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光を求めて  作者: kotupon


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手を組む?!

「それじゃあ次は――契約と協力関係について話をしようか」

アレンがにこやかに声を上げた。


だがそれを受けて、ジトーが少し眉をひそめながら口を挟む。

「……休まなくていいのか?」


移動続きの疲れもあり、皆それなりに疲労は溜まっている。


だが、アレンは柔らかく笑い、きっぱりと言った。

「商機が目の前にあるのに、それをみすみす逃すようでは商人失格だよ」


その言葉に、商人としての誇りと熱意が滲んでいた。

シマたちは顔を見合わせ、苦笑しながらも頷く。

商売に関してはどこまでも徹底している――それがエイト商会だった。


「ちょっと資料を持ってくる」

そう言い残し、アレンは手早く商談室を出ていった。


それを見送りながら、ディープが立ち上がり、奥の棚から茶器を取り出して手早く用意を始めた。

湯気を立てる茶葉の香ばしい香りが、商談室いっぱいに広がる。


「結構いい茶葉使ってるんだぜ」

ディープはそう得意げに言うと、シマたち、そしてグーリス、ライアンにも丁寧に茶を煎れた。

その手つきは見た目に似合わず、どこか手慣れていて意外だった。


湯呑から立ちのぼる芳しい香りを楽しみながら、ダミアンがふと思い出したようにグーリスに声をかける。

「……おい、グーリス、お前は身体の方は大丈夫なのか?」


深い傷を負ったと聞いていたのだ。

だがグーリスは茶を一口飲み、器を置きながら豪快に笑った。

「鍛え方が違うぜ」


飄々とした答えに、ダミアンは少し呆れたように、だが安堵したようにうなずく。

「……そうか、ならいいんだが」


一息ついた後、ダミアンは湯呑を手の中で転がしながら、ぼそりと呟く。

「しかし……いきなり大傭兵団が出現か」


茶の湯気の向こうに、彼の複雑な表情が浮かんでいた。


「そうなるな」

ライアンが静かに言った。

その声には重みがあった。


「時代が動くぜ」

ライアンの言葉に、室内にいる誰もがわずかに息を呑んだ。


外ではまだ気づかれていない。だがここにいる者たちは、確かに肌で感じていた。

――時代が、大きく動こうとしていることを。


シマが軽く肩をすくめて言った。

「おいおい、俺はそんなつもりはねえぞ」

あくまで自然体を装うシマ。


だが、その言葉にグーリスが低く笑った。

「……ククッ……お前の意思は関係ねえ」


鋭く、しかしどこか嬉しそうに告げるグーリス。

重く、それでいて熱を帯びた予感が、商談室の空気を少しだけ震わせた。


そして、まだ戻らぬアレンを待ちながら、彼らはそれぞれの胸に、これから始まる新しい時代への期待と覚悟を、静かに噛み締めていた。


しばらくして、扉が音を立てて開いた。

資料を抱えたアレンが、軽やかな足取りで商談室へ戻ってくる。


「お待たせ」


机の上にどさりと資料を置き、手早く整える。

その分厚い束に、誰もが思わず視線を奪われた。


「これは現在、うちエイト商会が鉄の掟傭兵団と結んでいる護衛契約の大まかな概要だ。流石に詳しい内容までは見せられないけど――商人にとって契約書は命だからね。信用問題に関わる」

アレンはにこやかに言ったが、その目は冗談ではないと告げていた。


シマたちも真剣な顔でうなずく。


アレンが資料を開き、丁寧に説明を始める。

護衛契約には、多岐にわたる項目が設けられていた。


まず傭兵の人数。

最低人数、最高人数が明記され、依頼内容によって柔軟に対応できるようになっている。


次に日数。

護衛期間と、必要に応じた延長契約の条件が細かく記されていた。


食材の持ち込みと持ち出し、飲料水の確保についても、詳細な規定が設けられている。

消費量、補給方法、緊急時の対応に至るまで、実に細かい。


さらに宿代の負担。

傭兵側の負担と商会側の負担が明確に線引きされ、無用なトラブルを防ぐ仕組みになっていた。


武器の損傷や矢の補充についても細かく定められている。

任務中に破損した武器は誰が修理費を負担するか、矢の消耗分は誰が補充するか――すべて金銭に換算されていた。


さらに目を引くのは、怪我や死亡に関する取り決め。

死亡時の補償金額、負傷時の治療費負担、万が一の際に遺族への支払い義務まで、徹底した内容だった。


そして、最も重要な項目――荷を守れなかった場合の罰則と、雇い主を守れなかった場合の罰則。

違反が発生した場合、厳しい違約金が課せられ、傭兵団そのものの信用にも傷がつく仕組みになっていた。


「……すげえな。ここまで細かく決めるのか」

ジトーが低く唸る。


グーリスとライアンも資料に目を走らせながら、慎重に頷いていた。


「当然だ。俺たちも命を張るんだ。だが同時に、雇い主も金を張る。お互いにリスクを背負う以上――ルールは厳密でなきゃならねえ」

グーリスが静かに言った。

ライアンも無言で同意を示すように頷く。


シマたちは、グーリスやライアンの意見を聞きながら、一つ一つ確認していった。

小さな条項にも目を光らせ、時に質問し、時に意見を出し、少しずつ自分たちの求める形へと修正していく。

時間をかけたが、誰も焦りを見せなかった。


「それと――」

全員の視線がアレンに集まる。

アレンは手元の資料を閉じ、わずかに身を乗り出して言った。


「一つ、追加でお願いしたい条件がある」


一瞬、場に微かな緊張が走る。

ジトーが眉をひそめ、ライアンも目を細めた。


だが、シマは静かに促す。

「……聞こうか」


アレンはうなずき、はっきりと告げた。

「エイト商会と鉄の掟傭兵団との正式な契約期間が満了しても――現在ギザ自治区にある鉄の掟傭兵団本部には、常時30人の傭兵を待機させる。これを、明文化した上で保証してほしい」


その言葉に、シマたちは目を細めた。

「……つまり、契約が切れた後でも、いざというときのために最低限の戦力を維持しろってことか」


アレンはにっこり笑ったが、その眼差しは冗談を許さない商人のそれだった。

「そう。商会を守るためには、政変や盗賊だけじゃなく、略奪者、時には軍勢にすら脅かされる。守る力は、商人にとって血液みたいなものだからね。今のうちに確実な手を打っておきたいんだ」


グーリスとライアンも、なるほどなといった顔をしてうなずく。


ライアンが短く言った。

「悪い話じゃねえ。逆に言えば、こっちにも常時待機の根拠地ができるってことだ」


シマも静かに考え込む。

守りにも攻めにも、柔軟に動ける拠点となり得る。


「――いいだろう」

やがてシマが応じた。


アレンはふっと安堵の息を漏らし、再び明るい笑みを浮かべた。

「ありがとう。これでお互いに、より強固な絆が築ける」


テーブルの上に、アレンは新たな契約用紙をすっと滑らせた。

そこには、"待機傭兵30名の常駐維持"という文言が、すでに追記されていた。


「用意がいいな」

シマが呆れたように言うと、アレンは悪戯っぽくウインクする。

「抜かりなく、が商売の基本だからね」


誰も笑わなかったが、その場の空気はわずかに和らいだ。



「次は――商売に対しての協力関係だな」

ダミアンが場を仕切るように言った。


シマは軽く肩をすくめる。

「俺たちは、商会としての実績はねえが……それでもいいのか?」


そう尋ねるシマに、ダミアンはフンッと鼻を鳴らして見下ろすように言った。

「どの口が言うか、まったく――お前とはな、約三年の付き合いがあるんだ。食えねえ奴だとは、よぉく知ってるつもりだぜ」


その言葉に、グーリスとライアンが思わず身を乗り出した。

「……なんだと!? そうだったのか!?」


驚きに目を見開く二人に、シマは苦笑を浮かべて軽く答える。

「まあな」


グーリスもライアンも、一瞬口を開けたまま言葉を失った。


そんな中、アレンが朗らかに話題を切り替えた。

「それじゃあ――欲しいものがあるんだけど、いいかな?」


「なんだ?」


「弓を、卸してほしい」

アレンは身を乗り出して真剣な眼差しを向けた。


シマは少しだけ思案し、すぐに思い出したように口を開く。

「……前に、アレンにも二張、売ったな」


アレンは嬉しそうにうなずく。

「そうそう!あれは素晴らしい出来だった!」


すると、エイラが少し前に出て、涼やかに言った。

「――装飾して、貴族や有力者に売るんですね?」


アレンは、いたずらがバレた子供のように笑い、指を鳴らす。

「ご名答!いや、本当にあれは評判がいいんだ。特に、細工の精密さがね!」


そこまで聞いたエイラは、にこりと微笑みながら、しれっと続けた。

「それでしたら……装飾の費用を差し引いた金額の、五十パーセントを要求しますわ」


その瞬間、場に「うえっ」という空気が広がった。


ダミアンが露骨に顔をしかめ、テーブルを叩きかけた。

「そりゃあいくらなんでも、ぼりすぎだろう!」


しかしエイラは涼しい顔をしている。


そのやり取りを横目に、アレンも苦笑しながら口を開いた。

「……君たちには、貴族たちとの伝手はあるのかい?」


その言葉に、エイラはひときわ冷静な態度で懐に手を入れ、するりと一通の書状を取り出した。

重厚な封蝋には、堂々たるブランゲル侯爵家の紋章が押されている。


「こちらとしては、無理に卸さなくてもいいと考えています」

にこやかに、しかし有無を言わせぬ圧をもってそう告げたエイラ。


一瞬、空気がピシリと張り詰める。


ダミアンもアレン、ディープも、無言で書状を見た。

それを見た瞬間、ダミアン、ディープ、アレンたちの表情が一斉に凍りついた。

誰もが一瞬、息を呑み、次に揃って顔を見合わせる。


「……あ、アンヘル王国の……ブランゲル侯爵家……!」

ダミアンが絞り出すように呟いた。


普段、商売の世界で冷静沈着な彼ですら、今だけは完全に言葉を失っている。

ディープもアレンも、信じられないという顔をして書状を凝視していた。


あのブランゲル侯爵――

近隣諸国の誰もが知る、屈指の武人にして、アンヘル王国でも屈指の大貴族。

王家に次ぐ権威を持つ家だ。


そんな相手から直々に渡された書状。

それが、目の前のシマたちに――それも、まだ商会として旗を上げたばかりの彼らに、手渡されているという現実。


「お前……」

ようやく言葉を見つけたダミアンが、かすれた声で尋ねた。

「いつの間に……そんな大物と知り合ったんだ?」


シマは椅子にもたれかかり、あくまで飄々と、肩をすくめて見せた。

顔には特別な誇張もなければ、必要以上の謙遜もない。


「……まあ、色々あってな」

それだけ。


だが、その一言に込められた重みを、ダミアンたちは察していた。


普通の商人や傭兵が、努力や運だけで手にできる縁ではない。

相応の信頼を勝ち取った者にだけ与えられる、それがこの「書状」だった。


場に、再び沈黙が落ちた。


茶の香りだけが静かに漂う中、ダミアンは深くため息をつき、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。

「……ったく、相変わらずだな、お前は」


アレンも苦笑を浮かべ、ディープは肩をすくめながらぼそりと漏らす。

「こりゃあ……本気で、大きな賭けに出るしかねえかもな」


その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。


アレンは観念したように両手を上げた。

「……まいった。そっちがそれを持ち出すなら、こちらも譲歩せざるを得ないね」


「話が早いと助かるわ」

エイラが柔らかく微笑む。

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