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光を求めて  作者: kotupon


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前世の記憶

「……崩落事故に巻き込まれた時だ」

シマが静かにそう口にすると、傭兵団の家族たちが一様に頷いた。


「やっぱりね」とサーシャ。


「だよな。あの時から、何かが変わった感じはしてたぜ」とザック。


「急に、こう……頼もしくなったものね。それまでは、ただのがむしゃらな子供って感じだったのに」

ケイトが笑う。


「ほんとだぜ。頭より先に体が動いてたような奴だったよな」

クリフも苦笑する。


ヤコブはそのやり取りを聞きながら、静かにシマの言葉を待っていた。


シマはやがて、ヤコブの方へと向き直ると、淡々と、しかし丁寧に語りはじめた。

「俺たちは、元々スラムで一緒に暮らしてたんだ。俺、サーシャ、ジトー、ザック、クリフ、ケイト、ミーナ、メグ……みんな、生きるのがやっとって生活だったよ」


そこに未来なんてなかった。

今日生き延びられるかどうか、それだけがすべてだった。


「そんなある日、奴隷商人に捕まった。」


それは、今や家族となった者たちも同様だった。

「エイラ、ロイド、オスカー、トーマス、ノエル、リズ、フレッド……それぞれ理由は違えど、似たような形で捕まっていた。買われるために、売られるために、俺たちは馬車に詰め込まれていたんだ」


そして、運命を変える“崩落事故”が起きた。


「帝国領に向かう途中、渓谷の脇を進んでいた時に大規模な地崩れに遭った。馬車ごと落ちて、俺は岩に頭を打ち……意識を失った」


そして、その時――すべてが変わった。

「目を覚ましたとき、俺の中に“もう一つの自分”がいた」

前世の記憶だった。

「最初は混乱したよ。だけど、時間が経つにつれて確信した。俺は別の世界で生きていた。そこで50代まで生き、死んだんだ。そして……この世界に生まれ変わった」


「……前世転生?というわけか」とヤコブが呟く。


シマは静かに頷いた。

「その世界の名前は“日本”という国がある世界だった。先進的な国だった。科学が発達していて、人間を乗せて空を飛ぶ乗り物があり、『車』や『電車』というものが人や物を運び、道路や線路が張り巡らされていた」


ヤコブの目が見開かれていく。


「建物は何十階にも及ぶ“ビル”と呼ばれる高層構造物で、都市には何万、何十万という人が住んでいた。『インターネット』というものを使えば、世界中と繋がることができて、離れた場所にいる相手とも映像や音声で会話ができた」


「それは……魔法のようじゃの……」

呆然と呟くヤコブ。


「蛇口をひねれば水が出て、ボタン一つで熱いお湯が出た。『電気』という力が生活のあらゆる場面を支えていた。『冷蔵庫』に物を入れれば、食材や水を腐らせることなく冷やして保存できた」


その世界の教育水準は高く、ほとんどの子供が読み書き計算を学び、大人になってもなお学び続けるのが当たり前だったという。


「その世界には、約200の国があった。そして、俺のいた国は“民主主義”という仕組みで動いていた。王や貴族ではなく、選ばれた政治家が民意で動いていたんだ。前世の日本では、医療技術も飛躍的に発達していた。骨折や内臓損傷、感染症すら治療できる設備と知識が整い、多くの命が救われていた。麻酔で痛みを感じずに手術が行え、薬も無数に存在し、細菌やウイルスを顕微鏡で確認できる技術もあった。出産や怪我で命を落とす確率も極端に低く、寿命もこの世界より遥かに長かった。まさに「死を遠ざける力」が現実のものとして存在していた――」


「まるで理想郷じゃの……」

ヤコブは震えるように言った。


「だが、完璧じゃなかった」

シマはわずかに目を伏せ、言葉を続けた。

「戦争もあった。しかも、数十万人、数百万人が死ぬなんて珍しくない。時には、人類そのものが滅びるんじゃないかって危機も何度もあった」


その言葉に、仲間たちは静まりかえった。


「……だから、わかったんだ。生きるってことが、どれだけ貴重で、どれだけ簡単に奪われるかってことが」


それが、今のシマの行動原理だった。

仲間を守る。生かす。生き延びる。

それは前世で何度も見てきた「死」と「無力さ」に対する反発だったのかもしれない。


「名前も、家族も……前世の記憶では思い出せない。でも、その世界が確かに存在していて、俺がそこにいたという“実感”だけは消えない」


沈黙の中、ミーナが小さく声を上げた。

「……シマ、それをずっと……一人で抱えてたの?」


「そうだな。でも、今は違う。今は、俺にはお前たちがいる。それが……本当にありがたい」

その言葉に、誰もが黙って頷いた。


何者であろうと――今、目の前にいるのは、共に生きてきた仲間であり、家族であり、信じるべき存在だった。


ヤコブが深く、深く頷く。

「……なるほど。それならば、おぬしの異常な知識も……ある意味、納得がいく。いや、それでも驚きじゃがの……!」


「まあ、信じるかどうかは自由だけどな」とシマが笑った。


「だけどよ、スラムでの生活のこと覚えてんだろ?」

ジトーが尋ねた。


「ああ、忘れるわけがねえよ」

シマは短くも力強く答える。


その言葉に、サーシャが少し笑って言った。

「それなら、ただ知識が増えただけのシマってことね」


「お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ」

メグも笑顔で続けた。


一同の空気が和らぐ中、オスカーがふと聞く。

「あのリバーシってゲームも、前世の記憶から?」


「そうだ。あっちの世界じゃ、誰でも知ってる遊びだった」


「なら、これからも色んな商材を考えてもらわないと」

エイラが目を輝かせる。


「ワシもいろんなことを知りたいのう」

ヤコブも興味津々で頷く。


ロイドはふと気づいたように言う。

「読み書きや計算がすでにできてたのも、そのせいなんだね」


「まあな」

シマが少し照れたように言った。


「つまり、頼りになるってことだろ」

トーマスが肩を叩くようにして言い、「空を飛ぶなんて夢みたいね」とリズが目を輝かせた。


「遠く離れた人と会話ができるなんて…」

ノエルも目を丸くする。


そして、フレッドが不意に口を挟む。

「…ってことは、お前、中身はおっさんなのか?」


シマは少しだけ黙った後、少し強めに言い返した。

「…前世の記憶があるだけだ、中身は変わっちゃいねえよ!」


この言葉に、誰からともなく笑いがこぼれる。

そこにいたのは、やはりいつものシマだった。

知識が増えても、記憶がよみがえっても、あの時スラムで一緒に生き抜いてきた彼は変わっていない。

家族であることに、何一つ変わりはないのだと皆が実感していた。


彼はシマだ――何者であろうと、それが真実だった。



「…感染症、麻酔、細菌、ウイルスとはなんじゃ」と言うヤコブ。


「俺も詳しいことはわからねえが…「感染症」とは、目に見えない微細な生物――「細菌」や「ウイルス」が体の中に入り、熱や咳、痛みなどの不調を起こす病のこと…だったかな?…「細菌」は自力で生きる小さな生き物で、良い働きをする奴、悪さをする奴もいる。…「ウイルス」はもっと小さく、自分では生きられず、人の体に入って細胞を乗っ取り、増える?「麻酔」は痛みを感じなくさせる薬で、治療や手術の際に使われる。これらを理解し、正しく対処すれば、多くの命を救うことができる。」


共用スペースに集まったシャイン傭兵団の面々は、シマの口から語られる「前世の記憶」に興味津々だった。


「ふむう……実に興味深いのう……目に見えぬ生物か」

感染症や細菌、ウイルスの概念を聞き、ヤコブは唸りながら思案に没頭していた。

学者としての好奇心が、まるで新しい宇宙を覗いたかのように刺激されているのがわかる。


一方でエイラは、別の話題に目を丸くした。

「でも、国が200ヵ国? 想像できないわ」


この世界では、数十の王国と帝国がひしめく程度。

200などという数は、現実感がない。


「それだと争いも絶えないんじゃないかな」とロイドが言うと、シマは静かに頷いた。

「ああ、どこかしらの地域では、常に戦争をしていたな」

まるで遠い夢の中の話のように、シマは呟いた。


「お兄ちゃんがいたところはどうなの?」

メグが無邪気に尋ねる。


「平和だった……ような気がするな。鮮明に覚えてるわけじゃねえんだ」

曖昧に答えるシマに、皆は少しだけ安心したようだった。


だが、ジトーの言葉が空気を引き締めた。

「一度戦争が始まれば、何十万、何百万人って死ぬんだろう?……考えただけで恐ろしいな」


それに続くように、リズが不安げに言う。

「でも、そんなことをやってたら……人がいなくならない?」

「確かに」と、団員たちは次々と頷く。


そしてシマが口にした言葉が、さらに皆を驚かせた。

「俺がいた国じゃ、確か……一億人は超えてたな……」


「い、一億?!」

「嘘だろ?!」

「どんだけ人がいるんだよ?!」

驚きと戸惑いの声が、共用スペースに響いた。


それに対してシマは、さらに衝撃的な言葉を続けた。

「全世界には……70億、いや、80億人くらいいたんじゃねえか」


その場にいた誰もが、一瞬言葉を失った。

想像すら及ばない数の人々――それは、この世界で生きる者たちにとって、まるで神話の世界のような話だった。


ヤコブが低く唸った。

「まるで……神の視点じゃな……この目で見たわけでもなかろうに、それほどまでの規模を想像できるとは……」


誰かがぽつりと、「一体どんな世界なんだ……」と呟いた。


そしてヤコブは、じっとシマを見つめたまま、誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。

「……やはり、ただ者ではないのう、おぬし……」

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