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光を求めて  作者: kotupon


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強固な協力関係

翌日カシウム城の朝。

午前九時、応接間にはブランゲル侯爵をはじめ、ジェイソン、エリクソン、エリカ、ミテラン料理長とアコッジ副料理長、そしてシマとエイラが顔を揃えていた。


長机の上には五つのマグカップが等間隔に並び、それぞれの隣に小皿が添えられている。

これから行われるのは、昨日シマが試作した豆乳プリンの試食会だった。


「さて……まずは一個目、いくぞ」

シマはそう言うと、一番手前のマグカップを手に取り、小皿をその上に重ねてひっくり返す。

器用な手つきで、マグカップを小刻みに揺らしながら少しずつ上にずらしていく。


そして——「プルンッ」

柔らかくも弾力のある音を立てて、薄いクリーム色のプリンが姿を現した。


「……これが、豆乳プリン?」とエリカが呟く。


「見たことのない……デザート?菓子?ですな」

ミテランが驚きを含んだ声を上げる。


「とりあえず試食してみようぜ」

シマが笑い、スプーンを取った。


それに倣って、他の者たちもスプーンを手にする。

エリクソンは恐る恐る掬い、エリカは目を輝かせながら。

ブランゲル侯爵は興味深げに豆乳プリンを見つめ、ジェイソンはスプーンの上でプリンがぷるぷる揺れる様子に思わず笑みを浮かべた。


そして、口に入れる。


「……プリンだな」

シマがあっさり言った。


それは前世の記憶があるがゆえの当然の反応だった。

だが、シマは忘れていた。

この世界では「プリン」などというものは存在しない。

これが、世界で初めての「プリン」なのだ。


案の定、周囲の反応は大きかった。


「なに、これ?!なんなのこれ!すごくおいしいっ!」

エリカが声を上げる。


「この食感……今までにないものですな……!」とミテラン。


「……美味しいわ……」

エイラはうっとりと微笑み、


「君、またとんでもないものを作ったね」

ジェイソンがため息混じりに呟く。

その横ではエリクソンもブンブンと勢いよく頷いている。


そしてブランゲル侯爵は呆れ顔で、「……お前というやつは」と言ったきり、何も言葉が続かなかった。


豆乳プリンは一瞬で平らげられた。


シマは続けて二個目のマグカップに手を伸ばす——が、その手を制する声があった。

「私にやらせて!」

エリカだった。


彼女は意気揚々とマグカップを手に取り、シマの真似をして小皿にひっくり返す。

そして、揺らしながらマグカップをそっと持ち上げ——

「出たっ……!」と小さく歓声を上げた。


「うわあ~……!」

見とれるように豆乳プリンを見つめる。

「早速、食べよ……」


その瞬間、ブランゲル侯爵が言った。

「これこれ、エリジェに食べさせてやらねばな」


その一言に、エリカの顔がハッとする。

「そうだ!お母様に食べさせてあげなきゃ!」


「待て待て、もう一つ、二つ持っていったらどうだ。奥方の病状にも良く効くはずだしな」


「……そうね!」

エリカが頷き、嬉しそうにもう二つのマグカップを手に取った。

「ついでに私の分も♪」


三つのマグカップを慎重に抱えたエリカは、そそくさと応接間を後にした。


残るは、あと一つ。


その最後の豆乳プリンを誰が食べるのか、分け合うか?一瞬の静寂が場を包んだ。が、誰も名乗りを上げなかった。皆、奥方とエリカのために食べなかった。

「…仕方がない残しておくか」誰ともなく呟く。それが正解だった。

料理は、食べる人を想って作られるべきだ——そんな空気が自然と生まれていた。


世界にないものを一つ創り出した。

だが、それが誰かの健康を支え、日々の楽しみになるのなら、それは何よりの報酬だと、シマは思った。



「作り方は大丈夫だよな? 昨日一緒に作ったし……」

シマの問いに、料理長ミテランは力強く頷いた。

「お任せください! 昨晩の経験は貴重でした。

すでに厨房では再現のための手順を整理しております」


副料理長アコッジも負けじと続く。

「更に精進を重ねてまいります。次はもっと滑らかで、より上品な味を目指します」


二人は深く一礼し、ブランゲル侯爵らに軽く頭を下げると、応接間を後にした。


「うむ、期待しておるぞ」

ブランゲル侯爵が柔らかな笑みを浮かべて彼らの背中に言葉を投げた。


その直後、シマが少し身を乗り出すようにして言った。

「で、もうひと押しはどうだ?」


ジェイソンは苦笑しながらも、どこか諦めたように肩をすくめる。

「お手上げだね……君はまた、とんでもないものを生み出した。正直、期待以上だよ」


「それはよかったよ」

シマは素直に笑い、ようやく肩の力を抜いたように見えた。


それからの交渉は驚くほどスムーズに進んだ。

豆乳プリンと、ハンバーグに関する一切の情報——作り方や材料、工程についての公開を五年間禁ずる。対価は200金貨。

それに加え、改めてジェイソンから「シャイン傭兵団に対する信頼と支援」を確約する一文が添えられた。


ブランゲル侯爵が軽く目配せをすると、即座に扉が開き、整った身なりの役人が一人、書類の束を抱えて入室する。


それは城の書記官によって用意された正式な契約書、公正証書であった。

厚みのある羊皮紙には、細かく条件が記されている。

しっかりと、「ハンバーグと豆乳プリンに関して、五年間のレシピ公開を禁ず」との文言が中央に刻まれていた。


それぞれが署名し、印を押す。書類は三通用意され、一通はブランゲル家に、一通はシャイン傭兵団に、もう一通は公証役場に保管される。

署名が終わると、シマとブランゲル侯爵が立ち上がり、互いに手を差し伸べて、固い握手を交わした。


その空気のまま、和やかな雰囲気の中、シマが話を続ける。

「豆乳プリンの上に、果実を乗せたり、蜂蜜を垂らしても面白いだろう。ワインを少し使って風味をつけてもいい。ガラスの器に盛れば高級感が出る。あと、奥方のことだけどな……」


シマの顔が少し真剣になる。

「今の食事を続ければ、二ヶ月もすれば改善されるはずだ。それから、一日一時間は陽の光を浴びさせた方がいい。体だけじゃなく、心のためにもな」


その言葉に、周囲が少し静まりかえる。


エリクソンがゆっくりと口を開く。

「……ブランゲル家、いや俺たち家族は、お前たちに多大な貸しを作ってしまったな」


「いいさ、対価はきちんともらったしな。それと——」

シマは視線を逸らさず、どこか茶目っ気を混ぜた声で言う。

「貸しが一つあることを、忘れないでくれよ?」


しばしの沈黙のあと、応接間は笑いに包まれた。

それは、ただの取引ではない。

信頼と尊重を土台に築かれた、新たな絆の始まりであった。



「今、侯爵様方にスーツやドレスを仕立てています」

エイラが丁寧に告げると、ブランゲル侯爵の表情が一気に華やいだ。


「ほう、それはうれしいな!」


「寸法を測らなくて大丈夫なのかい?」

隣に控えていたジェイソンがやや心配そうに口を挟む。


「俺たちの観察眼を見くびってもらっちゃ困るな」

シマがにやりと笑って応じた。


「そうだったね」

ジェイソンも苦笑いを浮かべる。


「宜しければ公式の場でもお召し頂ければ幸いです」

エイラがさらに続けると、ジェイソンが目を細めて言った。

「私たちが着用していればいい宣伝になる…ということかな」


「抜け目がねえなあ」

エリクソンが感心半分、呆れ半分の表情を見せる。


「面白いではないか。斬新ではあるが洗練された服、今までにない料理、デザート…ククッ…ジェイソン、こっち側に取り込む準備を進めろ」


「お任せ下さい、父上」

ジェイソンが即答する。


「うむ……シマよ、お前たちはこれからどうするのだ?」

ブランゲル侯爵が問いかける。


「二、三日滞在したのち、ノルダラン連邦共和国に行くつもりだ」


「ふむ…はっきり言おう。お前らを敵にしたくはない。なればこそ、公正証書には『シャイン傭兵団に対する信頼と支援』の一文を入れた」


その言葉にシマも真剣な眼差しで頷く。

「俺たちもあんたたちを敵に回すつもりはねえさ。それにマリウスはブランゲル侯爵一派だろ。あいつはいいやつだからな。何かあれば連絡くれ、何時でも駆けつけると約束したからな」


「私たちとも約束してくれると嬉しいんだけどね?」

ジェイソンが微笑みながら問いかける。


「いいぞ」

シマはあっさりと答える。

「その代わりにブランゲル侯爵家の名を存分に使わせてもらうぞ」


その言葉に、一同が笑い合う。

敵対するどころか、強固な同盟関係を築いた瞬間だった。

外交的な交渉、料理、衣装、全てが結びつき、信頼の絆が形となって現れたのだ。

それは単なる取引や利益ではない、心の底からの理解と信頼に基づいた協力関係の始まりを意味していた。

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