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光を求めて  作者: kotupon


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再構築

「……衛生部隊はどうしてる?」


ブランゲル侯爵が目を細める。

思わぬ方向からの問いに、答えを探すように周囲を見渡す。


「医療班はいる。だが、戦闘時に前線に同行することはあまりない。後方で待機し、負傷者が運び込まれてから対応するかたちが多い」

アデルハイトが答えた。


「それじゃあ遅いんだよ」

シマは即座に返した。

「戦場では一秒の遅れが生死を分ける。衛生部隊は、負傷者に応急処置を施すためにも前線近くに配置されるべきだ。死なせずに済む命を、無駄にしてるかもしれねえ」


沈黙。誰も反論できない。


「それと、兵站部隊。補給の流れはどうなってる?」


「定期補給の制度はあるが、戦況に応じて柔軟に動ける体制とは言えないな」

アデルハイトが認めた。

「状況によっては補給が遅れ、兵が空腹のまま戦うこともある」


「それも致命的だ。戦場は綺麗事じゃねぇ。腹を空かせた兵に戦わせるなんて、負けに行ってるようなもんだ」


ジェイソンが深く頷いた。

「軍の胃袋こそ、勝敗を分ける」


「それと、俺が思うに……平時から諜報活動を行っているか?」


ブランゲル侯爵は顔をしかめた。

「……やってはいる。が、規模は大きくない」


「それじゃ足りねえ。どんな戦でも、情報の差が勝敗を決める。動員数でも、武器の質でもなく、相手が“何を知っていて、何を知らないか”――それが一番の鍵になる」


エリクソンが苦笑いを浮かべた。

「お前、本当に傭兵か?軍司令官のような口ぶりだな」


「傭兵だからこそだよ」と、シマは返した。

「生き残らなきゃ意味がない世界だ。俺たちは、勝って帰るか、死ぬかの二択しかねぇんだ」


その口調に、場が引き締まる。


「それから、退役した軍人を活用してるか?」


「講義や指導に招いたことはある」とエリクソンが言う。

「だが、あまり定着していない。形式的なものだな」


「本当にそれでいいのか?」とシマは問う。

「戦を生き延びた者の言葉ほど、響くものはねぇ。栄光だけじゃねえ、苦しかったこと、つらかったこと、悲しかったこと――そういう現実を伝える場を作るべきだ」


「戦争は遊びじゃねえ。負ければすべてを失う。命も、仲間も…国も」


エリカが静かに息を呑む。


「……戦場では、友の屍を越えて進まなきゃいけない。敵を斃すたびに、自分の一部が削れていく。狂気をはらむ場所だ。誰もが冷静ではいられなくなる」


「前にも言ったが、練兵場で訓練を見ていると、そういう“現実”を理解してない兵士が多すぎるように感じた。動きに迷いがある。命を賭ける覚悟が感じられない。まるで演技のようだった。軍学を学ばせているんだろうが、現場に活きてねえ。知識と覚悟が乖離してる」


その厳しい指摘に、誰もが表情を引き締めた。


「それから、練兵場での訓練――観戦させるのはやめた方がいい」


「ほう……それはなぜだ?」

ブランゲル侯爵が問う。


「手の内をさらしてるようなもんだ。どんな布陣を組むか、どんな動きをするか、敵に見せてるのと変わらねえ。訓練を見せるってことは、対策を講じられるってことだ。敵にヒントを与えてるようなもの。領軍は“精強”と言われてるらしいが、俺にはそうは見えなかった」


「一人一人は強い。だが、“俺が俺が”の精神が強すぎる。そういう軍は、必ず綻びる。おごってるんだよ、“自分たちは強い”って…戦場に慢心は要らねぇ。あるのは生か死だけだ。勝てると思ってる時こそ、危うい。」


その言葉に、アデルハイトが深く息を吐いた。

「……刺さりますな」


「刺さって当然だ。俺たちは生きるために戦う。名誉や誇りじゃねえ。生きるためだ。そのために何をすべきか、全員が考えなきゃならねぇ」


沈黙の中、ブランゲル侯爵が立ち上がる。

その顔には、決意の色が浮かんでいた。


「……貴重な意見、確かに聞き届けた。お前の言う通りだ、シマ。これはもはや、改革では済まされん。軍の“再構築”が必要だ」


「最後に一つ、言わせてもらう」

シマの声が静かに、しかし鋭く響く。


誰もが息を呑み、その言葉の続きを待った。

「副団長のあんただ……」


ハラワパは眉をひそめ、無言のままシマを見据える。


「……あんたに将は務まらねえ。部隊長の方がまだ向いてる」


その言葉に、空気がぴんと張り詰めた。


「何を……?」


「視野が狭い。空間認識能力がない。あんたが率いる部隊は強いかもしれねえが、軍全体の動きがちぐはぐだった。部隊同士の連携も不安定、展開も遅い」


「…空間認識能力とは何だ?」

ブランゲル侯爵が静かに問う。


「物体のある場所、向き、大きさ、形、速さ、他との位置関係――それらを瞬時に、正確に把握する力のことだ。戦場では極めて重要になる。敵と味方の位置、距離感、地形、時間軸……将とはそれを即座に見抜き、最適な指示を出す器を持つべき存在だ」


ハラワパが椅子から立ち上がった。

表情は怒りをこらえたものというより、苦悩の色を滲ませていた。


「貴様に……何がわかる!」

静かに、だが確かな怒りを込めた声。周囲の空気が震えた。

「どんな思いで俺が今の地位まで来たか、どれだけ努力を積み重ねたか! 口先だけで物を言うな、傭兵風情が!」


「そんなの知らねえよ」

シマはあっさりと答える。

「俺が言ってるのは『適材適所』って言葉だ」


「……俺には、将としての器がないと言いたいのか?」


「そうだ」


言い切ったその瞬間、ハラワパの拳が小さく震えた。だが、それ以上に揺れていたのは、彼の心だった。

(分かっていた……)

ずっと、どこかで気づいていた。

自分の指示が浸透せず、兵たちが思い通りに動かない現実に。

求心力がないこと、誰もついてこようとしないこと。

だからこそ、必死で軍学を学び直し、戦術書を読み漁り、訓練法を研究した。

改善しようと努力した。だが、どれもうまくいかなかった。


焦りは苛立ちとなり、やがて人を遠ざける態度となって表れた。

部下を馬鹿にし、言葉を荒げ、尊大になった。

それもすべて、もどかしさの裏返しだった。


「……だがな」

ハラワパは、苦しげに笑った。


「このまま、はいそうですかとは……納得できねえ。俺にも、武人としての誇りがある!」

その眼に、かつての猛将としての光が宿る。

「俺は、閣下の下で幾度も戦場を駆け抜けた! 仲間の命を背負い、幾千の剣を潜り抜けてきた! その誇りを、貴様に踏みにじられてたまるかッ!」


「……だったらどうする?」


「――一騎打ちを所望する!」


その言葉が放たれた瞬間、場の空気が一変した。

ジェイソンが目を丸くし、エリカが口元に手を当てる。ブランゲル侯爵すら、僅かに目を見開いた。


「……一騎打ち?」


「そうだ。口だけでは納得できん。貴様が俺より“武人として上”だというなら、それを力で示せ! この場で、堂々と戦え!」


「いいのか? 俺は強いぜ」


「それでこそ望むところだッ!」


二人の間に、電流が走ったかのような緊張が走る。


「……閣下、許可を」

ハラワパが振り返る。


「本気か? これは私闘に過ぎんぞ」


「それでも構いません。このままでは、前に進めません」


ブランゲル侯爵はしばし沈黙し――やがて頷いた。

「……ならばよい。ただし、命までは取るな。それが条件だ」


「了承した」

シマもまた、小さく頷く。


その場にいた誰もが、今から始まる“戦い”が、ただの腕比べではないと理解していた。

これは誇りと、立場と、信念を賭けた真剣勝負。

ただの力比べではない。魂の一騎打ち。


侯爵が私的に使用する鍛錬場は、広さこそ控えめながらも清潔に整えられ、砂地の地面は程よい固さを持ち、武人たちが手合わせを行うには最適な空間だった。


その静寂を破るように、両者が中央に進み出る。


一方は、槍を手にした領軍副団長ハラワパ・スメント。

刃は外されているものの、その長物には歴戦の気配が染み込んでいた。

反り返るような体躯、大地を割るような踏み込み、一突きで獣をも貫く迫力は、まさしく武人の風格を体現していた。


対するは、シャイン傭兵団団長・シマ。装備はなし。

肩の力を抜いたような立ち姿は、見る者によっては侮りすら覚えるほどの静けさをたたえていた。


観戦者たちが静かに見守る中、ドンッ!という足踏みが合図となった。

始まりの音とともに、ハラワパの巨体が地を蹴った。

間合いを一気に詰め、鋭く槍を突き出す――が、その次の瞬間、鈍い音とともに地面に叩きつけられたのはハラワパの方だった。


「……な、何が……!?」


唖然とする観衆。

ブランゲル侯爵も驚き、ジェイソンは口を開いたまま、言葉が出てこない。


ただシャイン傭兵団だけが静かに見つめていた。ヤコブを除いて。

「見切ったわね」

小さくサーシャが呟く。


「突きの限界点、ほんの一寸手前で踏み込み――」とエイラ。


「腕の脇を押し上げて体勢を崩させ、同時に足を払う……完璧な流れだ」

ジトーが評価する。


「自分で跳んでるように見えるくらい、自然だった、派手な動きはないけど、全部計算され尽くしてる……」リズが驚きを隠せない。


ヤコブは口を開こうとしたが、自分だけがこの場にいて違和感を覚えていたことを自覚し、口を閉じた。


立ち上がるハラワパ。

槍を構え、突き、払い、回り込み、時にはフェイント。だが――

すべてを見切られる。避けられる。受け流される。そして、投げられる。


触れてさえいないように見える技すらあった。

ほんの僅かな軸のズレ、呼吸の乱れを読み取り、重心を崩し、そこに最小の力を与える。

力と力ではない。技と理による完璧な掌握だった。


時間にすれば、まだ10分にも満たない。

だが、ハラワパの身体はすでに限界に近かった。

全身を打ち付けられた痛み、呼吸が整わぬほどの疲労、集中力の欠如。

槍を構える腕が震え、呼吸をするだけでも苦しげだった。


「最早、立っているだけでも大したものだ……」

誰かがそう呟く。


そして――

初めて、シマが「打撃」を放った。


滑るような動きで懐に入り、まっすぐ掌を開いて構える。

その手が、鋭く、迷いなく、ハラワパの顎を突き上げた。

掌底。


顎が跳ね、脳が揺れる。

ハラワパの巨体がぐらりと揺れ、ふらつき――そのまま、音もなく地面へ倒れた。


静寂が鍛錬場を包む。

誰もが息を呑む中、しばしの沈黙。

観衆が慌てて駆け寄るよりも早く、ブランゲル侯爵が「止まれ」と制止の手を挙げた。

「……まだ、息はあるな」


やがて、1分……あるいは2分弱が経ち、ハラワパのまぶたが微かに震える。

そして目を開いた。ぼんやりと、しかし確かに意識を取り戻す。


その瞳に映ったのは――

果てしなく広がる、澄み切った青空だった。

その青さに、ハラワパはしばし見惚れていた。

自分が寝転がっていることすら忘れ、ただ静かに空を見つめた。


敗北だった。

技術、戦略、理――そして己の足りなさと向き合わされた、真正面からの敗北だった。


「……シマ…と言ったな」

ハラワパが絞り出すように名前を呼ぶ。

「俺は……自分自身を過大評価してたのだな……」


返答はなかった。

だが、シマの視線に込められたものが、それに代わる答えだった。


それは憐れみでも、優越でもなく――ただの事実として、戦場を生きる者同士の「敬意」だった。

鍛錬場に再び風が吹く。まるで、敗者の誇りを讃えるように。

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