帰ってきた。
ノーレム街を出発したシマたちは、しばらく街道を進んだあと、深淵の森へ向かう獣道へと入った。
荷物を持ったままの移動は大変だったが、皆それぞれ満足げな表情を浮かべていた。
特にロイド、ジトー、トーマスの三人は終始ご機嫌で、浮かれたような様子だった。
「どうしたんだ、お前ら?」
シマが問いかけると、三人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「そりゃあもう、早く試してみたくてね!」ロイドが嬉しそうに剣を見ながら言う。
「俺は槍と斧の振り心地を確かめたいな」ジトーも続ける。
「盾も手に入ったし、戦術も広がるだろう?」トーマスが、今回購入した盾を確認しながら言った。
今回手に入れた盾は、縦六十センチ、横四十センチの長方形の形をしており、木の板に板金を貼り付けた頑丈なものだった。持ち手もしっかりしており、実戦で十分に役立つだろう。
「盾が三枚あるだけで、戦い方の幅も大きく変わるよな」
シマは、購入品を改めて確認しながら考えを巡らせた。
盾を持つことで仲間たちの防御力が上がるだけでなく、集団戦闘での戦術も練りやすくなる。
特に狩猟や、敵との遭遇時に有利に働くのは間違いなかった。
しかし、今回の買い物の中でシマが気になったのは弓だった。
武器屋で見た弓が、どうにもオスカーの作ったものよりも劣っているように感じたのだ。
シマは仲間たちに問いかけた。
「なあ、お前ら。武器屋の弓って、オスカーの作った弓よりも劣ってるように見えなかったか?」
ジトーが腕を組んで考える。
「装飾とか見栄えは、武器屋の弓のほうが良かったんだろうけどな。実用性ってなると……どうなんだろうな?」
ロイドが首を傾げながら答えた。
「僕も試しに弓を引かせてもらったけど、やけに軽く感じたよ」
「……調整中だったのか?」ジトーがぽつりとつぶやく。
確かに、武器屋の弓は一見するとしっかりした作りに見えたが、実際に使ってみると違和感があった。
オスカーの作った弓は見た目こそ飾り気がないが、使い心地がよく、弦の張りも強く絶妙だった。
「試しに一張、買ってもよかったかもな」
シマは少し悔しそうに言った。
しかし、それはもう過ぎたことだ。
シマはふと、別のことを考えた。
「小麦の作付けって、できると思うか?」
突然の問いに、皆が驚いたようにシマを見た。
「小麦?」
「お前、何を言い出すんだ?」
元農民の子だったトーマスが、シマの意図を察して答えた。
「深淵の森の中じゃ、難しいだろうな。日当たりを良くするために、どれだけの木を伐採しなきゃいけないか考えたことあるか?」
「やっぱり無理か……」
シマも、ある程度予想はしていた。
小麦の生産は、広い土地と十分な日光が必要だ。
深淵の森のような鬱蒼とした森の中では、まともに作物を育てることは難しい。
「もし国家事業としてやれば、とっくの昔にやっていただろうしな」
小麦の生産が簡単なら、どの国でも行われているはずだ。
深淵の森で農業を行うのは、現実的ではない。
「まあ、俺たちは俺たちでやれることをやるさ」
トーマスの言葉に、シマは頷いた。
こうして話をしながらも、一行は着実に深淵の森へと歩を進めていた。
荷物の重さがずっしりと体にのしかかるが、それでも誰一人として弱音を吐くことはなかった。
「そういえば、裁縫道具も買ったんだよな?」
ジトーが話を振る。
「ああ、服の補修にも使えるし、布も手に入れたからな。何よりも大量の毛皮がある。羽毛もあるし、寒くなる前に防寒用の服、布団を作るのにも役立つだろう」
新しい武器、道具、食糧を手に入れた彼らの心には、これからの生活への期待が膨らんでいた。
「早く帰って、試してみたいな」
ロイドが笑いながら言う。
「お前、ちゃんと仕事しろよ?」
ジトーが冷ややかな視線を向けるが、ロイドは気にする様子もなく笑っていた。
シマたちはそのまま、深淵の森へと帰路を急いだ。
彼らの新たな生活が、再び始まろうとしていた。
深淵の森に入って三日目。
長い道のりを経て、ようやく馴染みのある場所へと辿り着いた。
日は落ち、森は闇に包まれ、目の前の景色すら定かではない。
しかし、あと少しで家に着く。仲間たちが待つ場所まで、残りわずかだった。
シマたちは足を止め、ここからどうするかを話し合った。
「このまま進むか? それとも夜が明けるのを待つか?」
誰かがそう提案した。
しかし、結論を出すのに時間はかからなかった。
「進もう。ここはもう僕たちの庭も同然だ」
ロイドがそう言うと、皆も頷く。
確かに、三年間この森で生き抜いてきた自信があった。
罠を仕掛け、危険を回避し、獲物を狩る術を身につけてきた。
無論、油断はしない。慢心もしない。だが、それでもこの森は彼らにとって「家」だった。
「気を引き締めていこう」
シマがそう告げると、全員が気を引き締め、歩を進めた。
辺りは暗闇に包まれ、遠くで動物の鳴き声が響く。木々のざわめき、落ち葉を踏む音。
わずかな音さえも聞き逃さぬよう、誰も無駄口を開かない。五感を研ぎ澄まし、慎重に歩を進めた。
二時間ほど歩いた頃、前方にうっすらと見覚えのある影が浮かび上がる。
「……見えた」
誰かが小さく呟いた。
目の前には、馴染み深い家があった。
「帰ってきた……」
シマは心の中で呟く。
家の周囲を囲う二重の柵。
その頑丈そうな佇まいは、外部の侵入者を容易には寄せ付けない。
高さも申し分なく、遠くからでもその威圧感が伝わってくる。
「やっぱり、こうして見ると頑丈だな」
ジトーが柵を見上げながら感嘆の声を漏らす。
自分たちで作り上げた拠点。その強固さは、ここで生きるための証でもあった。
「さて、どうする?」
ロイドが問う。
「仲間たちに知らせるぞ」
シマの言葉に皆が頷く。
彼らはわざと足音を立てて歩いた。森での生活では、足音を消すのが基本だ。
しかし、今は逆に音を立てることで、家の中の仲間たちに自分たちの存在を知らせる。
――ガシッ、ガシッ。
踏みしめる音が、静寂に響く。
すると、家の扉が勢いよく開いた。
中から飛び出してきたのは、剣や槍を構えたザック、クリフ、フレッド、ミーナ。そして、弓に矢をつがえたサーシャ、ケイト、ノエル、エイラ、メグ、リズ、オスカー。
彼らは素早く臨戦態勢を整えていた。
「見事だ……」
シマは思わず呟いた。
これが、自分たちの仲間。信頼できる仲間たちの力だった。
剣を握るザックの目は鋭く、クリフは獲物を狙うように槍を構えている。
サーシャは弓を引き絞り、今にも放たんとする姿勢だった。
これが、彼らの生きる術。
「俺たちだ! 撃つなよ!」
シマが両手を上げて叫ぶ。
「……本当にシマか?」
ザックが警戒を解かずに言う。
「僕たちじゃなかったら、もう撃たれてるな」
ロイドが苦笑しながら答えた。
仲間たちは一瞬の沈黙の後、ようやく武器を下ろした。
「おかえり!」
サーシャが笑顔を見せた。
その瞬間、仲間たちは次々と彼らを迎え入れた。
「ったく、無事でよかったぜ」
クリフが安堵のため息を漏らす。
「待たせたな」
シマも笑いながら答えた。
すると、トーマスが冗談めかして言う。
「この大男は撃ってもいいぞ」
皆の視線が一斉にジトーへ向いた。
「おいおい、何の冗談だよ!」
ジトーが焦ったように言う。
「お前も大男だろうが」
シマが軽く笑いながら言うと、仲間たちも笑い声をあげた。
緊張が和らぎ、拠点の門が開かれる。灯火に照らされた家の内部が覗いた。
「まずは戦利品を片付けよう」
ロイドが言い、皆が頷く。
運んできた食料、調味料、鋸、鍬、スコップ、ハンマーを倉庫へと仕舞う。
剣や槍を点検し、矢を整える。
スパイスや塩はしっかりと密閉される。
「それにしても、この旅は長かったな」
ジトーがしみじみと呟く。
「でも、無事に帰ってこられた」
ロイドが笑う。
「それが何よりだな」
シマは皆を見渡しながら答えた。
こうして、無事に深淵の森の拠点へと帰還したシマたち。
彼らの新たな日々が、再び始まろうとしていた。




