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光を求めて  作者: kotupon


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186/452

承認書?!

ラドウの街、中央区役所。


きっちり磨かれた石造りの庁舎の前で、フレッドは気だるげに門番に声をかけた。

「なあ? 金はねえけど、ワイルジに会わせてくれねえか?」


門番は目を細め、鼻で笑うと、手を振って「しっしっ」と追い払うようにする。

まともに取り合う気などない。


フレッドは肩をすくめ、ぼやきながらポケットを探る。ぼそりと呟く。

「これがあってもダメか……?」


そう言いながら、くしゃっと丸められていた封筒を広げる。

そこには──エイト商会の正式な紋章。

クリフが渡してくれた、たった一枚の通行手形。


それを目にした門番の態度は、まさに手のひらを返したように豹変した。

「ヤダなぁ~、最初からそれ見せてくれればよかったのにぃ! 人が悪いぜ、兄ちゃん!」


ヘラヘラと笑いながら、門番は扉を開け、フレッドを案内する。

廊下を抜け、立派な木彫りの扉の前で、軽くノックを入れる。

「エイト商会からのお客様です!」


「入れ」

中から短く響く、どっしりとした声。


扉が開く。中はやたらと広い執務室だった。

高い天井、壁には絵画や交易路の図、そして窓際には高価そうな観葉植物。

その空間のあちこちに、鋼のような眼差しをした屈強な護衛たちが八人。

誰一人無駄口を叩かず、全身から“用心棒”としての圧を放っていた。


フレッドは一歩踏み入れると、飄々とした笑みを浮かべ、片手を上げて軽く挨拶した。

「オッス、シャイン傭兵団のフレッドだ」


その気軽な態度に、室内の空気が一瞬ぴしりと凍る。

ワイルジを含む数人が、まるで変な虫でも見るような顔をする。


(……なんだコイツは?)

という目つきが部屋に満ちたその時、ワイルジが重く口を開いた。

「……書状を見せてもらおうか」


机に肘をつきながらも、鋭い視線がフレッドを値踏みするように注がれていた。



区役所の執務室、空気はぴんと張りつめていた。

ワイルジは重厚な革張りの椅子にもたれ、目の前に差し出された紹介状を一読すると、ふむ、と低くうなった。

年季の入ったその顔には、鋭い目と交渉慣れした者の風格がにじむ。

「……ふむ、便宜を図ってほしい……か」


一読ののち、封筒をデスクに静かに置き、目だけをフレッドに向ける。

「…無下にはできんな……して、用件はなんだ?」


その問いに、フレッドは「おう」と軽く答え、顎を掻きながら眉をひそめた。

「……確か、エイラが言うには……ええっと……“貴方たちとは取り引きをするだけ無駄ですわ”ってやつさ」


言い終えた瞬間、部屋の空気が一瞬静止する。

ワイルジは眉を寄せて身を乗り出した。

「……? 何を言っておる?」


「ん? あれ……?」フレッドは目を丸くして、自分の発言を反芻するように首をかしげた。

「俺も……何を言ってるのかわかんねえ……?」


部屋にいる護衛たちが少し顔を見合わせる。

ワイルジの顔に明らかな苛立ちが浮かぶが、フレッドは気にする素振りも見せず、勢いよく手を振った。


「ちょっと待て、今のはナシだ! もう一回いくぞ!」


そう宣言すると、胸に手を当て、息を深く吸い込む。

「……いくぞ……『貴方たちとは……話をするだけ無駄ですわ』……?」


首をかしげるフレッド。何かがしっくりこない顔。

「……なんか違うな……『貴方たちとは……ハゲチャビンですわ』……?」


その瞬間、ワイルジの顔色が変わった。

「……だ、誰が禿だッ!!」

怒鳴りながら立ち上がるワイルジ。

鼻の穴を膨らませ、椅子が後ろに倒れそうになる。


だが、フレッドはまったく怯まない。

むしろ逆に声を荒げた。

「うるせえ!! ちと黙ってろ!!」

大声で返すと、再び頭を抱えてうずくまり、「もう少しで思い出せたのに……クソッ! 忘れちまったじゃねえか……」と地団駄を踏む。


その振動に、執務室の床がミシ、と軋んだ。


護衛たちは戸惑いと困惑の入り混じった目でワイルジを見る。

ワイルジも怒鳴った手前どうしていいかわからず、口をパクパクさせたままフレッドを見つめるしかなかった。


執務室の重たい空気の中、フレッドは大きくのけ反るようにしてソファに身を沈めた。

両腕をだらりと広げ、足をテーブルの脚に引っかけながらだらしなく座る。


「おい、ハゲチャビン。なんか喋れ。そしたらそのうち思い出すかも知れねぇしよ」

フレッドのその一言に、室内の空気がピキン、と音を立てて凍ったかのようだった。


「……ぐっ……! こ、この若造が……!」

ワイルジの額に青筋が浮かぶ。こめかみがピクリと跳ねた。

「周りの状況もわからんのかッ!」


フレッドはキョトンとした顔でワイルジを見た。

「ん? 周りの状況がどうしたって?」


ワイルジは椅子から立ち上がり、机の上に両手をドンと叩きつけた。

「屈強な男たちに、今すぐにでも追い出されたくなければ、口の利き方を慎めッ!!」


八人の護衛たちはみな無骨な鎧をまとい、筋骨隆々。

額には薄く汗がにじみ、手には武器を構えている者もいた。


「屈強な男たち……? んー……」

もう一度キョロキョロと部屋を見渡し「もしかして……こいつらのことか?」


護衛たちがビクリと肩を震わせた。

「……どこをどう見ても、鼻クソじゃねえか」


その一言は、執務室の堰を切った。


「てめぇ……ふざけんのも大概にしろよッ!!」

「誰が鼻クソだコラァ!!」

「叩き出せェ!!」


怒声が飛び交う中、ワイルジは指を突き出し、吐き捨てるように叫んだ。

「もういい! 叩き出せ! 腕の一本や二本、折れても構わん!!」


その号令と同時に、八人の護衛たちは一斉にフレッドに向かって躍りかかる。

椅子がはじけ飛び、絨毯がめくれ、空気が爆ぜる。


フレッドはわずかに面倒くさそうに顔をしかめながらも、ゆっくりと立ち上がった。


執務室の中に響き渡るのは、椅子が吹き飛ぶ音と、重い肉のぶつかる鈍音、そして短い悲鳴。

だがそれらは長くは続かなかった。


フレッドはただ、軽く息を吐き、袖をまくることすらせず、静かに、だが確実に相手の懐に入り込んでいく。

護衛たちが振るう拳や棍棒は、すべて紙一重でかわされ、逆にフレッドの拳や膝、肘が一発一発、急所や関節を正確に撃ち抜いていった。


ゴキッという乾いた音が室内に響くたび、一人、また一人と護衛が倒れていく。

立っている者は減り、数分も経たぬうちに、屈強を誇ったはずの護衛たちは床に転がり、うめき声を上げるのみとなった。

うち四人は腕が不自然な方向に曲がっていた。


フレッドは服の埃を軽く払うと、ほとんど乱れのない髪を指で整えながら、ゆっくりとワイルジのほうへ歩み寄った。

「せっかく俺が、交渉事に来たってのによォ……力づくで来るとはどういう了見だ?」


その言葉に、ワイルジは椅子に押し込まれたまま、顔を引きつらせていた。

さっきまでの威勢はすでに欠片もない。


「なあ、ハゲチャビン?」


ピクリと反応したワイルジは、口を開くが、言葉が出てこない。

「……あ、い、いえ……そのぉ……」

しどろもどろに声を絞り出すも、まとまらず、かえって情けなさを強調するだけだった。

周りではうめき声が、チラッと見るワイルジ。


フレッドはその様子を見て、ふぅと一つ息をつく。

「気になるのか?」


視線をうめき声を上げる護衛たちに向けながら言うと、そのままスタスタと一人ずつ近づいていき、手刀をピシリ、ピシリと叩き込む。

目を見開いたまま呻いていた者たちは次々と、声もなく崩れるように意識を手放していった。


全員を静かにさせ終えたフレッドは、ワイルジの正面に戻り、無言で「これで満足だろ?」というような表情をする。


ご機嫌を取ろうとするワイルジ。

「あ、あのぉ……お、お酒でもどうですか?」

ワイルジは震える手で自らの机の引き出しを開け、そこから取り出したのは深紅の封蝋が施された一本のワインボトル。

見るからに年季の入った逸品。

よほどの来客時しか出さない秘蔵の品であろう。


フレッドはそれをチラリと見るなり、ニヤリと笑って手を伸ばす。

「気が利くじゃねえか」


と言って、グラスも使わずにそのままラッパ飲みで喉を鳴らした。

ごくごくと惜しげもなく流し込まれていく銘酒に、ワイルジは喉の奥でつばを飲み込む。


「…きょ、今日は……こ、交渉事とは……?」


恐る恐る、ワイルジが切り出すと、フレッドはワインを一息に飲み下し「承認くれ」と短く答えた。


「……?」


眉間に皺を寄せたワイルジが、机の上に両手を置いてじっとフレッドを見る。

曲がりなりにも彼はこのハドラマウト自治区の区長として長年君臨してきた男。

脳内ではすでに全力で計算が始まっている。


(エイト商会が……わざわざ紹介状を書いてきた……。無茶な要求をするような連中じゃない……が、"便宜を図れ"と来た。まさか金ではあるまい。この男は交渉に来た、と言った。……承認? ……つまり、なにかの許可が欲しい……)


「そ、それは……何処かの土地が欲しいっていうことでしょうか?」


「そう、それな!」

フレッドは即答した。


ワイルジはほっと息をつきながらも、なお思考を続ける。

(どこの土地だ?……都市部じゃあるまい……それならさすがにもっと正式な手続きが要る。……なら、寂れた村か? 放棄地か? ……廃村かもしれん……)


「む、村か、集落……でしょうか?」


「そう、それな!」

フレッドは今度はにこやかに相槌を打つ。


ワイルジの額に汗が浮かぶ。

背後の騒ぎはすでに収まり、空気が重苦しくなる中、彼は祈るような気持ちでさらに言葉をつないだ。

「どこの……村、でしょうか……? た、例えば……寂れた村……とか?」


「……」

今度はフレッドが何も言わず、ワインをもう一口飲む。


沈黙。

ワイルジの額から汗が一滴、机に落ちる。

「……放棄された村とか?」


「そう、それな!」

フレッドの顔が明るくなる。


(まさか……チョウコ村か!?)

そう脳裏にひらめいた瞬間、彼は恐る恐る口にした。

「……チョウコ村……でしょうか?」


フレッドは満面の笑みで大きく頷いた。

「そう、それな!」


その瞬間、ワイルジの全身から緊張が抜け落ちた。

重く深いため息が、まるで長年抱えていた負債を帳消しにされたかのように洩れ出る。

(……やっと……やっと正解に辿り着いた……!!やれやれ……謎解きか何かか? こんな話し方でよく交渉人などと……)


フレッドの満足げな笑顔を横目に、ワイルジは急いで机の引き出しから承認書の雛形を取り出し、ペンを手に取った。

インク壺の蓋を震える手で開けると、カリカリと紙の上に署名を書き連ねていく。

筆圧が強くなりすぎ、ペン先が少し割れてしまうが構っていられない。


(チョウコ村など……何の産業も資源もない、辺鄙な場所。そんな土地であれば――くれてやるわ!)


承認書には「ハドラマウト自治区――区長、ワイルジ・モコノの権限により、チョウコ村一帯の土地をシャイン傭兵団に譲渡・使用許可を与えるものとする」旨がしっかりと記されていく。


ワイルジは署名欄に名前を記し、印を押しながら内心で叫んでいた。

(くれてやる! くれてやるから! だから早く! とにかくこの男を――このフレッドとかいう謎の怪物を――この部屋から出したい!)


ペンを置くと同時に、ワイルジはその書類を両手で差し出した。

まるで神への供物のように、慎重に、丁寧に。

「……こ、こちらが……承認書になります……」


フレッドはそれをひったくるように受け取ると、さも満足そうに頷いた。

「よし、話が早えなァ、お前ハゲチャビンだけど、やるじゃねえか」


「……あ、ありがとうございます……」


フレッドが懐に承認書をしまい、再びワインを一口飲んだところで、ワイルジは心から安堵し、椅子の背にもたれかかった。

全身から汗が噴き出しているにもかかわらず、ひどく冷たい風に包まれたような心地で、ようやくこの異物から解放されるのだと確信した。


(これで……終わった……!)


口では「どうぞご自由にお使いください」と丁寧に言いながらも、心の中では必死に祈るように繰り返していた。

(どうか……二度と来ないでくれ……頼むから……!!)


そしてフレッドは、書状を懐に収め、満足げに笑うと──

部屋の扉へ向かって、ゆっくりと歩き出した。

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