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光を求めて  作者: kotupon


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ついに?!

「戦の在り方を変える――それは間違いないじゃろう。じゃが、ワシが本当に恐れを抱いておるのは、おぬしらの“身体能力”じゃ」


沈黙が落ちた。

シャイン傭兵団の面々は真剣な顔でヤコブの言葉に耳を傾ける。


「まあ、自覚はあるな」

ジトーが低く呟いた。

誰もそれに異を唱えない。


彼らは“外”に出てからまださほど経っていない。

けれども、誰一人として「この相手には敵わない」と思ったことはない。

どれだけ名のある武人であろうが、「勝てない」と感じたことはなかった。


ヤコブは苦い顔を浮かべたまま、静かに語り出した。

「昨夜の賭け試合でザックの戦いを見た。あれは……人の動きではない。いや、あってはならんのじゃ。そもそも――」


「どいうこと?」

メグが眉をひそめて口を挟む。


「人間という生き物はな……己の持つ力を“完全”には発揮できんのじゃ。いや、できないように“なっておる”と言った方が正しい」


シマが落ち着いた声で言う。

「身体に過剰な負荷がかかるからだ。常人なら30%くらい。訓練された人間でも40%に届くかどうか……」


何気ない口調で告げられたその数字に、ヤコブの目が大きく見開かれた。

深淵の森から来た者たちの特異な力に驚かされることは日常茶飯事だったが、今の言葉は彼の中の“常識”を根底から揺さぶった。


(ワシでもそこまでのことは知らんぞ……!)


ヤコブはこれまで生態学、生物学、そして医療の分野において数多の知見を蓄えてきた。

人間という生き物の構造と限界についても、それなりに自信があった。

だが「30%」「40%」という具体的な数値が、自分の口ではなく他者から語られるとは――それも、学者ではなく戦士であるシマの口から。


「……それは、どういう意味……?」

誰かが問いかける前に、シマが続けた。

「筋肉や骨、血管、内臓……すべてが限界以上に稼働すれば、身体が壊れる。だから脳は自然とリミッターをかけてくる。安全装置だな。無意識のうちに、力の出力を抑えているんだ」


「ほう……脳が、自らの身を守るために……」とヤコブが呟く。


「つまり、人間は『本当の全力』を出せない構造になっているってことなのかな」

ロイドが整理するように言った。


「そういうことだ」と頷くシマ。

「それを越えてしまえば、身体が耐えきれず壊れるからな。常人なら30%、鍛えてようやく40%。それ以上は、命と引き換えだ」


「……なら、俺たちは……?」

ザックが問いかける。


「たぶん、俺たちは……リミッターの制御が効いていないか、あるいは外れてるんだ」

静かにシマは言った。


ヤコブはその言葉に息を呑んだ。

(それが本当なら……彼らは“人”の領域を逸脱しておる……)

彼がこれまで培ってきた経験則や研究、観察結果は――確かにザックたちの戦いを見て違和感を覚えさせていた。

だが、それを言語化し、構造として理解させるには決定的な要素が欠けていた。

それが今、シマの口から明かされたのだ。

(この傭兵団……いや、“この家族”は、やはり只者ではない)

ヤコブは確信した。この集団は、既存の常識や理屈では測れない。

理解するには、まったく新しい枠組みが必要なのだと。


「……いや、リミッターは効いているかもな」

沈黙を破ったのは、再びシマだった。


「ブラウンクラウンね」

エイラが頷きながら呟いた。


「それが原因でしょ」

ノエルも静かに同意する。


「それと、深淵の森での生活ね」

リズも続ける。


「ブラウンクラウンとはなんじゃ?」

話の流れを見失ったヤコブが困惑気味に問いかけた。


すると、エイラが補足するように説明を始めた。

「世界中の美食家たちが欲してやまない極上の食材よ。希少で、味は言うまでもなく最高級。古くから『幻の茸』とまで呼ばれていたわ」


「だが、それだけじゃない」

シマが引き取るように続ける。

「近年の研究で、とんでもない効能があることが明らかになってきた。滋養強壮、健康促進、成長促進、そして……強靭な肉体を作るうえで極めて有用。さらに、病気にかかりにくくなるという効果まであるらしい」


ヤコブの目が見開かれる。「な、なんと……」


「ただし、その効果の代償は大きかった」

ノエルが口を挟む。

「無計画に乱獲されて、今じゃほとんど市場に出回ってない。種の保存もままならず、栽培も未だ成功例なし。」


ヤコブはゴクリと唾を飲み込んだ。

「それほどの……ものを……おぬしらは食しておったと?」


「うん、6年もね」

メグが肩をすくめる。

「毎日のように…美味しかったわぁ」


「信じられん……」


サーシャが遠くを見るように言った。

「希少価値のあるキノコだということは知ってたけど、深淵の森で生き抜くためには、食べられるものは何でも口にするしかなかったわ。毒がないってわかったら、それで十分だったもの」


「……効能効果を知った時は驚いたけどね」

ロイドが苦笑した。


「毎日とは言っても、な」

フレッドが茶々を入れる。

「焼いたり煮たり、スープにしたり、カリカリにして干したり……調理のレパートリーが尽きるくらいだったぜ」


「それが……おぬしらの“異常”とも言える肉体能力の源かもしれんというのか……」

ヤコブが呆然と呟く。

「たしかに、体格も常人とは違う。筋肉の密度、骨格の太さ、そして皮膚の強度まで……今思えば、どれも説明がつかんかった……」


「まあ、俺たちも正確なことは分からない」

シマは淡々と言った。

「ただ、確実に言えるのは、俺たちの“耐久性”が常人と比べ物にならないってことだ。リミッターが壊れてる可能性も否定はできねえが」


エイラが頷く。

「普通の人間なら、筋肉をフルに使ったら骨が折れる。でも、私たちは……たぶん、骨も筋も、それに伴う血管や臓器も強化されてる。だからリミッターの“限界値”そのものが、普通とは違うんじゃないかしら」


「そ、そんなことが……あり得るのか……?」

ヤコブは、混乱の色を隠せなかった。

知識と理屈の世界に生きてきた男にとって、それは常識の外にある出来事だった。

(いや、あり得る……あり得るのか……? 食の影響……成長期の環境……特異な生活圏……)


目の前の者たちは、もはや「人間」という枠組みで語っていい存在なのだろうか。

少なくとも、彼らはこの国で――いや、この世界で、明確に“異質”な存在であることは間違いない。


ヤコブは小さく呟いた。

「……戦の在り方を変えるなどという言葉では、到底足りぬ……おぬしらは……“常識”そのものを破壊する存在じゃ……」


その言葉を、誰も否定はしなかった。

むしろ、誰もが心のどこかで、それをとうに理解していたのかもしれない。


そしてその時、皆はふと気づいた。

自分たちは、自分たちが思っている以上に――“化け物じみた存在”であるということを。



「それとじゃ……なぜおぬしは、それほどまでの知識があるのじゃ?」

ヤコブの問いは、静かな空気の中にひときわ重く響いた。

彼の視線は真っ直ぐにシマを見つめていた。

探るようでも、非難するようでもなく、ただ純粋な疑問と学者としての探究心から発せられた言葉だった。


「先ほどの……“30%”“40%”という具体的な数値……そして“脳は自然とリミッターをかける”などという言葉……それは、のう……この国どころか、世界中を探しても、学者や研究者の誰一人として明言しておらぬ知識じゃ。なぜ、おぬしがそれを?」


その問いに、団員たちは一瞬息を呑んだ。

シャイン傭兵団の仲間たちは、深淵の森で共に過ごし、命を預け合い、苦楽を共にしてきた家族のような存在だ。


「……」

全員の視線が、沈黙するシマに集まる。

だが誰もその沈黙を破ろうとはしない。

それはまるで、ずっと触れてはならないものとして、無意識のうちに団員全員が避けてきた“禁句”だった。


ノエルが小さく視線を伏せた。リズがそっと息をつく。

エイラは腕を組んでシマの反応をじっと待っていた。

ザックやフレッドでさえ、いつもの軽口を挟むことなく、黙っていた。


――たしかに、ずっと不思議だった。

なぜシマは、深淵の森での生活であれほどの知識を持ち、判断を下し、戦い、生き抜く術を知っていたのか。


あの過酷な環境で、彼がいなければ誰一人生き延びることはできなかっただろう。

シマの判断一つで、そしてその決断に、誰もが迷わず従った。


それほどの存在だった。


だが、同時に――だからこそ、その“真相”に踏み込むのが怖かった。

万が一、彼の正体を知ったとき、自分たちが追いつけないほど“遠い存在”だったとしたら……?


万が一、何かしらの秘密があって、知ってしまえば彼は自分たちから去ってしまうのではないかと……?


「……思えば、卑怯な話だな」

ふいに、シマがぽつりと呟いた。


驚いた顔を見せる一同に向けて、シマはゆっくりと顔を上げる。

「俺も、お前たちに話さなかった。話せなかった、が正しいかもしれない。お前たちが不安に思ってること、感じてたこと……俺も、わかってたよ。だけど、無理に話さなくていいって思ってたんだ。いつか、ちゃんと話せる日が来たらって……」


「シマ……」

サーシャが小さく呟いた。


「でも、ヤコブ。あんたが言った通りだ。ここまで踏み込まれたのは、あんたが初めてだよ。外から来た人間だからこそ、言えたことだろう。だから――そうだな、そろそろ話すべき時が来たのかもしれない」


その言葉に、一瞬場が静まりかえる。

誰もが、心のどこかで“ついにこの時が来た”と感じていた。

そして、それは怖さと同時に、小さな安堵でもあった。

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