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光を求めて  作者: kotupon


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138/449

侯爵家からの招待

明け方、まだ陽も完全には昇りきらぬ時刻。

静寂に包まれた宿の廊下に、突如として荒々しいノック音が響き渡った。


「お客さん、大変だ! 起きてください!」

その声は、宿の主人だった。


昨夜、シマたちは共用の談話スペースで遅くまで語り合っていた。

シマの「前世」の話が皆に与えた衝撃は大きく、家族たちは次々に質問を投げかけ、それに応じてシマが答える──そんなやりとりが、深夜まで続いたのだ。


だが、彼らは常人ではない。

深淵の森という極限環境で生き抜いてきた彼らは、寝ていても無意識に周囲の気配を探る習慣が染みついていた。

誰かが廊下を歩き、部屋の前に近づいてくる気配を感じた瞬間には、全員が目を覚ましていた。

目を閉じたまま、足音の重さ、間隔、呼吸音までを瞬時に読み取り、それが敵意を持たない人間だと判断していた。


「お客さん!侯爵家から使節の方々が来られてます!」

扉越しに宿の主人の緊迫した声が聞こえる。



1階のロビーに降りると、すでに宿の入り口付近には数名の人物が整然と並んでいた。

中央に立っていたのは、淡い灰色の上等な外套を羽織った端正な顔立ちの男性──

ブランゲル侯爵の側近、ネリ・シュミッツだった。

その隣には別の使用人、さらに後方には数名の従者たちが控えており、全員が朝の空気を乱さぬようにと沈黙を保っている。


「シャイン傭兵団の皆様、朝早くからお騒がせして申し訳ございません」

ネリは深く一礼すると、両手に白い手袋をはめた使用人が一歩前に出る。


「本日は、侯爵家からの正式な招待状を持参して参りました」

使用人が恭しく差し出したのは、金色の封ろうが押された厚みのある文書だった。


封ろうには、堅牢な城壁と剣を象った紋章──イーサン・デル・ブランゲル侯爵家のものがはっきりと刻まれていた。

それは、この国で最も重みのある招待状の一つであり、他国の貴族すらも容易には手にすることのないものだった。


そしてさらに、ネリは穏やかに言葉を続けた。

「それと、こちらもお受け取りください」


再び使用人の一人が前に進み、今度は両手で小さな箱を差し出す。

見事な装飾が施されたその箱は、純銀の彫金が施され、蓋には侯爵家の家紋が丁寧に浮き彫りにされていた。

贈り物であることは明白だった。

とはいえ、こうした場面で突き返すのは礼を欠く行為になる。

団長であるシマは、微笑みながら一礼し、箱を受け取る。


「有難く、頂戴いたします」


その言葉にネリもにっこりと笑みを浮かべ、再び頭を下げた。

「それでは、我々はこれにて。お目通りの際には、どうぞご準備の上、お越しください」


礼儀正しくその場を後にする使節団。

その動きは、まるで軍の行軍のように無駄がなく、洗練されていた。


残された静寂の中、宿の主人が小走りで近づいてきた。

「お、お客さん……朝早くから騒がしくて申し訳なかったですな」

恐縮しながらも、どこか興奮が抑えきれない様子だ。


だがシマは、穏やかに言った。

「いや、こっちこそ悪かったな。宿をこんなに騒がせちまって」


すると主人は両手を振って否定し、頬を緩ませた。

「とんでもねえ! 侯爵家からの使節がこの宿を訪ねてきただなんて……これ以上の箔はねえってもんよ!」


ロビーにはまだ朝の光が差し込みきっていなかったが、空気はすでに騒がしく温まり始めていた。

侯爵家からの招待。


ネリたちの訪問が去ったあとの宿のロビーには、かすかに余韻が残っていた。

だが、それもすぐに温かな香りと、カチャカチャと食器の音に包まれていく。


「さて、とりあえず朝食といこうか」

そう口にしたのはシマだった。


皆が頷き、いつものように囲むようにしてテーブルに着く。

ほどなくして運ばれてきた朝食──焼きたての黒パン、香草入りのオムレツ、芋の煮込み、それに暖かなミルクが並ぶ。


食事を始めながら、封ろうの内容を皆で確認した。


「要約すると、二日後、侯爵様とランチを共に──ということのようじゃな」

ヤコブが手紙を丁寧に読み上げると、エイラがテーブルの上に置かれた小箱を開く。中から現れたのは、金貨。


「…30金貨ね」

その額に、一瞬、皆の手が止まった。


「さて、これをどう取る?」

シマが静かに問いかける。空気が少し引き締まった。


「滞在費や、身支度の費用にってことなんじゃないかしら」

エイラが言い、ヤコブがうむと頷く。


「あるいは、少しでも恩を感じてくれたら…と思ってのことかもしれん。そう考えるのが自然じゃの」


「…返礼品は必要か?」

シマの問いに、今度は皆が顔を見合わせた。


「難しいところね」

エイラが言葉を選ぶように続けた。


「わしらは傭兵団、向こうは侯爵家じゃからな。立場が違いすぎる」


「目下の者が、目上の者に物を贈るというのは、下手をすれば失礼にあたる?」

サーシャが補足し、ヤコブもそれを認めるように頷いた。


「でも、あくまで“感謝の気持ち”として贈ればいいんじゃないかな」

ロイドが、前向きに言った。


「そうだな。そうしよう」

シマが言葉を結ぶ。

「……只より高い物はねえ、って言うしな」


皆が笑った。


「問題は服装よね」

リズが小さく呟き、皆の視線が一斉に彼女へと向く。

「正式な招待状って言ってたし、きっとそれなりの格好を求められると思うのよ」


「正装で来いってこと?」

オスカーが眉をひそめる。


「そういうことだと思うわ」

エイラが頷いた。


「正装って……どうすりゃいいんだ?」

クリフが頭をかきながら言うと、自然とエイラとヤコブに皆の目が向く。


「…ワシはこの国の出じゃないからのう、王国の作法まではよう知らん」


「私も、貴族の席に上がった経験なんてないわ。さすがにそこまでは…」


「ノエルなら知ってるんじゃない?」

ケイトが振ると、ノエルは手をぶんぶん振って慌てた。


「む、無理よ! 私は貴族のお屋敷で下働きしてただけ! 」


その時、ミーナが手を打った。

「ねえ、いいこと思いついた! シマの前の世界──その“日本”ってとこの服装にしてみるってのはどう?」


皆がシマを見る。


「その世界の服装って…どんなのなんだ?」

ザックが首を傾げる。


「うーん、いろいろあるけどな。式典用だと、男は黒い細身のスーツに白シャツ、ネクタイ。女はドレスやスーツ、華やかで落ち着いた感じだな」

シマが懐かしむように話すと、皆が一斉に「なるほど」と頷く。


「それ、いいんじゃない?」

サーシャが言った。


「こっちの正装だと、お金もかかるし作法も細かそうだし。その世界の格好なら、自分たちの“型”として通せるかもしれないわね」と言うエイラ。


「しかも、ちょっと異国風な雰囲気があるなら、それもまた印象に残るじゃろう」

ヤコブも楽しげに口を挟む。


「よし、じゃあ前世風の服をベースに皆で揃えよう」

シマが言えば、仲間たちも一斉に笑顔になった。


「仕立ては私がやるわ!」

自信たっぷりにそう言うリズの目は輝いていた。

彼女にとっては誇るべき技術でもあり、家族にできることがあるという実感そのものだった。


「もちろん私たちも手伝うわ」

サーシャが微笑みながら言うと、ケイトやミーナも頷く。


「布の買い出しは、女性陣に任せた方がいいな」

ジトーがふと呟いた。


「じゃあエイラ、布や装飾の買い出し頼めるか?」

シマがエイラに向かって言う。


「ええ、任せて頂戴」


「そうね、あんたたちに任せたら、とんでもない色や柄の布を買ってきそうだし」

ケイトが小さく笑って皮肉を返すと、男たちはぐうの音も出なかった。


「でも、荷物持ちは必要ね」

エイラの言葉に、場の空気がピンと張り詰めた。と同時に、男性陣が一斉に視線を逸らす。


そう――買い物に付き合うというのは、深淵の森での戦闘よりも精神的に過酷である、と彼らは経験から学んでいたのだ。


「そこまで警戒しなくても大丈夫よ。今回は時間も限られてるし、無駄な寄り道はできないわ」

サーシャの言葉が慰めになるかと思いきや、男たちの顔はどこか遠くを見つめたままだ。


そんな空気の中、シマが静かに言い放った。

「……ザックとフレッド、お前らが行け」


「ええっ!? なんで俺たちが!」

「冗談じゃねぇぞ、シマ! 買い物なんて女の仕事だろ!」


当然のように抗議する二人。

しかしその声は、もはや聞き入れられる雰囲気ではなかった。


「少しは役に立ってもらわねえとな」

トーマスがにやりと笑いながら肩をすくめる。


「お前ら、いつも遊び歩いてるしな」

ジトーが冷ややかな目を向ける。


「君たち、今夜もまた娼館に行くんでしょ?」

ロイドの追撃に、ザックとフレッドは当然だとばかりに頷く。


「遊んだ分は働いてもらわねぇとな」

クリフもどこか楽しげに加勢する。


「役に立ててよかったね」とは、オスカーの毒気のない一言。


ザックとフレッドは、完全に包囲されたように肩を落とし、買い出し組に確定となった。


「……ったく、地獄の買い物ツアーだな」

「帰ったら、足が棒になるぞきっと……」


二人は小声で愚痴をこぼしながらも、抗う術を失っていた。


その後、朝食の食器を片付けながらトーマスが提案した。

「なあ、返礼品にオスカーに弓を作ってもらうってのはどうだ?」


「それはいい考えだね」

ロイドが即座に頷く。


「いいな!」

「いいこと言うじゃねえか、トーマス!」

クリフが感心したように言うと、オスカーに皆の視線が集まった。


「オスカー、頼むぞ。お前が制作した弓なら、どこに出しても恥ずかしくねぇ」

シマの言葉に、オスカーはほんの少し照れくさそうに笑った。


「わかった、任せてよ! ちゃんと見栄えも機能も抜群のを仕上げるよ。侯爵家相手でも恥ずかしくないようにね」


皆の顔が自然とほころんだ。

それぞれが自分にできることを考え、動き出す――それがシャイン傭兵団だった。


エイラは帳簿を見直し、素材費や必要な予算を計算し始めた。

ケイトは、どんな布を選べば格式高く見えるか、仕立てに使う色合いや紋様のイメージを頭に浮かべていた。


サーシャとミーナは装飾品や小物についての打ち合わせを始め、メグは「リボンとか、あった方がかわいいよね!」と無邪気に盛り上がる。


こうして、侯爵家との正式な昼食会――そしてそのための準備が、本格的に始まった。

賑やかさが朝の光とともに宿を満たしていく。

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