新しい生活
夜の宴から一夜明け、朝の陽光が村を照らし始めた頃、カウラス、ガンザス、ダンドスの三人は、痛む頭を押さえながらも畑へと向かっていた。
「昨日、ちょっと飲みすぎたな……。」
ガンザスが額をさすりながらぼやくと、カウラスも苦笑する。
「お前だけじゃないさ……。」
「まあ、しゃあねえよ。楽しい夜だったんだからよ。」
ダンドスが肩をすくめる。
しかし、畑へと向かう途中で、彼らは驚きの光景を目にした。
シマ、ジトー、ザック、ロイド、クリフ、フレッド、トーマス、そしてエイラが、鍬やスコップを手にして畑にやってきていたのだ。
「お、お前たち……?」
「ほら、早くしろよ親父たち。今日から新しい作物を育てるのを覚えてもらうんだからな。」
トーマスがにやりと笑う。
「新しい作物……?」
カウラスたちが怪訝そうな顔をすると、エイラが前に出て、にこりと微笑んだ。
「ジャガイモとブルーベリー、ラズベリーよ。」
「ジャガイモはわかるが…」
カウラスたちは顔を見合わせる。
「……なんだそれは?」
「…ブルーベリー、ラズベリー…?」
「ふふ、今日からしっかり学んでもらうわよ。」
エイラが得意げに笑い、指導を始めた。
「まずはジャガイモから説明するわ。」
エイラは畑の土を足で軽く掘り返しながら言った。
「ジャガイモは種芋を土に埋めて育てる作物なの。普通の種を蒔くんじゃなくて、芋そのものを植えるっていうのが特徴ね。」
「へえ……そんなの初めて聞いたぞ。」
カウラスが興味深そうに頷く。
「まず、畑の土をよく耕して、柔らかくしておくのが大事よ。根をしっかり張らせるためにね。」
シマたちは手際よく鍬を使い、土を耕し始める。
ふかふかになった土を指で触りながら、エイラが続ける。
「次に、種芋を植えるわ。大きすぎるものは包丁で切って、切り口を乾かしてから植えるの。腐るのを防ぐためね。」
「なるほどな。」
「植えるときは、深さ10センチくらいの穴を掘って、種芋を30センチ間隔で埋めるの。そして、芽が出たら土寄せをして、成長を助けるのよ。」
「土寄せ?」
「そう。ジャガイモは地表に出てしまうと緑色になって食べられなくなるの。だから、茎が伸びたら、根元に土を寄せて芋を隠すのが大切なのよ。」
カウラスたちは真剣に聞きながら、言われたとおりに種芋を植えていった。
「水やりはどうするんだ?」
「植えた直後にたっぷり水をやるけど、その後は控えめでいいわ。あまり水をやりすぎると、芋が腐ることがあるの。」
「へえ……面白いな。」
ガンザスが感心したように頷く。
ジャガイモを植え終えると、エイラは次にブルーベリーとラズベリーの育て方を説明し始めた。
「次は果樹よ。ブルーベリーとラズベリーね。」
「果樹?でも、この畑は平坦な土地だぞ?」
カウラスが疑問を口にすると、エイラは微笑んだ。
「問題ないわ。ブルーベリーとラズベリーは、木というより低木だから。広い土地があれば、ちゃんと育つのよ。」
「なるほど……。」
「まず、ブルーベリーの苗を植えるわ。ブルーベリーは酸性の土を好むから、もし育ちが悪かったら土を調整する必要があるわね。」
「ふむ……。」
カウラスが頷きながら、苗を植えていく。
「水やりはどうする?」
「ブルーベリーは水を好むから、定期的にしっかり水をあげることが大切よ。でも、水はけも重要だから、水が溜まるような場所には植えないようにね。」
「なるほど……。」
次に、ラズベリーの説明が始まった。
「ラズベリーは、ブルーベリーよりも丈夫で、ほとんど放っておいても育つわ。ただし、伸びすぎると収穫が大変だから、適度に剪定するのが大事よ。」
「剪定?」
「そう、余分な枝を切って、栄養を実に行き渡らせるの。そうすれば、甘くておいしい実がたくさん採れるわ。」
「なるほどな……果樹を育てるのも、結構手間がかかるんだな。」
「でも、その分収穫できると楽しいわよ。ジャガイモもブルーベリーもラズベリーも、保存が効くから、収穫後の活用も考えるといいわね。」
「保存が効くのか?」
「ジャガイモは冷暗所に置いておけば長持ちするし、ブルーベリーとラズベリーは乾燥させたり、ジャムにしたりできるわ。後でトーマスのお母さんたちに伝えておくわ。」
「へえ……夢が広がるな。」
カウラスたちは作業をしながら、すでに収穫の時期が楽しみになっていた。
その間、オスカーは新しい屋敷の最終調整をしていた。
「建付けは問題なし、水回りも大丈夫だな。」
慎重に確認しながら、一つ一つの作業を終えていく。
一方で、サーシャ、ケイト、ミーナ、ノエル、リズ、メグ、トーマス一家の母親マーサ、義姉アン、義姉イライザ、そして子供たちのアニー、ウエンス、エバンス、ミライは、家の荷物をまとめ、運搬作業を進めていた。
「新しい家に住むのが楽しみ!」
「僕の部屋があるんだって!」
子供たちは目を輝かせながら、小さな荷物を一生懸命運んでいる。
「さて、もう少しね。」
マーサが微笑みながら、家の中を見渡した。
こうして、畑仕事と引っ越しの準備は着々と進んでいった。
荷物をすべて運び終え、新しい屋敷に足を踏み入れた瞬間、アンとイライザは感嘆の息を漏らした。
「まるで夢みたいだわ……。」
「ほんとね……。」
彼女たちは広々とした室内を見渡しながら、信じられないといった表情を浮かべる。
以前の家と比べると、あまりにも広く、あまりにも立派だった。
高い天井、しっかりとした木造の壁、頑丈な梁。窓から差し込む陽光が室内を明るく照らし、温かな雰囲気を醸し出していた。
子供たちは、すっかり新しい家に馴染んでいた。
「わぁーい!」
「広い!広いよ!」
「ここで走っても怒られない?」
「転んだら危ないわよ」
ミライが元気いっぱいに声をあげると、ウエンスとエバンスも嬉しそうに駆け回る。
アニーも笑顔でそれを見守っていた。
「昼食の準備を始めましょう。」
マーサがそう言うと、アンとイライザも手伝いに加わった。
新しい家での最初の食事だ。
特別なものを作ろうとは思わなかったが、せっかくだから、何か新しい料理に挑戦したい。
「そうだ、ノエル。ジャガイモの料理を教えてくれない?」
アンがそう頼むと、ノエルはにっこりと微笑んで頷いた。
「ええ、いいですよ。まず、ジャガイモの下処理から教えますね。」
ノエルは、テーブルの上にジャガイモを並べ、慎重に皮を剥きながら説明を始めた。
「ジャガイモは便利な食材ですが、注意しなければならないことがあります。たとえば、この部分——。」
彼女はジャガイモの芽を指差した。
「ここには毒があるんです。これに毒素が含まれていて、食べるとお腹を壊してしまうんですよ。」
「まぁ、そうなの?」
イライザが驚きの声を上げる。
「はい。でも、芽をしっかり取り除いて、しっかり火を通せば安全です。」
そう言いながら、ノエルは包丁を使って芽を丁寧に取り除いていく。
マーサとアン、イライザも真剣な表情でその作業を見つめていた。
「今日は簡単な料理を作りますね。まずは、フライドポテトから。」
ノエルはジャガイモを細長く切り分け、それを油で揚げ始めた。
ジュワッと心地よい音が響き、香ばしい匂いが台所に広がる。
「うーん、いい匂い!」
「これは美味しそうね!」
続いて、ノエルはもう一品作ることにした。
「次は、マッシュポテトです。」
茹でたジャガイモをすりつぶし、少量の塩とバターを加えて混ぜ合わせる。
「これはパンに塗ってもいいし、おかずにもなります。保存もきくので便利ですよ。」
「へぇー、おやつにもなるし、おつまみにも、おかずにもなるのね。これはいいわね!」
マーサとイライザは感心しながら頷いた。
ちょうど料理が出来上がった頃、外で作業を終えたシマたちが帰ってきた。
「ただいまー。」
「お、いい匂いがするな。」
ジトーが厨房の方に目を向けた。
シマも、その場に立ち込める香ばしい香りに気づく。
「ジャガイモ料理だな?」
「ええ、ノエルさんが教えてくれたの。」
マーサが笑顔で応えると、フレッドが興味深そうにフライドポテトをつまみ食いする。
「うん、うまい!」
「ちょっとフレッド、勝手に食べないでよ!」
ミーナが呆れながらも笑っていた。
「……さすがにちょっと狭いな。」
ロイドが苦笑しながら広間を見渡す。
確かにこの屋敷の広間は広かった。
しかし、それでも20人以上が集まると、さすがに手狭に感じる。
「まあ、仕方ねえな。俺たちは外で食うか。」
ジトーがそう言うと、シマ、ザック、ロイド、クリフ、フレッド、オスカーも頷いた。
「外の方が風が通って涼しいしな。」
男性陣は食事を持って外へと移動した。
「うん、やっぱりうまいな!」
「揚げたてのポテトは最高だ。」
「こっちのマッシュポテトもいいぞ。」
皆、満足そうにジャガイモ料理を頬張る。
一方、屋敷の中では、トーマス一家やトーマス、サーシャたちが穏やかに食事を楽しんでいた。
「こうして家族そろって食べるのも、いいものね。」
イライザがほっとしたように微笑む。
「ええ、本当に……。こんな日が来るなんて、夢みたい。」
アンも幸せそうな表情を浮かべた。
新しい屋敷、新しい暮らし、新しい料理——すべてが新鮮で、まるで新しい人生の幕開けのようだった。
子供たちは楽しそうに笑い、大人たちはそれを見守る。




