余興?!
チョウコ村からルナイ川までの道を切り拓く作業は、街道整備を経験したことで手際よく進んでいた。
シマを先頭に、ジトーやトーマス、ザック、ロイド、クリフらが交互に斧を振るい、周囲の団員たちが枝や倒木を運び出す。
500メートルほどの道のりも半ばに差しかかり、緩やかな丘を登りきると、一気に視界が開けた。
眼下に広がるのは、太陽の光を浴びて川面が煌めくルナイ川。
川幅はおよそ600メートル、流れは静かで鏡のように空を映していた。
そこからさらに250メートルほど、丘を下った先にその川岸はある。
「あと半分ぐらいか。順調だな」
クリフが額の汗を拭いながらつぶやく。
「このペースでいけば、あと1時間くらいで終わりそうだね」
ロイドが微笑みながら続ける。
「そうだな……小休憩入れるか」
シマが判断を下すと、
「おーい! 休憩だー!」
ザックが声を張り上げ、団員たちが作業の手を止めて腰を下ろす。
「水分補給はこまめにとってくださいねー」
ロイドが団員たちに声をかける。
「ふぅ~、もう汗でびっしょりだぜ」
ジトーが背中のシャツを引っ張って見せる。
「あの川に飛び込んだら、さぞ気持ちよさそうだな」
トーマスが丘の上から川を見下ろし、羨望の眼差しを向ける。
「どのくらいの深さがあるかわからねえだろ」
クリフが苦笑交じりに言い返す。
そのやりとりを聞いていたロイドがふとシマに尋ねる。
「でも、シマ。あの川べりで解体作業するんだよね?」
「ああ、そうだな……ちと、見てくるわ」シマはそう言って立ち上がり、木立を抜けて川べりへと歩みを進めていった。
涼風が吹き抜ける丘の上、仲間たちの笑い声を背に、彼の背中が静かに揺れていた。
シマは斜面を下りて川べりを確かめてから戻ってきた。
全身に陽を浴びて、額には汗が光っている。
木陰に腰を下ろしていた家族たちの視線が自然と彼に集まった。
「深さは……そうだな、一メートルはありそうだった」
その言葉に、ザックが顔をしかめて尋ねる。
「で、どうするんだ?」
シマは川を振り返るように軽く顎を動かしながら答える。
「……先ずは杭を打ち込む。で、根を掘り起こした切り株や、転がってる石や岩を放り込んで、少しずつ埋めていく。こう……なだらかな傾斜になるようにだ」
「出来上がったら水浴びもできそうだね」
ロイドが声を上げた。
家族たちの間に、少しだけ笑顔が広がる。
夏の終わりに差しかかったとはいえ、日中の熱気はまだ強く、汗で張り付いた衣服が肌にまとわりついている。
「切り株を投げ込むんなら、根を掘り起こさねえとな」
ジトーが鍬を持つ仕草をしながら呟いた。
「鍬とスコップが必要か」とクリフがうなずく。
「……道だけ先に仕上げて、柵は後で設けよう」シマは短く指示を出すと、全体の動きに目をやった。
「おい、悪いが鍬とスコップを10本ずつ持ってきてくれねえか!」
トーマスが立ち上がり、近くの団員たちに声をかけた。
「了解!」
元気な返事とともに、7、8人の団員たちが道を戻っていく。
その時、「あっ!待って!」とロイドが小走りに追いかけながら声をかけた。
「ついでに、このくらいの布を5、6枚持ってきてください!」両手を肩幅以上に広げて示すロイド。
「追い込み漁をするんだな」
クリフがニヤリと笑う。
「解体作業もするし、どうせなら川の恵みも頂こうと思ってね」
ロイドが肩をすくめる。
「いい考えだな! んじゃあ早速、木を切り倒していこうぜ!」
ジトーが斧を肩に担ぎ直し、意気込んだ声で叫んだ。
陽の傾きが少しずつ変わる中、川までの道を切り拓く作業は、さらに活気を帯びて再開された。
川までの道はすっかり切り拓かれ、両脇には切り倒された丸太や根を断たれた切り株がごろごろと転がっていた。
木陰から差し込む光が草の上にまだら模様を落とし、熱気と汗の匂いが立ちこめる中、ひときわ大きな声が響いた。
「うおおりゃああっ!!」
ジトーが腰を落とし、全身の筋肉を唸らせながら巨大な切り株を持ち上げた。
重量が手に伝わるたびに足元の地面がわずかに軋む。
渾身の力でぶん投げると、切り株は地を跳ねて転がり始めた。
「ゴロゴロ…ゴロン…ドッッボン!」
斜面を転がり落ち、豪快な音を立てて水面に突っ込んだ。
「おおおォ~!」
「どうだ? 結構飛んだろ?」
胸を張るジトー。
「よっしゃ! 次は俺だな」
ザックが前に出る。
「ぬうううっンらああァァ~!!」
思い切り切り株を振りかぶると、ザックの投擲も勢いよく飛び出した。
「ドンッ!ゴロゴロ…ドッボォン!」
「すんげえ!! ジトーよりとんだな!」と団員たちが大騒ぎ。
「…俺はまだ半分の力も出してねえから」
ジトーが唇を尖らせる。
「負け惜しみってやつだな」
ザックが肩をすくめた。
「…ッぐ……」
「おっし! 次は俺が行くぜ!」
トーマスが斧を置き、切り株を肩に乗せる。
「おおォらああァッッ!」
「ドォンッ!…ドンッ、ドッッボン!」
「うおおお~!転がってねえ!」
「跳ねていったぞ!」
「わははは! これが俺の力だ!」
トーマスが両手を広げて吠えるように笑った。
「俺もやるぜ」
声を上げたのはシマだった。
「……何も張り合う必要はねえだろう」
クリフが呆れたように言う。
「うん、シマでも流石に力ではジトーたちにはかなわないんじゃないかな」とロイドが苦笑する。
「そうだぜ団長が負けたらみっともねえぞ」
ザックがニヤニヤと笑いながら煽る。
だがシマは静かに笑みを浮かべると、切り株のそばに立ち、肩に力を込めて言った。
「おいおい忘れたか、俺は勝てない勝負はしない主義だぜ」
ジトーたちが砲丸投げのように真っ直ぐ放っていたのに対し、シマはまるでハンマー投げのような足運びで切り株を持ち、くるりと一回転。
さらに、二回転、三回転とリズムを上げて回り――
「ドウッッらああァァッ!!」
回転の勢いをそのまま切り株に乗せて放つと、それは風を切りながら弧を描き――
「ヒュぅーーン、ドッッッパンッッ!!!」
切り株は転がることなく、まるで矢のようにルナイ川の中央に突き刺さるような勢いで水しぶきを上げた。
「うおおおおおお~~!!」
「直接ほうりこんだぞ!!」
「…人間業じゃねえ!」
「マジか?!」
歓声とどよめきが一斉に上がる。
「…き、汚ねえぞ! そんな投げ方!」とザックが叫び、「今のは無効だ!」とジトーも言う。
「そうだ!反則だ!」
トーマスも悔しそうに続けたが――
シマは肩を軽くすくめて、勝ち誇ったように言った。
「勝負に汚ねえもクソねえだろう?」
その言葉に、団員たちは一瞬沈黙し――
「ワハハハハ!!」
腹を抱えて爆笑が起こった。
斜面には、熱気と笑い声、そして一体感が満ちていた。
斜面に響き渡っていた団員たちの歓声と笑い声を、突如として凍らせるような冷たい声が降ってきた。
「……何を遊んでいるのかしら?」
乾いた声の主はミーナだった。
瞳が鋭く光り、腰に手を当てた姿勢はまるで裁きを下す審判のようだ。
誰よりも静かに、しかし誰よりも圧のある登場に、その場にいた者たちは反射的に背筋を伸ばした。
「……え? ……あ、これは……ちょっとした余興ってやつで……」
ジトーがバツの悪そうな笑みを浮かべて言い訳するが、ミーナは一瞥もくれない。
「さて、休憩はお終いだ。ちゃちゃっと終わらせようぜ!」
ザックが慌てて場を締めにかかる。
「そうそう、ちゃちゃっとな」
クリフも即座に同調した。
ロイドは空気を変えようと、急に手を叩きながら言った。
「獲物を仕留めてきたんだね!」
「……ええ。とりあえずは、狼四頭よ」
そう言って、ミーナは淡々と報告を重ねた。
表情も変えず、感情も抑えた声音。
しかし、その背後に控えていた二人の団員が、よろめくように立っているのを見て、シマが眉をひそめる。
「……ところで後ろの二人、今にもぶっ倒れそうじゃねえか?」
シマの指摘に、ミーナはようやく振り返り、小さく肩をすくめた。
「……山中での移動はきつかったみたい」
立ち木を掴むようにして肩で息をする若い団員たちの顔には疲労の色が濃い。
顔は赤く、足元はふらついていた。
全身に汗がにじみ、目の焦点もどこか宙を彷徨っている。
「ああ、そうかもな……」
シマが頷き、周囲もそれを追うように納得した様子を見せる。
「二人はこのまま休んでろ。無理するな」
「その方がいいわね」
ミーナが静かに言った。
それを聞いて、二人の団員は申し訳なさそうに礼を述べ、木陰の方へ下がっていった。
「じゃ、私は戻るわ。……さぼるんじゃないわよ」
そう言い残して、ミーナはさっさと踵を返す。
冷気のような存在感を残して消えていった。
その場には、張り詰めた空気と、なんとも言えぬ緊張感が一瞬だけ残ったのだった。




