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光を求めて  作者: kotupon


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202/452

雨2

夜の静けさを破ることなく、朝は静かにやってきた。

雨はしとしとと音も立てずに降り、バンガローの屋根を濡らしていた。

軒先から滴る雨粒が、定期的に地面の盛り土を打つ。

その音が、まるで時計の針のように、静かな空間にリズムを刻んでいる。


囲炉裏にくべられた火はまだ消え残っており、ほのかな温もりを放っている。

窓際に置かれた木椅子に、ギャラガが座っていた。

大きな体に無理のない姿勢で布を肩に羽織り、静かに雨の外を眺めていた。

無精髭がほんのわずか伸び、目元には疲れが残る。

それでもどこか、昨夜より顔色がよく見えた。


その傍らで、キジュが立ったまま、ギャラガに声をかけた。

「……団長」


ギャラガは目を細め、顔だけをわずかにこちらへ向ける。

少し眉をしかめながら、短く返した。

「俺はもう団長じゃねえ。隊長と呼べ」


キジュは一瞬だけ言葉を飲み込み、すぐに言い直す。

「……そうでしたね。ギャラガ隊長」


窓の外、雨脚がやや強くなったようだった。

地面の草を叩く雨の音がわずかに大きくなる。

キジュはその雨を見ながら、言葉を続けた。

「……雨ですね」


「……降ってるな」

ギャラガはぽつりと答えた。


雨を見ていたキジュが、ふいに呟くように言った。

「『気圧』……?でしたっけ? 昨夜、シマ団長が話してたやつ……あれ、なんでそんなこと知ってるんですかね?」


ギャラガは一拍置いて、煙草でも探すような手つきをしたが、結局何も持っていないことを思い出し、肩をすくめた。

「……本人に聞いてみればいいだろう」


キジュは微かに口元をほころばせた。

「……そうですね。いずれ聞いてみたいと思います」


ギャラガは眉をひそめた。

「なんだ? 今すぐ聞きゃあいいじゃねえか。」


「……俺なりに、色々と考えがあるんですよ」


その言い回しに、ギャラガはキジュの横顔を少し見つめた。

まだ若い。だがその眼差しには、単なる好奇心だけでないものが宿っていた。

雨の朝に似合わぬほど、まっすぐで、静かな決意のようなものが。


「……学問にでも目覚めたか?」

ギャラガはふっと笑いながら問いかける。


キジュは、少しだけ目を伏せて、はにかむように答えた。

「……そうかも知れません」


ギャラガは何も言わず、再び窓の外へと視線を戻した。

雨は、まだしばらく止みそうになかった。朝の空は、重たい雲にすっかり覆われていた。


雨は、静かにしとしとと降り続いている。

木々の葉は濡れ、濃い緑をいっそう深く見せ、地面には水の染み込んだ土の匂いが広がっていた。


バンガローの軒下、屋根の端から規則的に滴り落ちる雨粒を見上げながら、メッシがぽつりと口を開いた。

「……ユキヒョウさん、雨が降ってますね」

視線を空へ向けたまま、淡くつぶやくように。


ユキヒョウは肩に羽織っていた薄手のマントを整えながら、すぐに応える。

「そうだね……まさか本当に降るとは。天の動きまで読み取るとはね、」


声に驚きや嘆息はなかった。

ただ感心の色があった。理知的なその目が、空の奥を透かすように細められる。


「……学べば、俺にも分かるようになるんですかねぇ?」

と、メッシが言う。

視線は変わらず空に向けたままだが、その声音にはわずかに希望と、しかし自信のなさが滲んでいた。


ユキヒョウはふっと笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。

「君次第じゃないかい?」

そして一拍おいて、柔らかく問い返した。

「……また、どうしてそう考えたんだい?」


メッシは口をつぐみ、少しだけ目線を落とした。

雨粒が一つ、屋根から跳ねて、彼の靴先を濡らす。

「……天の動きが分かれば、有利に立ち回れると思ったんです。雨の前に屋根があれば…霧の前に身を潜められれば……。戦闘のことは、俺、あまり得意じゃないから……」


その言葉は冗談ではなく、ただの自己卑下でもなかった。

自身の立ち位置を冷静に見据えているからこその言葉だった。


ユキヒョウは少しだけ顎を引き、その視線をメッシへと移した。

静かに頷く。

「……それは、大きな力になることは間違いないね。自然を読むのも、戦場で生き延びるための立派な技術だ」


そしてふっと目を細めて微笑んだ。

「君に、学ぶ意欲があるのなら……ヤコブさんに口添えしてあげようか?」


メッシは目を見開き、驚きと喜びが入り混じった顔で、ユキヒョウを見た。

その表情には、子どもが初めて何かを託されたような、ほんの少しの誇らしさもあった。

「……お願いしても、いいですかね?」


「分かった。話しておくよ」

ユキヒョウのその声には、軽やかさの中に確かな信頼があった。


そしてメッシもまた、これまでとは違う視線で、再び空を仰いだ。

しとしとと降る雨が、彼の決意を静かに包み込んでいた。



――雨音がテントの布に優しく打ちつける中、そこにはもう一つ、騒がしくも楽しげな音が響いていた。


「またザックが勝ったぞーーーっ!!」


「これで何連勝だ!?」


「マジで強ぇぞザック!!!」


エールの瓶を手にした若者たちの叫びが、幾つものテントを揺らす勢いで響き渡る。

中央に据えられた小さな木製の盤面。

その脇で高らかに笑い声を上げていたのは、当然のごとく勝者――ザックだった。


「ワハハハハッ!! これが9連勝ッ!!」

片手に掲げたエールの瓶を仰ぎ、喉を鳴らして一気に飲み干す。


向かい側で額に汗を浮かべ、ぐっと歯を食いしばるのはグーリス。

唇を引き結び、ついには呻くように小さく呟いた。

「……クッソ……!」


盤上には黒と白の石が交錯し、無慈悲なまでに黒――ザックの勝ち筋が広がっている。


背後でそれを見ていたオスカーが、やれやれと首を振る。

「ザックに定石は通用しませんよ、グーリスさん。直感で打ってますから」


その言葉に、グーリスがぼやく。

「だったら逆に厄介じゃねぇか……!」


笑いと罵声と歓声の渦。

ザックはそのど真ん中で、自信満々に次の言葉をぶち上げた。

「これで9連勝! なあシマ、あと一回勝ったら覚えてんだろうなッ!?」


「……シンセの街で娼館に行っていいって話か?」


「それな! 当然金も出してもらうからなっ!」

片眉を上げてニヤリと笑うザック。


そのやり取りに、トーマスが突っ込む。

「おっ、なかなか抜け目がねぇな。」


「シマのことだからな、『行っていいとは言ったが、金は出すとは言ってねぇ』とか平気で言いそうだからな!」

こういったことはちゃんと学習しているザック。


「確かに、ありそうだな!!」


「わかるー!!」


周囲からも笑いが起き、エールの瓶がカチリとぶつかり合う音が響いた。


しかしその瞬間、別のテントから一際大きな歓声が上がった。

「おおお~~~!!!」


「ノエルが9連勝したわ!!」

そう報告してきたのは、やや興奮気味なメグ。


その傍らではロイドが状況を飲み込み、目を見開いた。

「ってことは、10連勝をかけて……ザックとノエルの勝負だね?」


ノエルは少し照れくさそうに微笑みながらも、腰を上げて盤のあるテーブルに近づいてきた。

その瞳には冗談めかした輝きと、勝負師の真剣な気配が入り混じっていた。


ザックはその姿を見て、大袈裟に腕を広げた。

「相手に不足はねぇ!!」

笑顔の奥に、まるで戦場に臨む前のような気迫を込める。


ノエルは軽やかに座ると、シマに向かって声をかけた。

「シマ、約束は守ってよ。10連勝したら一日、果実酒、飲み放題!」


シマは無言のまま少しだけ眉を持ち上げ、ため息混じりに応えた。

「……へいへい、約束だ」


勝者は娼館。勝者は果実酒。

雨音が包むチョウコ村に、テントの中だけがまるで別の世界のように熱く盛り上がっていた。

――ザックとノエルの頂上対決の幕が上がろうとしていた。


――だがその喧噪から少し離れた場所。

シマとヤコブは、テントの脇で静かに腰を下ろしていた。

二人の間に流れる空気は、ゲームの熱気とは別物だった。


「……ヤコブ、エル・カンターレじゃ、都市や街の防衛はどうしてたんだ?」

シマがふいに問いかけた。

声は低く、しかし明確な関心が込められている。


ヤコブは顎をさすりながら、やや首を傾げて答える。

「ふむ……この大陸とそう変わらんよ。城壁で囲むか、柵を設けるかじゃ。小規模な村も同様にな……」


そして、ゆっくりとシマの目を見据えた。

「……この村の防衛を、考えておるのか?」


シマはわずかに頷いた。

「ああ。これから家を建てなきゃならねえ。……だが木材で村を囲むとなると、相当な量がいる。」


言葉に宿るのは、ただの職務感ではない。

これから生きる人々――家族や仲間たちの「安全」を考える者の視線だった。


ヤコブは、膝の上に手を組み、呟くように言った。

「……ハゲ山になるの。」


その言葉には、かつて同じような過ちを目にした者の重みがあった。

山肌が削られ、森が死に、土地が痩せる光景。


シマは短く息を吐き、空を仰いだ。

雨はまだ止まない。

しとしとと冷たい音が、幕越しに静かに耳を打つ。


「……堀で囲むか。」

ぽつりと呟くように言った。

「土を掘って、出た土で土塁を築いて……周囲に水を引けるなら、防御も多少は増す。木を切らずにすむしな」


ヤコブの目が細くなる。

「簡単ではないが、持続的じゃな。」


「問題は労力だな。人数と、動ける期間……」


小さな炎のように、二人の声は静かに、だが確かに未来へ向けて灯っていく。

今この瞬間も、村の仲間たちは笑い、飲み、遊びについている。

その背後で、彼らの安全を守る仕組みを、誰かが真剣に考えている。


それこそが、傭兵団という枠を超えて、家族や共同体になっていく証なのかもしれなかった。

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