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光を求めて  作者: kotupon


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開発?!

ヒルズ宿の大部屋には、夕刻の淡い光が差し込んでいた。

窓から入る光が酒瓶やグラスに反射し、テーブルの上を金色に染めている。

宿の一室を借り切ったロイドたちは、さながら戦の勝利を祝うかのように、簡素だが温かみのある打ち上げを催していた。


部屋の中央には大きな木製のテーブルがあり、そこに男たちが集まっていた。

皿には煮込みやチーズ、干し肉、焼きたてのパンが並び、グラスには赤や琥珀色の酒が注がれている。

皆どこか疲れを滲ませつつも、その表情には充足感があった。


「フレッド、君、よく説得できたね」

ロイドが穏やかに口を開いた。手にはグラス、目元には柔らかな笑み。

「区長の相手は大変だったろう?」


「まあな」

フレッドは片手を軽く上げ、どこか得意げな様子で笑う。

「だが俺の交渉術にかかれば、どうってことねえさ」


「いやいや、意外だったのはザックだよなあ」

そう言ったのはダルソン。酒で少し頬を赤らめながら、向かいに座るザックを指差す。


「俺もやるときはやるんだぜ?」

ザックは鼻で笑いながら腕を組んだ。

「ちとばかし難儀はしたけどな」


「力業を使ったんじゃねえのか?」

クリフが皮肉混じりにツッコミを入れると、周囲がクスリと笑った。


「交渉事で力なんか使うわけねえだろ」

ザックは肩をすくめる。

「ただよぉ、一から百まで説明してやらねえと、まっっったく理解しねえんだよ……そのあたりは苦労したぜ」


「そう、それな」

フレッドが頷きながらグラスを持ち上げる。

「言葉で理解させるってのは、改めて難しいって思ったぜ。ほんとによ」


「へえ、やるもんだね」

ロイドが関心したように目を細めた。

彼はどこか誇らしげでもある――家族たちの成長に、静かに喜びを感じているのだろう。


「へへっ、まあな」

ザックとフレッドが同時に、どこか照れたように笑う。


その笑みは、どこか少年のようで――

一仕事終えた男たちが、家族と酒を酌み交わしながら、静かにその一日の達成をかみしめる。

やがて夜が深まり、笑い声がランプの灯りの中に溶けていった。


ヒルズ宿の打ち上げもひと段落し、空気がほんの少しだけ緩んだ頃だった。


「つーわけでよ、ロイド、金くれよ」

ザックが気楽な調子でロイドに手を伸ばす。

目元がにやけている。


「……また娼館か?」

隣でグラスを傾けていたクリフが呆れたように呟く。

返事を待つまでもない問いだ。


「今日は“あわわ姫”に行かなきゃいけねぇからな」

フレッドが当然のごとく言いながら椅子を蹴って立ち上がる。

その口ぶりにはもはや使命感すら漂う。


「情報収集はもう終わってるんだぜ?」

クリフはグラスを置きながら問いかける。


「ご褒美ってことでよ」

ザックが言うと、フレッドも肩をすくめて笑う。

「男ってのはな、たまにはそういう“清涼剤”が必要なんだよ」


「……そうだな」

クリフがため息まじりに言った。

「やることはやったし、シマたちも、うるさく言わねえだろう。たぶん、な」


「フフッ、でも明日の朝には出立するからね」

ロイドがグラスを置いて笑う。

軽く人差し指を立て、忠告めいた口調を添えた。


「話がわかるじゃねえか」

ザックが満足そうにうなずく。


「そうこなくちゃな」

フレッドも笑い、ロイドに軽く親指を立てる。


と、そこへ――

「なあ、なあ、俺は?」

テーブルの隅で煮込みを食べていたダルソンが、両手を上げてアピールした。

頬にまだソースがついている。


「ダルソンさんも遅れないようにね」

ロイドがくすっと笑いながら、手元の革袋から金貨を一枚取り出して、フレッドに渡した。


「ありがてぇ!」

ダルソンが満面の笑みで立ち上がり、手を合わせるように拝む。

今にも踊り出しそうな勢いだ。


三人は、そそくさと部屋を出ていく。

背筋を伸ばし、どこか浮足立った様子で。


「行くぞ、ザック!ダルソン!」

「おうよ、今日は“あわわ姫”祭りだ!」

「ハッハッハッ、体力を使い果たさねえようにな」


宿の廊下には、やがて三人の笑い声が遠ざかっていった。

残されたロイドとクリフは、しばらくその背中を見送りながら、ため息混じりに笑うのだった。



ギザ自治区、ランザンの街──乾いた風が吹き抜けるこの地方の商業都市の一角に構えるエイト商会本部では、また新たな商機に向けた奔流が始まっていた。

中心にいるのは、切れ者の商人ダミアンとその配下たち。

新たな商材の量産に向けた準備を進めていた。


会議室に広げられた試作品たちは、既に実地テストを経た逸品だ。

布地にはしっとりとした光沢があり、独特の防水膜が雨水を滑らせる。

ブーツの縫い目には蜜蝋が丁寧に塗り込まれ、裂けやすい部分には麻糸での補強も加えられていた。

背負い袋は収納性と耐久性を兼ね備え、外装には雨除けのフラップ、内側には羊毛の断熱層があるという丁寧な仕上げ。


「これがあれば、山岳地帯でも濡れることなく物資を運搬できる。兵士にも旅商人にも、人気が出るぞ」


「まずは人手の確保だ。布職人、革細工師、縫製工、蜜蝋の加工職人を最低30人」


ダミアンの声が、事務所中に響き渡る。

片手には帳簿、片手には職人の名簿。彼は即戦力となる者の名前を次々に挙げていく。



一方、シマたちシャイン傭兵団も負けていなかった。


街中を駆けずり回って取引を進め、大工道具や資材の確保、価格交渉、輸送手段の確保に奔走していた。

手配される道具も尋常ではない量だ。

斧、鍬、スコップ、鋸、ハンマー、釘、針金――工具に医薬品、矢と弓材、布地、そして大工道具一式が、すべて10組ずつ、きちんと数を揃えられて運ばれていた。


「この鋸は使い慣れてるやつね。あと5本」

「釘は錆びないやつだ。量を倍にしてくれ」

「医薬品は別便で。布と針金は湿気を避けて箱詰めしろ」

「250人分よ。半年後にはもっと増える。村どころか小さな町の建設になるわ」


ロイドたちが承認を得てくることを確信しているシャイン傭兵団の面々。

誰もがすでに次の工程を見据え、動いていた。


そんな喧噪から少し離れたエイト商会本部の奥、普段は応接や機密書類の保管に使われる落ち着いた一室に、シマとヤコブの姿があった。


机の上には、小さな蒸留器が静かに蒸気を立てていた。

金属の容器に銅の管、冷却部には水を張った陶器が置かれている。

部屋の空気には仄かにアルコールと薬草が混じった、どこか乾いた香りが漂っている。


「……何を抽出しようとしていたんだ?麻酔薬か?」

シマが無造作に腕を組み、蒸留器を見下ろしながらそう訊ねた。

声には関心と、どこか確信めいた響きがあった。


「!」

思わず身を乗り出すヤコブ。その白髪まじりの眉がわずかに跳ねた。

「そうじゃ……それも、前世の記憶というやつかの?」


「そんなところだ」

シマは肩を竦めるようにして答えた。

「……外科手術に挑戦しようとしたのか?」


ヤコブは首を傾げた。

「外科手術とは……なんじゃ?」


「身体を切ったり、開いたり、切除したり、縫い合わせたり……まあ、俺も詳しいことは知らねえが」

言いながらシマは指先でテーブルをとんとんと叩いた。

かつてどこかの戦場か、あるいはもう一つの世界で耳にした記憶が、言葉にならない輪郭で脳裏をかすめている。


ヤコブはしばらく言葉を失ったまま、遠くを見るような目をしていた。

「……医療が発達しておるとは聞いたが、そこまでとは思わなんだわい」


しばしの沈黙ののち、シマが少しだけ口元をゆがめた。

「もしかしてこの世界じゃ、外法とかって呼ばれてんのか?」


その言葉にヤコブは苦笑いを浮かべる。

「その通りじゃな。ワシのやることは『気味が悪い』『人の道に反する』と、そう言われて……まあ、忌避されるのも無理はなかったがのう」

彼の視線は、今も静かにしずくを垂らす蒸留器へと戻る。


「人体の構造に関して、どれくらいの見識がある?」

シマの声は低く、真剣だった。

質問というより、確認。協力を仰ぐための探り。


「ふむ……そうじゃのう……頭の中身までは知らん。」

ヤコブは眉間にしわを寄せた。

「じゃが、臓腑の配置、骨の構造、筋肉の繋がりに関しては、そこそこに心得はあるつもりじゃ。お主には及ばんかもしれぬが」


「お互い、知っていることを突き合わせていこう」

シマは目を細めながら言った。

無言のうちに、ふたりの間に通じるものがあった。

戦場で人を斬り、また救ってきた者と、学究の徒として禁忌を犯してきた者──

視点は違えど、目指す場所は同じだった。


「うむ」

ヤコブが小さくうなずいた。

その言葉は、密やかに始まる知の共同戦線への、確かな合図となった。



机に肘をついて考え込むシマの表情は、戦場のそれとは異なる鋭さを帯びていた。

脳裏で何度も映像を反芻する。

オズワルドの右腕――袈裟斬りに切られた身体。


「……いけるか?」

ぽつりと、独り言のようにシマが呟いた。


その目がやがてヤコブをまっすぐに捉える。

「オズワルドの右腕が動かないのは……多分だが、肩の腱が切れてるからだと思う」

そう言って、シマは自分の肩の辺りを指さした。

「このあたり。上腕の筋肉は生きてる。でも力が伝わらねえ……きっと、腱が切れたんだ」


ヤコブは黙って頷き、彼の動きを注視していた。

まるで頭の中で、シマの示す部位を解剖図と重ねているかのように。


「その腱を……つなぎ合わせると……動くのじゃな?」

ヤコブが問う。声には微かな熱が宿っていた。

まるで探求者が目の前の謎に手を伸ばしかけた時のように。


「……確信はない」

シマは正直に答えた。

眉根を寄せながらも、声には濁りがなかった。

「でも、筋肉も骨も生きてるなら、可能性はある。無理に動かしたり、打ち直したりするよりは……希望があると思う」


ヤコブは腕を組み、しばし蒸留器の方を見た。

冷却器の中で、ゆっくりと黄金色の液体がたまっていく。

「……ふむう……ともあれ、まずは麻酔薬の開発じゃな」


「麻酔がなきゃ、まともに切開も縫合もできねえからな」

シマも同意するように頷いた。


ヤコブは蒸留器の下の火加減を微調整しながら言う。

「今は、マンドラゴラの根と鎮静作用のある花弁、少量のアルコールを掛け合わせている。だが濃度も反応時間もまだ不安定じゃ……あと数日は試行が要る」


「必要な素材があれば、言え」

シマの声に迷いはなかった。


「うむ。ついでに、保存性と服用経路も見極めておかねばなるまい……吸入か、あるいは塗布か」

ヤコブはぶつぶつと呟きながら、目の前の器具に夢中になる。


その横で、シマは静かに目を閉じた。

オズワルドの腕が再び振るえる未来を、彼は確かに想像していた。


――それは、医学という名の戦いの始まりでもあった。

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