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光を求めて  作者: kotupon


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171/448

化け物集団?!

ヴァン市内――

普段は賑わう大広場に、いまは無数のテントが立ち並んでいた。

その様は、まるで移動要塞のようだった。


シャイン傭兵団十六名。

鉄の掟傭兵団四十一名。

そして、大嵐傭兵団の生き残り――マリアとオズワルド。

それぞれが手分けして、テントを張り、荷を整理し、傷病者を収容していく。


焚き火の明かりに照らされた顔は、皆一様に疲弊している。

それでも、ここには確かな安堵と、生存者たちの息遣いがあった。


そんな中――

焚き火の前で腕を組みながら、ライアンがシマに声をかけた。

「……ダグザ連合国は攻めてこねえか?」


その問いに、シマは火を見つめたまま答える。

「可能性は低いだろう……国境地帯からヴァンに来るまで、幾つかの街、村、集落を落としたらしいからな」


焚き火の爆ぜる音が、乾いた夜気に弾ける。


エイラが、静かに口を挟んだ。

「そこをきちんと治めないとね……奪っただけじゃ、意味がなくなるわ」


彼女の言葉に、ヤコブが深く頷く。

「ただ奪うだけではなく、きちんと治めてこそ価値がある――そういうことじゃな」


しばし静寂。

やがてライアンが、ふいに話題を変えた。

「……今回の戦、お前たちだけならもっと上手くやれたか?どうしても戦わなきゃいけない状況だったと仮定して」


シマは少し考え込む素振りを見せるが、答えない。


代わりに、クリフが口を開いた。

「地形にもよるだろ」


当然のように、簡潔な言葉だった。


「そうだなぁ……今回のような場合は?」

ライアンはさらに問いかける。


すると、トーマスが口を開いた。

「夜襲、奇襲だろ」


それにフレッドがにやりと笑って乗っかる。

「夜になれば、俺たちにかなう奴はいねえんじゃねえか?」


ケイトも、さらりと言葉を添えた。

「月が出てなければ、猶更いいわね」


ジトーは、低い声で呟いた。

「闇は俺たちの味方になるしな」


ロイドが静かに続く。

「補給線を遮断するのもいいね」


リズが、焚き火にくべた枝を見つめながら言った。

「食料を焼き払ったりね」

その一言には、微かに冷たい響きがあった。


そこへ、オスカーが背負っていた太い矢の束を軽く持ち上げ、笑う。

「今回は使わなかったけど……この太い矢で夜襲を仕掛けたら、大混乱するんじゃないかな?」


ザックが眉をひそめて言う。

「お前それ、えげつねえわ……」

そう言いつつも、まんざらでもない顔をしていた。


焚き火を囲む輪に、ふと一陣のざわめきが走った。


「闇が味方になるって……どういう意味だ?」

鉄の掟傭兵団団長、グーリスが眉をひそめながら尋ねた。

声は低かったが、耳を澄ませていた皆の注意を引くには十分だった。


フレッドは、焚き火の向こうから肩をすくめるようにして答える。

「ん? 俺たちは夜目が利くからな」


あっけらかんとしたその一言に、鉄の掟の連中がざわめく。


その中心で、ライアンがニヤリと笑いながら補足する。

「……こいつらは“深淵の森”で育ったんだとよ」


言った瞬間、空気が変わった。


「……は?」

グーリスが、信じられないという顔で聞き返した。

目を見開き、信じようとしない顔。

「いや、そんなバカな……噓だろ?! 本気で言ってんのか?」


その動揺を見て、サーシャが小さく笑って答えた。

「ええ、本当ですよ」


その一言が決定打だった。

アレンも、鉄の掟の傭兵たちも、一斉にざわめき立つ。


「一度入ったら出てこれねえ場所だろ、あそこ……」

「陽が差さねえくらい暗いって聞いたぞ」

「ヤバい獣がわんさかいるところだろ?」


口々に呟かれる言葉は、すべて恐れと驚きに満ちていた。

それは、深淵の森が彼らにとって伝説めいた場所である証だった。


ざわつく輪の中で、アレンが信じられないという顔で訊いた。

「ち、ちなみに聞くけど……何カ月くらい、そこにいたんだ?」


ロイドが焚き火の棒を弄びながら、さらりと答えた。

「六年くらいですね」


沈黙。

「…………」


一拍遅れて、鉄の掟の傭兵たちの間に爆発的な動揺が広がった。


「……!?」

「あり得ん……」

「あり得ねえッ!!」


グーリスが頭を抱える。

アレンも信じられないとばかりに目を丸くする。


クリフが困った顔で言った。

「……そう言われても…なあ?」


隣でオスカーも、笑って言葉を継ぐ。

「うん。実際、そのくらいの期間、生活してたし」


焚き火の向こうで、再び鉄の掟傭兵団に静かなざわめきが広がった。


「ところでよ」と、ライアンがふと思い出したように口を開いた。

「太い矢を使ったらなんで“えげつねえ”んだ?」


焚き火の輪の向こうで、ザックがにやりと笑った。

「これ使えば、五、六人まとめて殺せんだろ?」

平然と言い放つ。


ジトーが腕を組みながら、さらに重く付け加えた。

「下手したら、五、六人じゃ済まねえだろ」


「うん、距離にもよるけど……行けるんじゃない?」

ケイトが軽く首を傾げながら言った。


そのあまりにも淡々としたやり取りに、ライアンの眉がピクリと動く。

彼は一拍置いてから、興味ありげに口を開いた。

「……ちょっと矢を見せてくれねえか?」


「うん、いいよ」

オスカーが傍らに置いていた矢束から一本を取り、ライアンに手渡す。


ライアンはそれを受け取ると、重みを確かめるようにゆっくりと手の中で転がした。

太い。並の弓矢とは比べものにならない質量感。

鏃の部分を見ると、そこには鋭い金属製の穂先はない。

ただ先端が硬く絞られている。


「……鏃がねえんだな」


「貫通力に特化したやつだから」とオスカー。


鉄の掟団長、グーリスも興味をそそられたらしく、手を伸ばして言った。

「俺にも見せてくれ」


ライアンから受け取ったグーリスが、その矢をまじまじと眺める。

「だが……これだけ太い矢じゃ、飛ばねえだろう」

そう言ってグーリスが訝しげに眉を寄せた。


メグが、きょとんとした顔で言った。

「そんなことないよね?」


何気ないその一言に、ライアンがはっとする。

「弓か?! 弓に秘密があるんだな!?」


声を上ずらせながら、矢をオスカーに押し戻す。


オスカーは、どこか困ったように笑って言った。

「秘密ってほどのもんじゃないけど……?」


そう言いながら、彼は自分の背に立てかけていた長弓を手に取った。

見た目はさほど変わらない。

ただ、弓の芯材が異様に分厚く、弦もまた、獣の腱を編み込んだような異様な太さと張りの強さを誇っている。


「……試してみる?」とオスカー。


ライアンは即座に手を伸ばした。

重たい弓を両手で抱え、矢を番える。

そして、引いた。


――引けない。

「……っ!」


わずかに弦が動いただけだった。

力を込める。さらに込める。

肩の筋肉が怒張し、首筋に血管が浮き出る。


「……っっぐ……!」


顔を真っ赤にし、腕をプルプルと震わせながら、ライアンは必死に弦を引こうとした。

だが、まるで鋼の鎖を引きちぎろうとするかのような抵抗に、どうしても抗えない。

ついに、弓を下ろした。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


ライアンは肩で大きく息をしていた。

汗が額から滲み、火の光で光っている。

その様子を、グーリスを始め、鉄の掟傭兵たちは呆然と見守った。


「……な、なんだよこれ……」

ライアンが搾り出すように呟いた。


「ちょっと、私にもやらせて!」

焚き火の輪から勢いよく立ち上がったマリアが、

ライアンが肩で息をしている横からひょいと手を伸ばし、オスカーの弓を受け取った。


――次の瞬間、

「お、重ッ!!」


思わず叫びながら、体をよろめかせる。

弓を両手で必死に抱え込み、何とか体勢を整えると、ぐっと顔を引き締めた。


「いい?見てなさいよ!」


気合を入れて矢を番え、弦を引く。

「……ググ……ぐぅぅ……ふんっ……ぬう~~~……ッ!」


顔を真っ赤にしながら、ありったけの力を込める。

だが弦は、ほんのわずかにしか動かない。

全身を震わせ、踏ん張りながら、とうとう――


「ハァ……ハァ……」


肩を落とし、大きく息を吐いた。

「……ダメだわ、全然引けない……」


額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、悔しそうに唇を噛むマリア。


「サーシャ、引いてみて!」


突然振られて、サーシャはきょとんとした顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「ええ、いいわよ」

すっと立ち上がり、弓を受け取る。


皆が固唾を呑んで見守る中――

サーシャは、何の苦もなく、まるで普通の弓を扱うような自然な動きで、きゅっ、と弦を引いた。


**ギィィィ……**としなった弓。

矢羽根がきれいな軌道を描き、ぐぐっと引き絞られる。


「――ほら、こう?」

サーシャは、軽やかに問いかけた。


「……!!」


その場にいた誰もが、目を見開いた。

焚き火の爆ぜる音が、妙に耳に痛かった。


「お、おい……マジかよ……」

「サラッと……?いや、嘘だろ……?」

「何者だよ……!」


鉄の掟傭兵団の男たちがざわざわと騒ぎ出す。

そして、次の瞬間には我先にと声を上げた。


「俺にも引かせてくれ!」

「俺も!」

「俺が先だ!」


弓を持つサーシャに、群がるように詰め寄る鉄の掟傭兵たち。

彼女は小さく笑って弓を手渡した。


最初に弓を掴んだ屈強な男が、意気込んで弦を引こうとする――


だが、「……っぐ……ぐぅぅぅ……!」


顔を真っ赤にし、歯を食いしばり、腕を震わせても、弦は微動だにしない。


次の男も。

「うおおおおおッ!」

叫び声を上げながら引こうとするが、結果は同じ。


次々と挑む鉄の掟傭兵団の兵士たち。

だが――誰一人、弦を引くことはできなかった。


やがて、最後の一人が無様に肩を落として弓を手放すと、場には妙な静寂が訪れた。


「……うそ、だろ……」

「俺たち……傭兵だよな……?」

「これ、化け物専用装備じゃねえのかよ……」

「やべえな……」

「なんなんだよ、あいつら……」


そんな声が、夜風に乗って微かに流れていった。

ひそひそとした声が、あちこちから漏れる。


焚き火の向こうで、シャイン傭兵団たちは肩をすくめ合いながら苦笑していた。

火の粉がぱちぱちと弾ける音だけが、騒ぎを冷ますように夜気に溶けていった。

まるで、闇の中から這い上がってきた、異形の連中を見るように。

弓を引けなかった衝撃が、場をじわりと支配していた。


そんな中、ライアンがふっとため息をつきながら、シマに向き直る。

「つまり――お前たちだけなら、もっと上手くやれたってことか?」

静かな声だった。

だがその一言が、場にいた全員の胸をどくんと打った。


シマは、焚き火に炙られた顔に薄い影を落としながら、無造作に肩をすくめる。

「まあ、そういうことだな」


あっさりとした、何の重みも感じさせない言葉。

だがそれは逆に、彼らにとっては"当然"のことなのだということを雄弁に物語っていた。


沈黙。

誰も、何も言えなかった。

鉄の掟傭兵団の面々。

ライアン。

マリア。

療養中の大嵐傭兵団の生き残りたち。

全員が、同時に思った。


――(化け物集団かよ……!!)


心の中で叫ぶように。

笑う者は誰一人いなかった。

それほどに、先ほどの光景と、シマたちの言葉が現実離れしていた。


(こいつら、"普通の傭兵"じゃねえ……)

(あの深淵の森で生き延びて、夜を駆け、鉄より強い弓を使いこなして……)


ゴクリ、と誰かが小さく唾を飲む音が聞こえた。


焚き火の炎に照らされるシャイン傭兵団の顔は、どこか涼しげで、余裕すら感じさせる。

対して鉄の掟傭兵団たちは、打ちのめされたように沈み、誰も次の言葉を継げなかった。


やがて、冷たい夜風が広場を吹き抜けた。

焚き火の火の粉が小さく舞い上がる。


その火の粉の向こうで、シマが小さく笑った気がした。

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