舞台公演、当日
「で、シマたちはどうするの?」
エイラが問いかける。
「俺たちは警備に当たるよ」
シマは即答し、腕を組んで頷く。
「会場の外と裏手、念のために舞台袖も見張っておく。人が集まる場所には、何かと問題が起きやすいからな。ロイドとオスカーは照明係だな」
ロイドは「任せてよ」と胸を叩き、オスカーも「頑張るよ」と笑顔で応じた。
が、ふとシマの眉が寄る。
「……ところで照明器具って、どうなってんだ? 電気はないだろうし……」
時代背景を思えば、電灯などは一般的ではない。舞台照明はろうそくか油灯か、あるいは太陽光を工夫したものだろう。
「基本的には油ランプや鏡を使って光を集める仕組みみたい。昼間の公演だし、天窓から入る自然光もある程度使えるはずよ」
エイラが応える。
「そうか、じゃあ光の調整は……角度や遮光幕、反射板か」
「そうね。劇場には専用の係がいると思うけど、最低限の人手しかつかないかもしれないわ。」
「仕組みは現地で見てみないとわからないけど、工夫はできると思うよ」
ロイドは頼もしく答えた。
「もし器具が古かったり壊れてたりしたら、修理も僕たちの担当ってわけだね」
オスカーが言い、皆は笑った。
「…俺とクリフも照明係に加わった方がいいな」
シマがそう言うと、クリフも黙って頷いた。
照明の作業は細かく、また瞬時の対応力も求められる。頼れる人間が複数いた方が確実だ。
「警備の方は俺と、トーマス、それからザックとフレッドだな」
ジトーが腕を組んで言った。
ザックとフレッドの名を出すと、周囲の一部から「起きればな」という声が漏れた。
「ワシはどうすればいいのじゃ?」
ヤコブが目を細めて尋ねる。
「ブランゲルたちを招待するつもりだ。ヤコブは相手をしてくれ」
「うむ、了解じゃ」
ヤコブはにこやかに頷いた。
すると、ノエルがふと思いついたように言った。
「どうせなら、私たちの舞台衣装を作りましょうよ」
その一言に女性陣の顔がぱっと輝いた。
「いいじゃない!」「それなら私、この前買ったあの金糸を使いたい!」「舞台映えする色がいいわね」
口々に意見が飛び交い、にぎやかな空気が仕立て部屋に広がる。
「ところで、ブランゲル侯爵様たちに贈るスーツやドレスはどうなってるんだい?」
ロイドが尋ねる。
「大丈夫、今日中に終わるわ」
リズが胸を張って答えた。
「それなら明日、俺が届けに行くついでに、公演のことも話してくるとしよう」
シマが言うと、皆が納得したように頷いた。
「布や飾りも足りないわね」
サーシャがつぶやく。
「何だ、サーシャ、やる気十分じゃねえか」
クリフが茶化すように笑う。
「……そりゃあ皆が出るっていうのに、私だけ出ないってわけにはいかないでしょう」
顔を赤らめてゴニョゴニョ言うサーシャに、場が一気に和む。
笑い声が部屋いっぱいに広がった。
「じゃあ、ここカシウム都市を出立するのは四日後?」
オスカーが確認するように言う。
「そうなるな」とジトーが頷く。
「明日は買い出しに……衣装作りに……」
エイラが指折り数えながら言う。
「構想を練りましょう、どんな舞台にするのかを」
皆が静かに頷いた。
これまで戦いに身を投じてきたシャイン傭兵団にとって、舞台に立つというのはまったく新しい挑戦だった。
アパパ宿の二階、仕立て部屋の奥から笑い声が漏れ始めたころ――扉が勢いよく開いた。
「おーっす、何してんだみんなして?」
フレッドが豪快に入ってくる。背後にはザック。
ふぁ~っと大きくあくびをしながらの登場だった。
「お前ら、ようやく起きたか」
シマが肩をすくめるようにして言う。
周囲を見渡す二人に、ようやく夕方になっていることが理解できた。
「腹減った、飯食いに行こうぜ」
ザックが言い、フレッドも「それな」と頷く。
二人して階下へと向かうが、シマたちも後を追うように食堂へ降りていった。
アパパ宿一階、酒場兼食堂。
家族たちがテーブルを囲む中、シマは要点をかいつまんで説明を始めた。
「四日後にこの都市を出立する。で、その前日、三日後の午後に舞台公演をやる」
「おお、公演か!って、俺たちは何すりゃいいんだ?」
「お前らは警備担当だ」
「……マジか」
少し落胆したようなフレッドの声に、「文句あるのか」とクリフが睨む。
フレッドは口をすぼめて肩をすくめるだけだった。
「後、四日でこの街ともおさらばか……」
しみじみと呟くフレッドに、ザックがにやりと笑って言う。
「それまでに使いきらねえとな」
「……今、お金いくら持ってるの?」
サーシャが懸念を込めて尋ねる。
「10金貨くらいじゃねえか?」
「もうそんなに使ったの?!」
思わず声を上げるケイト。
「おう。」「まあな。」
ザックとフレッドは、なぜか胸を張って得意げな顔をしていた。
「お前ら、つい先日までは20金貨あったんだよな?」
トーマスが信じられないとばかりに訊ねる。
「そうだぞ? だから何だ?」
「無理に使うことないじゃない」
リズの言葉にも、ザックは真顔で言い放つ。
「いや、使い切る」
「……少しは残そうと思わないの?」
メグの呆れた声にもフレッドは即答する。
「まったく思わねえ」
「……君たちが稼いだお金だからとやかくは言わないけど……」
ロイドが困ったように言葉を濁すと、フレッドが自信満々に答えた。
「任せろ! すべて使い切ってやるぜ!」
(……そういうことを言ってるんじゃねえんだよ)
家族たちの心の声が、空気を震わせることはなかったが、その目線が全てを物語っていた。
「爺さん、今日は行くか?」
ザックが訊ねる。
「そうじゃのう、馳走になってもいいかのう」
ヤコブが笑みを浮かべながら頷いた。
やれやれと肩をすくめながらも、誰もが心のどこかで楽しげなこの空気を歓迎していた。
出発まで残すところ四日。
翌朝早く、シマは一人、カシウム城へと向かった。
柔らかな朝日が街を照らす中、彼の足取りは確かで、だがどこか急いてもいた。
城門をくぐると、警備兵に止められ、しばし城内手前の応接間で待たされることとなる。
緊張感漂う空間においても、シマの表情は変わらなかった。
ほどなくして現れたのは、ブランゲル侯爵の側近であるネリ・シュミッツだった。
「お待たせして申し訳ございません。」と頭を下げるネリ。
それに対してシマは小さく手を振り、「いや、こちらこそ急だったな。気にしないでくれ」と微笑む。そして手に持っていた大きな包みを差し出した。
「ブランゲル、ジェイソン、エリクソンにはこのスーツを。そしてエリカにはこちらのドレスを渡してほしい。すべてがシャイン傭兵団の女性陣たちが仕立てたものだ」
ネリは目を見開いて驚いたが、丁寧に包みを受け取る。
「それと、二日後の午後一時から、“グレイス・ルネ劇場”にてシャイン傭兵団の舞台公演が行われる。そのことも、伝えてくれないか。約二時間の演目だ。観覧はご自由に」
「承知いたしました」
シマは軽く頷き、踵を返して城を後にする。
次の任務は、街中での宣伝だ。
シャイン傭兵団という名は、まだ知る者も少ない。
だが、ブランゲル侯爵家の支援があるという事実を伝えるだけで、人々の関心は一気に集まる。
「あのブランゲル侯爵家が認めた傭兵団らしいぜ」「傭兵団が舞台?!」「劇場で舞台?なんだか面白そうだな」
宣伝の言葉は街角ごとに広がっていった。
その日の夕方、アパパ宿に戻ったシマを出迎えたのは、笑顔満面の家族たちと、山のような皿だった。そう、プリンである。
昨日仕込んだそれが見事に固まり、冷えて、絶妙な甘さと口溶けで、女性陣を筆頭に大絶賛されていたのだ。
「これ、毎日作ってもらうからね!」
「逃げられないわよ」
「もっと量があってもいいわ」
「確かに全然足りないわね」
男たちは観念したように肩をすくめた。
衣装作りでは、各自の動きやすさも加味されている。
また、刺繍でリズの名を入れる案も採用され、すべての衣装に美しく縫い込まれていった。
舞台の構想はエイラを中心に、女性陣が知恵を出し合いながら進められた。
リズを中心とした歌と踊り、そしてその合間に剣舞を挿入する形で構成され、照明の効果を加えて迫力あるステージに仕上げる予定である。
前日には劇場で一時間だけのリハーサルも行われた。
照明器具の確認、立ち位置の調整、音の響き具合の確認まで入念に行われ、緊張の中にも高揚感が漂っていた。
照明係にはシマ、ロイド、オスカー、クリフが当たり、警備にはジトー、トーマス、ザック、フレッド。ヤコブは来賓であるブランゲル侯爵たちの案内と接待を任されることになっていた。
ついに舞台当日が訪れる。
宿の部屋で最終確認をしながら、家族たちはそれぞれの役割を再確認し合う。
わずか数日の準備とは思えぬ完成度に、誰もが静かに、そして確かに胸を高鳴らせていた。
シャイン傭兵団が、自らの手で築いた晴れの舞台。
その幕が、今、上がろうとしていた。




