探求者?!
砂色の風に揺れる低木を踏み分けながら、五人の男たちは乾いた道を歩いていた。
陽は高く、空は澄んでいるが、じりじりと照りつける太陽の下では、喉が渇き、足が重くなる。
先頭を行くのは、鉄の掟傭兵団のダルソン――彼の歩みは速く、慣れた足取りで進んでいた。
「お前ら、ラドウまで承認を得に行くんだろ? …荷物、少なすぎねえか?」
後ろを振り返り、荷物の少なさに眉をひそめながら問いかける。
彼の目には、それぞれが背負っている小さな袋しか映らない。
道中に食糧もそこそこ、寝具らしいものすらほとんど見えない。
(要は、付け届け、手土産、珍しいもんは用意してんのかよ?)
と言いたいのである。
相手は自治区区長ワイルジ・モコノとその取り巻き、議員たち五人。
なめてかかれば、門前払いを食うだけだ。
「なに、心配いらねえって。交渉事なら俺に任せろってんだ!」
自信満々に胸を張るのはフレッド。
陽気な笑みと軽快な足取りは変わらない。
「それに、金もシマから貰ってきてんだろ?」
ザックがロイドの背中をぽんと叩く。
ロイドは少しだけ目を伏せて、小さく答える。
「……50金貨を渡されたよ」
本当は100金貨――だが、半分は予備として自分が握っている。
ザックとフレッドには黙っておいたほうがいいと判断していた。
使い道が、どうにも目に見えていたから。
「へえ、50金貨ねえ……」
ダルソンが鼻を鳴らす。
「そりゃあ、立派な賄賂にもなるな」
「まあ、そうだろうな」
クリフが応える。
だが、フレッドとザックの二人は、別の方向に思考が飛んでいた。
「……50金貨もありゃあ」
ザックがにやりと笑う。
「娼館に毎日通えるぞ?」
「それだ! 楽しみだなあ~!」
フレッドが上機嫌に言い放ち、拳を軽く突き合わせる。
「君たち……」
ロイドは頭を抱えたくなった。
「……目的を忘れてんじゃねえか」
呆れるようにクリフが呟き、ダルソンも眉をしかめる。
「お前らガキの使いじゃねえんだぞ。やることはやってくれよな。」
「わかってるって!金と、それに俺たちの笑顔でバッチリさ!」
「……むしろそれが不安なんだよ」
クリフは歩きながら、小さく溜め息をついた。
目的地ラドウまでは、もうひと踏ん張り。
だが、道のりよりも前途の方が、どうにも不安に思えてならなかった。
陽が傾き、黄金色の光が街を染めていた。
ハドラマウト自治区の中心地、ラドウ。
街全体に漂うのは、どこか異国の風。
低く広がる建物は平屋が多く、白や土色の漆喰が太陽の残照を受けて輝き、屋根の上には植物を乗せた甕が並ぶ。
通りには色とりどりの織物が張り渡され、香辛料と果実、焼き肉の香りが入り混じった熱気が鼻をくすぐる。
「……ハドラマウトってのも、なかなかだな」
クリフが静かに呟く。
警戒心を解かず、目を細めて通りを見渡す。
「まずは宿を確保しねえとな」
続けるクリフに、ザックがひとつ通りの先を指差した。
「アソコなんかいいんじゃねえか?」
指の先には、三階建ての白壁の宿――装飾が豪華で、入口には金糸の垂れ布が風にそよいでいる。
扉の脇には門番らしき男が立ち、客を見送っていた。見るからに高そうな宿。
「おいおい、歓楽街はどこだ?」
キョロキョロしながらフレッドが通りを見回す。
着いて早々に浮かれた様子だ。
「お前ら、無限に金があるわけじゃねえんだぞ」
クリフが溜息交じりに釘を刺す。
「サッサと用件済ませて、とっとと帰ればいいだろ。なあ、ダルソン?」
ザックが横にいた道案内役へと同意を求める。
「宿代も飯代もお前ら持ちだろ? どこでもいいさ、好きにしな」
ダルソンは肩をすくめる。言葉の調子はぞんざいだが、悪意はない。
ロイドは少し眉をひそめ、疲れた声で言った。
「……すぐに終わらせて帰ろう」
しばしのやりとりの後、一行は「ヒルズ宿」と呼ばれる宿に入った。
装飾は民族調、彫刻を施した木製の家具が並び、心地よい香が焚かれていた。
「おお、いいとこじゃねえか」
ザックが鼻を鳴らしながら部屋を見渡す。
「んじゃ、飯でも食おうぜ!」
フレッドがすぐさま声を上げる。移動の疲れよりも空腹が勝ったようだ。
「ダルソンも遠慮するなよ! 今夜はうまいもん食おうぜ!」
フレッドが豪快に肩を叩く。
「そうだぜ、金ならある!」
ザックも胸を張って笑う。
ダルソンは少し面食らいながらも笑みを見せ、ロイドに向き直った。
「……なんか、悪りいな。こっちは案内してるだけなのに」
「いえ、ダルソンさんは気にしないでください」
ロイドは穏やかに返す。
夕焼けの光が宿の窓から差し込み、一行は荷物を置くと食堂へと足を運んだ。
笑い声が絶えず、テーブルの上には地元料理が次々と運ばれていく。
明日からは本番――だが今夜は、まず英気を養う時間だった。
が、夕食を終え、酒を飲み干した一行は腹をさすりつつテーブルに寄りかかっていたひょいとフレッドが身を起こした。
「よーし、情報収集にでも行くかぁ!」
「お、いつになくやる気じゃねえか」
クリフが眉を上げる。
「へへっ、まあな。つーわけで――金くれよ」
「……は?」
フレッドの隣で同時に手を出すザック。
「おれもおれも」と当然のように。
「……まさか、君たち」
ロイドがジト目で言った。
「娼館に行くとか言わないよね?」
「そうだけど?」
「何を当たり前のことを聞いてんだ?」
ザックとフレッドが首を傾げる。
「アホか!!!」
クリフがガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。
「渡せるわけねえだろうが!」
「いやいやいやいや、聞いてくれクリフ」
ザックが手を振って制しながらしたり顔で言う。
「情報源ってのは、案外女の口から洩れるもんなんだぜ」
「そうそう、下手な情報屋より夜のお姉ちゃんたちの方が地元の裏話詳しいんだぜ?」
「……それは、確かに一理あるな」
まさかのダルソンが首を縦に振った。
瞬間、ロイドとクリフの顔が引きつる。
「ダルソンも行くか? 三人なら情報も三倍だぜ?」
「いっそみんなで行こうぜ! 団結力って大事だろ?」
「い、いや、僕にはリズが…っ!」
ロイドが目を泳がせて手を横に振る。
「お、俺も……ケイトがいるし……バレたら殺される……ッ!」
クリフが呟きながら肩を震わせる。
「だーいじょーぶだって! 黙ってりゃバレねえって!」
ザックが親指を立てる。
(絶対バレるし…ザックとフレッドが言いふらすに決まってる…)
という確信が、ロイドとクリフの脳裏を同時によぎる。
「い、いいのか? 驕りだろ? なら行かせてもらっても――」
まさかのダルソンが追い討ちをかけた。
「……ダルソンさん……」
「……ダルソン……」
ロイドとクリフが悲しそうに呟き、揃って溜息をついた。
男の背中は時に語るというが、今の彼らの背中は“諦念”を物語っていた。
「俺も一応男だしな!」
胸を張るダルソンに、
「一応って何だよ……」
クリフがツッコミかけるも、もうどうでもよくなった。
「……1金貨。ちゃんと情報収集をすること…」
ロイドがしぶしぶ渡すと、ザックとフレッドとダルソンは満面の笑みで立ち上がる。
「おうっしゃ! 今夜は収穫の夜だぜ!」
意気揚々と歓楽街の灯に吸い込まれていった三人。
ハドラマウト自治区ラドウの歓楽街。
日が落ち、異国情緒たっぷりの石造りの街並みに色とりどりの提灯が灯り、通りには甘い香りと賑やかな笑い声が満ちていた。
だが――「……」
その光の中に、いつもと様子の違う二人がいた。
ザックとフレッド。
娼館街を前にしても、浮かれることなく腕を組み、眉間にシワを寄せ、目を細める。
「……真剣すぎねえか?」
後ろで首を傾げるダルソンをよそに、二人は視線を左右に巡らせる。
「ほら、あの男。出てきた時に一瞬、肩が下がった。満足したって証拠だぜ」
「だな、女の腕の中で全部吐き出した顔してやがる」
「あのお姉ちゃんたちは? さっきから“そっち”の方には声かけてねえな」
「つまり“そっち”は予約制だ。……中に何かある」
「あれ見ろよ、あの看板。微妙に新しく付け足してやがる。“特別対応可”の小札、あれは客が求めてる証拠だ」
まるで観察兵と偵察兵。
聞き耳を立て、出てくる客の表情一つひとつを分析し、通りを一往復――入口から出口まで一糸乱れぬ足取りで調査を終えると、二人は揃って立ち止まった。
「……さて、答え合わせといこうじゃねえか」
ザックが腕を組み、口の端を持ち上げる。
「気になったのは、二軒だな」
とフレッド。
「同じく」
「………?」
ダルソンだけがキョトンとしたまま、二人を見つめている。
「おいおいおい、何やってんだよ」
フレッドが振り返って、肘でダルソンを小突く。
「しっかりしてくれよ、ダルソン。」
ザックも呆れ顔で言う。
「ちゃんと情報収集してたのかよ?」
「……あ、ああ。すまねえ……ちょっと普通に見とれてた……」
耳まで真っ赤にするダルソン。
「ハア〜……しょうがねえなあ……」
フレッドが盛大に肩をすくめると、ザックが一歩前へ出て高らかに宣言する。
「俺から言うぜ――“しっぽり”と“あわわ姫”だ」
「ニヤッ」
フレッドがしたり顔でうなずく。
「俺も同じだ」
「よし、今日は“しっぽり”を攻めるか」
「だな。まずは王道から試して、明日“あわわ姫”と照らし合わせだな」
「対照実験ってやつだな。学者もびっくりの比較研究ってやつだぜ!」
「ははっ、俺たちほんと、傭兵じゃなくて探求者だよな」
「歓楽街研究家だな!」
「……で、俺は何を研究すればいいんだ?」
困惑するダルソンの肩を、ザックがぽんぽんと叩いた。
「なーに、感じたままを受け入れりゃいいのさ。楽しめば情報はついてくる」
そして三人、肩を並べて異国の夜に消えていく。
「しっぽり」の提灯が、今夜も暖かく揺れていた――。




