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光を求めて  作者: kotupon


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交渉開始

夕刻、陽が落ち街の屋根を月の光が照らすころ、シャイン傭兵団の面々はゆっくりとアパパ宿への帰路についた。

今日はブランゲル侯爵邸での出来事で、皆それぞれに疲れてはいたが、どこか満たされた表情を浮かべていた。


「さて、俺たちはちょっと寄り道するか」

ザックがフレッドに声をかける。


「おう。娼館か?それとも例の地下格闘技?」

フレッドが笑う。


「地下だな。今日はやってんだろう、確かめに行こうぜ。」とザック。

隣を歩いていたヤコブに視線を向ける。「おい、爺さんも来るか?」


だがヤコブは首を振った。

「今日は…ちょっと書き残しておきたいことがあるのじゃ。今日の出来事は、ワシにとっても重要なものになるじゃろうからな。」


「真面目だな、爺さんは」

笑いながら、ザックとフレッドは古びた倉庫街の方へと消えていった。


宿に戻ったシマは、部屋に腰を下ろすと、すぐに紙とペンを取り出し、静かに書き始めた。

書くのは、明日のブランゲル家との交渉に備えた陣形案、そしてハンバーグのレパートリーについてだ。分量、焼き加減、ソースの種類、さらには味変の工夫……実に多岐にわたる。


「……さて、俺たちは明日どうするかね」

ジトーがつぶやくと、部屋の隅からリズが手を挙げた。


「ねえ、このドレスとかスーツってさ、商材にできると思うのよ」


「いいわね、それ。侯爵家にも評判よかったし」とノエル。


「じゃあ明日はまた布の買い出しに行きましょう。珍しいものがあったらそれも」

サーシャが提案し、皆うなずいた。


「ブランゲル侯爵用にも一着仕立てておいた方がいいわね。」

ノエルが言うと、一同はその気になっていく。


そのとき、少し遠慮がちにケイトが声を上げた。

「……あの、明日、クリフと二人で出かけてもいいかしら?」


場が一瞬静まり返る。

クリフが「いやいや、おまっ、なに言ってんだよ!」

と慌てるが、ミーナが優しく微笑んだ。

「いいんじゃないかしら、たまにはね」


「ありがとうね、みんな……」

ケイトは照れくさそうに笑った。


「じゃあ私も!」

メグが手を挙げた。

「私もオスカーと一緒に出かけたいわ!」


「行って来い、行って来い!」

ジトーが明るく言い、皆が笑いに包まれた。


こうして、翌日の予定が決まっていく。


シマとエイラはブランゲル家との交渉。主にエイラが交渉の前線に立つ。

シマはその補佐として、レパートリーの詳細や技術的な部分を説明するつもりだ。


布の買い出しと珍しい素材の探索には、リズ、サーシャ、ノエル、ミーナが赴く。

ロイド、ジトー、トーマスはその荷物持ち兼護衛役だ。


クリフとケイト、オスカーとメグは、それぞれ街へデートに出かける。

束の間の休息と、少しの贅沢な時間を楽しむために。


ヤコブは執筆と考察に集中する。

侯爵家の食文化やエリジェ夫人の体調と嗜好、これからの応用料理、陣形、合気道、服装についても記録を残す意気込みだ。


ザックとフレッドは…朝帰りになるだろう。

そして日中は間違いなく宿の部屋でぐったりと寝ているに違いない。


それぞれが、それぞれのやり方で、今日の出来事に向き合い、明日を準備していた。

部屋の灯が静かに灯る中、シマの筆は止まらなかった。



まだ街がゆっくりと目を覚ましはじめた頃、アパパ宿の静けさの中にノックの音が響いた。


「エイラ、起きてるか?ちょっと打ち合わせしておきたいことがある」

扉の向こうから聞こえてきたのは、シマの声だった。


「ええ、すぐ支度するわ。先に下に行ってて」

その言葉にうなずき、シマは階段を下りていく。


アパパ宿の一階、酒場兼食堂の扉を開けると、まだ客の姿はまばらだった。

木の香りが残る温かな空間に、朝の陽光が斜めに差し込んでいる。


シマはいつもの席に腰を下ろし、指で軽くテーブルを叩きながら、今日の交渉内容を頭の中で反芻していた。


やがて、階段から足音が聞こえてきた。エイラが現れたのだ。

落ち着いた色味の服装に身を包み、髪をきちんとまとめた彼女は、まさに交渉人としての顔になっていた。


「お待たせ。さて、何から確認する?」


「これ、ハンバーグのレパートリーと、陣形案の資料な。」

そう言って、シマは数枚の紙をテーブルに広げた。

エイラも真剣な表情で内容に目を通す。

二人の間には、言葉以上の信頼と呼吸があった。


そうして二人が話し込んでいると、少しずつシャイン傭兵団の仲間たちが階上から降りてきた。


「おーっす、帰ったぞー」

元気な声と共に、扉が勢いよく開いた。

ザックとフレッドが朝焼けの逆光を背に、少しふらふらしながら戻ってきた。


「いやー、参ったぜ……なかなか離してくれなくてよ!」とザック。


「モテる男はつらいぜ!」

フレッドが胸を張る。


(……ただの金蔓だろ)(……一応金だけは持ってるからな)

傭兵団の面々は内心そう思ったが、口には出さずに軽く笑って済ませた。


「……で、昨日の地下格闘技はどうだったの?」

サーシャが尋ねた。


「それがよ……やってねえんだよ」

ザックが首を傾げる。


「一昨日もやってなかったしな?」

フレッドも不思議そうに言う。


(……お前らが出場したら興行が成り立たねえからだろ)

シマをはじめ傭兵団の誰もが思ったが、やはりそれも口には出さなかった。


「それにしても、朝飯うまそうだな」

ザックがパンにかぶりつく。


「今日は交渉日だね。腹ごしらえはしっかりとね」

ロイドが言いながら、スープをすすった。


「私たちは布の買い出しね」

リズが確認するように声を上げる。


「珍しい生地があればそれも探しましょう。侯爵様に贈るものも忘れずに」とノエル。


「うん。いいの見つけたいわね」とミーナが頷く。


「……ケイト、メグ、今日の服、気合入ってるな」

ジトーが冷やかすと、ケイトは少しだけ頬を赤らめた。


「いいじゃない、デートなんだし。ね、オスカー?クリフ?」

メグが楽しそうに言う。


「お、おう……」「う、うん…」

クリフとがオスカーは照れながらも微笑むと、場の空気はさらに和やかになった。


食堂の空間には、笑い声と食器の音が心地よく響く。

これから始まる新たな一日、それぞれの役割、それぞれの期待と少しの不安。それでも、彼らには互いの存在がある。

仲間であり、家族であるその絆が、今日も彼らの背を押していた。


朝陽が高く昇り始めた頃、シマは最後の一口を飲み下し、立ち上がった。

「じゃ、行こうか。エイラ、準備はいいか?」


「いつでも。今日という一日に、花を添えましょう」

二人は家族たちに軽く手を挙げて、宿を後にした。


それぞれが、それぞれの場所へ。新たな一日が静かに、そして確かに始まっていた。



カシウム城内の応接間には、緊張感が漂っていた。

石造りの壁に飾られた絵画と重厚な家具が、ここが領内でも選ばれた者しか立ち入れぬ場所であることを物語っている。


中央の長机を挟んで、ブランゲル侯爵が座る。侯爵の右隣にはジェイソン、副団長のハラワパ。左隣には領軍団長アデルハイト、エリクソン、エリカ。

侯爵の後方には側近たちが五人、無言で控えていた。


対面には、シマとエイラ。

シャイン傭兵団の代表として、毅然とした姿勢で臨んでいる。


その時、シマとエイラはふと気づく。

ハラワパの表情が、昨日までとまるで違う。

まるで何かの憑き物が落ちたかのように、静かで落ち着いた眼差しをしている。

怯えや苛立ちではなく、澄んだ意志のようなものがそこにはあった。


「閣下、始めてもよろしいでしょうか」

静かにアデルハイトが尋ねた。


「うむ。始めよ」

ブランゲル侯爵の短い一言に応じ、シマが懐から図面を取り出す。

分厚い紙に描かれた陣形図と、簡潔ながら明瞭な注釈が並んでいた。


「これが戦術の一部だ。特に応用性が高く、実戦でも過去には高い成果を挙げてきた」


シマは指先で図の一つを示した。

「『魚鱗ぎょりんの陣』——これは攻撃型の陣形で、敵の本陣を目掛けて中央突破を図るものだ。先鋒が崩れても後続が次々と突入できる構成になっており、数的不利な状況でも一気に勝負を決めることが可能」


ジェイソンが興味深そうに身を乗り出す。

「それは非常に攻め手向きですね。突破力を重視する局面で有効だ」


「次に、『鶴翼かくよくの陣』。こちらは防衛型だな。広げた翼のように部隊を配置し、敵が中央突破してきた際に包み込むようにして殲滅する。防衛戦では、最も安定した陣形の一つだと言われている」


エリクソンが唸るように頷く。

「敵を囲むようにして叩く……理にかなっているな」


「『長蛇ちょうだの陣』は、山道や谷などの狭い地形を移動するための陣形だ。蛇のように縦一列で移動する形だが、側面攻撃には極端に弱い。移動専用と割り切るべきだろう」


簡潔に、しかし要点を逃さず語られるシマの説明に、アデルハイトがうんうんと頷く。

「……これは、我らも普段から使っていますな。行軍や部隊の移動時に自然とこうなる。ただ、正式な呼称がなかっただけで」


「ふむ……なるほど」

呟くジェイソン。

図と説明に目を落としながら、理解を深めるように何度か首を縦に振る。

「名前がつくだけで、共有しやすくなる。これが“公式な用語”として兵たちに認識されれば、指示の出し方も格段に楽になる…というわけだね」


「それが狙いさ」

シマは静かに微笑む。

「言葉の共通化は、戦場での混乱を減らす。理解と判断の時間を少しでも短縮できる」


「続いて『衡軛こうやくの陣』。これは部隊を互い違いに配置し、攻撃型の陣形に耐えるための布陣。攻勢を受け止め、反撃の機会を狙うには有効な陣だ」


そして最後に、シマが一枚の図を掲げた。

「『方円ほうえんの陣』。全方向に備えるための布陣。部隊を円形に配置し、どの方角から攻められても柔軟に対応できる。篭城戦や野営地の防衛などで力を発揮する」


説明を終えると、部屋には静かな沈黙が流れた。

誰もが図面に目を落とし、それぞれの陣形がもたらす戦術的可能性を思案している。


「……見事だ」

ブランゲル侯爵が重々しく口を開いた。

「言葉だけではない。こうして図と注釈を揃え、誰が見ても理解しやすくまとめられている」


「お褒めに預かり光栄です」

エイラが応じる。

「これらが領軍にとっても有益であると信じております」

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