表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/451

力の一端

カシウム城、その裏手には重厚な石造りの建物に囲まれた中庭があり、そこはブランゲル侯爵が個人で使用する鍛錬場となっていた。

広さは五十メートル四方。

四方に打ち込まれた杭には鎧をまとわせた人形が設置され、周囲を囲むように木々と石壁が立ち並んでいる。

兵士たちの訓練場とは異なる、私的で静寂な空間だった。


「で、どう見せるか?」

シマが家族たちを見渡す。


ザックが肩をすくめつつ呟く。

「模擬戦でもやりゃあいいじゃねえか」


だがその案にはシマが首を横に振る。

「ブランゲルには見栄も外聞もある、嫡子や側近の前で膝をつかせるようなことは、彼の誇りを潰すことにもなる」


「見栄えがいいなら弓矢でいいんじゃないかしら」

言ったのはメグだった。

戦場では必殺の一撃を放つ超強弓の使い手。


既に側近の一人が預けていた装備を取りに走っていた。


やがて再びその細身の体に弓を背負い、矢筒を腰に装着したメグが鍛錬場に立つ。


「では、見せてもらおうか」

ブランゲル侯爵が腕を組んで言う。


「結構な距離だね」

感心したように言うジェイソン。


「一発で当てれば、かなりの腕前ですね」

ネリ・シュミッツが静かに呟いた。それが常識的な反応だった。


だがメグはふと首を傾げる。

(え?こんなの目をつぶってでも当てられるわよ?まして動かない的なんて)


家族たちがそれぞれ無言で肩をすくめる。

今更驚くようなことではない、という空気だった。


メグが矢筒から一本の細い矢を抜き取る。

目にも止まらぬ早業だった。


ブランゲル侯爵は鋭い目でその瞬間を辛うじて捉えたがジェイソンをはじめとする側近たち、ヤコブには何が起きたのか理解すら及ばなかった。


「…え?射ったの、いつ?」

ジェイソンが呟く。


「…ふむ、矢は外れたか」とブランゲル侯爵。


「いや、貫通してんだろ」

クリフが淡々と言った。


「……?……調べてこい!」

侯爵が命じる。すぐに数人の側近たちが鎧の的へと駆け寄る。


杭に固定された鎧の中央、胸部のあたりにぽっかりと開いた穴。

その背後にある石壁には、信じ難いほどの勢いで突き刺さった一本の矢が、深々と埋まっていた。


側近たちは言葉を失い、ただその矢を見つめる。

鎧を貫き、杭を貫き、なおも石壁を裂いたその威力に、誰もが息を呑んだ。



「メグ?…だったな?」

ブランゲル侯爵が確かめるように声をかけた。


「はい」

メグが丁寧に返事をする。


「いま少し、ゆっくりとやって見せてはくれんか」

侯爵は続けた。

口調こそ穏やかだが、真剣なまなざしは、その一射に強い興味と探究を宿している。


「かしこまりました」

メグは一礼し、観客の視線を受けながら背中の矢筒から一本の矢を取り出す。


そして弓を構える。

視線を逸らさず、気配すら殺すように、音もなく弦を引いた。


ジェイソン、ネリ、側近たち、そしてヤコブもその動きに注視する。


ぎち…ぎち…と軋むような音を立てて引かれる弦。

常人では引き絞ることすら不可能な「超強弓」。

その弓は、3、4人がかりでようやく引けるような強弓よりもさらに上をいく、人の理を超えた力を必要とする代物だ。


メグの腕の筋がわずかに浮き出る。だが苦悶の色は見えない。

それどころか、美しくさえある滑らかな所作に、場の空気がぴたりと止まる。


放たれた――

「……!」

誰の目にも見えなかった。

常人には到底視認できる速度ではない。

超強弓から解き放たれた矢は、山なりの放物線など描かない。

重力など存在しないかのように、ただ一直線に、一直線に、獣のような唸りをあげながら突き進んだ。


矢は、明らかに常識の範疇を逸していた。

威力、精度、速度――どれもが、軍隊の弓手が束になっても再現できるものではない。

そしてそれを支える弓と矢も、また尋常の品ではない。

矢は、貫通力に特化したオスカー製の特注品。

どれもが技術の結晶であった。


鍛錬場に静寂が戻る。

風がひと吹き、空気の張り詰めを揺らしたその瞬間、ブランゲル侯爵が、まるで呪いを解くように重々しく口を開いた。

「……ちなみに聞くが……射手は、何人いるのだ?」


その声は低く震え、彼にしては珍しいほど慎重な問いだった。

無理もない。

先ほど目にした“それ”は、ただの腕前では済まされぬ、戦術を根底から覆しかねない“力”だったからだ。


「8人だな」

ジトーが何気なく答える。

だがその一言が、爆弾のように場に衝撃を走らせた。


戦慄したのはブランゲル侯爵だけではない。

隣にいたジェイソンは絶句し、側近たちは顔色を変え、ヤコブすら目を見開いて凍りついた。


「……戦の常識が……変わる……」

侯爵がぽつりと呟いた。


これが王国の敵として現れたなら? 何百、何千の兵を擁していようとも、戦場に立つ前に射抜かれる。たった数人の、しかも遠距離からの一方的な虐殺。

そんなもの、戦ではない。


(矢が尽きるまで待つ?)彼は心の中で自問する。

(だが、それまでにどれだけの犠牲を払う? 重装備の兵を前に出せば多少は被害を抑えられるか……? それでも15、6人の傭兵団を潰すのに、おびただしい犠牲を払って……それで“勝った”と言えるのか……?)

冷静で知られるこの男の額に、確かに汗がにじんでいた。


その様子を見ていたフレッドが、肩をすくめて笑った。

「こんなことで驚いてもらっちゃ困るぜ」


「……どういうことだ?」


思わず聞き返す侯爵に、フレッドがニヤリと振り返った。


「杭を5本くらいならいけるだろ?」


「余裕よ」

メグが軽く答える。


隣のミーナが「見てもらったほうが早いわね」と小さく笑い、シマたちが無言で動き出す。


鍛錬場の壁際に、直線上に5本の木杭が並べられた。

杭の先には、またしても鎧がかけられる。

ざわつく侯爵側の面々。

彼らにはこの先に何が起こるのかが、既に“わかって”いたからだ。


メグが一歩、前に出る。

矢筒から取り出したのは、先ほどよりも太く、重そうな矢。

射程よりも貫通力、破壊力に全振りしたような矢だった。

常人なら構えた瞬間に腕を痛めそうな、そんな恐ろしい矢。


彼女は超強弓をゆっくりと構え、淡々と引き絞る。

そして、放たれた。


「ドゴォッ!!」

爆音のような衝撃が鍛錬場に響いた。


木杭5本が、真っ二つに裂けた。

鎧は紙のように引き裂かれ、杭ごと吹き飛び、最後には背後の石壁が砕けた。

石片が飛び、辺りに煙塵が舞う。


弓から放たれた“矢”は、もはや兵器と呼ぶにふさわしかった。

そしてその矢は――粉微塵に砕け散っていた。

力を使い果たして、燃え尽きた流星のように。


一瞬、誰も声を発せなかった。


「……いまの……見たか?」

ジェイソンがやっとのことで声を絞り出す。


「見たとも……あれは……人間のやることじゃろうか……?」

ヤコブが顔を青ざめさせながらも、目を輝かせていた。

まるで古代の神話を目撃したような、知的好奇心と恐怖が綯い交ぜになった表情。


「…どんな武器でも、あそこまでの精密な破壊力は……」と誰かが呟いた。


だが、シャイン傭兵団の面々は至って平然としていた。


「……あっ! ……ごめんなさい! 壁、壊しちゃった……」

メグが矢筒を背負い直しながら、少し困ったように眉を下げ、ぺこりと頭を下げた。


その仕草はあまりにも素直で、先ほど鍛錬場の石壁を粉砕した猛威の主とは思えないほど愛嬌があった。

その瞬間、場の空気がふっと緩んだようだった。


ブランゲル侯爵は目を見開いたまま硬直していたが、次第に顔の筋肉が動き、わずかに笑みを浮かべた。そして、まるで魂が戻ってきたかのように、震えるような低い声で応じた。


「……いや、いい……気にするな……」

しかしその言葉の裏には、隠しきれぬ衝撃が渦巻いていた。


(……冗談じゃねえ……!)

心の中で叫ぶ。

(あんな怪物じみた精度と威力を、しかも“軽くやってみせる”ような顔で撃つなんて……信じられん……!)


ブランゲル侯爵の背には冷たい汗が流れていた。

城の石壁は戦時を想定して強化されている。

少々の攻撃では崩れぬはずだった。

それを――杭ごと、まるで紙を裂くように貫き砕いたというのか。


(……こんな奴らと敵対……できるわけがねえ……!)

ぞわりと背筋を這うものを感じる。


これはただの“傭兵団”じゃない。軍だ。いや、軍以上だ。

究極に鍛え上げられた超精鋭による“死神集団”だ。

あの力を持ち、あの結束を保ち、あの自由さで動ける――まさに国家を転覆しうる力。


(落ち着け、俺……)

侯爵は胸の内で深呼吸した。

咄嗟に笑って済ませた自分の判断に、これほど安堵したことはなかった。


(……手の内を、見せてくれた……)

そうだ。彼らは隠そうと思えば隠し通せたはずだ。

それを今、自分にだけ明かしてくれた。つまり、信頼を示してくれたのだ。

シマという男の視線、家族たちの表情、メグの何気ない謝罪。

それらが何より雄弁に語っていた。


(……信頼……そうだよな? そう思っていいんだよな?)

わずかに震える指を握りしめ、侯爵は自分を鼓舞する。

(……友好的に接して、よかった……)


その時、誰にも聞こえぬほど小さく呟いた。

「……ナイスだぜ、俺……」


侯爵の表情には、まだほんの少しの動揺が残っていたが、それ以上に深い興味と確信、そして誇りが宿っていた。

――この力を、敵にではなく味方に。

その思いが、確かに彼の中で芽吹いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
侯爵、何も情報がなかった割には最善手取り続けてるっていう結構なお方
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ