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光を求めて  作者: kotupon


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実力を測る?!

明け方、まだ空が薄墨色に染まる頃。

ランザンの街の一角、エイト商会本部の裏手では、既に一行の準備が整えられていた。

大型の荷馬車が五台、頑丈な木枠と鉄の補強が施され、幌の下には食糧、薬品、衣料、日用品といった物資がぎっしりと積み込まれている。


ライアンの懐にはゼルヴァリア国境通過のための書状が収められていた。


書状にはこう記されている――

『貴国ゼルヴァリアより受けた正式な依頼に基づき、我がエイト商会は物資をヴァンの街まで運搬す。然るに、帰国予定日を十日過ぎても代表以下、同行者の帰還が確認されず、我々はその安否を案じ、同時に新たな物資と救援を差し向けるものなり。これは敵対行為ではなく、あくまでも商業上の責務の遂行であることを、貴国におかれてもご理解願いたい。』


この書状は、国境での通過確認、ならびに途中検問での正当性を保証する重要な鍵となる。


一行の進行ルートは、ランザンの街を出て北西へと伸びる街道をたどる。

目的地であるヴァンの街まではおよそ四日の行程だが、その道中、可能な限りゼルヴァリア国内の都市や村には立ち寄らず、ひたすら距離を稼ぐという計画が立てられていた。


本来であれば、宿場町を経由し、補給や休息を挟みながら進むのが定石だ。

しかし現在のゼルヴァリア国内は、情報が錯綜し不安定な状況にある。

都市や街道の検問も増え、兵や民衆の動きも読みにくい。

噂では、各地で徴兵や物資の押収も行われているという。


今は何よりも、アレンやグーリス、鉄の掟傭兵団の仲間たちの安否を一刻も早く確かめることが最優先だった。


「町に寄れば情報は得られるかもしれんが、余計な目も集める。下手をすれば、物資を狙われるか、最悪は軍に徴発される可能性すらある」

判断したのはライアンだった。


エイト商会が用意した通行許可の書状があるとはいえ、それがどこまで通用するかは未知数だ。

身の安全も書状だけでは保障されない。


「とにかくヴァンへ急ぐ。立ち止まるな。無事を信じて前に進む」

——その言葉を合言葉に。


馬の嘶きが空気を震わせる。

蹄鉄の音がランザンの石畳を打ち、まだ寝静まる街を静かに離れていく。

朝焼けの気配がようやく地平に滲み始めた頃、商会と傭兵団から成る異色の一行は、ゼルヴァリアへ向けて歩みを進めた。



ランザンの街を出立した一行は、北西へと馬車を進める。

真夏の陽射しが降り注ぐなか、周囲の景色は乾いた草原と点在する木立に彩られ、風は熱気を帯びていた。

エイト商会の大型馬車五台が重厚な列をなして街道を進む様子は、ただの商隊というよりも軍の行軍に近かった。

途中、行き交う商団や旅人たちとすれ違いざまに軽く挨拶を交わし、時には立ち話の形で情報交換を行う。

ゼルヴァリア方面の情勢を探る目的もあり、耳をそばだてる場面が幾度もあった。


陽が傾き、時刻は七時近く。

光が辛うじて地表を照らす時間帯を利用して、野営地を確保する。

遮蔽物のある林のそばに馬車を止め、見張りを決めながら、シャイン傭兵団とライアンの一行は夕食と休息の準備を始めた。


焚き火の光に照らされ、小さな輪ができる。


そんな中、ライアンがふと呟く。

「……一人だけ爺さんがいるんだな」


「ヤコブのことか。非戦闘員だぞ」とシマが応じる。


「そうだろうな……旅に耐えられるのか?」


「未知数だな。…だが家族だからな。置いていくわけにもいかねぇだろ」


シマの言葉に、ライアンはしばらく火を見つめてから、静かに頷く。

「……よその傭兵団に口出す気はねぇが、珍しい編成だな」


「だろうな。」


「……お前の言葉を疑うわけじゃねえが、あの嬢ちゃんたちが本当にお前に匹敵する力があるのか?」


「軽くでいいんなら試してみるか?」

シマが肩をすくめる。


「……そうだな。その方が早え」


シマは焚き火の向こうに声をかける。

「おーい、メグ!」


「なーに、お兄ちゃん?」


「お兄ちゃん?!」

ライアンが驚く。


「ああ、まだ紹介してなかったな。俺の妹だ」

シマは笑って言い、焚き火の周囲にいた団員たちに声をかける。

「この際だ、皆!自己紹介してくれ」


まず立ち上がったのはメグ。

「メグです。よろしくね、ライアンさんっ!」


クリフが肩をすくめて続く。

「クリフ。よろしく頼む」


「オスカーです」

礼儀正しく頭を下げる。


「サーシャです。シマとは長い付き合いになるわ」


「エイラです。シャイン商会の会頭を務めています。」


「ケイトです。」

と言って控えめに頭を下げる。


「ミーナです。よろしくお願いします」


ノエルは静かに立って、「ノエルです。」


「リズです。歌と踊りが得意よ」

自信に満ちた声で言う。


続いて、ヤコブが腰を伸ばしてゆっくり立ち上がる。

「ヤコブじゃ。しがない学者兼シャイン傭兵団の一員じゃ、よろしく頼むの、ライアン殿」


ひょいと手を挙げたのはザック。

「俺は女泣かせのザックだ。よろしくな、ライアン」


(誰がだよ!)


続けてフレッドが前に出た。

「どこに行っても女にまとわりつかれるフレッドだ」


(……金、払ってな)


一通りの自己紹介が終わり、ライアンは焚き火の火を見つめながら呟いた。

「……こいつら、本当にお前が言うような連中なのか?」


「ああ。戦えば分かるさ」

シマが、メグに向かって声をかけた。

「メグ、ちょっとライアンと模擬戦をやってみてくれ。実力を見たいんだとさ」


「うん、分かった」

メグは軽やかに返事をし、すっと立ち上がる。


二人は少し離れた地面に立ち位置を取った。

周囲の団員たちは自然と輪を作る。誰もが無言でその場を見守る。


「無手で、いいか?」

ライアンが確認する。


メグは頷き、軽くストレッチするように腕を回し、呼吸を整えた。


「嬢ちゃん、軽くで――」そう言いかけたライアンの言葉が途切れた。

(……隙がねぇ…!)


目の前に立つ少女は、にこやかな笑顔を浮かべたまま――しかしその構えには、奇妙なまでの静寂と圧があった。

手足の力は抜けているようで、重心は安定し、呼吸も無音。

敵意すら感じない。

なのに、得体の知れない緊張感が空気を支配していた。


(今更やめた…とは言えねぇか……)

ライアンが一歩、地を踏みしめたその瞬間。


メグが動いた。

体を捻り、右足が風を裂いて横一文字に飛ぶ。

美しく、しなやかなハイキック。だがそれは、空を切った。


「……あれ? 躱されちゃった」

メグが小首を傾げる。


しかしライアンは、視えていたわけではなかった。

反応したのは――身体だった。

(ッ!)

直感。本能。理屈ではない。

ただ、「今ここにいたら死ぬ」と全身が叫び、バックステップを踏んでいた。


(なんだ今の……?!)

速いというのとも違った。

強く踏み込んだわけでも、鋭く懐に入られたわけでもない。

音も気配もなかった。ただ、滑るように――風に乗ったように動いた。


(初動がまるでわからなかった……これは、やべえな)

汗が一筋、ライアンのこめかみを伝う。

(分が悪い。いや、悪すぎる……今ならまだ間に合う。恥をかく前に引くんだ)


「降参だ」とライアンが手を上げた。

「いやあ、大したもんだ」

なるべく余裕のある笑みを浮かべながら言う。


「え? もういいんですか?」

メグが目を瞬かせる。


「ああ、俺ぐらいになればな。初見で相手の実力はだいたいわかるものさ」

笑って答えながら、ライアンは心の中で叫んでいた。

(……顔、ひきつってねぇだろうな俺……!?)


焚き火の赤い光が、メグの笑顔と、ライアンの額の冷や汗を照らしていた。


一行は夕餉を終え、思い思いの姿勢でくつろいでいた。

そんな時、ジトーがふとライアンに話しかけた。

「ところでよライアン、前に俺たちから弓を買っていっただろう」


ライアンは焚き火越しにジトーを見やり、すぐに笑みを浮かべた。

「おお、アレはいい弓だな! 俺の目に狂いはなかったぜ」


「アレな、オスカーが作ったんだぜ」

今度はトーマスが笑いながら補足する。


その名を聞いたライアンの顔に、僅かに驚きが浮かんだ。

「……爺さんに頼み込んで作ってもらったって話だったが?」


「噓だ」

シマがあっさりと言い放つ。


「僕たちにも色々事情があって……騙すつもりはなかったんです」

ロイドが真剣な表情で補足する。


ライアンはしばし目を細めてロイドとトーマス、そしてオスカーを見比べ、ふっと息をついて笑った。

「そうか……オスカーって……」


「……あ、僕です」

オスカーが小さく手を挙げる。


ライアンはしばらく彼を見つめた後、ゆっくりと腰を乗り出すようにして言った。

「……なあ、オスカー。もう五つくらい、作ってくれねえか?」


「シマがいいっていうんなら、構わないけど」

オスカーは控えめに言う。


すると、すかさずライアンがにやりと笑った。

「俺とお前の仲だ。もちろんいいよな、シマ?」


焚き火の炎がパチリと弾ける。


その音に続くように、シマがゆっくりと口を開いた。

「……あの弓な、武器屋に持っていったら2金貨で売れたぞ……あんたに売った時は、1金貨と5銀貨だったよな?」


「ハハハ! いい勉強になったろ?」

ライアンが大笑いしながら手を広げる。


「……そうだな」

シマが肩をすくめ、「この依頼が無事終わったら考えとくよ」と言う。


「頼むぜ!」

ライアンがにっこりと笑う。


その様子に、オスカーが小さく笑みを浮かべ、ロイドが肩をすくめる。

団員たちの間に、焚き火のように穏やかな、温かい空気が流れていた。

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