始まる会食
カシウム城の東門前には、重厚な石造りの門と高くそびえる城壁がそびえ立っていた。
その前で、ひときわ目立つ白馬にまたがった男がシャイン傭兵団の到着を待ち構えていた。
黒と銀を基調とした軍装に身を包んだその男は、ブランゲル侯爵の側近、ネリ・シュミッツである。
シマたちの馬車が近づくと、ネリは手綱を引いて馬を止め、軽やかに下馬すると深く一礼した。
「お待ちしておりました、シャイン傭兵団の皆様。本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。ご案内役を務めさせていただきます、ネリ・シュミッツと申します。」
「よろしく頼むよ」
シマが笑みを浮かべて応じる。
その後ろで、サーシャ、エイラ、リズ、ノエル、ミーナ、ケイト、メグたちも順に馬車から降り、続いて男性陣も姿を現す。
ネリの目が見開かれた。アンヘル王国の正装とはまるで異なるが、まさに洗練と気品が同居する装い。
とくに女性陣のドレス姿は、城門前の重苦しい雰囲気を一気に華やかにさせるようだった。
サーシャの身に纏う深みのある濃紺のドレスは、胸元と裾に赤いラインが差し色のように入っており、洗練された中にも芯の強さを感じさせ静かなる炎のような凛とした美しさを放ち、エイラの淡い紫の花飾りが揺れるドレスと髪には、紫の小さな花が連なった髪飾りがつけられ、知性と落ち着きを感じさせる。
メグのカクテルドレスは赤いリボンが印象的で、少女の可憐さを引き立て、ミーナは水色と淡いピンクの髪飾りと相まって、気品あふれるスマートエレガンスに仕上がっていた。
リズは白い花の髪飾りが彼女の落ち着いた雰囲気と相まって、大人びた印象を与える。
ケイトとノエルはシンプルながらも上品なワンピースに胸元のブローチが光り、全体のコーディネートを引き締めていた。
ネリは内心で(異国の装いか……?見事なものだ)と舌を巻く。
社交界に出ても間違いなく注目を集めるだろう。
そしてふと、ネリの視線がある一点で止まった。
オスカーが両腕で抱えるように持っていた、縦長に梱包された物体。
白布に包まれ、丁寧に紐で縛られたその形状から、ただの荷物ではないことが分かる。
「そのお荷物は……?」
ネリが問いかける。
「感謝の気持ちとして持参してきたんだ」
シマが代わりに答える。
「俺たちから侯爵殿への、ささやかな贈り物だ。」
「お心遣い、誠にありがとうございます」と一礼するネリ。
「差し支えなければ、中身を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。存分にどうぞ」
オスカーがにっこり笑って荷を手渡す。
ネリが慎重に紐を解き、白布を広げる。
その瞬間、彼の表情が固まった。
「……!」
息を飲み、目を見開いたネリの手の中には、黒曜石のように深い輝きを放つ弓が姿を現した。
滑らかに磨かれた木製のフレームに、表面に彫られた文様は、戦神に捧げる祈りを象ったものか、装飾と実用性が完璧なまでに融合している。
弦は特製の繊維で編まれ、力強くも柔軟な張りを持つ。
「これは……実に見事な造りだ……!」とネリが低く呟いた。
「オスカーが作った。俺たち傭兵団の武器職人だ」とシマが紹介する。
ネリは深く頷き、「これは閣下もきっとお喜びになるでしょう。これほどの逸品をいただけるとは……。本当にありがとうございます」と、深々と頭を下げた。
こうしてシャイン傭兵団は、その異国風の正装と手土産により、すでに城門の段階で強烈な印象を刻みつけたのだった。
城塞都市カシウムの大広間。荘厳な装飾が施された天井の下、シャンデリアが煌びやかな光を放ち、格式ある空間に華やぎを添える。
その場に現れたのは、シャイン傭兵団一同。
シマを先頭に、男性陣は黒のダブルスーツに身を包み、女性陣は色とりどりのドレスに身を包んでいた。彼らの姿が現れるや、会場の空気が一瞬止まったような錯覚を覚える。
「ほう!」
声を上げたのはイーサン・デル・ブランゲル侯爵。
続けて彼の傍らにいた息子、ジェイソン・ブランゲルも目を見張った。
「素晴らしいいで立ちだね」と小さく呟いたその言葉には、驚きと称賛が込められていた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。シャイン傭兵団一同、感謝しております。至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
そう述べたのはシマ。
堂々とした姿勢で、けれども決して礼を欠かさぬ口調での挨拶に、会場にいた者たちも思わず感心する。
「うむ! 楽にせよ!」
ブランゲル侯爵が応じ、場に緊張がほぐれた。
その時、ネリ・シュミッツが一歩前に出る。
「閣下、こちらを。シャイン傭兵団から、感謝の気持ちとしてお持ちいただいたものです。オスカー殿が制作されたとのことです」
ネリが両手で掲げたのは、縦長の梱包された包み。
慎重に解かれた包みの中から現れたのは、一張の弓──しかし、それはただの弓ではなかった。
ブランゲル侯爵の目が見開かれる。
「……これは……」
一言で“見事な”と称するにはあまりに稚拙。
木材の質感、金属の装飾、弦の張り具合、全てが一分の隙もなく洗練されていた。
表面に彫られた文様は、戦神に捧げる祈りを象ったものか、見る者に不思議な安心感を与える。
侯爵はそっと手に取り、持ち上げる。
瞬間、手に吸い付くような感覚が走った。
妙にしっくりとくる。
「……手になじむ……まるで……長年使ってきたかのようだ」
そう呟く侯爵に、ネリが続ける。
「オスカー殿が、閣下の体格や腕の長さ、おおよその筋力まで見抜き、調整して制作したとのことです」
驚きのどよめきが広がる。
ブランゲル侯爵は今まで、金銀財宝、希少な獣の革、馬、名工の剣など様々な贈り物を見てきたが、ここまで個人に寄り添い、実用性と芸術性を両立した品は珍しい。
ブランゲル侯爵は感嘆したまま、弓を構える真似をする。
まるで自然と肘が伸び、背筋が決まり、狙いを定めるような構えになる。
「……すばらしい。実にすばらしい。これほどの逸品……久しく手にしていなかった」
侯爵の顔に笑みが浮かぶ。
その笑みは貴族の作り物ではなく、一人の戦士としての素直な感情だった。
「オスカー……いや、シャイン傭兵団よ。…素晴らしい贈り物、確かに受け取った!」
そう言い切ると、侯爵は弓を大切そうに従者へ預け、シマたちに向き直った。
「本日、この場に招いたのは我が意志によるものだが……正直に言おう、予想以上だ。お前たちはただの傭兵団ではない。鍛え、学び、磨き上げた者たちの集まりだ」
その言葉に、彼らの名を広める大きな一歩となったのは間違いなかった。
城の大広間に設けられた長いテーブル。
その中心には堂々たる姿で座るイーサン・デル・ブランゲル侯爵。
そして、その周囲にはカシウムの重鎮たち、そして侯爵の家族が勢ぞろいしていた。
まず紹介されたのは侯爵の嫡子、ジェイソン・ブランゲル。
24歳、長身で細身。父親のような圧倒的な存在感こそないが、その眼差しには冷静な知性が宿っている。
礼儀正しく、どこか穏やかで控えめな立ち振る舞いを見せていた。
続いて次男、エリクソン・ブランゲル。
22歳にして領軍副団長補佐の任を務める青年で、父親譲りのがっしりした体格と力強い雰囲気を纏っている。
堂々たる姿勢、落ち着いた表情に、兵士たちも信頼を寄せていることだろう。
そして、紅一点の長女、エリカ・ブランゲル。
20歳。勝気な性格が顔立ちに表れており、特にややつり目がその印象を際立たせていた。
だがその美しさは誰の目にも明らかで、細やかに整えられた装いは、彼女の強さと気品を同時に際立たせていた。
次に紹介されたのは、カシウム領軍の団長、アデルハイト・バウアー。
冷静沈着な人物で、戦場では侯爵の右腕として数々の功績を挙げてきた。
無駄な言葉を発せず、ただ一礼するその姿に、歴戦の将の風格が滲んでいた。
そして最後に紹介されたのは副団長のハラワパ・スメント。
体格はエリクソンと並ぶほどがっしりとしているが、その眼差しには敵意ともとれる鋭さがあった。
彼は序盤からシャイン傭兵団の面々に対して横柄な視線を送っていた。
あからさまな敵意ではないが、明らかに「気に食わない」と言わんばかりの態度が見て取れる。
紹介が済むと、会食が始まった。
料理はこの地の特産を活かした豪華な品々で、彩りも香りも申し分ない。
ワインが注がれ、穏やかな楽団の演奏が会場に柔らかく響く。
だが、シャイン傭兵団の面々の様子がどこかぎこちない。
サーシャは背筋を伸ばしすぎているし、クリフはナイフとフォークの使い方に四苦八苦している。
ケイトは料理を前にしてしばし手が止まり、メグとノエルは食事中も時折目を合わせて不安そうに頷き合っていた。
ザックとフレッドに至っては、まるで居心地が悪いと言わんばかりにソワソワと落ち着かない様子で、ぎこちなく礼儀正しくふるまっている。
そんな空気をいち早く察したのは、やはりブランゲル侯爵だった。
「……ほう。今日のお前たちは、随分としおらしいな」
その低く響く声に、シャイン傭兵団の面々が一斉に顔を上げる。
「父上。おそらく、「公式」な会食だと受け止めているのだと思います」
侯爵は大きく頷き、豪快に笑った。
「なるほど、そういうことか!いや、配慮が足りなかったな。シャイン傭兵団よ、今日は形式ばらずともよい。俺が許す!いつものお前たちのままでかまわん!敬語も不要だ!」
その言葉に、場が一気に和らぐ。
「え、ほんとに?」
メグが小声でサーシャに確認し、サーシャは小さく頷く。
「お言葉に甘えさせてもらうわ。じゃなきゃ緊張して何も味がわからないのよ」
ケイトが笑いながら言うと、ミーナやノエルの表情にも安堵が広がる。
「ってことは、フォーク間違えてもいいってことだな!」
トーマスが笑い、ザックとフレッドも「そ、それなら助かるぜ!」
ようやく硬直が解けたようだった。
「そうだよなー。飯はうまく食ってなんぼだよ」
トーマスが言えば、ジトーが「おい、トーマス、お前さっきからパンしか食ってねえだろ」と突っ込み、場に小さな笑いが生まれる。
侯爵も満足げにその様子を眺めながら、重々しくうなずいた。
「やはり、お前たちはそれでこそだ。実に愉快だ!」
形式張った会食ではなく、本来の彼ららしい温かみのある交流が、今まさに芽吹こうとしていた。




