どう運ぶ?
夕方に差し掛かる頃、トーマスはふと辺りを見回し、母親に尋ねた。
「親父たちはまだ帰ってこないのか?」
母は洗い物をしながら、少しだけ顔を上げて答えた。
「もう少ししたら戻ってくると思うよ」
「そうか……」
家の中では、アンとイライザが子供たちと一緒に夕食の準備を始めていた。
香ばしい匂いが漂い始め、トーマスは腹の虫を抑えるように無意識に腕を組んだ。
「食事の支度もあるだろうし、俺たちは一旦お暇するよ」
「えっ、せっかくなんだから、一緒にご飯を食べていったら?」
アンが少し寂しげに言ったが、トーマスは苦笑いを浮かべた。
「俺は大飯食らいだからな。ここで食ったら、お前らの分がなくなる」
「そこは変わってないのね」
母がくすりと笑った。
その笑顔を見て、トーマスは少しだけ安心した。
「明日また顔を出すよ」
そう言って家を出ると、子供たちが駆け寄ってきた。
「おじちゃん、ありがとう!」
「また来てね!」
トーマスは照れ臭そうに手を振り、ノエルと共に馬車の方へと向かった。
家族との再会は短いものだったが、母の笑顔を見られただけでも、十分な収穫だった。
シマたちの元へ戻ると、焚火の周りではすでに夕食の準備が進んでいた。
薪のはぜる音と、食欲をそそる香りが漂う。
ノエルと共に馬車を降りると、メグが明るい声で迎えた。
「おかえりー!」
「帰ってきたな」
ザックやフレッド、ジトーたちも、次々と声をかける。
「ちゃんと話し合ってきたのか?」
シマが問いかけると、トーマスは腕を組んで頷いた。
「ああ。親父や兄貴たちには会えなかったがな」
「それでも、母親とは話せたんだろ?」
「まあな。向こうも驚いてたよ。まさか俺が生きてるとは思わなかったらしい」
焚火を囲みながら、仲間たちと食事を始める。
焚火の明かりが影を揺らし、湯気の立つスープやパンが並ぶ。
「トーマス、お前、酒を持っていかなくてよかったのか?」
エールを片手に、ザックがにやりと笑う。フレッドも飲みながら見つめている。
「……忘れてた」
トーマスは額を押さえて苦笑した。
「まあ、明日でもいいか」
「親父さんや兄貴たちが帰ってきたら、一緒に飲むのもいいかもな」
「そうだな」
そんな話をしながら、家族たちは食事を続けた。
「お前ら、あんまり飲むなよ」
ジトーが釘を刺すように言うが、ザックは肩をすくめながらエールを口に運ぶ。
「その辺は俺でもわかってるって」
「いや、分かってねえだろ」
クリフが笑いながら突っ込み、周囲も和やかな笑いに包まれた。
食事を終えた後、ノエルがトーマスの実家の話を始めた。
「トーマスの家には、三家族が同居しているの。お義母さんと、トーマスの兄たちの家族。家は決して大きくないのに、みんなで助け合って暮らしてるわ」
「そんなに狭いのか?」
シマが興味深げに聞くと、トーマスが頷いた。
「普通の家ではあるが、三家族が住むには窮屈だな。子供たちもいるし、物が足りないのは当然だ」
「そりゃあ、苦労してるだろうな……」
クリフが呟く。
「でも、今日持っていった道具や食料で、少しは助かるはずよ」
ノエルが微笑むと、トーマスも少し嬉しそうに頷いた。
「そうだな。あの家は困窮してるわけじゃないが、余裕はない。だから、少しでも楽になればと思ってる」
「お前も優しくなったもんだな」
ジトーがからかうように言うと、トーマスは肩をすくめた。
「…一応は俺の家族だからな」
焚火の炎が揺れ、温かな雰囲気が漂う。
焚火の周りでは、次の課題についての話し合いが続いていた。
食事を終えた後、シマはふと思い出したように問いかけた。
「ブルーベリーとラズベリーの苗木は大丈夫だよな?」
エイラが頷きながら答える。
「そこは私がちゃんと管理してるから大丈夫よ。甕に土を入れて、一日一回は水をやってるわ」
「なら安心だな」
シマが満足そうに言うと、ケイトが少し考え込むように言った。
「ジャガイモも教えてあげないとね。種芋の植え方とか、畑の管理の仕方とか」
「そうだな。作物の種類が増えれば、それだけ食料の確保もしやすくなる」
しかし、彼らにはもう一つの大きな課題があった。
「問題は家かあ……」
クリフがぼそりと呟く。
作る技術はある。
ある程度の家屋は問題なく建てられる。しかし、最も重要な木材が決定的に足りなかった。
「伐採してこようにも、この辺りは牧草地や小麦畑、広がる草原ばかりで、まともな木がないんだよな」
「街道から外れた場所に山はあるけど……ざっと見て、5キロくらいは離れてるわね」
エイラが指摘する。
「木を運ぶ手段が必要になるな」
シマは腕を組み、考えを巡らせた。そして、オスカーに尋ねる。
「予備の車輪はいくつある?」
オスカーは少し考えてから答えた。
「4つだよ」
シマは焚火の光を見つめながら、思考する。
(トラックのようにして運べないか…馬車の荷台を作る要領で、枠組みだけを組んで、その上に伐採した木を載せる…これなら効率よく運べるんじゃないか?……車軸が…重い木材を積めば耐えられない可能性があるか?…なら、最悪、犬ぞりのようにして運ぶか?…馬には負担が大きすぎるな…馬車をそのまま使うのはどうだ?)
「…御者席を外して、馬車と馬車の間に3~4メートルの間隔を空ける」
トーマスが興味深そうに身を乗り出す。
「その空いたスペースに、木を並べて積んでいくってことか?」
「そうだ。長い木材もそのまま積めるし、無駄なく運べると思う」
ジトーが腕を組みながら頷いた。
「悪くない案だな」
「まずは、伐採する場所を決めよう。できるだけ移動距離が少なくて済むところがいい」
「そうね。山のふもとなら、多少の手間はかかるけど、比較的平坦な場所もあるわ」
エイラが指を指しながら言う。
「次に、必要な道具を準備する」
「斧ならある。古いものが3本くらい残ってるから。剣も残ってたな。」
「十分だな」
「あと、ロープも持って行こう。伐採した木を束ねたり、運びやすくしたりするのに必要になる」
「ロープなら十分にある。補充もしたしな」
「よし、じゃあ明日から伐採に取り掛かる。トーマスの家族が快適に暮らせる家を作るためにな」
その時、エイラが少し不安げに口を開いた。
「ちょっと待って、勝手に家を建てて大丈夫かしら?」
それに答えたのはクリフだった。
「新しく村長になるやつって、マリウスの側近の一人だろう?」
「だったら何とかなるんじゃね?」
フレッドが肩をすくめる。
「土地なんて余ってるしね」
ミーナも頷きながら言う。
「まあ、事後承諾の形になるけどね」
ロイドが冷静にまとめると、場の雰囲気は一旦落ち着いた。
しかし、シマはじっと手元の袋を見つめたまま、しばし考え込んでいた。
そして、意を決したように口を開く。
「……金を集める」
そう言って、シャイン傭兵団の全財産を袋から出して並べる。
合計234金貨、12銀貨、7銅貨、8鉄貨。
家族たちは真剣な表情でそれを見つめる。
「ここから34金貨をノエルに渡す」
シマはそう言うと、袋の中から金貨を取り出し、ノエルに手渡した。
「トーマス、ノエル、明朝、お前たちはトーマスの実家に行ってくれ」
「……なんで?」
トーマスが首を傾げる。
シマは冷静に続ける。
「三家族を連れ出して、リーガム街に買い出しに行ってこい。男たち――お前の親父や兄貴たちは畑の世話があるだろうから除いて、女たちと子供たちを連れていくんだ」
「買い出し……何を買えばいいの?」
ノエルが尋ねる。
シマは的確に指示を出し呟く。
「生活に必要なものはまだ十分じゃないんだろう? だったら、必要なものを全部そろえてこい…俺の見通しが甘かったな」
ノエルは真剣な表情で頷いた。
「わかったわ。でも、それなら馬車を空にしておかないといけないわね」
「そうだな。荷物はトーマスの実家にでも置かせてもらえばいいだろう…リーガム街に着いたら、マリウスに話を通してきてくれ。家を建てることについてだ」
「やっぱり、正式に許可を取るんだね?」とロイド。
「当然だ。マリウスなら話せば分かる。」
トーマスはしばらく考え込んでいたが、やがて頷いた。
「了解だ」
ノエルも笑顔で答えた。
「きっと、お義母さんやお義姉さま方、子供たちも喜ぶわ。」
「買い出しの件は任せた。馬車二台で行ってこい」
トーマスとノエルが頷くと、シマは次の指示を出した。
「食事の支度はリズとメグが担当だ。俺たちの分と、トーマスの父親、兄貴二人の分も含めて頼む」
リズが自信満々に答えた。
「任せて。いつもより豪勢にするわよ!」
メグも意気込んでいる。
「美味しく作るよ!」
こうして、新たな家を建てる準備とリーガム街への買い出しが決定した。




