見て回ろう
宿に到着したシャイン傭兵団の一行は、それぞれ部屋に荷物を置いた後、まずは一息つくことにした。
「さすがに移動続きで疲れたな……」
ジトーが腰を下ろし、肩を回す。
「馬車の揺れで体が凝ったわ」
リズがストレッチをしながら呟く。
「とりあえず腹ごしらえしようぜ。何か食わねえと力が出ねえ」
ザックが言い、フレッドも頷いた。
「そうね。カシウムの料理がどんなものか気になるわ」
サーシャが厨房を覗き込みながら言う。
宿の食堂で簡単な食事を済ませた後、一行はそれぞれの行動を決めることにした。
「さて、どう動くかだな」
シマが言い、皆の意見を聞いた。
▼交易市場を見に行く派
エイラ「せっかくの大都市だし、交易市場を覗いてみたいわ」
サーシャ「賛成。珍しい品があれば見てみたい」
リズ「布や装飾品もあるかしら?」
ロイド「食料の価格も知っておきたいな」
▼武器屋、防具屋、鍛冶仕事を見学する派
オスカー「カシウムなら一流の鍛冶師もいるだろうし。鍛冶仕事を見てみたいな」
メグ「武器の手入れ方法を学びたいわ」
トーマス「防具の改良も考えたいな」
ノエル「戦場が近いなら、良い装備が揃ってるかも」
▼城や練兵場の位置を確認する派
ジトー「城や練兵場の場所はしっかり把握しておきたい。もし兵士たちの訓練が見学できるなら、戦闘技術の参考にしたい」
ミーナ「都市の防衛体制も気になるわね」
クリフ「商店も巡って、必要なものを買い足したいな」
ケイト「医薬品や保存食もチェックしましょう。」
「……で、お前らは何がしたい?」
シマがザックとフレッドを見る。
「シマ、金くれ」
ザックが真顔で言った。
「……一応聞くが、何に使うんだ?」
「決まってんだろ!娼館だよ!」
「おパイが俺を待ってるぜ!」
フレッドが満面の笑みで続ける。
完全に開き直ってるザックとフレッド。
「こんだけ人がいりゃあ別嬪な姉ちゃんもいっぱいいるだろ」と言うザック。
(その分、ブサイクな姉ちゃんもいるだろう)
「そうだぜ俺がくることを待ってるだろうしな…うへへ。」と言うフレッド。
(誰もお前のことなんて待ってねえよ)
家族たちから軽蔑視されるも、どこ吹く風。
「…………」
一瞬の沈黙の後、エイラ、リズ、サーシャ、ミーナ、メグ、ケイト、ノエルが呆れたような視線を送る。
「男は溜まるからなあ……」シマは呟きつつ、懐から3銀貨を取り出し、ザックに差し出した。
「……ちょっとシマ?! 甘くない?」
リズが非難の声を上げた。
「つけあがるだけよ?」
サーシャも不満げだ。
「足りねえよ!!!」
ザックとフレッドが異口同音に叫ぶ。
「そこはお前らの交渉次第だ」
シマが静かに言う。
「……なるほどなあ……よし、それでいいぜ!」
フレッドが銀貨を受け取り、やる気満々の表情になる。
「お、おい大丈夫なのかよ……?」
ザックが不安げに言うが、フレッドは自信たっぷりに答えた。
「俺に任せとけ!!!」
(……もうどうにでもなれ…なるようにしか、ならねえだろ)
シマはそう思いながら、他の計画を進めることにした。
「さて……」
シマは少し考えた後、言った。
「俺は図書館のような施設を探す」
「図書館?」
ミーナが首を傾げる。
「大陸のことをもっと知りたい。戦争の歴史や各国の関係、交易の流れも把握しておきたい」
(この世界のこともな)
「情報は金よりも価値があることもある」
「問題は、そんな施設があるかどうかね」
エイラが言った。
「この都市が軍事拠点なら、学問よりも実戦に重きを置いている可能性が高いわ」
「それでも、何かしらの記録があるはずだ。役所や教会、あるいは学者が集まる場所を探す」
「なら、私たちも商店巡りの途中で聞いてみるわ」
ケイトが申し出た。
「助かる」シマは頷く。
こうして、シャイン傭兵団の一行はそれぞれの目的に向かって動き出した。
エイラたちは交易市場へ
オスカーたちは鍛冶仕事の見学、武器屋、防具屋へ
ジトーたちは城や練兵場、連携、実力を確認へ
ザックとフレッドは……娼館へ
シマは図書館のような施設を探す。
この城塞都市カシウムで、彼らはどんな情報を手にし、どんな出会いを経験するのか。
エイラたちが市場へ足を踏み入れると、目の前には圧倒されるほどの人混みと、所狭しと並ぶ露店が広がっていた。
商人たちの威勢のいい呼び声、道を行き交う荷車の音、焼き立てのパンや香辛料の芳ばしい香りが市場全体を包み込んでいる。
「すごい人ね……」
サーシャが目を丸くしながら言う。
「とても一日で見て回れる規模じゃないな」
ロイドも苦笑しながら周囲を見渡した。
道端には野菜や果物を山積みにした露店、干し肉やチーズを売る屋台、香ばしい焼き菓子を並べる店が軒を連ねている。
市場には、見慣れたものから少し珍しいものまで、さまざまな食材が売られていた。
「おっ、このパン、すごくいい匂いだ!」
とロイドが立ち止まったのは、大きな籠に焼き立てのパンを並べた店だった。
・白パン(ホワイトブレッド) – 小麦粉を使い、ふんわりと焼き上げたパン。
貴族や富裕層がよく食べる。
・黒パン(ライブレッド) – ライ麦を使い、どっしりとした食感。庶民の定番。
・ナッツパン – くるみやアーモンドが練り込まれた香ばしいパン。
・チーズパン – 生地にチーズを混ぜ込み、焼き上げたパン。噛むと中からトロリとしたチーズが溢れる。
「これ、美味しそうね!」
エイラが試しにナッツパンを買い、皆で分けることにした。
「チーズも種類が多いわね」
サーシャが興味深げに見つめる。
・熟成チーズ(ハードタイプ) – 固く、塩気の強いチーズ。酒のつまみにもなる。
・フレッシュチーズ(ソフトタイプ) – しっとりとした食感で、パンに塗ったり果物と合わせると美味しい。
・燻製チーズ – 薪で燻された独特の香りが特徴。
「こっちの店ではバターやミルクも売ってるわね」
リズが言う。
「肉も豊富だね。…この干し肉!」
ロイドが店先の大きな肉の塊を指さす。
・塩漬け豚肉 – 長期保存が効くように塩でしっかり漬け込まれた豚肉。スープや煮込み料理に使われる。
・燻製ソーセージ – 腸詰めされた肉を燻製にしたもの。噛むと肉汁があふれる。
・牛のジャーキー – 硬いが、噛めば噛むほど旨味が広がる保存食。
「これなら旅の携帯食にも良さそうだ」
ロイドが品定めをする。
市場には、新鮮な果物や野菜も豊富に揃っていた。
・リンゴ – 小ぶりだが甘酸っぱく、シャキッとした食感が楽しめる。
・ブドウ – 赤紫色の房で、果汁たっぷり。干せばレーズンになる。
・イチジク – ねっとりとした甘みがあり、そのまま食べるほか干しても美味しい。
・キャベツ – 丸々とした玉キャベツ。スープや煮込み料理に使われる。
・ニンジン – 甘みがあり、スープやシチューに最適。
・タマネギ – 保存が効き、様々な料理に使える万能野菜。
「リンゴが美味しそうだわ」
エイラが赤々としたリンゴを手に取る。
「この店、すごくいい匂いがする!」
サーシャが足を止めたのは、焼き菓子を売る店だった。
・ハチミツ入りクッキー – サクサクとした食感で、甘さがちょうど良い。
・ナッツパイ – クルミやアーモンドがたっぷり乗った焼き菓子。
・シナモンロール – 甘いシナモンと砂糖がたっぷりかかったパン菓子。
・フルーツタルト – 焼いたタルト生地に、リンゴやイチジクが乗っている。
「これ、美味しそうね!」
エイラがクッキーを買い、一行で分け合う。
「ここには、本当に何でも揃ってるな」
ロイドが感心したように言う。
「今日は全体を見て回るだけでも時間が足りないわね……」
エイラが市場の奥を見つめる。
「それなら明日も市場に来ないとね!」
リズが笑いながら言う。
こうして、エイラたちは賑やかな市場の中をさらに進んでいった。
オスカーたちは武器屋や防具屋を次々と見て回った。
市場に並ぶ商品は確かに多種多様で、剣や斧、槍、弓、防具などが所狭しと並べられている。
どの店の職人も誇らしげに自慢の品を並べ、客を引きつけるために熱心に説明していた。
しかし、店を出たオスカーたちの表情は、どこか微妙だった。
「品揃えは豊富だったね……」
オスカーがぽつりと漏らす。
「ああ、悪くはなかった」
トーマスも頷く。
「でも……何かが違う気がするのよね」
ノエルが腕を組み、うーんと唸る。
「そう、はっきりとは言えないけど、何かが足りないというか……」
メグも複雑そうな顔をしていた。
どの武器も決して粗悪品ではない。
それどころか、多くの武器はよく鍛えられ、しっかりとした仕上がりだった。
しかし、彼らが持っている武器と比べると、どこか物足りない。
重さのバランスなのか、切れ味なのか、握り心地なのか――言葉にできない何かが違っている気がした。
「でも、装飾だけははっきりしてるわ」
メグが言いながら、自分のショートソードの柄を見つめる。
オスカーのファルシオンの柄には、力強い獅子の紋が刻まれている。
獅子の瞳は深く彫られ、その造形からはまるで今にも咆哮しそうな迫力がある。
メグのショートソードの柄には、明るく咲く向日葵の模様が施されていた。
陽の光をいっぱいに受ける向日葵のように、彼女の戦い方と相まって、どこか力強く輝いて見える。
ノエルのショートソードには、しなやかで美しい菖蒲の彫刻があった。
水辺に凛と咲くその姿のように、彼女の剣さばきもまた流れるように美しい。
「やっぱり僕たちの武器の方が断然いいよね」
オスカーが自信ありげに言う。
「うん。間違いなくね」
ノエルが同意する。
そして、トーマスの脳裏に、ノーレム街の武器屋の親父の顔がふと浮かんだ。
(……あの親父、実はかなりの腕を持ってるんじゃないか?)
あのいかつい顔をした親父が作る武器のバランスの良さ。
見た目の美しさ。そして、装飾に込められた細やかなセンス。
「うーん……あの親父、意外と凄腕かもしれないな」
トーマスがぼそりと呟く。
「確かに、武器の性能も、装飾のセンスも間違いなくトップクラスだろうね」
オスカーが頷く。
こうして、彼らは次の店へと足を向けながら、ノーレム街の武器屋の親父の評価を改めて見直すのだった。
オスカーたちは、城塞都市カシウムの鍛冶場を訪れた。
彼らが最初に訪れたのは、大通りに面した大規模な鍛冶場だった。
入り口には鉄製の重厚な門があり、中からはカンカンと金属を打ち鳴らす音が響いてくる。
炉の熱気が扉の隙間から漏れ出し、外にいてもその熱を肌で感じることができた。
「すみません。鍛冶の仕事を見学させていただけませんか?」
オスカーが、場内で作業していた若い職人に声をかけると、彼はハンマーを振るう手を止め、一瞬訝しげにこちらを見た。
「……見学? 何のために?」
「俺たちは傭兵で、武器や防具の良し悪しを知りたくて。鍛冶の仕事を実際に見てみたいんだ」
トーマスがそう説明すると、若い職人は眉をひそめ、奥にいる年長の職人のほうへと視線を送った。
「親方に聞いてみろよ」
言われるままに、奥で鋼を鍛えていた親方らしき男に声をかける。
年季の入った分厚い革のエプロンを身につけた屈強な体格の男だった。
「鍛冶場の見学? ……ダメだ」
親方はオスカーたちの話を最後まで聞くこともなく、即答した。
「うちの技術は、徒弟でもなけりゃ見せられん。よそを当たれ」
そう言われると、それ以上食い下がることもできず、彼らは引き下がった。
「まぁ、簡単に見せてもらえるとは思ってなかったけどね。」
ノエルが肩をすくめる。
「他の鍛冶場も行ってみる?」
メグが提案し、一行は次の鍛冶場へ向かう。
続いて訪れたのは、裏通りにある小規模な鍛冶場だった。
こちらの職人は比較的親しみやすそうな雰囲気だったが、やはり見学は断られた。
「見学? ……悪いが、ここも無理だ。よそ者に技術を見せるわけにはいかん」
「見られたからって、すぐに真似できるものでもないだろ?」
トーマスが食い下がるが、職人は首を横に振る。
「問題はそこじゃない。鍛冶の技術ってのは、ただの手順じゃないんだ。温度管理、素材の選別、鍛え方……すべてが経験と感覚で積み上げられるものだ。簡単に見学なんて許したら、信用を失う」
「そういうものなのね……」
メグが納得したように頷いた。
その後も、彼らは何軒か鍛冶場を訪ねたが、どこも答えは同じだった。
「当然だよな」トーマスがぼそりと呟く。
「徒弟でもない、ましてや武器の使い手である俺たちに、そう簡単に技術を見せるはずがない」
「うん。僕たちが思ってる以上に、鍛冶ってのは門外不出の技術なんだろう」
オスカーも同意する。
「だが、ここまで徹底して見せてもらえないとはな」
トーマスが腕を組む。
「逆に言えば、それだけの価値があるってことか……」
「となると、鍛冶師を味方につけるのが一番の近道ってことね」
メグが呟いた。
「……」
ノーレム街の武器屋の親父の顔が、トーマスの脳裏をよぎる。
(やっぱり、あの親父……ただの武器屋じゃないな)
鍛冶の技術は、そう簡単に見せるものではない。
「さて、どうしようか?」
オスカーが皆を見回した。
「とりあえず、鍛冶場巡りは諦めましょう。どうせ見せてもらえないし。」
ノエルが言うと、皆もうなずいた。
「まぁ、時間の無駄だったってわけでもない。ここまで拒まれるとは思わなかったけどな」
トーマスが苦笑する。
こうして、一行は鍛冶場巡りを終え、新たな情報を得たものの、どこか心に引っかかるものを感じながら、宿に帰ることに。




