それぞれが動く…二人を除いて
昼下がり、カシウム城を後にしたシマとエイラは、街の通りを並んで歩いていた。
「…プリンを食べたかったわ、遠慮するんじゃなかった」
ぽつりと呟くエイラに、シマは肩をすくめた。
「そう言ってもなあ……地下貯蔵庫がなければ冷やすのも難しいしな」
「そうよねえ」
そこでふと、シマは立ち止まり、宙を見上げる。
(……タライのような物に水を張って、そこにマグカップを置けば……いけるか?)
思考を巡らせるシマの様子に、エイラは目を輝かせて尋ねた。
「何か思いついたのね?」
「いや、まあ……試してみるかってだけだ。期待はしないでくれ」
「いいえ、思いっきり期待するわ」
苦笑しながらも決意を固めるシマ。
「こりゃあ責任重大だな」
二人は宿に戻る前に市場へ立ち寄り、新鮮なミルクや卵、シナモン、果実、砂糖、蜂蜜などを買い揃えた。
そして、アパパ宿に到着。
ちょうど昼食時で、1階の酒場兼食堂には家族たちが顔を揃えていた。
「おう、どうだった?」とジトー。
「上手くいったのかい?」とロイド。
「おかえりー」
女性陣たちの声が重なる。
シマは周囲を見回し、小声で言った。
「……200金貨ゲットしたぜ」
「ゲト?」
首を傾げるオスカー。
「私たちにもわかるように説明しなさい」
サーシャがジトーの隣で詰め寄る。
「ああ、手に入れたってことだ」
「すごいじゃない!」
喜びのあまり、ケイトが思わず声を張り上げた。
彼女の瞳はぱっと輝き、抱えていたスプーンまで思わず宙に持ち上げてしまうほどだった。
だがその直後——「しーっ!」
周囲の宿泊客に聞こえるじゃない、とばかりに、サーシャが手を素早く振って口元に人差し指を立てる。それに続いて、リズやミーナも慌てて同様の仕草を見せた。
ケイトは「あっ……」と口を押さえ、気まずそうに周囲を見回す。
が、すぐに笑顔を取り戻すと、今度は少し声のトーンを抑えて言った。
「でもさ、私たち……すごいお金持ちじゃない? 二百金貨よ、二百!」
その言葉に、席の隅でパンを頬張っていたメグが口元を拭きながらぽつりとつぶやく。
「お金って、いくらあっても困るもんじゃないよねぇ」
彼女の言葉に、ノエルがにこやかにうなずきながら言葉を継ぐ。
「ええ、生活が安定するし、装備の修繕もできる。交渉ごとにも余裕が生まれるわ」
「それに、商会を興すんだもの。資金は潤沢に越したことはないわ」
ミーナも冷静に現実的な意見を述べる。
そのミーナの発言に、女性陣たちは一斉にうなずき、目を見合わせて微笑む。
「そうね……商会を大きくしていずれは支店とか考えたいわね」
「あと、商材をもっと増やさないといけないわ、人も雇わないと」
「駆け引きや、商品を見る目も養なわないとね」
「お店の看板も! 目立つようなデザインにしないと!」
話はどんどん広がっていき、やがて少女たちの瞳は夢に満ちた色を帯びる。
にこやかに笑い合いながら、彼女たちは未来を思い描くように肩を寄せた。
「ふふっ、すっかり商人みたいなこと言ってるわね、私たち」
ノエルが冗談めかして言うと、全員がくすくすと笑い声を上げる。
その和やかな空気のなか、ふと視線を上げたシマが、苦笑しながらもどこか嬉しそうに彼女たちを見ていた。
——二百金貨は確かに大金だが、それ以上に価値のあるものが、今この場にあるのかもしれない。
彼の胸の奥に、そんな思いがほんのり灯る。
「それでその抱えてる荷物はなんだ?」
クリフが興味深そうに尋ねた。
「プリンの材料さ」
シマは袋を掲げて、にやりと笑う。
「すっっごく美味しいのよ。絶対にみんな気に入るわ!」
エイラが声を弾ませるように言った。
「マジかよ?!」「わ~楽しみね~!」「どんな料理なの?」「お肉?お菓子?」
団員たちはいっせいにシマへ質問を浴びせる。
興味津々な様子に、シマは苦笑しながら手を振った。
「その前に飯を食わせてくれ。食い終わったら手伝ってもらうぞ」
「いいわよ」「もちろんよ」
と快く答える者もいれば、少し申し訳なさそうな顔で断る者もいた。
「…今はスーツやドレスの仕立てで忙しいの。侯爵家への贈り物として、ちゃんとしたものを仕立てなきゃ」
リズが真剣な眼差しで言い、それを手伝うノエル、サーシャ、ミーナ、メグも黙ってうなずいた。
「まあ、それは仕方ねえだろう」
トーマスが肩をすくめて言った。
「んじゃ、俺たちが手伝うぜ」
ジトーが胸を叩くように言う。
「ワシも興味があるのう。かつて東方で食した白いゼリーに似ておるかもしれん」
ヤコブが目を細める。
クリフとケイトも「やるやる!」と元気よく手を挙げ、ロイドとオスカーも「当然僕たちも!」と意気込む。
だが、シマは彼らを制した。
「お前たちには別のことをやってもらいたい。二、三日したらここを離れる…その前に、でかい会場を借りてリズの歌や踊りを見せつけてやろうぜ」
「シマ、それはいい考えだよ!」
ロイドが親指を立てる。
「……大きな会場……貸してくれるかな?」
オスカーが少し不安そうに眉をひそめる。
そのとき、エイラが静かに立ち上がった。
「問題ないわよ」
そう言って、彼女は懐から一通の書類を取り出してテーブルに置いた。
そこには、公正証書にブランゲル侯爵家の家紋が刻まれており、「シャイン傭兵団に対する信頼と支援を確約する」と力強く記されていた。
「なにも朝から晩まで貸し切りにする必要はないわ。どこかの劇団や楽団が公演してる時間帯の前後に、2時間ばかり借りればいいの」
エイラは書類をぴらぴらと振って見せる。
「文句を言うようであれば、これを見せればいいのよ」
「公演の前にリズの実力を見せてやれば、納得するんじゃねえか」
トーマスが言った。
「うん、それならうまくいきそうだね。音響とか照明も確認しなきゃ」
ロイドが真面目な顔でメモを取り始める。
「んで、あいつらはまだ寝てんのか?」と、シマがふと尋ねた。
話題の矛先はもちろん、いつも自由気ままなザックとフレッドに向けられていた。
「夕方前には起きるんじゃねえか?」
苦笑いしながら言うクリフ。
「腹が減れば起きてくるだろ」
ジトーが肩をすくめて答える。
「食い終わったら、また娼館へ行くんだろ?」
トーマスが笑いながら言う。
「自由を満喫してるね、あの二人は」
ロイドも苦笑気味に口を開く。
「悪びれたところを全く見せないのがすごいよね」
オスカーが感心とも呆れともつかぬ顔で続けた。
「まあ、いいさ」とシマは軽く流そうとするが、「良くないでしょう」と鋭く返すのはサーシャ。
「注意くらいした方がいいんじゃない?」とメグも頷く。
「でも、あいつらが素直に言うことを聞くか?」
ジトーが現実的な意見を述べると、女性陣の声が一斉に上がった。
「ないわね」「あり得ないわ」「想像できないわ」
散々な言われようであるが、それもまた家族としての信頼の裏返しだ。
「いざとなったら頼りになる男たちだしな」
シマがぽつりと言うと、「…それはわかってるんだけどねぇ~」とサーシャが苦笑まじりに返した。
やがて昼食を食べ終えた面々は、それぞれの役目や予定に応じて動き出した。
リズ、ノエル、サーシャ、ミーナ、メグはスーツやドレスの仕立てを続けるため、裁縫道具を抱えて2階の作業部屋へと向かう。
彼女たちの目は真剣そのもの。
ブランゲル侯爵家に届けるスーツやドレスには、一切の妥協を許さないという気概が見て取れた。
エイラ、ジトー、トーマス、ヤコブ、クリフ、ケイトの五人は、シマの提案したプリン作りに興味津々でついていく。
シマはエイラと共に、アパパ宿の主人に厨房の使用を願い出た。
昼過ぎの落ち着いた時間帯、主人は帳面を見ながら顔を上げ、「火を使うんなら、二銅貨はもらうぜ」と条件を出す。
シマは頷き、黙って布袋から銅貨を取り出して手渡した。
「問題ない。材料も持ち込んでるし、片付けもきっちりやる」
と付け加えると、主人は満足げにうなずき、「なら、好きに使ってくれ」と背後の厨房を顎で示した。
ロイドとオスカーは、公演のための会場探しに動くよう指示されていた。
彼らは宿を出て、カシウム都市の劇場やホールを一軒ずつ訪ね歩く予定である。
「問題ないわよ」と自信満々に書類を見せるエイラの存在が、彼らの背中を力強く押した。
「いろんな準備が同時進行で進んでるわけだな…」
シマが少し遠い目で呟くと、エイラが隣で笑った。
「でも楽しいでしょ、こういうの。家族みんなが一つの目標に向かって動くのって」
「ああ、悪くねえな」
シマは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
その頃、まだザックとフレッドの姿はなかった。
だが彼らが目を覚まし、いつものように「腹減った~」と現れるのは時間の問題だった。
シマは内心、それがどんなタイミングになるのか少し楽しみにしている自分に気づいた。
こうして、シャイン傭兵団の昼下がりは、それぞれの動きの中で静かに、しかし着実に進んでいくのだった。




