々にやって来る団員たち。

サーシャ、ジトー、トーマス、クリフ、ロイド、オスカー、メグ、ケイト、ミーナ、リズ、グーリスが。


「見ごたえがあったね」

ロイドが言い、微笑む。


「接戦だったわね」とリズ。


「どっちが勝ってもおかしくなかったわ」

サーシャが満足そうに頷く。


その一方で、地面に座り込んだままのザックは動かない。

肩を落とし、膝に肘をついて頭を抱えながら、低く呻いていた。


「俺の娼館行きが…一個差で負けた…?」

ぶつぶつと呟く様子は、戦で敗れた戦士のようで、思わず誰もが笑いをこらえる。


「今ある果実酒はノエルのものになるってわけか」

と言うシマに、ノエルは即座に眉をひそめて言い返す。

「…全然少ないわよ」


「ほんとそうよ」

ケイトも同意し、ちらりと視線を向ける。

その目線の先にいるのは、グーリス。


「シンセの街で買ってきたんじゃねえのか?」

シマが問いかけると、ミーナが肩をすくめる。

「ほとんどがエールよ」


「果実酒はほんの少し」とリズも補足。


「…ハハッ…嬢ちゃんたちがそんなに飲むとは思わんかったんで…な?」

頭をかきながら苦笑するグーリスだが、その言葉には女性陣から冷たい視線が集中する。


「俺も、もう金ねえぞ。中堅隊が来るまで、エールで我慢するしかねえな」

シマが肩をすくめて現実を突きつける。


「わかってるんだけどねえ…」

サーシャが言いながら、睨むようにグーリスに視線を送ると、グーリスは目をそらした。


リバーシの熱戦の余韻と団員たちの賑わいが、チョウコ村の仮設集落に活気をもたらしていた。

雲間からわずかに陽が差し、馬のいななきが響いた。

時刻は昼――テントの一角ではまだ笑い声が続き、どこかの鍋の中では昼食の湯気が立ち上っていた。


じんわりと立ちのぼる香り。

煮え立つ湯気、肉の旨味に香草が溶け込み、遠くからでも思わず腹が鳴るような芳醇な匂い。

それは、簡素な馬車停留所そばに設けられたテント群の中央に並ぶ五つの寸胴鍋から発せられていた。


鍋は大きく、深く、たっぷりと中身を湛えていた。

昨日、狩ったばかりの狼、鹿、猪、熊の肉と魚の身、骨をふんだんに使った出汁は、朝からじっくりと火にかけられている。


時折、サーシャたちが味見をして味を調え、灰汁取りをしていた。

「…灰汁が出てきたわね」

鍋の前にしゃがんだミーナが手際よく木杓子で灰汁をすくい、澄んだスープの表面を保つ。

その横で、ノエルとメグが塩、胡椒、山で採れた香草や茸、木の実を加え、味を整えていた。


スープをすくっては少し舌にのせる。

「……うん、熊肉はやっぱり香草多めが合うね」

「猪は脂が強いから、魚の骨出汁で少しさっぱりさせると良さそう」


傭兵団の朝は、戦場のような忙しさではなく、どこか温もりを伴っていた。



「ギャラガたちにも持って行ってやらねえとな」

シマは両手で、鹿のスープがたっぷり入った寸胴鍋の取っ手を握った。

対になって持ち上げるのはロイド。

ふたりの足取りは重いが、息は合っていた。


少し遅れて、クリフが現れ、手には布袋に入ったパンの束。

「ちょっと固くなっちまったけど、スープに浸せば問題ねえだろう」

パンは昨日の残りだが、十分に食べられる。

クリフはそれを背負い、鍋を運ぶ二人の後ろについていく。


「俺たちはユキヒョウたちのところだ」

ジトーが言い、猪の寸胴鍋を持ち上げる。対するはトーマス。

ふたりとも無言で息を整え、持ち上げると同時に自然と呼吸が合う。


オスカーも布袋に入ったパンを背負いユキヒョウたちが滞在するバンガローの方へと向かっていく。


シマが振り返って一言、「先に食ってていいぞ」とだけ言い残すと、歩き出した。

食の気配が静かに村を包み込んでいた。

生きること、それは時に戦うこと、時に食べること。

シマたちは命をつなぐスープを持って歩いていた。


バンガローの木扉がノックもなく開かれ、シマが顔をのぞかせた。

中では、ギャラガたちがリバーシをしたり、ストレッチや談笑をしている。

昨日まで身体を引きずるようにしていた者たちが、驚くほど軽やかに動いているのが一目でわかった。


「よう、調子はどうだ?」

シマの呼びかけに、バンガローの空気がピンと張る。


続いてロイドが、丁寧に寸胴鍋を床に置きながら言った。

「これ、昼食です。冷めないうちにどうぞ」


「パンは少し固くなってるけどな」

クリフが袋を軽く叩いて見せる。


すると、そこにいたキジュがにやっと笑って言った。

「なあに、傭兵稼業やってりゃ、カチカチのパンを食うなんてザラだろ」


「だよなあ」「歯を折らねえようにだけ気をつけるとかな」

何人かが軽口を交わして笑った。


だが、シマは彼らの足取りや表情から、ふと昨日の様子との違和感を覚えていた。

「……随分と元気になったな……?」

(昨日あれだけ筋肉痛で呻いてたのに……? あんなの、一日二日で治るもんじゃねえだろ…?)


かつての世界──かつての記憶では、重度の筋肉痛は数日残るものであり、湿布や鎮痛剤を使っても動けるまでには時間がかかるはずだ。


「薬が効いたらしいな」

ギャラガがすっと立ち上がり、寸胴鍋を見下ろして言った。


(……効きすぎだろ、どう考えても)

訝しみながらも、シマはそれ以上言及しなかった。

いまは昼食の時間だ。細かいことは後でいい。


「明日には万全だぜ!」

キジュが元気よく言うと、「お、おう、それはよかったぜ」とシマも表情を繕って応じた。


ロイドが鍋の蓋を開けると、立ちのぼる湯気と共に、肉の煮込まれた香りが一気に室内を包んだ。

野生の獣──鹿の肉がごろごろと崩れそうに柔らかく煮込まれている。

茸と木の実、香草の匂いが食欲をそそる。


「冷めないうちに食べてもらおう」

ロイドが言いながら、木椀にスープをよそい始める。


一人、二人と手にした椀を抱え、鍋の周りに陣取って食べ始めると──


「……くぅ~っ! ウメエ!」

「肉がめっちゃ柔けえ! ほろっほろだぞこれ!」

「あ゛~っ……スープが、スープが身にしみる~!」


あちこちから歓喜の呻きのような声が上がる。

冷たい空気と痛む身体に染み渡る、温かいスープと具材。

思わず目を細めるギャラガたち。


その反応を見ていたギャラガが、ふと真顔になって言った。

「……お前ら、いつもこんな食事を?」


シマは少し首をかしげながら、当然のように答えた。

「ああ、そうだぜ。旅の途中はこうはいかねえけどな」


「肉があるときゃ肉、魚があるときゃ魚、なきゃ乾物でスープだな」とクリフも続ける。


「何か問題あったか?」

シマが問い返す。


ギャラガは一瞬言葉を詰まらせ、しかしすぐに首を振って、

「……いや、なんでもねえ」

(……贅沢なんだよ、お前らのそれは。食材の種類、調理の手間、味付け……。ただの傭兵団の、昼食じゃねえ)

だがギャラガはそれを口に出さなかった。

シマたちは、それが特別なことだと、まるで気づいていないのだ。


その光景に、かすかに微笑を浮かべながら、ギャラガも木椀を手に取り、ゆっくりとスープを口に含んだ。



ユキヒョウたちがいるバンガローでは、ユキヒョウをはじめとした団員たちが、貸し出された木板の上でリバーシを囲んでいた。

静かな集中と、時おり漏れる小さな笑いや息遣い。

それが室内の空気をゆったりと満たしていた。


そこへ扉ががらりと開く。

「おーい! 飯だぞ!」

トーマスの朗らかな声が響いた。

室内の動きが止まり、振り向いた面々の表情が一気に明るくなる。

オスカーが肩から下ろした袋からパンを取り出しながら言った。


「これ、少し固くなっちゃってるけど……」


手渡された団員の一人がパンを手のひらで押してから、眉をひそめて笑う。

「こんなの、硬いうちに入らねえだろ? 歯がいらねえくらいだぞ」


「むしろ柔らかい方じゃねえか?」

別の団員も相槌を打つ。


(……アレ? 僕の認識が間違ってるのかな……?)

オスカーはパンを見つめて首を傾げる。

その素直な反応に、近くの者たちがくすくすと笑った。


やがて、ジトーが大きな寸胴鍋をそっと地面に置き、トーマスが蓋を開けると──

ふわっと湯気が立ち上り、猪肉と香草、茸の芳醇な香りが一気に部屋を満たした。

まるで焚き火のそばで夢でも見ていたかのような、心地よい温もりが広がる。


「おぉ……」


「いい匂い……」


言葉もそこそこに、ユキヒョウたちは木椀を手に取り、順にスープをよそっていく。


一口すすると──

「……ん~! これこれ! 本当に美味しいよね!」

目を細めて微笑むユキヒョウの声に、すぐさま同意が重なる。


「ですよね! そこらの食堂じゃ逆立ちしても勝てないですよ!」

メッシが興奮気味に声を上げる。


「うんめぇ~っ!!」


「はあ~……あったまるわあ……」


「肉、めっちゃ美味っ……! なんでこんなに柔らけぇんだ?」


口々に感嘆の声が上がる。

部屋中があっという間に幸福な空気に包まれていった。


やがてスープの香りに満ちた空気の中で、ユキヒョウがぽつりと言った。

「……君たちは、贅沢だね」


その一言に、三人同時に「ん?」と顔を見合わせた。


「……俺たちって、贅沢なのか?」とジトーが言い、


「さあ?」

トーマスとオスカーが揃って肩を竦める。

この「贅沢」がほめ言葉なのか、皮肉なのか、判断がつかない様子だ。


ユキヒョウはそれを見てくすりと笑い、話題を変えるように続けた。

「フフッ。ところで、このリバーシ? 考えたのは……シマかい?」


ジトーがすかさず答える。

「あいつしかいねえだろ。」


「だよねー」

ユキヒョウは笑顔を浮かべながら、木板に置かれた白黒のコマを見つめる。

「単純だけど、奥が深いゲームだ。見てるだけで脳が痒くなる。」


「さっきまで三時間やってたやつもいたしな」

メッシが茶化すと、誰かが「聞こえてるぞ!」と笑い声を上げた。


湯気と笑い声が入り混じる昼のバンガロー。

外はまだ肌寒い風が吹いているが、中には心から温まる、満ち足りた時間が流れていた。

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