家、完成!
三日間、ひたすら歩き続けた。
幸運にも、これまでに熊や狼などの獣に遭遇することはなかった。
だが、安心するにはまだ早い。常に警戒を怠らず、少しの異変にも耳を澄ませながら進んでいた。
そんなとき——異様な音が聞こえてきた。
最初は遠く、低い響きだったが、次第にそれは明確になり、耳をつんざくような轟音へと変わっていく。
「……滝の音?」
ぽつりとエイラが呟く。
一行は顔を見合わせ、次第に足を速めた。
音は徐々に大きくなり、間違いなく水の落ちる轟音であることがわかる。
森を抜けると、目の前に広がる光景に息をのんだ。
二十メートル以上の高さから、膨大な水量が勢いよく落下し、白い飛沫が舞い上がっていた。
滝壺は深く透き通り、そこから流れ出る川の水は美しく、光を反射してきらめいている。
歓喜の声が上がった。
「すごい……!」
皆が滝を見上げ、無意識に歩み寄っていく。
一息ついてみんなで休憩していると、シマの脳裏にふと映像が浮かんだ。
——動画?
記憶の奥底から引きずり出されたのは、一人の男が森の中でロッジ風の家を建てる映像だった。
丸太を切り、組み立て、土や泥を使って隙間を埋める——前世で見たサバイバル動画だ。
その映像を頼りに、シマは小屋作りの方法を思い出し始めた。
「この辺りに家を建てよう」
その言葉に、一瞬、沈黙が訪れる。
「しばらくここで生活するのはどうだ?」
川の水もある。森には食料になりそうな木の実や小動物もいる。
滝があれば魚も捕れるかもしれない。
何より、移動を続けるよりも安全だった。
賛成の声が上がる。しかし、問題はどうやって家を建てるかだった。
戸惑いの声が上がる。誰もが家を建てたことなどない。
材料や工具の問題もある。まだ幼い子供たちにとって、それは未知の領域だった。
「家なんて建てたことないよ……」
不安そうな声が漏れる。
「まずは木材を集めるぞ。直径10センチくらいの木を切って、それを柱にする」
ジトーとトーマスは9歳ながら体も大きく力も強かった。
二人が率先して木を運び、他の者もそれに倣った。
枝や葉をそぎ落とし、使えそうな木材を整理する。
石や土を集め、建てる場所を平らに整地していった。
「土台が大事だ。ぐらつく家じゃ意味がない」
シマの言葉に皆がうなずく。
崩れにくいように石をしっかり敷き詰め、地面を固める作業を進める。
その間にも、徐々に皆の表情が変わっていった。
いつの間にか、彼らの顔には笑顔が戻っていた。
冗談を交わしながら作業を進めるうちに、結束が高まっていく。
「生きるために家を作る」
その目的が、彼らに新たな活力を与えていた。
日が傾き始めたころ、ようやく土台の準備が整った。
明日からは本格的に壁を作り、屋根をかける作業に取り掛かる予定だった。
「今日はここまでにしよう」
焚き火を囲みながら、彼らは久しぶりに安心感に包まれた夜を迎えた。
明日からの生活がどうなるのか、誰にもわからなかったが、それでも彼らは前を向いていた。
翌朝、太陽が昇ると同時に作業が再開された。
シマは全員を集め、役割分担を決めた。木を切る者、枝を払う者、石を集める者と、皆が協力しながら動き始めた。
「柱を立てる場所を決めるぞ」
シマが地面に木の枝で線を引く。それを見ながら、ジトーとトーマスが力を合わせて地面に穴を掘る。
ロイドとノエルは、支えとなる木材の皮を剥ぎ、滑らかに整えていった。
「こんなにしっかり作るのか……」
フレッドが驚いたように呟く。
「どうせ作るなら、ちゃんとしたものを作らないと」
シマはそう言いながら、木材を固定するための土を踏み固めた。
日が昇るにつれ、作業は順調に進んでいく。
エイラは周囲を見回りながら、食料になりそうなものを探し始めた。
「この辺りには食べられる木の実があるわ」
エイラの言葉に皆が興味を示し、食料調達班も結成された。
エイラとリズ、サーシャとメグ、ミーナとケイトが協力しながら、食べられる実を集めていく。
「これなら少しは食料も持ちこたえられそうだな」
一方、リズは踊るように軽やかに木の間を歩きながら、仲間を和ませる。
「やっぱり踊り子になりたいのか?」
シマの問いに、リズは笑顔を見せた。
「うん。でも、今は生きることが先よね」
彼らはそれぞれの役割をこなしながら、家の建設を進めていく。
屋根を支えるための梁を組み、壁となる木材を並べ始めた。
簡素ながらも、少しずつ形になっていく家。
シマたちは自分たちの手で未来を切り開こうとしていた。
数日が経つと、それなりのロッジ風の家が形になりつつあった。
最初は何もなかった荒れ地が、少しずつ人が住める場所へと変わっていく。
皆がそれぞれ役割を持ち、自分にできることを見つけ始めていた。
シマ、ジトー、クリフ、トーマス、フレッド、オスカーは家造りに専念した。
木を削り、柱を立て、壁となる部分に丸太を並べて固定していく。
隙間には土や泥を詰め、風が入り込まないようにした。
ロイドとオスカーは、泥の代わりに使えそうな粘土質の土を探し出し、それを乾燥させて強度を増す工夫を凝らした。
屋根作りを担当するのはシマとフレッドだった。
最初はどうすればよいかわからなかったが、木の枝や葉を組み合わせることで簡易的な屋根を作り上げた。試行錯誤を繰り返しながら、雨風をしのげるだけの厚みを持たせることに成功した。
ジトー、クリフ、トーマスは簡易フェンスを作り始めた。
野生動物の侵入を防ぐため、木の枝を集めて柵を作り、周囲にとげのある植物を植え込んだ。
完全な防壁とはいかないが、簡単には突破できない程度の防御にはなりつつあった。
食料の確保はザックとロイドの役割だった。
彼らは川で魚を捕ることに挑戦した。
最初は全く獲れなかったが、試行錯誤を重ねるうちに、亡くなった者たちから剥ぎ取った衣服を使って即席の網を作り、魚を追い込む方法を編み出した。
数日経つ頃には、一日10匹前後の魚を獲れるようになっていた。
女性陣は木の実や食べられそうな植物を集める作業を担当した。
エイラが中心となり、食用になるものと危険なものを見極めながら慎重に進める。
少しずつ食料の蓄えを増やしていった。
こうして、それぞれが自分の役割を果たしながら、彼らは生き延びるための基盤を築いていった。
焚き火を囲みながら食事をとるとき、誰もが充実感と達成感を感じていた。
まだまだ危険は多いが、この場所を拠点とし、より良い生活を作り上げていく決意を新たにしていた。
さらに、家をより快適なものにするための細かい作業にも取り掛かった。
・扉の作成:軽い木を組み合わせ、蔓で補強して簡易の扉を作る。
・換気のための穴を開ける:煙を逃がすため、屋根の一部に隙間を作る。
・寝床の作成:木の枝や干し草を重ね、簡易ベッドを作る。
・焚き火スペースの確保:暖房や調理のため、安全な場所に火を使うスペースを設ける。
・収納の確保:木箱を作り、食料や道具を整理して保管できるようにする。
・雨風対策:壁の隙間を泥や苔で埋め、隙間風を防ぐ。
作業を重ねるごとに家はどんどん住みやすくなっていった。
そして、遂に家が完成した。
「俺たちが作った。俺たちだけで作ったんだ……!」
「これが私たちの、私たちだけの家なのね……」
彼らの中には、これまでスラム育ちの者とそうでない者たちとの間に微妙な溝があった。
しかし、数日間共に作業し、共に生活するうちにその隔たりはなくなっていった。
作業の合間には笑いが生まれ、ふざけ合うことも増えていった。
ジトーとフレッドは木材を運びながら競争を始め、ノエルとリズは「いつかこの家に花を飾ろう」と話していた。
ロイドは「もっと頑丈な屋根にしよう」と改良を考え始め、エイラは「物々交換で何かいいものが手に入らないかな」と商人らしい視点を持つようになっていた。
この家は、彼ら全員で力を合わせて作り上げたものだった。
決して立派な建物ではない。
それでも、子供たちだけの力で作り上げた家に、彼らは大きな充足感を覚えていた。
夜、焚き火を囲みながら、シマは皆に語りかける。
「ここは俺たちだけの家だ。生きていくために、力を合わせよう」
「……うん!」
みんなが力強く頷く。
雨風をしのげる場所ができた。それだけではない。
ここには、信頼できる仲間がいる。少しずつ、だが確実に彼らは前へ進んでいた。




