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光を求めて  作者: kotupon


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ブランゲル侯爵家

「メグ…って娘は?」

席に着いて間もなく、エリカ・ブランゲルが興味深そうに尋ねた。

勝気な表情を隠さず、ストレートに問いを投げかけてくる。


「私です」

メグがすっと背筋を伸ばしながら答える。


「…あなたが? あの石壁を壊したの…信じられないわ」

エリカの眉がわずかに上がる。


「エリカ、その話題は今はやめよう。会食の席にふさわしくないよ」

隣にいた長兄ジェイソンが、やんわりと妹をたしなめた。

穏やかだが芯の通った声に、エリカも軽く肩をすくめる。


「あら、ごめんなさいお兄様。メグも悪かったわね、ちょっと興味があったのよ」


「いいえ」

メグは笑顔で返す。

作り笑いではない。興味を持たれることには慣れていないが、不快ではなかった。


「でも素敵ね、その服」

エリカの視線がメグの赤いリボン付きのカクテルドレスに注がれる。

その目は本音を隠していない。


「なんだお前、社交界にはまったく興味がないって言ってなかったか?」

ブランゲル侯爵がグラスを傾けながらからかうように言った。


「それはそれ。これでも一応、レディなんですよ、お父様」

ふんと小さく鼻を鳴らしながら答えるエリカ。

その言い回しに、少し場の空気が和らいだ。


「レディが練兵場で剣を振るのか?」とエリクソン。

がっしりとした体格の次男は皮肉まじりに言ったが、エリカは口を開きかけて黙り込む。


代わりに「まあまあ」とジェイソンが場を収めた。


「だが確かに変わった服装だな」

ブランゲル侯爵がシャイン傭兵団の面々を改めて見渡す。


「……おかしいか?」とシマ。


「いや、変わってはおるが……洗練されておるな。よく似合っている」

ブランゲル侯爵はしみじみとした口調で言い、ひと呼吸置いてから呟いた。

「一着、俺も仕立ててみようか……」


「それでしたら私も欲しいわ、お父様!」

エリカが勢いよく食いついた。


「ふむ、シマよ。その服……どこの職人に仕立ててもらったのだ?」


「リズに作ってもらったんだ」

シマが答えると、リズは「ふふ」と微笑みながら頭を下げた。

ドレスに合わせた白い花の髪飾りが優雅に揺れる。


「……団員の一人に仕立て屋が?」

ジェイソンの目が光を帯びた。

軽く瞬きしてから、興味深そうに団員たちを見回す。


(深淵の森で育ち、傭兵団を組み、商会まで持っていて……戦闘力は恐ろしく高く、学者もいれば、服も仕立てられる職人がいて、女性も多い……他にもまだ、何か隠しているに違いない)


ジェイソンの脳裏に浮かぶのは「いかにこの傭兵団と良好な関係を築くか」それだけだった。

彼のような王侯貴族にとって、人脈こそが最大の武器。

ここまで多才な集団と友好を深められれば、それは将来、確実に国益につながる。


一方で、その横で黙ってワインを飲んでいたアデルハイト・バウアー団長もまた、シャイン傭兵団の力に強い興味を示していたが、冷静に内心を隠していた。


逆に、スメント副団長は露骨に顔をしかめている。

こんな集団がこれ以上領内で評価されるのは我慢ならないという表情だった。


会場の空気は静かに、しかし着実に変化していく。

シャイン傭兵団の名は、この夜を境に、カシウムの貴族たちの間でも確実に広まることとなるだろう。



会食が終わると、場は自然とサロンへと移った。

豪奢な絨毯の敷かれた回廊を抜け、燭台の光が壁の絵画を淡く照らす中、列をなして歩いていくブランゲル家とシャイン傭兵団の面々。


その中で、アデルハイト・バウアーは一歩後ろに控えつつ、密かに神経を張り巡らせていた。

耳には確かにシャイン傭兵団の声が届く。

とりわけ、エリカお嬢様と親しげに談笑する女性の声が目立つ。

しかし、気配が…ない。

後方に続いているはずの一団の気配がまるで霧の中に消えたように感じられない。


いや、まったくの無ではない。

いる。確かに“いる”のだ。ただ、その存在感を極限まで抑え込んでいる。

唯一、微かに感じるのはエリカお嬢様と、そして老成した気配を纏う男のふたりだけ――学者風の彼か?ヤコブと紹介されていた人物だ。


(なんということだ…)

アデルハイトは内心で息を呑んだ。


振り向きたい衝動を押し殺しながらも、冷静に状況を観察する。

――閣下はおそらく気づいている。

その様子からしてむしろ愉しんでいる節さえある。

ジェイソン様は穏やかな表情のまま、気づいていないのか、それとも気づいても表に出さないのか。

エリクソン様は眉間にかすかな皺を寄せ、違和感を感じておられる様子。

副団長のハラワパ・スメントは…鈍感だ。

側近たちは緊張感すら持っていない。

唯一ネリ・シュミッツだけが、さりげなく視線を巡らせていた。


(閣下が「勝てない」と仰っていたのは…冗談ではなかったのだな)

アデルハイトは胸中でそう呟いた。


サロンに入ると、重厚な革張りのソファと、細工の美しいティーテーブルが中央に置かれ、部屋全体が上質な香木の香りに包まれていた。

天井のシャンデリアがゆらめき、静かな音楽がどこからともなく流れている。


「さて、楽にしてくれ」

ブランゲル侯爵が促すと、それに従ってそれぞれの席に着く。


「ザック、フレッド、お前らは酒の方がいいか?」

侯爵が気さくに声をかける。


「ありがてえ!」

二人が揃って答え、場に小さな笑いが広がる。


「他の者も遠慮なく飲め。今日は客人であり、仲間であり、同席するにふさわしい者たちだ」

侯爵が続ける。


「お父様、私ワインがいいわ」

エリカが笑顔で声を上げた。


「好きに飲め」

侯爵が答えると、エリカは顔を輝かせる。


「サーシャ、あなたたちも飲むでしょう?」

エリカが視線を向ける。


「ええ、喜んで」

サーシャが上品に笑みを返す。


「美味しいワインがあるのよ!ね、お父様?」


「お前…俺の秘蔵のワインを……まあ、今日は特別だ」

ブランゲル侯爵はため息混じりに笑い、部屋の奥に控えていた使用人に指示を出す。

そのやり取りに、ジェイソン、エリクソン、そしてアデルハイトら側近たちは苦笑を浮かべた。


どうやらこの自由奔放な令嬢には、皆手を焼いているらしい。


「エリカ様、お詳しいのですね」

メグが声をかける。


「ううん、詳しいってほどじゃないけど、美味しいお酒は好きなの。それに、集まりなんて滅多にないもの。あなたたちみたいな、面白い人たちとも会えないし」

エリカの目が輝いていた。


「そう言っていただけると光栄です」

リズが微笑み、グラスを傾ける。


「ふむ……確かに、いい雰囲気だな」

ブランゲル侯爵が満足げに呟いた。


サロンの場は、次第に格式ばらない和やかな空気に満ちていった。


それでも、アデルハイトの内心には一つの確信があった。

目に見えるものだけでは測れぬ力が、シャイン傭兵団には宿っている――と。


そして、今夜はそのほんの一端が、ひとつの宴の中で、穏やかに、しかし確かに、示されたのだった。


「シマ、お前は飲まぬのか?」

ふと、穏やかな沈黙の中でブランゲル侯爵が問いかけた。


シマは手元のグラスを見て、軽く肩を竦める。

「どうにも体質に合わねぇみたいでな。酔いもするし、味も美味いとは思えねえんだ」


その言葉に、ジェイソン・ブランゲルが頷いた。

「私と一緒だね。酒はあまり得意じゃないんだよ。苦いだけで、何が美味しいのやら」


「その分、俺が飲むけどな」

隣に座るエリクソンが笑いながらグラスを掲げた。


「ふふっ、私だって負けないわよ」

エリカが挑むように返す。


兄妹たちのやり取りにサロンの空気がさらに柔らかくなる。

シャイン傭兵団の面々も、それぞれリラックスした表情で笑みを浮かべ、和やかな雰囲気が一層深まっていった。


ザックはワインを片手にフレッドと笑い合い、サーシャはエリカと何やら静かに語り合っている。

ヤコブは書簡の話をロイド、オスカーと楽しげにしており、リズはサロンのインテリアに興味を持った様子で目を輝かせていた。


談笑が一段落し、場にほんの少しの静寂が訪れた頃――


「シマよ」と、侯爵が再び名を呼ぶ。

その声には、先程とは異なる重みがあった。

「領軍は……これから、どうすべきだと思う?」


言葉そのものは抽象的で曖昧だった。

だが、シマは一瞬のうちにその真意を読み取っていた。


――『戦が近いかもしれぬ。そのとき、我が軍はどうあるべきか』。

侯爵が問うたのは、戦略でも戦術でもない。“本質”だった。


シマは静かにグラスを置き、背筋を伸ばした。

視線を侯爵へとまっすぐ向ける。


「…今のままでは、戦うことはできても、守ることは難しいな」

その言葉に、場の空気がわずかに変わる。


エリクソンが反応を見せ、アデルハイトが目を細めた。

ハラワパは、興味なさげに見えたが耳だけは傾けている。


「領軍には力がある。規律もある。だが“柔軟さ”と“異質を受け入れる度量”が足りねえ。今の時代、軍が守るのは領地や民だけじゃねぇ。情報も、人材も、文化も――変わりゆくものを護れる軍でなきゃ、生き残れねぇ」


その一言一言が、まるで静かな打撃のように、サロンの空気を打った。


「異質を、か」とジェイソンが呟く。


「シャイン傭兵団は、普通じゃねえ奴らの集まりだ。だが、だからこそ広い視野を持てる。思いもよらない動きができる。…領軍も、そうあってほしいと、俺は思う」


侯爵は黙って、シマの言葉を噛みしめるように頷いた。口元には微かに笑みが浮かんでいる。

「……なるほど、貴様らが“異質の中の異質”である理由が、少しわかった気がする」


「お父様、どういう意味?」

エリカが首を傾げる。


「意味などまだ語る段じゃない。ただ、芽は……確かに芽吹いているようだな」

侯爵の言葉に誰もが静かに耳を傾けた。

それは、戦の匂いを含みながらも、未来への布石でもあった。

そして、シマの中には確かな手応えがあった。

ブランゲル侯爵という男が、どれほど先を見据えているか、そしてその信頼に足る存在としてシャイン傭兵団を見ているのか。

今宵、その一端が確かに交わされる。

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