先日ぶり…
朝の陽光が木々の間から差し込み、山の麓にいるシマたちの影を長く伸ばしていた。
涼しい風が吹く中、木の伐採作業が始まる。
ジトー、ザック、ロイドの三人が斧を構え、倒すべき木を見定める。
「ウリャッ!」
「オラァッ!」
「フッ!」
それぞれの掛け声とともに、鋭く振り下ろされた斧が木の幹に食い込み、乾いた音が響く。
一撃、二撃と繰り返すうちに、太い木がグラリと揺れ、やがて大地に轟音とともに倒れた。
その間、サーシャ、エイラ、ケイト、ミーナはすばやく動き、倒れた木の枝を払い整えていく。
手慣れた動作で、余分な枝を切り落とし、幹を運びやすい状態にする。
「こっちは終わったわ!」
「次の木、持ってきて!」
声を掛け合いながら、作業はテンポよく進んでいく。
一方、整えられた木材は、シマ、クリフ、フレッド、オスカーによって馬車へと積み込まれていく。
「このくらいでいいか?」
「そうだな、でもあまり積みすぎないようにしよう。崩れたら大変だからな」
シマの指示で、ある程度の量を積んだら、崩れないようにロープでしっかりと縛る。
すべての馬車に木材を積み終えると、トーマスの実家に向けて出発する。
オグリ、キャップ、ガーベラ、ジャスミン――四頭の馬が馬車を引き、シマたちもロープを馬車に括り付けて手助けする。
平坦な場所を選び、最短距離のルートを通るが、それでも草が絡まり、車輪が滑って空回りすることもあった。
「押せー!」
「もうちょい!」
「引っ張れー!」
みんなで力を合わせ、馬車を引きながら進んでいく。
数時間後、ようやくトーマスの実家に到着した。
「お疲れー!」
玄関からリズとメグが姿を見せ、水を持って駆け寄る。
ジトー、ザック、ロイドは黙って水を受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはぁーっ!」
汗を拭いながら、ザックがぼそりと呟く。
「俺は酒の方がいいな……」
その言葉に、フレッドも同意するように頷いた。
「確かに。こんなに働いたんだから、一杯くらい飲みたいよな」
だが、リズとメグが即座に制止する。
「ダメよ!」
「飲んだら動けなくなるでしょ!」
二人に釘を刺され、ザックとフレッドはしぶしぶ水を飲むことにした。
馬車から木材を降ろし、作業が一段落ついたところで、オスカーがシマに尋ねる。
「どれくらいの大きさの家にするの?」
シマは腕を組んで少し考えた後、答えた。
「三家族が一緒に住めるくらいの大きさだな」
それを聞いたオスカーは少し考え込み、続いて質問する。
「ロッジ風の家にする?」
「それでいいんじゃね?」
シマの言葉を聞くと、オスカーはすぐに頭の中で計算を始めた。
「そうなると、最低でもあと六往復は必要だね」
その言葉に、クリフが苦笑しながら呟く。
「こりゃあ、今日と明日は木材集めだな……」
笑いながら言ったものの、彼らの顔にはすでにやる気がにじんでいた。
昼過ぎリーガム街の門が見えてきた頃、馬車の中はそわそわとした空気に包まれていた。
特に、初めて街へ来たアニー、ウエンス、エバンス、ミライの子供たちは、窓の外を覗き込んではしゃいでいる。
「ねえねえ! あの大きな建物は何?!」
「人がいっぱいいる!」
「馬もたくさんいるよ!」
子供たちの興奮した声に、アンとイライザが「こら、落ち着きなさい」と諌めるものの、その表情はどこか嬉しそうだった。
彼女たちにとっても、こうして村を離れ、大きな街へ来ることは滅多になかった。
一方、マーサは少し緊張した面持ちで馬車の中から街を眺めていた。
「随分と変わったわね……」
彼女は数十年前、まだ若い頃に一度だけリーガム街を訪れたことがある。
しかし、目の前の街並みは当時の記憶とはまるで違い、賑やかさと活気に圧倒されていた。
やがて、馬車が門の前に停まり、トーマスたちは順番に降りていく。
門番がこちらへ視線を向けると、トーマスとノエルが先頭に立ち、手際よく身分証を取り出した。
「こちらが俺たちの身分証だ」
「お願いします」
二人の手続きを済ませると、門番は他の者たちへ目を向けた。
「そちらの方々の身分証も」
その瞬間、アンとイライザがはっと息を呑んだ。マーサも驚いたように目を見開く。
「……しまった、忘れてた!」
慌てて出発したこと、普段は村から出ることがほとんどないため、身分証のことをすっかり失念していたのだ。
「身分証がない場合、一人につき一銀貨と五銅貨の入税がかかります」
門番が冷静に告げると、ノエルが財布を取り出した。
「これで全員分ですね。」
合計で一金貨と五銅貨を渡すと、門番は確認した後、通行を許可した。
「手間をかけました。」
「いえ、問題ありません。ようこそリーガム街へ」
門をくぐると、子供たちは途端に目を輝かせた。
「わぁーっ!」
アニーが歓声を上げた。
「すごい! こんなに人がいるの?!」
「お店がいっぱいある!」
「何かいい匂いがするよ!」
ウエンスやエバンスも興奮気味に周囲を見渡し、ミライはアンの手をぎゅっと握りしめながらも、興味津々な様子で辺りを見ている。
リーガム街は活気に満ちていた。
商人たちは大きな声で客を呼び込み、道行く人々は忙しそうに足を運んでいる。
屋台からは焼きたてのパンやスープの香りが漂い、獣肉を串に刺して焼く店には行列ができていた。
マーサはそんな様子を目にしながら、懐かしそうに呟いた。
「昔はこんなに賑やかじゃなかったのに……本当に変わったわね」
彼女の言葉に、トーマスが笑いながら言う。
「変わったって言うか、母ちゃんがここに来たのが何十年も前だからだろ?」
「……それを言わないでおくれ」
マーサが少しむくれたような表情を見せ、周囲から笑いが漏れた。
一行はおなじみの宿「トーコヨ」へと到着した。
宿の扉を開けると、中から主人が顔を出し、トーマスたちを見て「あれ?」という顔をした。
「おや、つい先日出ていったと思ったら、もう戻ってきたのか」
しかし、すぐに笑顔になり、カウンター越しに声をかける。
「また泊まるんだな?」
「ああ、数日、世話になる」
トーマスがそう言うと、主人は頷きながら帳簿を広げた。
「部屋はいくつ用意すればいい?」
ノエルが手を挙げて説明する。
「合計三部屋お願いします」
「了解した。前回と同じ条件でいいな?」
「はい、よろしくお願いします」
手続きが終わると、主人が奥へ向かい、宿の従業員に部屋の準備を指示した。
「トーコヨ」1階の広い酒場。
宿に到着したばかりのマーサ、アン、イライザ、そして子供たちは、ようやく落ち着いた様子を見せていたが、それでもまだ街の喧騒に慣れないようだった。
そんな中、トーマスがノエルに声をかける。
「飯でも食って待っててくれ」
「ええ、わかったわ」
ノエルは穏やかに頷き、座っていた席に腰を落ち着けた。
だが、アンが怪訝そうな顔をしながら尋ねる。
「どっか行くの?」
トーマスは軽く肩をすくめて答えた。
「領主館にちょっとした野暮用だ」
イライザが眉をひそめる。
「…? あんたみたいなのが行っても門前払いされるだけじゃないの?」
彼女の言葉に、トーマスはニヤリと笑った。
「ふつうはそう思うよな? 」
トーマスの自信ありげな態度に、マーサ、アン、イライザの三人は驚いたような表情を浮かべた。
「…どういうことだい?」
マーサが疑問を口にする。
トーマスは腕を組みながら答えた。
「例の件で俺たちは協力して解決に導いたんだ。他にもいろいろとな」
それだけ言うと、彼はちらりとノエルを見やった。
「まあ、その辺はノエルに聞いてくれ」
そう言い残し、トーマスは席を立ち、悠然とした足取りで宿を出て行った。
取り残された三人は、何が何だかわからず顔を見合わせた。
「一体、何をしたっていうの?」
「領主館に用事があるだなんて…」
「…いきなり訪れて大丈夫なの?」
困惑する彼女たちに、ノエルは微笑みながら言った。
「ふふ、まあ、せっかくだし、ゆっくりご飯でも食べながら話しましょうか」
こうして、トーマスが向かった先の事情について、ノエルの説明が始まるのだった。




