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光を求めて  作者: kotupon


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192/448

明確

朝の光がやわらかく「ニターオ」宿の食堂に差し込む頃、1階の酒場兼食堂には緊張感が漂っていた。

食堂の中央には、使い込まれた大きな楕円形のテーブルが置かれ、その周囲に椅子が並べられている。

今日はここで、三傭兵団と鉄の掟傭兵団の首脳たちによる重要な会議が行われるのだ。


シマを筆頭に、シャイン傭兵団が席に着く。

対面には灰の爪傭兵団から団長ギャラガ、副団長ダグ、古参のドナルド、キーファーの四名。

氷の刃傭兵団からは団長ユキヒョウと副団長デシンス。

そして最後に、鉄の掟傭兵団団長グーリスも姿を見せていた。


テーブルの上には温かいハーブティーの入った陶器のポットとカップが配されているが、誰もそれに手をつけようとはしない。

空気は静かで、視線はすべてシマに注がれていた。


シマは一つ咳払いをし、まっすぐと皆を見据えて話し始めた。

「まず、俺たちは“チョウコ村”を新たな拠点に据えるつもりだ」


その名に聞き覚えのない者たちが一瞬顔をしかめる。


シマはそれを承知の上で、淡々と説明を続けた。

「チョウコ村は放棄された村だ。今は誰も住んでいない。だが、正式に承認を得ている。」


その言葉に、ギャラガとユキヒョウがやや目を細める。

いずれも慎重な性格である。

ドナルドとキーファーは腕を組みながら聞き入っていた。


「その上で、言っておく。その土地は“住みやすい”場所ではない。むしろ──住みづらい、いや、最悪に近い」


その表現に、空気がわずかに引き締まる。


「質問や疑問があれば、遠慮なく言ってくれ」

シマの言葉は穏やかだが、芯のある響きを帯びていた。


すぐに口を開いたのはユキヒョウだった。

「“住みづらい”とは、具体的にはどういうことだい?」


シマは頷き、すかさず答える。

「チョウコ村はダグザ連合国との国境線に近く、すぐ東にはルナイ川が流れている。その川を越えたら、そこはもうカルバド帝国の領土だ」


「なんだと……?」

ギャラガがわずかに身を乗り出す。


「地勢としては山間の盆地だ。作付け面積は限られ、天候の変化も激しい。気温差もある。農作には不向きだ。それに──獣害もある。狼、熊、それ以上のものもな」


「……最悪の条件じゃねえか」

ドナルドが思わず呻くように言った。


「何でそんなとこを選んだんだ?」

キーファーが、訝しげな目をシマに向けた。


皆の視線が集中するなか、ギャラガが低く呟いた。

「……だが、勝算があるんだな?」


それに対してシマが何かを答える前に、隣で沈黙していたグーリスが、ポツリと口を開いた。

「ちょっと、いいか」

全員の視線が彼に移る。

重たくなった空気の中で、一際異質な存在感を放っていた。

「こいつら、シャイン傭兵団の連中──“深淵の森”育ちらしいんだよ。しかも、たったの数ヶ月とかじゃねぇ。六年もの間、あの禁域で生活してたんだとよ」


一瞬、時間が止まったような静寂が食堂を支配する。


「……なんだと?」

ギャラガが、グーリスを凝視する。


「“深淵の森”……」

ダグが小さく呟き、思わず背筋を伸ばす。


ドナルドは無意識に椅子の背に手を添えたまま、目を見開いていた。

キーファーも目を細め、驚きと混乱の入り混じった表情を隠せない。


「六年……あの森で生き延びた……?」

ユキヒョウが低く呟く。

彼の整った顔に、珍しく感情の色が浮かんでいた。

隣のデシンスも、信じがたいものを見るように目を伏せた。


沈黙の中、グーリスは続ける。

「オレも最初は耳を疑ったさ。だがこいつらの戦いぶりを見て、納得した。常識じゃ計れねぇ。あの森で育った奴らなら、あの村で暮らしていける……いや、それどころか、やりようによっちゃ花を咲かせるかもしれねぇってな」


ザックが椅子に背を預けて不敵に笑い、口を開いた。

「俺からも言わせてくれ。」


視線が自然と彼に集まる。

ザックは立ち上がり、腰に手を当てて堂々と告げた。

「はっきり言うぜ、俺たちなら楽勝だ。」


彼の言葉には虚勢や誇張はなかった。ただ、自信と確信がある。

それを感じ取り、ギャラガたちは表情を引き締める。


オスカーが隣から笑顔を見せ、穏やかな口調で続けた。

「僕たちには、むしろありがたい土地だよね。変化に富んでて、工夫のしがいがある。」


「ギャラガさん、先ほど勝算があるのかって聞きましたけど…」

そう言ったのはロイドだった。

相変わらず冷静な口調で、だがその瞳には強い光が宿っていた。

「――確信がありますよ。僕たちなら、あの村を変えられる。」


「っていうかさ」

フレッドが茶目っ気を込めて身を乗り出し、肩をすくめた。

「俺たちが住む時点で“決まって”んだろ? もう成功以外の未来なんてねえよ。」


場が一瞬和らいだかと思えば、すぐにケイトが鋭く言い放つ。

「獣害被害なんてさ、全部、一匹残らず狩ってあげるわ。」

その口ぶりは軽いようで、鋼の意志が滲んでいる。


「逆に、私たちの存在が恐ろしいと思って近寄ってこなくなるかもね」

隣のメグがいたずらっぽく微笑む。


その瞬間、どこかから「ゴクリ」と、唾を飲み込む音が響いた。

ギャラガか、ドナルドか、それともユキヒョウか――

誰が音を立てたかはわからないが、明らかに彼らは圧倒されていた。

話に聞いた以上の存在感。

深淵の森を六年も生き抜いた連中。

目の前にいる彼らの言葉には、重みと現実があった。


そんな張りつめた空気を、さらりとした声がほぐす。

「作物は――交易で手に入れるわ。」

エイラが言った。

机の上に置いた帳簿に指を滑らせながら、落ち着いた調子で続ける。

「要は、育てるより買ったほうが確実で効率的。私たちの手が空く分、別のことに注力できるのよ。」


「酒もな。」

トーマスが飄々と付け加える。

エイラが思わず笑い、ノエルも吹き出した。

テーブルのあちこちから笑いが漏れ始め、徐々に和やかな空気が戻ってくる。


ギャラガは腕を組んだままじっとシマたちを見つめていたが、やがて深く頷いた。

「……なるほどな。」

彼の声には、わずかに感嘆が混じっていた。


覚悟、この力、この意思。

シマたちの背後にあるのは、ただの自信ではない――

生き抜いてきた者たちだけが持つ「現実」だった。


そして誰もが、この瞬間確信する。

チョウコ村は、きっと生まれ変わる。いや、彼らがそうしてしまうのだ――必ず。


場の空気に一石を投じたのは、氷の刃傭兵団副団長――デシンスだった。

「……ダグザ連合国、カルバド帝国に目をつけられたら? 侵略してきた場合はどうする?」


静まり返る場に、緊張の糸が張り詰める。


シマは一呼吸置いてから、穏やかながらも凛とした口調で答えた。

「交易はするつもりだ。だが、こっちから仕掛ける気はねえ。……もし侵略してきたら、迎え撃つさ。」


その声音に揺らぎはなく、酒場兼食堂にいた誰もがその言葉に裏打ちされた覚悟を感じ取った。

だが、すかさず灰の爪傭兵団副団長、筋骨たくましいダグが前傾姿勢で問いかけた。

「……万の軍勢が攻め込んできたら?」


場が少しざわつく。

ギャラガやユキヒョウも、わずかに表情を引き締める。


だがシマは静かに、しかし明瞭に答えた。

「やりようによっちゃ勝てるだろうが……無理だと判断したら逃げる。」


その瞬間、ドナルド――灰の爪の古参であり、粗野ながら誇り高い戦士が、驚きと動揺を隠さず声を上げた。

「……逃げるのか!? せっかく開発した土地を捨てて?」

その言葉には激情が滲む。

土地に根を下ろし、汗水垂らして築いたものを手放すなど、戦士の誇りが許さない――

そんな本音が透けて見えた。


すると、シマのすぐ横にいたジトーが低く唸るように言った。

「お前らは、生き残るために俺たちのところに来たんだろう?」


静かな一言。しかし、その重みは凄まじかった。


ドナルドが返す言葉を探すように眉を寄せた。

「……いや、そうなんだが……」


そのとき、シマの声がさらに低く、だが決して感情的になることなく、冷ややかな決断を伴って響いた。

「……ゼルヴァリアの戦士として“受け入れられない”って言うんなら……お前たちとは、これっきりだ。」

まるで宣告だった。


淡々と、だが確固たる意志の宣言。

シマの周囲に座るシャイン傭兵団の面々――

一斉に黙りこくり、その沈黙で「団長の言葉がすべてである」と証明していた。


一瞬の静寂。


「……待て、待て!」

焦るようにドナルドが両手を上げて言った。

「お前たちの指示には従う! 俺たちもそのつもりだ! ただな……勿体なくねえか、って、それだけ聞きたかったんだ!」


場の空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


「なんだ、そんなことかよ」

クリフが肩を竦めて笑った。

「それならそれで、また違う土地を見つけりゃいいだろ?」


その無造作な口調に、だが力強い楽観と現実主義が滲む。


「そうよね。私たちなら、どこに行ってもやれるわ」

ミーナが柔らかく微笑んで言葉を重ねた。


緊張が解け、場にゆっくりとした呼吸が戻っていく。


ギャラガも口元を緩め、椅子の背に身体を預けた。

この会話は、ただの防衛戦略の確認ではなかった。

それは「命の優先」と「誇り」との折り合いを、どこにどうつけるのかという問いだった――

そしてシマたちは、それに明確な答えを持っていた。


生き残ること。決して、無駄な死を選ばないこと。

そして、どこであれ根を張り直すだけの力を、彼らは確かに持っているのだと。


この場にいた全員が、それを確かに理解した瞬間だった。

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