デカくなったなあ?!
「で? そのダミアンってのは、今どこに?」
テーブルに肘をついたクリフが、果実酒をくいっとあおりながら、問いかけた。
ディープは、その問いを待っていたように頷く。
「今はギザ自治区の商会にいるんじゃねえかな。ここからだと北西、となりの自治区だ」
地理を頭に想い描きながらか、ディープは指で空中に軌道をなぞる。
すっかり慣れた風だ。
シマは短く頷き、さっそく明日の準備を頭の中で組み立てはじめているようだった。
オスカーが手元の水差しに視線を落としながら口を開いた。
「ディープさんは、いつ戻るんですか?」
「明日には出立するぞ。朝イチでな」
そう答えたディープの声は軽やかだったが、その表情はどこか責任感を感じさせるものだった。
「……じゃあ、俺たちも同行していいか?」
今度はジトーが低く問いかける。
「構わないぞ」
とディープは即答し、目を細めて笑った。
「西門前で合流しよう。明朝な。行程は、まあ、二日ってとこだ」
とんとん拍子に話が進んだことに、クリフが眉を上げる。
「……すんなり居所が分かったな」
すると横からフレッドが、得意げな顔で胸を張る。
「俺の日頃からの行いがいいからじゃねえか?」
それを聞いて、ザックもすかさず乗っかる。
「それを言うなら、俺もだな」
だが、そこに一拍おいて、団員たちの脳裏には同じ疑念が浮かんでいた。
(……遊んでいるだけじゃねえか)
皆が無言で顔を見合わせたその瞬間、何人かの唇がぴくぴくと引きつり、目が泳ぐ。
サーシャが小さく肩をすくめ、ノエルとミーナが吹き出しそうになるのをこらえている。
それに気づかない、もしくは気づいていてあえて無視しているのか、フレッドとザックはご満悦の様子だった。
夜はゆっくりと更け、シャイン傭兵団の面々は、それぞれ食事を済ませ、明日の準備を思いながら部屋へと散っていく。
次なる目的地「ギザ自治区」へ――目的は、ダミアンに会うために。
朝の空気はまだ冷たさを残していたが、街の西門前にはすでに何組かの旅人や商隊が集まり始めていた。タイズの街の一日は早い。
その中で、特に目立つ集団があった。
旅装の男たちに守られた荷車と、荷馬車を囲むように立つ屈強な傭兵たち。
そして彼らと話している、一際陽気な声の持ち主——ディープだった。
やがて、ゆっくりと歩み寄ってくる大人数の一団。
その中心に立つ青年に、ディープが顔をほころばせて手を振る。
「おっ、来た来た! シャイン傭兵団だ!」
その声に振り向いたひとりの大柄な男が、じっとシマを見つめた。
そして、次の瞬間、目を見開く。
「おっ、お前……シマか?!」
声がどんと響き渡る。
「……久しぶりだな、ダルソン」
シマは少し微笑みながらうなずく。
「……デカくなったなあ!」
ダルソンは目を丸くし、感慨深げに口を開けたまま見上げる。
すでにシマの身長は彼に匹敵するほどで、そのたくましい体格は少年時代の面影をかき消していた。
そこへ、ジトー、トーマス、ロイドも歩み寄ってくる。
「うおおおい!? なんだ、なんだお前ら!」
ダルソンはまるで幻でも見たように目をぎらぎらさせる。
「ジトー、トーマス、ロイドまで……!」
「……ロイドだったな」
目を細めるダルソンに、ロイドが穏やかに微笑む。
「はい。お久しぶりです、ダルソンさん」
「お前も……でけえなぁ……俺よりでけえんじゃねえか」
そう言いながらダルソンはロイドの肩に手を置く。
「ジトーとトーマスだったな……お前ら一体、何食って育ったんだよ! 鋼鉄か何かか?!」
ジトーが顎に手をやって少し考え込みながら言う。
「……あっ、思い出したぜ。何か話した記憶があるな」
隣でトーマスも頷く。
「確か、夜に焚き火囲んで話したような……」
ダルソンは、心底がっかりしたような顔でじっと二人を見た。
「……お前ら、俺のこと、忘れてたな……?」
「……少しだけな」
ジトーとトーマスが同時に言い、空気が一瞬止まる。
「ぐはっはははは! おいおい、ちくしょう、忘れられるほど地味だったか俺は!」
ダルソンが大声で笑い出すと、それにつられて鉄の掟傭兵団の面々も笑い出す。
和やかな空気が広がった。
すると、ダルソンがふとシマの後ろに目をやる。
「で、その後ろにいる連中は?」
「……俺の家族たちだ。傭兵団を結成した。名を“シャイン傭兵団”っていう」
「家族、か……」
ダルソンはゆっくりとその目で、サーシャ、ノエル、リズ、ミーナ、エイラ、ケイト、メグ、オスカー、フレッド、クリフ、ザック、ヤコブたちを順に見やった。
彼らもまた、にこやかに会釈する。
「……傭兵団、結成したのか!」
ダルソンの声が少し低く、感動を含んだ響きに変わる。
「……あの時の小僧が、こんな立派になって……俺もちょっと泣きそうだぞ、おい」
「そりゃ歳のせいだな」
ジトーが茶々を入れると、
「やかましい! 俺はまだ若いぞ!」
とダルソンが威勢よく言い返し、再び皆の笑いが起きる。
そして、シャイン傭兵団と鉄の掟傭兵団、それにディープを加えた旅の一行が、ギザ自治区へ向けて西の道を進み始めた——。
朝の陽光が丘を照らし始める頃、ギザ自治区へ向かう街道には一行の大所帯が列をなして進んでいた。
シャイン傭兵団16名、馬車4台。
加えて、ディープと鉄の掟傭兵団20名が護衛につき、馬車5台が連なっていた。
馬車の内訳としては、商会のものが4台、鉄の掟傭兵団の物資を載せたものが1台。
隊列の先頭と最後尾にそれぞれ傭兵が立ち、常に目を光らせている。
旅路はにぎやかだった。
馬車の間を行き来しながら話す者、馬に乗りながら笑い合う者、しかしその合間にも視線は草むらや林の影に向けられ、どこか気の緩みがない。
そんな中、フレッドが、前を歩く鉄の掟傭兵団の隊列に視線を向けて口を開いた。
「へえ……話しながらもしっかり警戒してるじゃねえか」
彼の目に映っていたのは、傭兵たちの絶妙な間隔の取り方。
誰かが談笑していても、必ず一人は周囲に目を配り、合図を送り合っている。
「有名な傭兵団だけのことはあるわね」
ケイトもまた、何気なく言いながら視線を細める。
腰に帯びた剣は緩みなく締められ、背に背負った短弓の位置も絶妙だ。
「足取りもしっかりしてるな。無駄な動きが一切ねえ」
クリフの低い声には、一種の感嘆が混ざっていた。
鉄の掟傭兵団の歩き方は軽やかでありながら、地を踏みしめる重みがあった。
まるで隊列全体がひとつの生き物のように動いている。
こうした動きは一朝一夕で身に付くものではない。
昼を少し過ぎた頃。
平らな草地に馬車を止め、短い休憩を取ることになった。
陽差しを遮る木陰に敷物を敷き、皆が軽く水を飲んだり干し肉をかじったりしている中、ダルソンがふと、シマの隣に腰を下ろした。
「やっぱり、昔の面影あるな」
そう言って、ダルソンは懐かしそうに目を細めた。
「こっちがでかくなったから、あんたが縮んだようにも見えるけどな」
シマが笑って返すと、ダルソンもガハハと喉を鳴らして笑った。
「ったく、お前が“団長”になってるって聞いた時は、目ン玉飛び出るかと思ったぜ。けど、見りゃ納得だな。背中に貫禄がある」
「そう見えるようにしてるだけさ。内心は相変わらずヒヤヒヤしてる」
シマは軽く肩を竦めたが、その目はどこか柔らかかった。
ダルソンが少し声を落とす。
「アレンさんって商人がいるだろ? あの人が、お前たちに会いたがってる」
「……俺たちに?」
シマの眉が軽く動く。
ダルソンの言葉に、背後で聞いていたロイド、ジトー、トーマス、三人が近づいてきた。
「アレンさんって、あの時の……?」とロイド。
「覚えてるぜ。」
トーマスも思い出したようにうなずく。
「そうだよ。あの時、お前らがアレンさんの荷を守ってやったろ? 」
「で、そいつが俺たちに何の用だ?」とジトー。
「さあな。ただ“恩があるから一目会いたい”って言ってたよ。あと、俺たちの副長も、お前らに会いたがってる」
「ライアン……」
シマがつぶやくと、ジトーが顎に手を当てて懐かしむように言った。
「お前らに感謝してるみたいでな。『あの時、少しでも余裕がなかったら、俺たちも無事じゃなかった』って」
ダルソンが深く頷いた。
「……なるほどな。そう言われると、こっちもちょっと照れるな」
トーマスが苦笑する。
「団長もお前たちに強い興味を示してる。たぶん、お前たちがギザに着いたら、すぐに顔を合わせることになると思うぞ」
ダルソンの声は低く、しかしどこか楽しげでもあった。
「……そうか。実は俺も、近くに寄ったら顔を出せって、ライアンに言われてたんだ」
シマが思い出すように言うと、ジトーとトーマスが「おー、そんなこと言ってたな」とうなずいた。
「ところで、鉄の掟傭兵団は普段どこにいるんですか?」
ロイドが興味ありげに問いかける。
「ああ、本部の話か。うちの拠点はな、ギザの街の北西にある。ダミアンさんの商会から歩いて五分ってとこにあるんだ。街の中心から少し外れた静かな一角だな。石造りの二階建てでな、屋上には訓練場もある。まあ、多少ごつい見た目ではあるが、掃除だけは徹底してるぞ」
ダルソンはどこか自慢げに笑った。
「へえ、本部が商会のすぐ近くか。そりゃ便利だな」
ジトーが腕を組んでうなずいた。
「まあな、連携は取りやすい。何かあればすぐ飛んでいけるしな。ダミアンさんも“武力は距離が命”ってよく言ってたからよ。まあ、あの人らしい理屈だ」
ダルソンは笑うように言った。




