試行錯誤の日々
新しい家を建ててから、はや二か月が経った。
日々の暮らしも安定し、シマたちはより効率的に生活を送るための工夫を凝らしていた。
彼らの生活は以前とは比べ物にならないほど整備され、生活の質も向上していた。
彼らは切り株を椅子代わりにし、簡素ながらも頑丈なテーブルを作り、食事の時間をより快適なものにしていた。
食料の確保にも余念がなく、周囲の森でローブッシュ系のブルーベリーを採取し、川や湖では魚を獲り、罠や弓を駆使して兎や鳥、鹿を仕留めた。
それらの肉は燻製にし、保存食として蓄えている。
さらに、森の奥では薬草や香草を採取し、調味料や薬として利用する術を学び始めた。
シマはユズやカボスといった柑橘類も発見し、これらを料理の風味付けに活用することで、食生活の幅が広がった。
また、ブラウンクラウン、ジャガイモの栽培にも挑戦し始めた。
特にジャガイモは、食料としての可能性が高いと考え、実験的に植えてみた。
しかし、シマの知識は曖昧で、深く植えないこと、水はけのよい場所に植えることくらいしかわかっていなかった。
それでも試行錯誤しながら畑を作り、日々の世話を続けていた。
発芽を確認できたときの喜びは大きく、今後の収穫に期待が高まった。
ジャガイモを安定的に栽培できれば、飢えを防ぐための大きな武器となるだろう。
この三年間で特に不思議だったのは、ブラウンクラウンが一年中採取できることだった。
通常のキノコは季節ごとに収穫期が異なるが、ブラウンクラウンだけは常に一定の数が生えていた。
金になることを知ってからは、彼らはより慎重に採取し、必要以上に取りすぎないように心掛けていた。
ダミアンに卸せば大きな収入源となるため、シマたちは少しずつ計画的に採取を進めていった。
そしてブラウンクラウンの特性を調べるため、環境要因を探るため、森の影になる場所や湿度の異なる場所に種菌を配置し、その成長を観察するという地道な作業が続いた。
一方で、戦闘の訓練も欠かさなかった。
シマたちは、盾を使った戦術を研究し、仲間同士で模擬戦を繰り返した。
弓の技術も磨き、遠距離攻撃の精度を高めている。
だが、オスカーを除き男性陣は弓の腕前は壊滅的だった。
戦闘中に迅速に意思疎通を図るため、簡単なハンドサインを決め、実戦でも使えるよう練習を重ねた。
戦闘技術の向上は、自分たちの生存に直結する問題であり、誰もが真剣に取り組んでいた。
日々の鍛錬の成果もあり、狩猟や自衛の際の動きが格段に洗練されてきた。
リズは、集めた大量の毛皮を利用して防寒着を作り、限られた布を使って服を仕立てた。
彼女の手によって、羽毛を詰めた布団も作られ、寒い夜でも快適に眠れるようになった。
特に冬の厳しさを考え、防寒対策は最優先事項の一つだった。
彼女の手仕事の巧みさに、皆が感謝していた。
さらに、簡単な靴作りにも挑戦し、耐久性のある素材を使って手縫いのブーツを作ることに成功した。
オスカーは弓矢の制作に精を出していた。
特に、女性陣からの「大型獣に致命傷を与えるために、矢を太くできないか」という要望を受け、それに適した弓を設計することに取り組んでいた。
強度を高めつつ、女性でも扱いやすい設計にするために試作を繰り返し、ようやく実用レベルのものが完成しつつあった。
さらに、弓だけでなく、罠の改良にも取り組み、より効率的に獲物を仕留める方法を考案していた。
シンプルな落とし穴や、動物の習性を利用した誘導罠など、多様な方法を取り入れた。
シマたちは、狩猟や戦闘訓練をバランスよくこなしながら、より快適で安全な生活を求めて努力を続けた。
新しい家が建ってからの二か月間で、彼らの生活は格段に向上し、ただ生き延びるだけでなく、未来を見据えた生活へと変わりつつあった。
彼らは、季節の移ろいを見つめながら、新たな挑戦へと歩みを進めていった。
いつもの夕食時。
焚き火の明かりが揺らめく中、シマたちは切り株を椅子代わりに囲み、騒がしくも賑やかに食事を楽しんでいた。
肉を炙る香ばしい匂いと、薬草を煮出したスープの湯気が空気を満たし、森の中では夏でも夜になると冷え込む寒さを和らげてくれる。
笑い声が絶えず響き、誰もが穏やかで満ち足りた表情を浮かべていた。
「明日の狩りが楽しみだわ!」
サーシャが興奮気味に声を上げる。
彼女の隣では、ケイトやノエル、ミーナ、メグ、エイラも頷いていた。
彼女たちは全員弓を使う射手であり、今回の狩りでも重要な役割を担っている。
「オスカーに作ってもらった新しい弓を試してみるのが待ちきれないわ」
サーシャはそう言いながら、手元に置かれた弓を撫でる。
オスカーは皆のためにそれぞれの体格や力に合わせた弓を作ってくれた。
シマも一本手に取って弦を引いてみる。
しっかりとした反発力を持っており、そこそこの力を入れないと弦を引ききれない。
「これ、普通の人じゃ無理なんじゃないか……?」
シマはそう呟きながら、慎重に弓を戻す。
ブラウンクラウンを毎日のように食べ、身体能力の上がった自分の腕力では何とか扱えそうだが。
一方、狩りの布陣も決まっていた。
弓手のサーシャ、ケイト、ノエル、ミーナ、メグ、エイラが後方から獲物を仕留める役を担う。
前衛として盾を持ち、荷物運びも兼ねるのはジトー、トーマス、ザック。
さらに中衛として戦況を見ながら動くロイド、クリフ、フレッドが隊に加わる。
「リズは防寒着を作るんだろ?」
ザックが尋ねると、リズは頷いた。
「ええ。ブーツ、手袋、帽子、マフラー……防寒具はどれも必要不可欠だからね。冬が来る前に準備を進めないと」
彼女は手元の布と毛皮を広げながら、どのように裁縫を進めるか考えていた。
寒冷地での生活では、暖かい装備が命を守る要素になる。リズの仕事もまた重要だった。
オスカーは予備の弓矢作りに励んでいる。
特に矢は大量に必要になるため、小動物用の細い矢、大型獣用の太い矢をそれぞれ用意する必要があった。
彼は丁寧に矢じりを削り、羽根を取り付けていた。
シマはといえば、今回は狩りには参加せず、別の準備を進めることにしていた。
主な仕事は、実験栽培中のブラウンクラウンの管理と、ジャガイモの世話。
そして、誰にも言っていないが、ある計画を進めようとしていた。
(……パンを作る)
前世の記憶を頼りに、小麦粉からパンを焼く試みだ。
シマが知る限り、ふっくらしたパン作りにはイースト菌が必要だった。
そしてイースト菌とは酵母のことである。
ブルーベリーやユズの皮を使う(ローブッシュ系のブルーベリーがあるので使える)
小麦粉と水で自然発酵
つまり、何か発酵させるものを加えればいいのではないか?
(小麦粉にブルーベリーを練り込めばいいんじゃね?)
そんな仮説を立て、シマは考えを巡らせた。
ただし、どれくらいの分量を加えるのか、どれくらい寝かせればいいのかはわからない。
だが、試さなければ始まらない。
(うまくいくかはわからないけど……やってみる価値はあるだろう)
翌朝、狩りに出る仲間たちを見送ったあと、シマはさっそくパン作りに取り掛かった。
まずは小麦粉を水でこね、ブルーベリーを加えて発酵を試みる。
並行して小麦粉と水で自然発酵も試みる。
しかし、室温が低いためか、なかなか発酵が進まない。
「やっぱり発酵には温かい環境が必要か……」
思案しながら、シマは布で生地を包み、焚き火の近くに置いてみる。
時間が経つと少し膨らんできたが、まだ理想の状態にはほど遠い。
数日、試行錯誤を繰り返すことになる。




