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光を求めて  作者: kotupon


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地下格闘技

ザックとフレッドは、夕暮れの石畳を踏みしめながら、都市のはずれにある娼館街へと向かっていた。

オレンジ色の街灯に照らされるその顔には、不安と期待が入り混じった表情が浮かんでいる。


「なあ、フレッド……ホントに大丈夫なんだろうな?」

ザックは眉をひそめ、隣を歩くフレッドをちらりと見た。


「安心しろって。エイラ直伝の交渉術ってやつを見せてやるよ」

フレッドはにやりと笑い、自信たっぷりに胸を張る。


「おお?! エイラ直伝なら……そりゃ期待できるな!」


二人の足取りは軽くなり、やがてネオンが揺れる娼館の前に到着する。

フレッドは一つ深呼吸し、ズカズカと中へと入っていった。


中は香水と酒の混じった、甘ったるい空気が漂っている。

豪奢なソファ、薄暗い照明、そして色とりどりの衣装をまとった女性たちが微笑を浮かべていた。


フレッドが受付の女性に近づき、軽く頭を下げると、得意げな顔で言った。

「どうもどうも、おねえさん。今日は二人分、180分コースで……お代は、ほら、3銀貨でどう?」


受付の女は一瞬ポカンとし、次の瞬間には顔をしかめた。

「はあ? アンタ、何言ってんの? それ、一人分どころか半分にもならないじゃないの」


「まあまあ、そこをなんとか。エイラが言ってたんだけど「貴方たち相手に、不利な取引をするつもりはありませんわ。」ってやつさ」


「……何の話してんの、アンタ?」


その横でザックはすでに冷や汗をかいている。



「無茶を言わないでちょうだい!」

次の店では、若い女性に一蹴される。


「出直してこい、兄ちゃん」

その次では、妙に貫禄のあるマダムに門前払いされ、


「頭、大丈夫かい? いろんな意味で心配になるよ」

さらに別の店では、気の強そうな女性に心底呆れられる始末。


 夜の娼館街、ネオンの揺れる石畳の通りに、疲れた足取りで戻ってくる二人の男がいた。

ザックとフレッド。

どちらの顔にも、疲労と落胆、そして微妙な怒りの色が浮かんでいる。


 「……あれ? おっかしいな」

 通りの真ん中で立ち止まり、フレッドがぽりぽりと頭を掻く。


 「なにが“おっかしい”んだよ」


 「いや、エイラの交渉術ってやつを真似たのに、全然うまくいかねえなって」


 ザックはぴたりと足を止め、フレッドをじろりと睨む。

 「……お前ホントにエイラから“教わった”のか?」


 「ん? いや、教わったっていうか、エイラが誰かと話してるのを聞いてただけだ」


 「……はあ!?」

 ザックの声が裏返る。

 「じゃあ、教わってねえじゃねえかよ!!」


 「いやいや、俺、“教わった”なんて、一言も言ってねえぞ?」


 「……お前、もしかして馬鹿なのか?」


 「おい! 馬鹿に馬鹿って言われる筋合いはねえぞ!」


 「誰が馬鹿だ、この馬鹿馬鹿フレッド!!」


 「何ィ!お前こそ馬鹿馬鹿馬鹿ザック!!」


 ――気づけば、往来の真ん中で、壮絶な子供のような口喧嘩が勃発していた。

 通行人が振り返り、遠巻きに二人を避けながら通り過ぎる。

酔っ払いすら目を伏せる中、唐突にその場に割って入ったのは、薄汚れたフードを被った一人の男だった。

 「なんだなんだ兄ちゃんたち、そんな元気が有り余ってるなら、いいところ、紹介してやるぞ?」


 突然の介入に、ザックとフレッドは同時に振り向き、無言のまま男を睨みつけた。

 「……殺すぞ」


 「失せろ、カス」

 ふいに、空気が変わった。

ピリリとした殺気が男の肌を刺す。

軽くふざけていたつもりが、明確な“殺意”を感じ取ってしまった男は、ビクリと体を震わせた。


 「ヒッ……!!」

 その場にへたり込む。


 「おい、聞こえなかったのか?」


 ザックが片眉を吊り上げて詰め寄ると、男は青ざめた顔でしどろもどろになりながら口を動かした。

 「か、金になるんだ……あ、いや……ちが……っ、腰が……腰が抜けて……立てねえんだよぉ……!」


 その一言に、ザックとフレッドの目がピクリと反応した。

 「……金?」


 二人が顔を見合わせた。

 「なんだ、最初からそう言えよ」


 「もったいつけやがって、このションベンハゲが」

 罵声を浴びせながらも、二人の興味は確かにそちらへ向かっていた。


腰を抜かして座り込む男に、フレッドがしゃがんで顔を近づける。

 「で? その“金になるいいところ”ってのは、どこにあるんだよ」


 「は、はいっ!!」

 男はぶるぶる震えながらも、喉を鳴らして続けた。



 「……地下格闘技だと?」

 ザックの目が細くなる。フレッドは眉をひそめ、片手で顎をさすった。

 「勝てば金がもらえるって……それ本当か?」


 しゃがみ込んだまま、泥のように道に張りついていた怪しい男は、恐る恐る頷いた。

 「ほ、本当だとも。命の保証はねえけどな……勝ちさえすりゃ、賭け金の取り分ががっぽり入る。中には一晩で金貨30枚持ち帰った奴もいるって話だ」


 「ふむ……」

 フレッドがザックの方を見る。

 「行くぞ」


 「おう」

 二人はあっさりと決めた。


 そして次の瞬間――。

 「うわっ!?」

 怪しい男は突然、背後からガシッと腰を掴まれた。

 「うひゃっ!? ちょ、ちょっと!? な、なにすんだよ!?」


 「案内、よろしくな」

 フレッドが軽やかな笑みを浮かべ、男の腰をぐっと引き寄せるようにして捕まえたまま、半ば強引に立たせた。

男は腰が抜けたままのようで、へなへなと足元がおぼつかない。

 「ひ、引きずらないでくれ! 腰が、腰がァ……!」


 「立て。」

 ザックが男の背中をバンッと平手で叩いた。


 「ヒィイイッ! 歩く! 歩きますからっ!!」

 よたよたと足を前に出し始める男。

だが、後ろからフレッドが容赦なく腰を掴んだままなので、まるで捕まえたタコのようにふにゃふにゃと揺れながら進む姿は、見ているだけで妙に哀れで、そして少し可笑しかった。


 「それで場所はどこだ? まさか川の底とか言わねえよな?」


 「ば、ばっか……んなわけ……あるか……!」


 東の門の裏手……倉庫街の一角にある古い醸造所の地下。

表向きは廃墟にしか見えない、夜になると“赤い提灯”がぶら下がる。それが目印だ。

扉を三回叩いて、間を置いてからもう一回。

中から覗き窓が開く。合言葉は――“血の匂いに誘われて”。


 月明かりの差す裏通りを、奇妙な三人組が進んでいく。

 一人は引きずられ、一人は無表情に睨みを利かせ、もう一人は楽しげに腰を掴んでいる。

 やがて、都市の喧騒が遠のき、瓦礫と鉄くずの積まれた倉庫街へと足を踏み入れた。


 そこには、静かに揺れる、赤い提灯の光が待っていた。


 ギイイ――と錆びた鉄の扉が音を立てて開かれた。

 そこから伸びるのは、緩やかに螺旋を描く石造りの階段。

湿った空気が足元から這い上がってくる。

ザックとフレッドは怪しい男を引きずるようにしてその階段を降りていった。


 やがて階段の終わりが近づくにつれ、喧騒が聞こえてきた。

怒号、歓声、木製のテーブルを叩く音、グラスのぶつかり合う音……まるで地下とは思えない、異様な活気に満ちている。


 最後の一段を降りたその先には――広大な地下闘技場が広がっていた。


中央には金網で囲まれたリングがあり、天井からは無数のランタンが垂れ下がり、リングを照らしてた。周囲には酒と煙にまみれた客たちが陣取り、歓声と罵声を交互に飛ばしている。


 「も、もう歩けるから……!」

 怪しい男が必死にフレッドの手を払い、腰を立て直す。

男はよろめきながら人混みをかき分け、一つの豪奢なテーブル席へと向かった。


 そこには明らかに“格”の違う男がふんぞり返って座っていた。

くたびれた闘技場の中でも、その一角だけは異様に洗練された空気を纏っている。

高そうなソファに横柄に腰掛け、指に光る金のリングを弄んでいた。


 その隣には、けばけばしい化粧をした女がふわりと座っている。

色気より毒気の強そうなその女が、ふとフレッドを一瞥してニヤリと笑った。


 「……あら、イイ男じゃないの。ちょっと汗くさそうだけど、悪くないわ」


 「誰が汗くせえだコラ」


フレッドが苦笑交じりにボヤくが、それに構う様子もなく、男は酒を煽ってから低く唸るように言った。

 「……でけぇな」


 ふんぞり返っていた男の目が、ザックの天を衝くような体格、分厚い胸板。

フレッドの肩幅と拳の厚みを値踏みするようにゆっくりと見る。


 怪しい男がその男の耳元に何かを囁く。

ふんぞり返っていた男は一度顎を引き、手を上げて合図する。


 「こっちに来い」

 呼ばれたフレッドが肩をすくめながら歩み寄ると、男が指を鳴らして言った。

 「今リングに立ってるあの腕に赤い布を巻いた男……もし貴様が勝てば、1金貨をくれてやる。どうだ?」


 「ほう……悪くない。条件は?」


 「簡単だ。相手が戦闘不能、あるいは気絶か死亡。降参は認められん」


 フレッドは鼻を鳴らし、不敵に笑った。

 「なんだ、そんだけでいいのか? そんじゃ勝ったらキッチリ金よこせよ」


 そう言って、青い布を腕に巻かれながら、リングへと向かっていく。


 「そんなんで金がもらえるのか……」

ザックが呟いた。


 「おう、兄ちゃん」

 隣にいた怪しい男が話しかけてくる。


 「連れが勝つと思うなら、賭けてみな。今、いくら持ってる?」


 「……3銀貨だな」


 「おお、それを青い布の方に賭けてみろ。ちょっと待ってな……ほら、オッズ出たぞ。今、7倍だ」


 「……な、なな倍!?」

 ザックの目がギラリと光る。


 「つまり、連れが勝てば21銀貨になって返ってくるってことだ」


 「……マジかよ?」

 目を輝かせたザックはすぐに3銀貨を差し出す。

男が手際よく銀貨を受け取ると、青い布に「3G」と書かれたタグを渡してきた。


 「後は勝負がつくまで待ってりゃいい。飲み物でも飲んでゆっくりしな」


 ザックはニヤニヤしながらソファー席にドカッと座り込むと、目の前のテーブルに並べられた酒瓶のひとつを取り、ラベルも見ずにグイと煽った。


 グラッと瓶が傾いた瞬間、護衛と思しき男たちがザッと立ち上がる。

 だが――。

 「待て」

 ふんぞり返っていた男が手を上げる。護衛たちはすぐに動きを止め、座り直した。

 「随分と威勢のいい兄ちゃんだな」

 男が酒のグラスを揺らしながら、薄く笑った。


 ザックはぐいっと酒を飲み干し、瓶をテーブルに叩きつける。

 (ククッ……こんなんで1金貨と、オマケに21銀貨が手に入るのか。楽な商売だぜ)

 「ん? なんか言ったか? チョビ髭」


 「……ッ!?」

 ふんぞり返っていた男の片眉がぴくりと動いた。


 周囲に一瞬、ピンと張り詰めた空気が走る。

ザックはそれに気づいているのかいないのか、ニヤニヤと無邪気な顔でふたたび酒を口に運ぶのだった。

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