傭兵団
出発前夜、女性陣の家の中では夕食を終えてまったりとした雰囲気が漂っていた。
暖かな火の明かりに照らされながら、仲間たちは穏やかなひとときを過ごしていた。
「もう、支度は終えてるの?」とサーシャが問いかけると、「オウ、万全だぜ」とジトーが自信満々に答えた。
「オスカー、急な仕事を頼んで悪かったな」とシマが声をかける。
「ううん、そんなことないよ!僕なんかでもみんなの力になれるんだと思えば全然平気だよ」と笑顔で返すオスカー。
しかし、その言葉にサーシャが少し怒った口調で言い返した。
「『僕なんか』って言い方は間違ってるわ。私たちは仲間じゃない。今まで力を合わせて生きてきたでしょ?そしてこれからもよ」
「そうよ、足りないところをお互いが補っていくのが仲間よ」とエイラが続く。
ノエルも「私たち、もう家族みたいなもんでしょ?」と優しく微笑む。
「ワハハ!オスカー、お姉さんたちに怒られちまったなあ」とザックが茶化すように笑うと、オスカーは照れくさそうに頭をかいた。
「オスカー、お前は十分以上に戦力になってるんだぜ」とフレッドが力強く言う。
「そうよ!オスカーがいなかったらこの弓だって作れなかったわ!今ごろどうなっていたか!」
メグも力説する。
「おいおい、随分とオスカーの肩を持つじゃねえか、メグ。」とクリフがからかうと、メグとオスカーは同時に顔を赤くし、仲間たちの笑い声が響き渡った。
「しかし、今回作ってくれた弓も大した出来だと思うが、みんなはどう思う?」
シマが尋ねる。
「武器の良し悪しはあまりわからねえが……かなりのもんじゃねえか?」
トーマスが腕を組んでうなずいた。
「僕、ちょっと持ってくるよ!」とロイドが立ち上がり、家を出て行った。
戻ってきたロイドは2張の弓を抱えており、仲間たちは興味津々で弓を回しながら吟味した。
シマは素人目ながらも弓の滑らかな仕上がりやしっかりとした張りを感じ取り、「やはりいい弓だ」と思った。
ジトーも「俺も武器のことはわからないけど、あのノーレム街の武器屋にあった弓より断然こっちの方がいい…どこが違うのか俺にはわからないが」と感心する。
「まあ、そういうことだ。オスカー、自信を持て」とシマが励ますと、オスカーは嬉しそうに笑った。
その後は談笑が続き、笑い声が絶えなかった。
やがて男性陣は自分たちの家に戻ることに。
「シマ、気を付けていくのよ」「おやすみー!」「いっぱい買ってきてねー!」「ジトー、足を引っ張らないでねー!」と次々に声をかけられ、「なんで俺なんだよ」と苦笑いするジトー。
翌朝、シマ、ジトー、ロイド、トーマスはノーレム街へと出発していった。
シマたち4人は静かに森の中を進んでいた。
足音を殺し、周囲に細心の注意を払いながら進む彼らの間に、会話はなかった。
ヒュウっと風が吹き抜ける。
シマの鼻が微かに動き、その風に混じる獣臭を捉えた。
すえたような、生臭い匂い——一言で言えば「臭い」。
シマは瞬時に風の吹いてきた方向を確認し、仲間たちに目配せする。
ロイド、ジトー、トーマスも同じ方角を見つめ、4人が4人とも前方を指さしていた。
『迂回するぞ』——シマのハンドサインに従い、一行は慎重に進路を変えた。
やがて夜のとばりが落ちる。
日中は暑さを感じるほどだったが、夜になると一転して冷え込みが厳しくなる。
しかし、寒さを感じることはなかった。
リズが作ってくれた防寒着が、冷気を遮り、心地よい温もりをもたらしていたのだ。
森を抜けるまでに2日を要した。
距離にして約50キロ——東京駅から熊谷、つくば、佐倉、鎌倉、相模湖あたりまでの直線距離に匹敵する。シマたちは常に速足で進み、休憩も最小限に抑えた。
街道に出た一行はようやく一息つく。
焚き火を囲んで腰を下ろし、ジトーがぽつりと口を開いた。
「森の途中で嗅いだあの臭い……やっぱり鹿か狼、あるいは熊の類いか?」
「いや、俺は狼じゃねえかって思ってる」シマが答え、仲間たちの視線を集める。
彼の脳裏に3年前の記憶がよみがえっていた——あの時、10頭の狼が家を襲撃してきた。
まだ幼かった彼らは恐怖に震えながらも立ち向かい、8頭を倒したのだ。
その後、川へ行って解体し、皮をなめした。
何度洗っても臭いが落ちず、洗っては乾かし、また洗う。その繰り返しの日々……。
「大変だったな、あの時は」トーマスが懐かしげに笑うと、ロイドも「今ではいい思い出だけどね」と微笑む。
焚き火の灯りに照らされた4人の顔には、かつての苦難を共に乗り越えた仲間だけが持つ信頼と絆が浮かんでいた——。
深淵の森の家を出てから三日目、シマたちは街道を進んでいた。
彼らの歩みは速く、普通の旅人の比ではない。
前方には馬車が二台、それを囲むようにして護衛らしき十二、三人の人影が見えた。
シマたちの装いは、以前の蛮族そのものといった粗野なものとは一変していた。
豪奢ではないが、きちんと仕立てられた洋服に、ビロードのマントを羽織っている。
日中は暑いため、防寒着は袋にしまってあった。
足早に馬車の一行に近づいていくシマたち。
向こうも彼らに気づいたようで、護衛の一人が鋭い視線を向けてきた。
「どちらまで行かれるんですか?」
シマが笑顔で声をかけると、護衛たちはぎょっとした表情を見せた。
(あれ?おかしいな……俺たちの格好はどこをどう見ても旅人風にしか見えないだろ?)とシマは首を傾げた。
一瞬の沈黙の後、一人の男が口を開く。
「なんだ、兄ちゃんたち、随分とでけえな!」
シマは心の中で(そっちか!)と叫んだ。
どうやらジトーとトーマスの体格に驚いたらしい。
二人はどちらも身長が一九〇センチほどで、肩幅もがっしりとしている。
「俺たちはこの先にあるノーレム街ってところに行くんだ。兄ちゃんたちは?」
「あ、一緒ですね」
シマが答えると、護衛は「後ろについてくるか?」と誘ってきた。
「それなら、ぜひお願いします」
シマが返事をすると、男は「ちょっと待ってな、アレンの旦那に聞いてくる」と言って馬車の方へ戻っていった。
「どうしたんだお前、気持ち悪い喋り方して」
ジトーが小声で突っ込む。
「うるせー、俺だって気持ちわりいわ!でもな、相手は年上だしな、それにもしかしたら俺たちの物を買ってくれるかもしれねえだろ?」
シマがひそひそと説明すると、トーマスが
「ああ、そうか。入場料分、稼がねえといけねえんだったな。」
「変ないざこざを起こすなよ、余計なことを言うなよ」
シマは念を押した。
護衛の男が戻ってくると、「付いてきても構わないそうだ。ただし、護衛料は出せんがな」
その言葉に続けて豪快に笑う。がっしりとした体格で頼もしげなその男は「ダルソン」と名乗った。
「ありがとうございます。自分たちはシマ、ジトー、トーマス、ロイドです。」
シマが挨拶をする。
ダルソンは「ずいぶん礼儀正しいな。いい心がけだ」と笑顔を見せた。
道中、歩を進めながら自然と会話が広がっていく。
「商人の名前はアレンさんだ。」
「どのような商品をお持ちなのでしょうか?」
シマが興味を示して尋ねる。
「俺たちはただの護衛だから詳しいことは知らねえが…武具に薬草、時には珍しい装飾品なんかじゃねえか。需要があれば何でも扱うのが商人ってもんだろ」
「自分たちは田舎者ですので、あまりこの辺りのことは詳しくなくて」
シマが控えめに答える。
「…そうか。俺たちは『鉄の掟』って傭兵団なんだ。結構名は知られているんだが、聞いたことはないか?」
ダルソンの問いに、シマは申し訳なさそうに首を横に振る。
「すみません。田舎ではそういった噂はあまり耳に入らなくて…」
「はは、俺たちもまだまだってことだな!」
ダルソンは大きな声で笑い、周囲に響き渡った。
シマたちは護衛たちと談笑を続けつつも、彼らの細やかな動きに気づいていた。
会話の最中も耳を澄ませ、視線を巡らせ、周囲の気配を探る姿。
武器への手の添え方や体の向き。経験と鍛錬を積んできた者の動きだった。
「確かに有名と称されるだけのことはあるな…」シマは心の中でそうつぶやき、さらに気を引き締めた。
シマたちは商隊と共に街道を歩き続けた。




