到着
ギザ自治区ランザンの街。
シャイン傭兵団は新たな拠点を移していた。
今まで間借りしていたエイト商会から、自らの意志で「ニターオ」へ。
居心地は良かったが、いつまでも好意に甘えていては申し訳が立たないという団長シマの意向によるものだった。
ニターオは石造りの建物が立ち並ぶ街の北部にある大きな宿で、馬屋も備え、戦士たちの長期滞在にも耐えうる造りになっていた。
既にロイド、クリフ、ザック、フレッドが無事合流を果たしている。
ザックとフレッドは手にしていた紙を高々と掲げ、まるで戦果の戦利品のように見せびらかす。
「見よ!俺たちの承認書!」
ドヤ顔を浮かべながら、誇らしげに広げるザック。
フレッドも隣で「俺の交渉術がなけりゃ、こんなにスムーズにはいかなかったぜ」と笑みを浮かべる。
「また武勇伝か…」とシマは少しばかり頭をかかえるが、その口元は緩んでいた。
傭兵団の面々も次々に彼らを囲み、再会を祝う。
やや辟易しながらも、家族として温かく迎え、祝杯が上がる。
干し果物の甘さが染み込んだワインが杯を満たし、塩と香辛料の利いた肉の煮込みが食卓に並んだ。
シャイン傭兵団は現在、馬車を9台、馬を18頭所有していた。
街道整備や移住の準備のため、移動手段として万全を期していたのだ。
全員が揃った今、いよいよ次の段階へと進む準備が整ったと言える。
この日はさらに、灰の爪傭兵団、氷の刃傭兵団との合流日でもあった。
彼らとは先の戦で共に戦い、シマの元に加わることを選んだ仲間たちだ。
一団を率いて、それぞれギザ自治区に到着するとの報が事前に届いていた。
宿の割り振りは慎重に行われた。
シャイン傭兵団は「ニターオ」に留まり、灰の爪傭兵団は街西部の「オクラ」へ。
木と土壁で構成された、戦士向けの簡素ながら丈夫な宿である。
一方、氷の刃傭兵団は南部の「イントール」へ。
こちらは少し装飾の凝った建物で、異彩を放つ彼らの雰囲気に合っていた。
他にも、「シサ」「アカカサ」「ノテヤマ」といった宿に振り分けられ、それぞれの拠点から連絡が取れるよう調整されていた。
夕方、ランザンの街にはそれぞれの宿から灯がともり始める。
宿の準備、物資の確認、明日以降の行動計画――全てが整い始めていた。
ギザ自治区ランザンの空の下、シャイン傭兵団は新たな未来へと確かな一歩を踏み出していた。
夕暮れの気配がランザンの街を包みはじめる頃、シャイン傭兵団の面々は西門前に集まり、今か今かと仲間たちの到着を待っていた。
空は赤く染まり、風は穏やかだが土の匂いを運んでくる。
街道を遠望すれば、やがて舞い上がる砂塵が見え、それが長い列をなす一団の接近を告げていた。
「おっ、あれじゃねえか」
最初に気づいたのはクリフだった。彼は目を細めて遠方を指差す。
「結構な行列だな……二百以上はいるか?」
ザックが唸るように言う。
「先頭を歩いているのはギャラガさんね」
メグが静かに呟き、視線を一点に定める。
「列の後ろの方にユキヒョウさんの姿も見えるわ」
ノエルが落ち着いた声で続けた。
「人数は……230名前後かしら」
エイラが冷静に人数を概算し、周囲の家族たちもその多さに軽くどよめいた。
本来なら合流地点は街の中心部にある「鉄の掟傭兵団本部」と定められていた。
しかし、シマは考えを改めた。
あそこは閑静な住宅街の一角にある。
そこに200名を超える武装した傭兵団が一挙に現れるのは、いかにも周囲への威圧感が強く、今後の協調関係を築く上でも得策ではない。
シマは慎重に判断し、街の外縁部であるこの西門前に合流地を変更したのだった。
やがて、行列が門前に到着する。
整然とした動きは傭兵団としての練度の高さを感じさせた。
「悪りぃ! ちょっと遅れちまった!」
ギャラガがいつもの豪放な声で叫ぶように言った。
重装の男たちを背後に従え、鋭い目付きと疲れを滲ませた笑顔が印象的だった。
「これだけの大人数じゃ仕方ねえだろ」
ジトーが肩をすくめる。
決して責める口調ではなく、むしろ労いの意が込められていた。
「宿の手配はしてある。話は明日しよう」
シマはギャラガと軽く視線を交わすと、静かだが力強く言った。
「今日はゆっくり休んでください」
サーシャが続ける。その口調は柔らかくも芯があり、無言の歓迎の意をしっかりと伝えていた。
【宿の配置と責任者一覧】
灰の爪傭兵団は総勢170名。氷の刃傭兵団は60名。彼らは6つの宿に分宿することとなっていた。
◆オクラの宿(収容数:50名)
責任者:ギャラガ(灰の爪傭兵団 団長)
ランザンの街西部にあるこの宿は、石と煉瓦を基調とした頑丈な構造で、比較的静かな区画に位置している。
団長であるギャラガ自身がここに滞在し、全体の指揮と連絡の中心を担う。
◆シサの宿(収容数:50名)
責任者:ダグ(灰の爪傭兵団 副団長)
シサは街東部のやや高台にある宿で、見張りにも適した立地。
実直で無口なダグは、ギャラガの右腕として長年仕えており、部下たちからの信頼も厚い。
◆アカカサの宿(収容数:50名)
責任者:ドナルド(灰の爪傭兵団 古参)
アカカサは古くからある宿で、街の中心に近い。
かつてギザの商人たちが定宿にしていた場所で、古風ながらも居心地が良い。
ドナルドは経験豊富な古参兵で、部下の扱いにも長けている。
◆ニターオの宿(収容数:20名)
責任者:キーファー(灰の爪傭兵団 古参)
シマたちシャイン傭兵団が主に滞在している宿。
20名程度を受け入れられるよう一部区画を空けており、キーファーが少人数を引き連れてここに入る。彼は戦闘経験も豊かで、今では共に未来を築く仲間だ。
◆イントールの宿(収容数:30名)
責任者:ユキヒョウ(氷の刃傭兵団 団長)
イントールは装飾が凝った建物で、かの団長ユキヒョウの独特な雰囲気に最も合っていた。
鋭く冷静な判断を下すユキヒョウは、少数精鋭の団員たちを率いて宿入りする。
◆ノテヤマの宿(収容数:30名)
責任者:デシンス(氷の刃傭兵団 副団長)
街の南端に位置し、静かで隠れ家的な雰囲気を持つ。
デシンスはユキヒョウを陰で支える理知的な男で、仲間たちの調整役を担う。
それぞれの宿に団員たちが振り分けられ、荷を下ろし始めた頃、ランザンの空は深い群青に沈み始めていた。
街灯が灯り始め、夜の喧騒と静寂が交錯する。
この日、ギザの地に三つの傭兵団が集結した。
戦いを共にした者たちが、今度は共に未来を築くために、肩を並べて歩き出す夜だった。
夜の帳がランザンの街をすっぽりと包み込む頃、シャイン傭兵団の本拠として仮住まいにしている「ニターオ」宿の一階――木の温もりを感じる酒場兼食堂に、明かりが灯る。
天井から吊るされたランタンが揺れ、オレンジ色の光が室内にやわらかな陰影を落としていた。
シマたちは、灰の爪傭兵団から20名ほどを預かる形でここに逗留するキーファーたちを、ささやかながらも温かく迎えるため、小さな歓迎会を開いていた。
酒場には、パンと温かい煮込み料理、燻製肉やチーズの盛り合わせ、それに地元産のワインやエールが並んでいる。
皿やカップが交わる音、くすぐるような笑い声が、控えめながらも賑やかな宴を彩っていた。
テーブルの中心に腰掛けたシマは、湯気の立つ木製のカップを片手にキーファーへ視線を向ける。
「結構な長旅だったろう? 脱落者はいねえか?」
その声には、労わりと共に淡い緊張が滲んでいた。
キーファーは無骨な顔をわずかに綻ばせ、酒の入ったカップをゆっくりと掲げながら答える。
「ああ、何とかな。誰一人かけることなく、無事に着いたさ」
「子供たちもかなりいたわね」
ケイトが隣から声をかける。
「体調を崩したりしなかった?」
リズも心配そうに続けた。
「大丈夫だ。ガキどもは元気いっぱいだったよ」
キーファーは頼もしく胸を張ると、仲間たちも「おうよ」とうなずき、頷く。
「そう、よかったわ」
ミーナが微笑み、グラスの縁を指で撫でるようにしながら言った。
その空気を察したフレッドが立ち上がり、声を張る。
「んじゃあ、乾杯と行こうじゃねえか!」
「無事再会を果たして──乾杯!」
ザックがグラスを掲げて声を合わせる。
カップとカップが打ち合わさる音が、和やかな空間に響いた。
乾杯のあとは、自然と会話があちこちで咲き始めた。
エイラとノエルはそっとキーファーと話を交わし、彼らの旅の詳細を聞き出していた。
キーファーは何かを語るたびに時折視線を伏せるが、その目はどこか安堵していた。
戦いと苦難を越え、信じる相手と再び巡り合えた――その事実だけで、今夜の酒は充分にうまいのだ。
音楽こそないが、笑い声と器の音が自然とリズムをつくり出す。
まるで、この場所が最初から彼らの“家”であったかのような、奇妙なほどの馴染み具合。
誰かが歌いだすでもなく、無理に盛り上げることもなく、それでも満たされた夜が、静かに深まっていった。
明日の話、これからの展望、それはまた明日でいい。
今はただ、この再会の喜びを胸に、それぞれが自分のペースで、この夜を味わっていた。
──今は肩を並べて酒を酌み交わす。
その姿はまさしく、シャイン傭兵団が築こうとしている“新たな家族”の在り方を象徴していた。




