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光を求めて  作者: kotupon


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ブランゲル侯爵、登場

アパパ宿の1階にある酒場は、朝の光が差し込み、木のテーブルをやわらかく照らしていた。

食事を終えたシャイン傭兵団の面々は、それぞれに椅子にもたれたり、湯気の立つお茶をすすったりと、ゆるやかな朝の時間を楽しんでいた。

シマは団長らしく、皆の様子を静かに見渡しながら、心なしか口元に穏やかな笑みを浮かべていた。


今日の予定は、もしかすれば侯爵との面会があるかもしれないという、少しばかり緊張感を帯びたものだった。

しかし傭兵団の面々にとっては、どれだけ身分の高い相手であろうと構える必要などなかった。

シャイン傭兵団は、どこに出しても恥じない――そんな自負が彼らにはあった。


そこへ、ようやく現れた三人組。

ザック、フレッド、そしてヤコブが扉を開け、どこか誇らしげに、あるいは満足げに宿へと帰ってきた。


「いやぁ、最高だったぜ!」

ザックが声を上げると、すぐにフレッドが続けた。

「まったくだ! また行こうぜ、な、爺さん!」


「うむ! 夢のような一夜を過ごさせてもらったぞい!」

ヤコブも上機嫌で笑い、鼻歌でも歌いそうな勢いだった。


その様子に、一同は少し呆れながらも笑顔を浮かべる。

楽しんできたのなら何より、といった空気が酒場に広がった。


「飯、食ったら行くぞ」

ジトーがそっけなく声をかける。


「別に休んでてもいいのよ?」

ミーナがヤコブに目を向けるも、ヤコブはまっすぐにシマを見据えて言った。


「ワシもシャイン傭兵団の一員じゃからの。みんなが行くというのならば、ついてゆくぞい」


その言葉に、シマは静かに頷いた。

ヤコブの覚悟と誇りが、その一言に凝縮されていることが伝わったからだ。


すると、リズがそっとヤコブの前に現れ「ヤコブさん、これを」

質の良い革でできた立派なブーツ。


ヤコブの目が見開かれる。

「おお…これはまた…」


ヤコブは感極まったように目を細め、「かたじけない…」と深々と頭を下げた。


仲間たちが見守る中で、ヤコブは新しいブーツを手にし、その場にしっかりと足を置いた。

戦いも、旅も、そして昨夜のような浮かれたひとときも、すべてを共にする仲間がいる。

そんな当たり前のことが、彼にとっては何よりの誇りだった。


こうして、シャイン傭兵団の一日がまた始まろうとしていた。

気負いもなければ、無理な虚勢もない。

だが、彼らは確かに「強い」。

それは戦いの腕ではなく、絆と信念に裏打ちされた「在り方」そのものが、彼らを輝かせているのだ。

そしてヤコブもまた、その輪の中に確かにいた。



朝の澄んだ空気の中、シャイン傭兵団の一行は練兵場の門をくぐった。

広く整備されたその場所には、すでに兵士たちが列を作り、準備運動を行っていた。

剣を振る者、素手での組手に取り組む者、それぞれが黙々と身体を動かしている。

武装も服装も揃った規律ある光景は、正規軍としての風格を感じさせた。


しかし、そんな兵士たちの中にあって、ひときわ目を引く男がいた。

装備も立ち居振る舞いも、他の兵士たちとは一線を画している。

鋭い目つきと大きく盛り上がった肩、頑丈な胸板、存在感。

男は腕を組みながら、じっとシャイン傭兵団の一行を見下ろしていた。


「シマ、あいつだな」

ジトーが言い、シマは軽く頷いて前へ出る。


二人が男に歩み寄ると、周囲の兵士たちがざわめいた。


「…傭兵団か?」 「待て、あのでかいのを見ろ。なんだ、あの腕の太さ…」 「背中も胸もまるで岩みてえだ…」 「ってか、アイツら…何者だ?」


ざわめきは徐々に広がり、次第に緊張めいた空気が流れ出す。

だがシマは表情一つ変えず、男の前で立ち止まり、軽く一礼をして名乗った。


「シャイン傭兵団です。『午前中に練兵場に来い』との伝言を受けまして参りました。どのようなご用件でしょうか?」


男は鼻で笑い、腕を組んだままシマを見下ろした。

「フン…傭兵風情が、礼儀正しくしても無駄だ。閣下が貴様らに興味を持たれたらしい。…物好きなこった」


そして男は顎をしゃくりながら続けた。

「閣下が来るまで邪魔にならねえように端にでもいろ。大人しくしてろ」


シマはわずかに眉を寄せながらも、「承知しました」とだけ言って頭を下げ、ジトーと共にその場を後にした。


その背中に、男の呟きが聞こえた。

「まったく…閣下も物好きな…」


その言葉を耳にしたシマとジトーは、互いに目を交わした。

歓迎されていないことは、言葉以上に雰囲気からも感じ取れた。


「…どうやら、あまり良い目では見られていないようだな」

ジトーがぼそりと言った。


「まあ、最初から期待はしてなかったさ」とシマが返す。


シマはふと視線を流しながら、隣に立つジトーに静かに問いかけた。

「あの偉そうな男…どう見た?」


ジトーは少しだけ肩をすくめ、低く答える。

「兵士たちよりは確かに存在感もあるし、体格も悪くねえ…だが、怖くはねえな。言うなれば――そこそこってとこだ」


その言葉に、シマは小さく頷いた。

「同意見だ。見た目ほどじゃない。威圧はするが、芯はない…そんな印象だな」


二人の目は鋭く、すでに相手の底を見切っていた。

冷静で淡々としたやり取りが、彼らの経験と実力を物語っていた。


二人は他の団員たちの元に戻り、伝達を済ませる。


「邪魔にならねえところで待ってろ、だとよ」

ジトーが言うと、フレッドが鼻を鳴らした。

「呼びつけといて、その言い草かよ。随分とご立派な物言いだな」


「まあまあ、フレッド。そうそう目くじらを立てることもあるまい」

ヤコブが口を挟む。

「待ってろというのであれば、ゆっくり待たせてもらおうではないか。こっちは客人じゃからのう」


ヤコブの余裕ある言葉に、皆が少し笑った。


シャイン傭兵団は練兵場の端、日の当たる石造りの低い壁に腰をかけたり、立ったまま世間話を始めたりと、実に落ち着いた様子でその場に馴染んでいった。

まるでここがいつもの訓練場であるかのように自然に振る舞う彼らの姿は、逆に練兵場にいた兵士たちに一種の異質感を与えた。


「…あいつら、何者なんだよ…」

「でかいやつが、三人もいるぜ」

「女もいるな」

「普通になじんでるな、ありゃ…」


やがて、遠くから重厚な馬車の音が響いてきた。

練兵場に緊張が走り、兵士たちは姿勢を正す。

どうやら、「閣下」と呼ばれる人物が、いよいよ姿を現すようだった。


その扉が静かに開くと、中から降り立ったのはイーサン・デル・ブランゲル侯爵――国内随一の武人と謳われる男だった。

立ち姿ひとつで兵士たちの視線を集め、その巨躯に息を呑む。

おそらくジトーやザック、トーマスには及ばないものの、それでも優に二メートル近い身長に、漲る覇気と威厳は、誰もが本能的に「強者」と理解せざるを得ないほどだった。


「へぇ~、なかなかやるんじゃねえか」

クリフが目を細めてつぶやく。


「そうだね、でも負ける気はしないね」

自信に満ちた口調でロイドが応じる。


「だな」

トーマスも同意を示す。


「でもそれって一対一の場合でしょ?」

エイラが冷静に指摘する。


確かに、単体での武力には目を見張るものがある。

だが、それだけでは戦は語れない。

集団戦、統率力、戦略――そういった要素も勝敗を分ける要因だ。


「ジトーたちの話を聞く限り、領軍の実力は今ひとつなんだよね?」

オスカーが言うと、ジトーが頷いた。

「…全部見たわけじゃねえがな。だが、俺たちが見た限りじゃあ、なあ」と、ミーナ、クリフ、ケイトへと視線を送る。


「でもさ、集団戦なら私たちの方が得意じゃない?」

メグが笑うように言った。


その言葉に、そばにいたヤコブは心の中でのけぞった。

(な、なんと!こ、こやつら…それはもう領軍に勝てると言ってるようなものじゃぞ!?)


そうこうしているうちに、侯爵は近くの兵士に何やら命じたようだった。

一人の若い兵士がシマたちのもとへ向かってくる。

「シャイン傭兵団の皆さま、閣下がお呼びです」


シマを先頭に、団員たちは静かに立ち上がる。

そして彼らの足取りはどこか異様だった。

音もなく、まるで滑るように進むその歩み――

それは深淵の森の中で自然と身につけた、気配を断つ歩法。

人の営みから遠く離れた地で、命を守るために培われた本能の技術である。


その姿を遠目に見ていたブランゲル侯爵は、心の中で思わず叫んでいた。


(ヤバイッ!!…なんだコイツら…!!)

視線、動き、気配の消し方、その一つひとつが異常だった。

傭兵とは思えない、むしろ戦場を生き抜いた猛獣のような静かな気迫。

しかもそれが一人ではない、集団でその域に達している。

ブランゲルは悟った――この者たちは、絶対に敵にしてはならない。


(バケモンかよ…!!)


しかし彼は一切顔に出さない。

冷静な表情を保ち、堂々と立ち、来たるシャイン傭兵団の歩みを迎え撃つように視線を向けていた。

だが、心の奥底では既に戦慄していたのだった。


シマたちは、侯爵の前で立ち止まる。

「シャイン傭兵団、到着いたしました」

シマが一礼して言う。


その声音にも、わずかな気負いもない。

己の実力に、仲間の力に絶対の信頼を持つからこその平常心。

それは、威圧ではない。

しかし――確かな「格」を感じさせる風格であった。


練兵場に集った兵士たちは、気づかぬままその空気に飲まれていった。

ただ静かに、次なる展開を見守るように。

空は快晴、だが場の空気は妙な緊張に包まれていた。


――それは、これから起きる出来事の前兆であるかのように。

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