案外、世間は狭い?!
馬面の男は、確かにその外見どおりの面長で、鼻筋が長く、目は少し離れていたが……不思議と人懐っこい雰囲気があった。
笑えば、口元がやけに大きく、目尻にしわが寄る。
それがどこか憎めない、愛嬌を感じさせる。
そんな彼が、緊張した面持ちで、意を決したように一礼した。
「えっと、その……申し訳ない。聞き耳を立ててたのは事実だ。でも悪気はなかったんだ、本当に。ただ、『鉄の掟』とか『ダミアン』って単語が聞こえてきて……つい、反応しちまって……」
素直な謝罪の言葉に、傭兵団の誰もが一瞬目を見合わせた。
「ダミアンの知り合いか?」
ジトーが問うと、男はこくこくと頷いた。
「うん、うん、まあ、知り合いどころじゃないかもな。同じ商会に属してるんだ、俺はディープ。ダミアンさんは、俺らの会頭ってことになってる」
「会頭、ってことは……」
トーマスが腕を組んで眉を上げる。
「わりと偉い立場じゃねえか、あいつ」
「そう、めちゃくちゃ偉いよ。そりゃもう、取引先が土下座して頼み込んでくるくらいには」
ディープは誇らしげに言った。
「それで、この街には?」
エイラが問いかける。
「うん、タイズには買い付けで来てる。いま市場がにぎわっててさ。鉄の掟傭兵団も連れてきてる。宿はここじゃない「リュウニ宿」ってとこに泊まってる」
「それでお前も、その鉄の掟と一緒の宿に泊まってるのか?」
ザックが言えば、ディープはまたこくこくと頷く。
「そうそう。ちょっとだけ抜けて、こっちの『ワトソン宿』に来てみたんだ。ここ、評判いいって聞いたし、なにか面白い話が聞けるんじゃないかと思って」
「……まさか、本当に面白い話に出くわすとは思わなかったけどな」
ディープは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。
その飾らない態度に、誰もが思わず力を抜く。
「ふふ……噓はついてなさそうね」リズが言った。
「つーか、そんなにペラペラ喋ってて、商人としてやっていけるのか?」
フレッドが茶々を入れる。
「はは、たまに言われるよ、仲間にも。でもねぇ、性に合わないんだよ。駆け引きとか、裏の読み合いとか。俺は正直に、ちゃんと顔見て話して、納得してもらうのが一番だと思ってる」
ディープの言葉に、ふとエイラが頷いた。
「……なるほど。駆け引きや損得勘定じゃなく、人柄と誠実さで勝負するタイプの商人ね。だからこそ、ダミアンって人が手元に置いてるのかもしれない」
「おっ、なんだか褒められてる?」
ディープが照れくさそうに笑う。
「悪い意味じゃないわ。むしろ信用できる人間だってことよ」
エイラが淡く微笑む。
「……なんとなく、分かる気がするな」
シマが静かに言った。
「顔つきは馬っぽいけど、話してると妙に安心する」
「お、おい、また馬面言うなよ!」
ディープが笑いながら抗議すると、ザックが悪戯っぽく肩をすくめた。
「でも否定はしねえんだな」
「否定したって、俺の顔は変わんねえしな……」
ディープは少しだけ肩を落とし、すぐに笑ってみせた。
「まあ、こうやって人の縁ができるなら、馬面でもいいかもな」
その言葉に、シャイン傭兵団の面々から柔らかな笑みがこぼれる。
「ディープさん、ちょっと聞いてもいいかな。たしか……ダミアンさんたちって、最初は8人で商会を立ち上げたって話だけど、あなたもその初期メンバーだったんですか?」
ディープの目がぱっと見開かれる。
「えっ、よく知ってるなあ!それ、ダミアンさんから聞いたの? だとしたらすごいよ。あの人、あんまり昔の話しないんだけどな」
「聞いたさ、ちょっとだけな」
トーマスが頷きながら返す。
「へえ~……珍しいな。あの人、本当に秘密主義っていうか、昔のことはあまり話さないんだよな。……ま、俺も一応、その時から一緒にやってる。初期の8人組の一人さ」
そう言って胸を張るディープ。その顔はどこか誇らしげで、目元には懐かしさすら滲んでいた。
ディープはふと思い出したように皆を見渡しながら言った。
「もしかして、この中に『シマ』って名前の人、いる?」
その問いに、シマが軽く手を挙げた。
「ん? ああ、俺がそうだ」
するとディープは、ほんの一瞬ぽかんと口を開けたあと、パッと笑顔を広げた。
「うっそ、あんたが?! へえええ……なんか、想像してたよりずっと……」
「ずっと?」
シマが苦笑いしながら促すと、
「……いや、こう、渋いっていうか、大人だなあって。ダミアンさんから聞いた話では、そりゃもうとんでもねえガキがいたもんだって言っててさ」
「……へえ?」
サーシャが興味深そうに身を乗り出す。
「そうそう、それで俺が名前聞いたんだよ。『そいつ、なんて名前なんですか?』って。そしたら珍しく教えてくれてな。『シマっていう、頭の回転が恐ろしい程早いガキがいた』って」
「ふふっ」
エイラが小さく笑った。
「恐ろしいガキ、ねぇ……想像つくような、つかないような」
「普段なら絶対そういうの教えてくれないんだけど、その時はすごい上機嫌でさあ。何があったのかは聞かなかったけど、よっぽど印象に残ってたんだと思うよ、あんたのこと」
「……ふ~ん、そうなのか」
シマはジュースを一口飲みながら、どこか懐かしそうに目を細めた。
その空気を破るように、ジトーが口を開く。
「で? 今もその8人でやってんのか?」
「ああ、いやいや、今はもう規模がぜんぜん違う」
ディープが手を振りながら笑った。
「50人規模の商会だ。荷運びから営業、帳簿付け、輸送手段の手配に護衛の依頼まで、ぜーんぶやってる」
「50人か、そりゃでけえな」
トーマスが驚いたように口笛を吹く。
「でも、買い付けとか仕入れ先の交渉、売り先の開拓なんかは、いまでも俺たち初期メンバーがやってるんだ。ダミアンさんも自分で足を運ぶのが好きだからね。部下に任せきりにしないタイプなんだよ」
「なるほど……」
ロイドが頷く。
「それで『鉄の掟』みたいな傭兵団とも直接つながってるのか」
「そうそう、あいつらとは最近組むことが多くてさ。俺たちも護衛が必要な場面が増えてきたし、向こうも信頼できる取引先がほしいってことで、利害が一致したんだろうな」
「それにしても」
エイラが言う。
「あなた、ずいぶんと包み隠さず話すのね」
「ははっ、よく言われる」
ディープが朗らかに笑った。
「でもまあ、言えることは言う。どうせバレることなら、最初から正直な方がいいしな。商人としてはイレギュラーかもしれないけど、俺はこういうやり方が性に合ってるんだよ」
その言葉に、シャイン傭兵団の面々はどこか納得したように頷いた。
「……ま、こうやって話してると、確かに悪いやつじゃねえな」
ザックがぼそっと呟いた。
「馬面には変わりねえけどな」
「……くぅ、それはもういいだろ……!」
再び笑いが広がった酒場の一角。
その和やかな空気の中、ディープというひとりの商人の存在が、シャイン傭兵団の旅路に小さな光を灯し始めていた。
「今、一緒に行動している『鉄の掟』傭兵団を率いてるのは誰なんだ?」
ジュースのグラスを手にしていたシマが、ふとディープに視線を向けて尋ねた。
「うん? ああ、それならダルソンさんだよ」
ディープはすぐに答えた。
特に考える様子もないあたり、どうやら信頼は厚いらしい。
その名前に、シマが少しだけ目を細めた。
「……一番最初に声をかけたやつだな」
椅子に背を預けながら、どこか思い出すように呟く。
「顔をみりゃあ、思い出せる……はず」
ジトーも頷いたが、確信はなさそうだ。
「俺もあまり記憶に残ってねえなあ……」
トーマスも肩をすくめて首を傾げる。
「君たちはさあ……」
ロイドが呆れたように深くため息をついた。
「記憶って言葉の意味、たまに忘れてない?」
その様子にくすくすと笑うミーナとノエル。
「で、私たちね、そのダミアンっていう人に会いに行こうって話してたの」
サーシャが柔らかな笑みを浮かべながらディープに伝えた。
「……一応聞くけどさ、何のために?」
ディープは冗談めかしつつも、やや真面目な顔で問い返す。
商人としての警戒心がにじむ。
シマはグラスを置き、やや曖昧に答えた。
「この国の周辺のこととか……まあ、いろいろだな」
言葉を濁しながらも、目だけは真っ直ぐにディープを見ていた。
「……なるほど。情報ってやつか」
ディープは小さくうなずくと、肘をついて少し考えるそぶりを見せた。
「でもねえ、あの人がそうやすやすと教えるとは思えないけど?」
苦笑交じりにそう言うと、テーブルの果実酒をひと口飲む。
「ま、あいつは金さえ払えば大丈夫だろ」
シマが軽く言い放った。
それを聞いたディープが、ちょっとだけ表情を緩めた。
「……まあ、確かに。金には厳しい人だからね。でもあの人、対価さえちゃんと払えば絶対に嘘は言わないよ。そういう意味ではすごく信頼できる」
どこか誇らしげに言う。
「そうだね」
とロイドも頷いた。
「ダミアンさんって、物言いはストレートで不愛想なとこもあるけど、誠実ではある。交渉ごとにおいては、むしろ信用しやすいタイプだ」
「なるほどなあ」
トーマスが腕を組みながら唸る。
「口がうまいやつよりよっぽどマシってことか」
「そういうこと」
ディープが笑った。
「うちは“正直にやって長く続ける”ってのが信条だからさ。ダミアンさんがいたから、こうやって商会もでっかくなったんだと思う」
「ふん、まあお前もなかなか話せる馬面だよ」
ザックが言って、また周囲に小さな笑いが広がった。
「……それ、いつまで言われ続けるの……?」
ディープが肩を落とす。
笑っているあたり、まんざらでもなさそうだった。




