おじちゃん?!
トーマスの母が落ち着いた頃、外から元気な声が聞こえてきた。
「バアバ、終わったよー!」
「終わったー!」
二人の若い女性と、元気いっぱいの四人の子供たちが家の中に入ってきた。
二人の女性は洗濯物を干し終えたようで、ほっとした表情を浮かべている。
ノエルは穏やかに微笑みながら、立ち上がって頭を下げた。
「お邪魔しております」
トーマスも少し照れくさそうに頭を下げる。
すると、母が二人の女性に向かって言った。
「ガンザスとダンドスの嫁さんだよ。こっちが……トーマスとノエルさん」
その言葉を聞いた瞬間、二人の女性は驚きに目を見開いた。
「……トーマスって、あのトーマス?!」
「……あっ! 確かに面影がある……生きてたのね!」
次の瞬間、二人は駆け寄り、トーマスを強く抱きしめた。
その腕の中から伝わる温もりと、震えるような力強さに、トーマスは一瞬戸惑った。
「……お、おい……?」
トーマスの困惑した声に、女性の一人が顔を上げ、笑顔を見せる。
「私よ、アンよ!」
もう一人の女性も、目に涙を浮かべながら言った。
「イライザよ! 私のことを忘れたとは言わせないわよ!」
トーマスは驚きのあまり、言葉を失った。
「え?! アンとイライザ? マジかよ……!」
かつて幼い頃からの知り合いだった彼女たち。気の強いアンと、世話好きなイライザ。
まさか、彼女たちが自分の兄たちの嫁になっているとは思わなかった。
「兄貴たちの嫁になってたんか……」
信じられないように呟くトーマスに、アンは少し寂しそうな笑顔を見せた。
「ええ、そうよ……。あなたがいなくなってから、ずっと心配していたのよ」
「本当に……。ずっと生きていてほしいって願っていたわ」
イライザの言葉に、トーマスの胸に温かいものが広がる。
「……こんなに大きくなって……」
イライザは、まるで弟を見るような優しい目でトーマスを見つめた。
「そちらの……ノエルさん? あなたのお嫁さんなの?」
アンが興味深そうにノエルを見つめる。
ノエルは微笑み、しっかりとした口調で答えた。
「はい、そう思ってくれていいです。改めて、ノエルです。よろしくお願いします、お義姉さま方」
アンとイライザは驚いたように目を丸くし、次の瞬間、顔をほころばせた。
「まあ、しっかりしたお嬢さんじゃない!」
「ノエルさんね。よろしく!」
イライザは優しくノエルの手を握った。
「トーマスがこんな素敵な人を見つけるなんて……」
アンがからかうように言うと、トーマスは少し頬を染め、視線をそらした。
「……うるせえな……」
すると、子供たちが興味津々にトーマスを見つめながら言った。
「おじちゃん、でっけえー!」
「おじちゃんって、ほんとにおじちゃん?!」
「……おじちゃん、じゃねえ!」
トーマスがむっとした表情で反論するが、子供たちは笑いながら彼の周りを駆け回る。
「おっきいおじちゃんだー!」
「おじちゃん、持ち上げてー!」
無邪気な子供たちの声に、ノエルがくすくすと笑う。
「トーマス、人気者ね」
「……チビどもめ……」
トーマスは腕を組んで少しぶっきらぼうに言うが、その表情にはどこか優しさがにじんでいた。
こうして、久しぶりの家族の再会は、驚きと温かさに包まれていた。
母の涙。アンとイライザの驚きと喜び。
子供たちの無邪気な笑い声。そして、ノエルという新たな家族。
すべてが、トーマスの中でじわじわと沁み込んでいく。
「……まあ、なんだ……」
トーマスは少し照れながら、それでもしっかりと母や姉たちを見て言った。
「これから、またよろしくな」
その言葉に、家の中が笑顔で満ちていった。
トーマスとノエルは家の中でのひとときを過ごした後、再び馬車へと向かった。
そして、二人で荷台に積んでいた品々を取り出し、一つひとつ家の中へと運び込んだ。
まずは、新品の鍬が六本、スコップが六本、斧が三本。
続いて、小麦粉や塩、胡椒、砂糖といった調味料、干し肉、油などの食料品。
さらに、食器類、裁縫道具、服や布、子供たちのための玩具まで。
次々と運び込まれる荷物を前に、トーマスの母、アン、イライザは呆然と立ち尽くした。
子供たちは歓声を上げ、玩具に駆け寄る。
「これがいい!」
「わぁ! これ、僕の?」
「お人形さんだ!」
「こっちのお人形さん、可愛い!」
「……ど、どうしたのよ、コレ?」
アンが驚きの声を上げた。
「使ってくれ」
トーマスはそれだけ言うと、まだ馬車に残っている荷物を取りに行こうとする。
「……あんた、何か悪さしていないわよね?」
イライザがじろりとトーマスを睨む。昔から、彼女はそういうところが鋭かった。
「お義姉さま方、誓ってそのようなことはしてません」
ノエルがすかさず答える。
「私たちが働いて、正当な報酬を得たお金で買ったものです。どうか、受け取ってください」
その言葉に、トーマスの母はまた涙ぐんだ。
「……私らは……トーマスに酷いことをしたというのに……」
嗚咽交じりの声が、静かな部屋に響く。
「こんなに立派になって……」
母は震える手で顔を覆いながら、涙を流した。
トーマスはため息をつくと、少し気まずそうに頭を掻いた。
「もう、その話はいいだろう……。随分と涙もろくなったんじゃないか?」
照れ隠しのような言葉だったが、その声にはどこか優しさが滲んでいた。
母は涙を拭いながら、それでも止められないようにすすり泣いた。
「……ありがとう、トーマス……ありがとうね……」
トーマスはただ黙って、その姿を見つめていた。
イライザが茶葉を煎れ、湯気の立つ湯飲みを皆に配ると、ようやく落ち着いた雰囲気が広がった。
家の中には、トーマスの母、兄たちの嫁であるアンとイライザ、そしてノエルが座り、話し合いが始まった。
「この家に三家族が住んでいるのよ」
イライザが口を開いた。
「決して裕福とは言えないけれど、どうにかやっていけてる。ただ、物が足りないことは多いわね。子供たちも増えて、衣服も食べ物も、道具も不足しがちで……でも、今回のことで随分助かるわ。本当にありがとう、トーマス、ノエルさん」
アンがしみじみと言うと、母も頷いた。
「本当にね……こんなに色々持ってきてくれるなんて」
トーマスは湯飲みを手にしながら、静かに言った。
「俺は今、シャイン傭兵団の一員として生きてる。ノエルも一緒だ」
母と義姉たちが驚いた表情を浮かべる。
「傭兵団に……?」
「ああ。それだけじゃない」
トーマスは少し間をおいて続けた。
「俺たちは、この先ノルダラン連邦共和国に向かう。傭兵団をやりながら商会を興すんだ」
「商会を……?」
アンとイライザが顔を見合わせる。
「…そういうことなら、ここには長くいられないのね」
母が寂しげに言った。
「ああ……でも、だからこそ伝えておきたかった」
トーマスは真剣な表情で母を見つめた。
「俺には、大切な家族たちがいる。そいつらと一緒に生きていく」
ノエルが優しくトーマスの手を握った。
「それでも、トーマスの家族たちを忘れることはありません。私たちは、ちゃんと前を向いて進んでいきます。そのことを知っておいてほしいんです。」
母は目に涙を浮かべながら、ぎゅっと拳を握った。
「……そうかい……本当に、立派になったね、トーマス」
トーマスは少し照れくさそうに鼻をすすった。
「まぁな」
家族との時間は限られていたが、その言葉の中には、確かな絆が宿っていた。




