計画
朝の陽光がまだ斜めから差し込み、窓辺に薄く埃が浮かぶ。
場には実務的な緊張感が漂っていた。
シマはテーブル上の簡易地図を指先でなぞりながら、全員を見渡すようにして語り出す。
「行程は……四日かけてチョウコ村に向かう。だが一斉には動かねえ。先発隊・中堅隊・後発隊の三つに分けて、五日ごとの間隔を開けて順次向かわせる。」
その言葉に、各傭兵団の団長たちも姿勢を正す。
ギャラガは顎に手をやり、グーリスは腕を組んだまま静かに頷いた。
「先発隊は、戦える者、力ある者、体力に自信のある者で編成する。俺たちシャイン傭兵団を含めて――約120名。」
シマの声は端的で、軍司令官のような響きを帯びていた。
「任務は単純だ。村に入り、環境確認、拠点整備、獣害駆除、安全を確保し、次に来る中堅隊を迎え入れる準備をする。」
地図に添えられた線が、その四日間の行軍路を示すように細かく描かれていた。
エイラがサッと筆を走らせる。
キーファーは静かに目を細め、地図を見つめる。
「中堅隊はバランス重視だ。ある程度戦える者に加えて――道具、資材、食糧、食材、医薬品の運搬が主な役目。人数は約70名。――だからと言って、戦える者すべてを先発・中堅に振り分けるわけじゃねえ。最後の後発隊にも護衛が必要だ。」
シマの視線が、場の奥――鉄の掟傭兵団団長・グーリスのほうに向けられた。
グーリスはそれに応えるように、口元をゆるめる。
「後発隊は、戦えない者、女子供たち、体力に不安のある者が中心になる。ただし、危険は等しく存在する。だからこそ……鉄の掟傭兵団にも精鋭10名に護衛を頼む。」
シマの瞳が鋭く光る。
「グーリス、聞いているな?」
確認のように名を呼ぶ。
グーリスはゆっくりと腕をほどき、椅子から体を少し起こした。
「……ああ。エイラ嬢から正式に依頼されている。鉄の掟傭兵団が責任持って、最後の一人まで送り届けてやるぜ。」
その言葉に、エイラがわずかに目礼する。
周囲の団員たち――特に後発隊に親族が含まれる者たちは、ほっと息をついたような気配を見せた。
シマは一拍置いて、全員をゆっくりと見渡した。
その声はもう一度、場の中心に戻る。
「――ここまでで、分からないこと、質問、疑問があれば遠慮なく言え。」
言葉が落ちると同時に、静寂が降りた。
椅子の軋みも、マグを置く音もなく、全員が情報を自らの中で整理していた。
これは、単なる移動ではない。
新しい定住の始まりであり、命を運ぶ行列であり――一つの未来に向かう行軍である。
そしてそれを指揮する者の声は、誰よりも静かで力強かった。
その空気を割るように、ギャラガが分厚い声を響かせる。
「――質問がある。チョウコ村に着いたとして……当然、宿泊する施設なんざねえだろ? まさか、テントで寝泊まりするのか?」
その一言に、場のあちこちで目が動く。
たしかに、現地は放棄された廃村。まともな家屋など残っているはずもない。
だが、シマは眉一つ動かさず、静かに応じた。
「不便をかけるが……最初のうちはテントでの生活になる。だが問題はない。家は俺たちが建てていく。」
そこに、メグが優しく、しかし自信を滲ませて言葉を添える。
「私たちは、これまでに何度も家を建ててきました。いずれ、全員分の家をきちんと用意するわ。」
ギャラガが目を細め、考えるより先にフレッドが言った。
「大袈裟じゃねえぞ。俺たちなら……いや、オスカーがいればな。」
「オスカーに任せとけば安心だろ。」とジトーも笑う。
すると視線が集まったオスカーは、どこか照れたように肩をすくめる。
ケイトはそれを見ながら、ややいたずらっぽい目で言う。
「実際に見てもらわないと信用できないかも知れないけどね。」
ここで、異彩を放つ男・ユキヒョウがゆっくりと問いを重ねた。
「……一棟建てるのに、どれくらいの期間がかかるんだい?」
オスカーが少しだけ思案し、静かに答える。
「規模によりますね。」
「…4人家族で、部屋は二つ。そういう条件で」
ユキヒョウがやや念を押すように言う。
クリフがあっさりとした口調で切り返した。
「1日だろ。」
「だな。」とフレッドも当然といった顔でうなずく。
「……?」
ユキヒョウの瞳に、困惑の色が浮かぶ。
ギャラガが眉をひそめ、キーファーとドナルドはお互いの顔を見合う。
グーリス、ダグとデシンスは聞き間違いか?というような顔をする。
マリアが唇に手を当て、声をひそめて言う。
「い、いくらなんでも……冗談よね?」
「そ、そうだよな……?」
キーファーがやや不安げに周囲を見渡す。
だが――シャイン傭兵団の団員たちは、誰一人として冗談のような顔をしていない。
逆に、肩をすくめたり、当然のように笑っていた。
「できるわよ。」
メグがきっぱり。
「楽勝だろ。」
フレッドがにやり。
「一日、かからないんじゃないかしら?」
ケイトが言えば、隣でミーナやノエルまでもが頷いている。
エイラが、周囲の空気に苦笑しながらもフォローするように言葉を添える。
「一棟や二棟なら、本当に朝から夕方までで終わるわよ。資材がそろっていて、天気が良ければ、だけど。」
トーマスが茶を啜りながら「周りは山なんだろ?木材に困ることはねえな」とぽつり。
その様子に、ギャラガやユキヒョウ、キーファーたちは言葉を失い、ただただ唖然としたまま、目の前の「常識外れな仲間たち」を眺めていた。
ここにいるのは、人の形をした常識破壊者たち。
そんな中、渋い顔をしたデシンスが、声を発した。
「……生活費を稼ぐ手段は、どうするんですか?」
沈黙が一瞬、場を覆う。
現地での宿泊や食糧だけではない。
数百人が生きていくには、衣服も道具も必要だ。
外貨を稼がねば村は存続できない――当然の質問だった。
それに対し、シマは少し顎を引き、落ち着いた声で答える。
「まず、落ち着くまでは――拠点づくり、モノづくり、訓練、連携、そして適性を見極める時間に充てる。」
場にいた者たちは思わず息をのむ。
防衛、建築、生活基盤の整備……それを一挙にこなすには、並大抵の労力では済まない。
その横で、ミーナが優しく補足するように笑った。
「それと並行して、“シャイン商会”としても活動していきます。」
「商会?」とドナルドが眉を上げる。
「さっき言ってたね。交易はするって。」
ユキヒョウが思い出したようにうなずいた。
エイラが頷き、丁寧に説明するように言葉を続ける。
「ええ、幾つか商材も考えてあります。もちろん、ちゃんと“売れるもの”を扱いますわ。」
ギャラガが腕を組み、低くうなるように言った。
「……交易に、俺たちが護衛任務につくわけだな。」
「概ね、そのように考えてくだされば結構ですわ。」
エイラが穏やかに返す。
「傭兵であることは変わりません。ただ、役目は多様になります。」
ミーナも付け加えた。
そのとき、ダグがやや前のめりに身を乗り出し、真剣な声で問うた。
「“適性を見極める”ってのは……どういうことだ?」
シマはゆっくりと全員の視線を見渡しながら、まっすぐ答えた。
「戦いたくない者、戦闘に向かない者もいる。料理が得意な者、モノづくりや動物の世話に興味がある者もいる。そして、交渉や商売に興味がある者、向いている者もいる。それを見極め、最も力を発揮できる役割を与える。」
一瞬、少しだけざわめきが起きる。
傭兵は戦うだけが役目ではないと、改めて言われたからだ。
そこで、ヤコブが片手を上げて声を出した。
「それから、もし医学、薬草学、鉱物学、生態学に興味がある者がいれば――わしが教えるぞ。これでも一応“学者”をしておるでな。」
キーファーがぽかんと口を開け、ギャラガが苦笑する。
「学者が傭兵団にいるのかよ。」
「ワシは非戦闘員じゃな。…教えるのは本質を“知ること”じゃ。土地を、命を、歴史を理解し、活かすのがわしの仕事じゃ。」
ヤコブは穏やかに応じる。
サーシャが補足するように言う。
「ヤコブさんがいれば、医薬や生活基盤の整備も早く進むわ。あの村には、何があるかまだ分からないけど……“資源”になる可能性は大いにあるわ。」
「つまり、“力のある者”だけが必要なわけじゃない。」
シマが締めくくった。
「役割は無限にある。村を守るというのは、剣を振るだけじゃない。“生きる”ために、何ができるかを皆で探していく。それが俺たちのやり方だ。」
沈黙が、ふたたび場を満たす。
だが今度は、静かで、深く、そしてどこか前向きな――納得の沈黙だった。
その中で、老学者ヤコブがごほんと軽く咳払いをし、少し身を乗り出して言った。
「それとな……ワシからの提案じゃ。」
年齢を感じさせる穏やかな声が静けさを破る。皆の視線が自然とヤコブに集まった。
「お主たちの資金を、シャイン商会に預け、管理を任せてはどうかのう?無駄なく、適切に使い道を見極めるには、一括した管理が理にかなっておる。交易も村の整備も、全てが一つの大きな流れじゃからな。」
ざわつくかと思われたが、意外にも場に動揺はなかった。
真っ先に反応したのは、柔らかな微笑を浮かべたユキヒョウだった。
「僕たちはもとより、シマたちに預ける予定だったから。異論はないよ。」
ギャラガもゆっくりと腕を組み直し、太い声で続ける。
「俺たちもだ。団員たちには話は通してあるし、納得している。」
「シャイン傭兵団の一員になるってのは、そういうことだろ。」
ダグが力強くうなずいた。
「宿の手配、そしてチョウコ村?…あそこへの行程計画も、まったく申し分ないしね。」
デシンスが言った。
「この先は未知の部分だがな。」
隣のキーファーが少し肩をすくめて付け加えると、場に小さな笑いが起こる。
そのとき、シマがゆっくりと立ち上がった。
「紹介しよう。シャイン商会の会頭――エイラ。副会頭――ミーナだ。」
シマの言葉に促され、エイラが優雅に一歩前へ出た。
商会の長としての鋭い眼差しを併せ持っていた。
「皆さま。お金は血と同じ――使い道を誤れば組織を死に至らせます。ですが正しく流せば、体を支える力となる。皆さまの大切な“血”を、どうか私にお預けください。」
言葉の隅々に覚悟と信頼を求める重みが宿る。
それは、どんな兵士の剣よりも鋭く、強い意思だった。
続いて、ミーナが穏やかに微笑み、柔らかく頭を下げる。
「副会頭を務めますミーナです。商会の帳簿、物資管理、人材管理など、実務全般は私が担当します。
皆さまの力が最大限に発揮されるよう、あらゆる面から支えますので、ご安心ください。」
その語り口は優しく、けれど一切の甘えを許さない芯の強さを感じさせた。
ギャラガがにやりと笑って言う。
「……なるほどな。これは“預ける”しかねえわけだ。」
「俺の小遣いもきっちり管理されるなこりゃ。」
ドナルドが冗談めかして言うと、場に再び軽い笑いが広がる。
「まあ、そういうのも含めて“シャイン傭兵団”なんだろうね。」
ユキヒョウが遠くを見るように言った。
その場には、資金という“生きるための血液”を、一つの意思のもとに流す決意が確かに宿った。




