いつの間に?!
夕飯を終えた後、ほっと息をつく間もなく、シマはダミアンに、ひと言断りを入れた。
「すまねえ、少し団の連中と話をさせてもらう。商談室、借りるぜ」
「ああ、構わねえ。明かりはつけといた。鍵もかかってねえから自由に使え」
ダミアンは面倒くさそうに手を振ったが、その声にはどこか理解と信頼が込められていた。
シャイン傭兵団の面々がそこに静かに集う。
テーブルの両端にシマとジトーが腰を下ろすと、自然と席が埋まっていった。
シマがゆっくりと口を開く。
「じゃあ、はっきりさせよう。これからの『体制』をよ」
言葉を区切って、シマが面々を見渡す。
「団長は俺が続ける。副団長はジトー。異論ねえな?」
ジトーは目を閉じて、無言で頷いた。
他の面々も誰ひとり異論を挟まない。
「団長補佐として、サーシャ、クリフ、ロイド――お前らを立てる。」
サーシャがこくりと頷く。
クリフとロイドもそれぞれ真剣な眼差しで答えた。
「そして、“シャイン商会”会頭にエイラ、副会頭はミーナ。数字と人の流れを見る目はお前に任せる」
「うん、やってみる。必要な帳簿や人員リストも作るから、任せて」
ミーナがにこやかに答えるも、その口調には芯が通っていた。
「それ以外の連中も、役目を決めていくが……とりあえず、これが俺たちの新しい『骨組み』だ」
部屋が静まり返る。
それは新たな時代の“夜明け前”の静寂。
誰もが言葉を持たず、しかし明らかに――心の中では同じものを見つめていた。
シマが小さく息を吐いた。
「……これが、シャイン傭兵団の新たな始まりだ。誰ひとり、置いてかねえ……が」
彼の鋭い視線が脇にいた二人に向けられる。
「……なんでお前らが当たり前のようにいるんだ?」
椅子に腰かけるマリアと、静かに座るオズワルドの姿があった。
戦地からの帰路、休憩のたびに自然と輪の中にいた彼ら。
「何でって?」
マリアは肩をすくめて、からりと笑う。
「私も、シャイン傭兵団の一員だからよ」
「俺もだな」オズワルドも、穏やかにうなずく。
傷はふさがり、歩けるまでには回復していたが、右手は包帯に巻かれたままだ。
「……許可を出した覚えはねえんだが」
シマが低くつぶやくと、マリアは胸を張って即答した。
「私が決めた! それに、今さら一人二人増えたところで変わらないだろ?」
「確かにそうだな」
フレッドが頷いた。
「だろ? フレッドはわかってるじゃないか」
マリアがにっこりと笑う。
道中、マリアはあっという間に傭兵団の中に溶け込んでいた。
休憩中にはリズやノエルと一緒に火を囲み、裁縫を手伝ったり、時に料理をするミーナ、メグを手伝っていた。
失敗ばかりではあったが
サーシャやエイラとは夜営の見張りを一緒に行いながら、女性同士の静かな会話を交わし、ザックとフレッド、クリフ、ケイトとは武器談義に花を咲かせた。
特に、剣の使い方について語るときの彼女の熱意には、オスカーやロイドも一目置くようになっていた。
オズワルドはというと、負傷の身ではあったが、動ける範囲で団の手伝いを申し出ていた。
荷物の見張り、簡単な見取り図の作成など、静かに黙々とこなすその姿勢は、ジトーやトーマスに好印象を与えていた。
ヤコブとは何度か夜に焚き火を囲んで語らい、戦争と学問の違いについて意見を交わしたこともある。
「右手が動かない今だからこそ、考える時間が持てているのだ」と言うオズワルド。
ふと、シマがマリアに問いかける。
「……お前、社交的な性格の割にはさ。大嵐傭兵団って、なんかギスギスしてなかったか?」
火の明かりに照らされたマリアの表情が、かすかに曇った。
「……あいつらは、私を“女”だってだけで見下してたんだよ」
口調は軽いが、内側には熱い感情があった。
「実力は認められてたと思う。でも、それ以上に……身体目当てもあったんだろうね。視線で分かるよ、そういうの。フンッ」
鼻で笑いながらも、指先は無意識に拳を握っている。
その苦さを、皆は黙って聞いていた。
「女団長なんて珍しいものね」
サーシャがぽつりと漏らす。
マリアはその言葉に少し顔を上げ、にやっと笑って見せた。
「まあな。でも、ここは違う。サーシャたちもいるし、すっごく居心地がいいのよ!」
それは心の底から出た声だった。彼女の瞳は、炎の明かりに揺れて輝いていた。
「ミーナとメグは優しいし、ノエルは理屈っぽいけど誠実。リズは真面目で気遣い上手で、エイラは冷静なくせに時々おかしなこと言うし、ケイトはクリフの話ばっかりするし、サーシャは……うん、ちょっと怖いけど頼りになる!」
「……ちょっと怖い、って何よ」
サーシャが肩をすくめたが、表情はどこか柔らかかった。
「でもさ、本当に嬉しかったんだよ。戦いの中で“女だから”なんて見方されないことが。ここじゃ、誰も私を飾りみたいに扱わないし、無理に気を遣ってこない。むしろ、放っといてくれる。そういう空気って、私にとってはすごく楽」
焚き火が、ぱちん、とまた弾けた。マリアの視線は空へ向き、ほっと息をついた。
「ようやく、帰る場所が見つかったって感じ」
「……悪くねぇな、それ」
シマがそう呟いたのは、マリアに向けてだったのか、傭兵団全体に向けてだったのかは分からなかった。
だがその声には、確かな共鳴があった。
そして何より、彼らは傭兵団の誰かとではなく、「みんなと」話していた。
誰か一人に取り入るのではなく、自然と場にいる。
そこに不思議な拒絶は生まれなかった。
「……ほんと、気づいたら当然のように馴染んでるんだよな、お前ら……ま、今さら蹴り出すのも骨だしな」
シマは頭をかきながら、うっすらと笑った。
こうして、マリアとオズワルドは正式な宣言もないまま、自然にシャイン傭兵団の一員として、その場に在った。
「……で、次の話に入る。ハドラマウト自治区にある、チョウコ村。そこをとりあえずの拠点にする」
「チョウコ……村?」
ヤコブが目を細める。
「ああ。放棄された村で今は誰も住んじゃいねぇと言う。もともと盆地にある村で、周囲を山、丘に囲まれてて、天候の変化が急。雨が降れば霧、晴れたと思えば突風、雷も落ちる。獣害も多いらしいぞ」
「……うわあ」
マリアが素直に眉をしかめた。
「畑なんてとてもじゃないけど、作れたもんじゃないでしょ。日照時間もバラバラだし」
「実際、畑の面積も少ねえみてえだな。作物を育てるには最悪の条件だろう」
「……そんな所、手に入れてどうするんだ?」
オズワルドも困惑したように眉をひそめる。
「水資源は豊富だ。すぐ近くにルナイ川が通っている。清流で、飲用にも使える」
「うーん……」
ヤコブが顎に手を当てて唸った。
「水があるのは重要だが、それ以外の条件が壊滅的に見える」
「……でも、どこか似てるわね」
ぽつりとメグが口を開く。
「深淵の森に」
ザックが口元を歪めてにやりと笑う。
「肉、食い放題だな!」
「いい情報ね」
ケイトが薄く笑いながらうなずいた。
「水源さえ確保できてれば、生活基盤は築ける。森を知ってる者がいれば、だけど」
「そうだな。俺たちなら、わけねえな」
クリフが静かに答える。彼の目が鋭く光った。
そのやり取りを聞いていたヤコブ、マリア、オズワルドが同時に顔を見合わせた。
「……!」
ヤコブが軽く口を開き、呟くように言った。
「そうじゃった……シマたちは“深淵の森”育ちだったのう」
マリアも目を見開く。
「なるほど。そういうことか。どんな辺境でも生き抜いてきた、ってことね……」
「人が見放した土地を、居場所に変えてしまう力があるということか」とオズワルド。
シマはそれを聞いて、かすかに笑った。
そして仲間たちの顔を順に見てから、続けた。
「居場所ってのは、自分で決めるもんだ。過酷だろうが何だろうが、俺たちが居る場所が“拠点”になる。……それが、シャイン傭兵団だ」
その場にいた者たちの誰もが、その言葉に異を唱えることはなかった。
シマが話を終えると、ジトーがすかさず補足を入れた。
「……で、そのチョウコ村を正式に手に入れるには、ハドラマウト自治区を治めてる区長――名前はワイルジ・モコノ――そいつか、もしくは自治区内の議員5人。計6人のうち、4人の承認を得られれば、認められる仕組みになってる」
「つまり、根回しがいるってことか」
クリフが腕を組む。
「そういうことだ。だが、エイラにはダミアンたちとの交渉がまだある。動かせねえだろ。俺もやることがある」
「オスカーには新しい弓を作ってもらわないと」
エイラが淡々と告げる。
「宿の手配もしなきゃなんねえ」
ジトーが言う。
「そうね……灰の爪傭兵団120名、氷の刃傭兵団40名、それに家族たちも加えると……200名以上になるわね」とミーナが計算しながら頷いた。
「2週間後よね? 集合予定」
ケイトが念押しするように言うと、場の空気は次第に緊張へと傾いていった。
――そこへ、朗々と響く声が空気を弾いた。
「ちょっと待ったあーッ!!」
その声の主、フレッドが両手を広げて一歩前に出る。
「交渉事が得意な人間を忘れちゃいねえか?」
「エイラにシマ…他に誰がいるんだい?」
他に誰かいたっけ?と首を傾げるロイド。
「……ヤダなあ〜ロイド君、目の前にいるじゃねえか!」
ロイドが無言で眉をひそめる横で、フレッドは自信満々に胸を叩いた。
「いや、お前のは交渉って言わねえだろ……」
ザックが静かにツッコミを入れる。
シマが呟いた。
「……いきさつは知らねえが、一応“結果”は出してんだよなぁ」
「そう、それ! 結果が! 大事なんだよ!」
フレッドが指を天に突き上げるように叫ぶ。
ジトーが真面目な顔で問いかける。
「……で、区長と議員から“承認”を得られるか?」
「誰に言ってんだよ、俺に任せとけって! エイラ直伝の交渉術を見せてやるよ!」
その瞬間、家族たちの視線が一斉にエイラに向いた。
淡々と、エイラが首を横に振る。
「教えた覚えは、ないわ」
間髪入れず、ザックがやれやれと肩をすくめた。
「こいつ、ただエイラが交渉してるのを聞いてただけだぞ」
「はっ、それでも! ちゃんと“吸収”するのができる男ってなもんさ!」
フレッドがにやりと笑いながら指を鳴らす。
堂々とした態度とは裏腹に、どこか憎めない軽さがあった。
「……まあ、フレッドのことだ。なんだかんだ言っても、やる時はやるからな」
クリフがぼそりと呟く。
「だろっ! クリフ、分かってるねぇ!」
フレッドが勢いよく指を差す。
シマは小さく笑って肩をすくめた。
「……よし。任せたぞ、フレッド。手段は選ばねえ、使えるもんは何でも使え」
その言葉に、フレッドが眩しいほどの笑顔で親指を立てた。
「シマ、最高の指令だぜ!」
――と、そのとき。背後から、またもや元気な声が飛ぶ。
「ちょっと待ったあ〜!」
振り返れば、ザックが立ち上がっていた。
口角を吊り上げ、面白そうにフレッドを指差す。
「フレッドにできて、俺にできねえはずがねぇ。手段は何でもいいんだよな?」
「ザック、それはお前……暴力一択だろ」
トーマスが肩をすくめて呟く。
「ザック、あくまで“最終的に”ってことだから」
オスカーがやんわりとたしなめる。
「それぐらい、わかってるって。口も動かすよ、まずはな」
ザックはニッと笑って返す。
シマはそのやりとりを無言で見守ったあと、小さく頷いた。
「――よし、フレッド、ザック、それと……ロイド、クリフ。お前ら4人で行ってこい」
名を呼ばれたロイドとクリフは、冷静に頷いた。
「了解」




