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光を求めて  作者: kotupon


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165/452

根本的に違う

役所庁舎を出ると、夜の帳がすでに街を覆い始めていた。

石畳の道に灯る薄明かりのランタンが、長く伸びる影を作り出す。


喧騒の残響がまだ耳に残る中、ギャラガが口を開いた。

「ちと、付き合えよ。腹割って話がしたい」


言葉少なにそう言うと、ギャラガはシマとライアンを伴って広場の一角、灰の爪傭兵団たちが設営した野営地へと足を向けた。


その五十メートルほど後方、黒いフードを深く被った影がひとつ。

まるで夜に溶け込むように、静かに、気配を押し殺してついてくる。


“氷の刃”傭兵団団長、ユキヒョウ。

歩みは緩やかで、時に右に、時に左に。

あたかも通行人の振りを装っているかのようだ。

だが――その動きを、一人だけしっかりと追っていた。


シマだった。

気づいていないふりをしたまま、意識の端でその存在を捉え続けている。


やがて、灰の爪傭兵団の野営地にたどり着く。

粗末な布で張られたテントがいくつも並ぶその一角。

ギャラガの案内で、シマとライアンはそのうちのひとつへと招き入れられる。


シマはテントの中に入らず、ふと振り返る。

彼の目線の先、遠巻きに動くフードの男。

ジッと、まるで狙いを定めるように視線をぶつける。


フードの男もまた、ふと足を止める。

視線が合う。わずかに口元が笑ったように見えた。


「どうした、シマ?」

テントの中から、ライアンの問いかけが聞こえる。


シマは答える。

「……ユキヒョウが、用があるらしい」


そう言った瞬間、影が近づいてきた。

フードを深く被ったまま、まっすぐとシマの前に立つ。


「いつから気が付いていたんだい?」

その声は、静かで澄んでいた。

まるで氷のように冷たく、そして迷いのない一線の鋭さを含んでいた。


シマは、わずかに口角を上げて答える。

「最初からだ」


その言葉に、フードの下で目が細められる。

その一瞬の間を割って、テントの入口から顔を出したライアンとギャラガが、目の前の男を見て息を呑んだ。

「……ユキヒョウ?!」


目の前に立っていたのは、ゼルヴァリア軍閥国でも異彩を放つ存在、“氷の刃”傭兵団の団長。

フードを脱ぐと現れた白銀の髪、そして無表情のまま、冷たい眼差しでシマを見つめ返すその姿に、夜風が一層冷たく感じられた。


まるで、ここから始まる何かを――お互いに確信しているかのような、静かな対峙が始まっていた。


夜風が野営地を通り抜け、テントの布をわずかに揺らした。

テントの中では四人の影が集まっていた。

シマ、ライアン、ギャラガ、そしてユキヒョウ。


ギャラガが重たそうに口を開いた。

「……どう思う?」


その問いは、今夜の会議での熱狂と狂気を、そしてこれからの戦場をどう見るかという問いでもあった。


しばしの沈黙ののち、シマがぽつりと呟く。

「付き合いきれねえな」


その口調は冷淡ではなかった。

だが明らかに、あの熱狂には距離を置いていた。


ライアンが肩をすくめながら頷く。

「同感だ。俺たちが火口に突っ込んでどうする。骨も残らんぞ」


すると、フードを脱ぎ、その白銀の髪をさらしたユキヒョウが、楽しげに鼻を鳴らして言った。

「だよねぇ~。あれじゃまるで、無駄に命を捨てに行ってるみたいなものさ。戦が“誇り”で済むなら、死体の山も“誇り”になるわけだ」


ギャラガが眉をひそめ、しかし否定はしなかった。

少しの間だけ黙っていたが、やがて静かに言葉を続けた。

「……俺も昔はそれでいいと思っていた。真っ先に突っ込んで、手柄を上げる。命を懸ける。それがゼルヴァリアの戦い方であり、誇りでもあった」


その語調には誇りと、同時に苦味が混じっていた。


「今は……考え方が変わったのか?」

ライアンが慎重に問う。


ギャラガはうなずき、深く息をついた。

「……死にすぎるんだよ。ただ何も考えず、突っ込んで、死んで。それが“名誉の戦死”ってやつで片付けられてよ。団員たちの入れ替わりが、あまりにも激しい」


ユキヒョウがすぐに返す。

「敵に背を向けるなんて、ゼルヴァリアじゃ蔑みの対象になるからね。“逃げる”は“裏切り”と同義だ」


ギャラガの肩が、重圧に押しつぶされるようにわずかに下がった。

「……ハア~、どうしたもんかなぁ」


彼は頭を掻きながら、溜息をこぼす。

その背に滲む疲労と葛藤が、ただの一団長以上の重みを持っていた。


「僕たちと一緒に行動するかい?」

ユキヒョウがややいたずらっぽく、それでも真剣な目で言った。

「その代わりに異端と呼ばれるようになるけどね。個人の武に頼らず、集団で、冷静に、確実に――って考え方は、この国じゃ理解されにくいよ?」


ギャラガは笑うでもなく、真顔でもなく、ぽつりと答えた。

「……団員たちを説得しなきゃいけねえな。あいつらの多くは、俺の背中を見て育ったんだ。“突っ込んで死ぬのが誉れ”だと思ってる。でも……変えなきゃいけねぇ……それでも、何人かは突貫するだろうな。俺が止めても、止まらねえ。そう育ってきちまったからな」


その言葉に、シマが口を開いた。

「だが、それを知っているあんたが、“突っ込むこと”を選ばないなら……それで救われる命もあるだろ」


ギャラガはゆっくりとシマの方を見た。

その瞳に灯るのは、迷いながらも前に進もうとする者の炎だった。

「……その通りだな」


四人の影が、静かに座す。

言葉少なに、それでも確かな連帯を育むように――戦場の理不尽の中で、抗う者たちの輪が静かに結ばれていった。


先ほどまでの戦い方の在り方から、自然と明日の行軍へと移っていた。


「……ここ、ヴァラカからヴァンに行く街道の周りはどうなってる?」

ふいに、シマが口を開いた。


「ふむ、街道沿いか」

ライアンが地面に指で簡単な地図を描く。

「両側は林だ。しかも割と深い。視界も悪く、道幅は馬車が二台通れる程度ってところだな」


「その林を抜けた先、およそ一キロほど行ったところに小高い丘がある」

ギャラガが言葉を継ぐ。

「その上がヴァンの街だ。防衛には都合の良い立地だが…?」


シマの目が鋭くなった。

「……最悪だな」


ぽつりと呟いたその言葉に、三人の視線が集まる。


「ピースがハマった」

シマの声には、明確な確信が滲んでいた。

「街道は林に囲まれ、視界が悪い。そこから開けた丘の上にある都市。つまり、敵にとってこれ以上ない“待ち構えるための地形”だ」


「……待ち伏せか?」

ライアンの眉が動く。


「いや、もっと悪い」

シマは首を横に振った。

「情報が錯綜してるだろう?誰がヴァンに先に着いたのか、何人戻ってきていないのか、正確な報告がない。普通ならすぐに気づくべきことだが、皆“名を上げる”ことに気を取られて、それどころじゃない」


「……つまり、ヴァンはもう……」

ギャラガが低く問いかける。


「落ちているか、完全に囲まれているかのどちらかだ。いや、仮にまだ落ちていないとしても、“餌”として利用されている可能性が高い。罠だな、これは」

シマの声が静かに、しかし明確に断言する。


「……罠……」

ユキヒョウがゆっくりと繰り返した。


「全滅も、あり得る」

シマの視線が、焚き火を越えて三人を見据える。

「奴ら(ダグザ連合国)の狙いは、ここでゼルヴァリアの戦力を一気に削ることかもしれない。戦い方に固執し、名誉を求めて突っ込む“戦士”たちをまとめて潰す気だ」


しばらくの沈黙。焚き火の火の粉が夜空に舞い上がる。

誰もが、それぞれの考えに沈み込んだようだった。


「……あの都市が“囮”だとすれば、向かうのは……自殺行為だ」

ギャラガが低く唸るように言った。


「それでも向かう奴らは多いだろう」

ライアンが苦笑する。

「名誉も、誇りも、命を代価にする価値があると信じてる連中ばかりだ」


「だが、僕たちは違う」

ユキヒョウが囁くように言った。

「そうだろ、…シマ?でいいんだよね?」


シマは小さく頷いた。

「俺たちは、意味のある命の使い方を選ぶ。明日、突っ込むような真似はしない」


彼らは静かに、しかし確かに、一つの決断を共有していた。

シマの顔に映るその光は、どこか哀しげにゆらめいている。

ギャラガが黙り込み、ライアンは空中を見つめ、ユキヒョウだけが静かに木の枝を指先で弄びながら、気配を消すように佇んでいる。


「……たとえ、俺たちがどれだけ警鐘を鳴らしたところで……」

シマの言葉が低く零れた。


「受け入れられやしないさ」

その声は断定というよりも、自嘲と諦念の入り混じった吐息に近かった。


彼らは違いすぎる。

生き方が違う。

信じてきたものが違う。

誇りの形が違う。

考え方が違う。

……何より、生まれ育った世界そのものが、根本的に違っている。


命を捨ててでも武勇を示すことに価値を見出す者たち。

その価値観に染まり、疑問も持たず、ある者は名誉のために、ある者はただ“ゼルヴァリアの戦士”としての誇りのために、明日ヴァンへと向かっていく。


「……ああ、だからお前は“異端”と呼ばれるんだな」

ぽつりと、シマはユキヒョウの方に目を向けながら呟いた。


「ん? 僕?」

ユキヒョウは少しだけ顔を上げたが、その表情は笑ってもなく、怒ってもいない。

ただ、理解していた。ずっと、分かっていたのだ。

「命を守るために戦う。それが異端になる世界なんだ」


シマはその事実が、ただやるせなかった。


誰もが間違っているとは言えない。

戦いの中でしか己を証明できなかった者。

過去の誇りに縋り続ける者。

失った仲間の代わりに前に進むことしかできなかった者――

彼らの生き様が愚かだなどと、簡単に切り捨てることはできない。

それでも、だからこそ、命を燃やしていく彼らの背中を見るのが苦しかった。


「……否定してえわけじゃねえんだ。ただ、どうしてこうも……」

シマの拳が膝の上で握られる。


「“命を繋ぐために戦う”ことが、理解されねえんだろうな」

ライアンが口を開いた。どこか遠くを見るような声だった。


「僕はね、英雄になりたかったんじゃない」

ユキヒョウの声は、ただ穏やかだった。

「仲間が笑って、生きていられる場所を作りたかった。それだけさ。でも……どうしてか、誰にも理解されなかった」


「……俺たちの方が、間違ってるのかもな…」

ギャラガがぽつりと呟いた。


シマは首を横に振る。

「間違ってねえ。ただ、時代が、俺たちに追いついてないだけだ」


静寂が訪れる。遠くで誰かの笑い声が響いた。

だがここだけは、まるで世界から切り離されたかのように静かで――その静けさの中に、彼らの苦悩と矛盾、そしてそれでも進もうとする意志だけが、確かに燃えていた。

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