表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/447

過ぎた過去

リーガム街の朝は、まだ微かな夜の名残を感じさせる空気に包まれていた。

だが、シマたちはすでに出発の準備を整え、馬車に荷物を積み込んでいた。


「よし、ほぼ積み終わったな」

シマが荷台を確かめながら呟く。


後は酒類を買い足せば、いよいよ旅立ちだ。


「それじゃ、酒場で酒を買ってくる」

ジトーとトーマスが向かい、残った者たちは最後の点検を続ける。


荷物の積み込みが完了すると、一行は厩舎へ向かった。

馬たちもすっかりこの地に馴染んでいるのか、のんびりとした様子で飼い葉を食んでいた。


シマは目の前の馬のたてがみを撫でながら、ふと名前を思い出そうとする。

「久しぶりだな、オグリ……?」


不安げに隣を見ると、サーシャが静かに頷いた。

「合ってるわよ」


シマはほっと胸を撫で下ろす。

相変わらず馬の見分けがつかない男性陣をよそに、サーシャやエイラはすぐに馬たちを識別していた。


「馬の顔ってみんな同じだよな……」

ザックが小さく呟く。


それぞれの馬車に分かれ、いよいよリーガム街を後にする。


「行くぞ!」

シマの合図で、馬たちが蹄を鳴らしながら進み始めた。

朝日が昇る中、一行はリュカ村へ向けて旅立った。


「確か…この辺だったな」

道中、シマは馬車を止めた。


以前、リュカ村の情報収集のために使ったテントが残っているはずだ。


「ロイド、場所は合ってるか?」


「間違いないね」


シマは馬車から降り、茂みの中を進む。

そこには確かに彼らが設営していたテントが、少し草に埋もれながらもそのままの形で残っていた。


「よし、これで回収完了だ」

テントを畳み、馬車に積み込む。



やがて昼過ぎ、遠くに小さな村の姿が見え始めた。


「懐かしいな……」

トーマスがぼそっと呟く。リュカ村は彼の故郷だ。


一面に広がる牧草地帯を抜けると、黄金色に輝く小麦畑が広がっていた。

風にそよぐ穂が、波のように揺れている。


点々と民家が建ち並ぶ中、トーマスの実家がその景色の中に溶け込むように佇んでいた。


「じゃあ、俺たちは先に家に行ってくる」

トーマスとノエルは、馬車に乗ったまま道を進んでいく。


シマたちは、村の外れの適当な場所で馬車を止め、キャンプの設営を始めた。

「さて、さっさと準備しちまうか」


ザックが馬車から木材を下ろし、クリフとロイドが焚き火の準備を始める。


「久々に野営だな」

フレッドが楽しそうにテントを広げる。


「今日はここで一泊して、明日には村の様子を見て回るか」

シマがそう言うと、皆が頷いた。



リュカ村の午後は穏やかで、澄んだ青空の下、小麦畑が風に揺れていた。

馬車の車輪が軋みを上げながら停まり、トーマスはゆっくりと手綱を引いた。

隣では、ノエルが静かに彼を見つめている。


「……ここが、あなたの家なのね?」

ノエルが優しく尋ねた。


「ああ」

トーマスは短く答えたものの、どこか硬さが残る声だった。


馬車を降りると、家の裏手から穏やかな話し声が聞こえてきた。

水をすくう音や、布をしぼる音がかすかに響く。

裏庭では、洗濯をする女性たちと、無邪気に遊ぶ子供たちの姿があった。


裏庭には、中年のふくよかな女性と、二十代と思しき若い女性が二人いた。

四人の子供たちが、泥だらけの足で駆け回っている。


「遊んでばかりいないで、水を汲んできてちょうだい」

若い女性が子供たちに声をかけた。


「はーい!」

子供たちは元気よく返事をするものの、興味深げに女性たちのそばから離れようとしない。


トーマスは、じっとふくよかな女性を見つめていた。

懐かしくもあり、遠い存在のようでもある。

喉が渇いたように唾を飲み込み、わずかに震える声で言った。


「……母ちゃん」

その一言が、裏庭に響いた。


三人の女性が一斉に振り向く。

トーマスの姿を見た瞬間、驚きが彼女たちの表情を凍りつかせた。


「でっけぇー!」


「誰、この人たち?」

子供たちは目を輝かせながら騒ぎ出す。

トーマスは身長が二メートルを超える大男だ。

その圧倒的な体格に、子供たちは目を丸くした。


ふくよかな女性は、手に持っていた布を落とした。

目を大きく見開いたまま、かすれた声で言う。

「……あんた……トーマスかい……?」


「……ああ、そうだ」

トーマスの返事は、まるで呟くようだった。


ふくよかな女性は、一瞬信じられないというように立ち尽くした。

震える足でおぼつかない歩みを進め、ゆっくりとトーマスへと近づく。


トーマスは、まるで大きな岩のようにじっと立っていた。


母の手が伸びる。

ざらついた手のひらが、優しく彼の頬を包み込んだ。

「……こんなに大きくなって……」


母の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

「……ごめんよ……トーマス……ごめんよ……!」


嗚咽混じりの声が震えながら漏れた。

「ごめんね……あんたを……売るしかなかった……本当に……ごめんよ……!」

涙は止まらなかった。震える手が、頬を撫でる。


トーマスは、黙ってその手を受け入れていた。

彼の胸に押し寄せるものがあった。

怒りでも、悲しみでもない。ただ、胸の奥に何かが詰まったように息苦しい。


母の涙は、まるで彼の心に染み込むようだった。


ノエルは静かにその光景を見守っていた。


トーマスは、そっと母の手を握る。

「……もういいさ、母ちゃん」


その言葉に、母の泣き声はさらに大きくなった。

許しと、後悔と、再会の喜びが入り混じる。

彼らの周りで、静かに風が吹いていた。

母の涙を見ながら、ノエルは静かにトーマスの母へと歩み寄った。


肩をそっと支え、優しく声をかける。

「少し落ち着かれたほうがいいですよ。家の中で休みましょう」


トーマスの母はまだ涙をこぼしながら、ゆっくりと頷いた。

彼女の体は少し震えていたが、ノエルの支えでなんとか立っていられるようだった。

「……ありがとうね、お嬢さん……あんたは……?」


「俺の家族さ」

トーマスが少し照れたように答えた。


母は目を見開き、ノエルを見つめた。

「家族……?」


「初めまして、お義母様」

ノエルは落ち着いた声で微笑むと、そっと母の手を取り、優しく包み込んだ。

「さあ、少し休みましょう」


母は驚きながらも、ノエルの優しい笑顔に安心したようだった。



家の中に入ると、そこは決して広いとは言えない空間だった。

三家族が暮らしているとなれば、かなり窮屈なのがわかる。

わずかに仕切られた部屋があるものの、ほとんどが共用スペースで、生活感が溢れていた。


トーマスは、ふと天井を見上げる。

自分が小さかった頃、ここで母の手料理を食べた記憶が微かによみがえった。


「……俺が売られたのは、借金のカタだろう?」

静かに、だが確信を持った声でトーマスは尋ねた。


母は再び涙ぐみ、うつむいた。

「……あんたには、辛い思いをさせた……。でも、あの時は、どうしようもなかったんだよ……」


「母ちゃん」

トーマスは母を見つめる。

「村長一家と、商店に嵌められた……。そうだろう?」


母は顔を上げ、唇を噛みしめた。

「……そうだよ……。うちだけじゃない……。村のみんなが……あの人たちに騙されていたんだ……!」

母は悔しそうに拳を握る。


母の声が震える。

「それだけじゃない……!村の子供たちが……次々と売られていった……!あんたも……その中のひとりだった……!」


母の目から、また涙があふれた。

「……ごめんね……トーマス……!母ちゃんが、もっとしっかりしていれば……!」


母の嗚咽を聞いて、トーマスはそっと手を伸ばし、母の肩を支えた。

「もう大丈夫だ。もうケリはついたから、安心してくれ」


母は驚いたようにトーマスを見上げた。


すると、ノエルが口を開いた。

「かいつまんで説明しますね」

彼女の落ち着いた声が、部屋に響く。

「この村の住民が、読み書きや計算ができないことをいいことに、不正な取引や借財を負わせていた商店と、村長一家が結託していました。そして、村の子供たちを人身売買にかけ、不法な奴隷売買まで行っていた……」


母の顔が驚愕に染まる。


「でも、それらの悪事はすでに明るみに出ました。商店の主、村長一家……彼らはすべて処罰されました」


母の震えが止まる。

「……処罰……?」


「ええ。処刑された者もいれば、財産を没収され、追放された者もいます」


母は呆然としながらノエルの話を聞いていた。


「新しい村長には、次期領主の側近が選ばれるでしょう。信頼できる人物です。そして、村には役所と憲兵が駐留し、新たに健全な商店が設置されることになりました」


母は小さく口を開き、言葉を失った。


「つまり、もう同じことは二度と起こらないんです。村人たちが不当に搾取されることも、子供が売られることも」


ノエルの言葉が、母の胸に深く染み渡った。


「本当に……?」


「本当さ」

トーマスがはっきりと答える。

「……これからは、母ちゃんも、みんなも……安心して生きられる」


母の目から再び涙があふれた。しかし、それは先ほどまでの悲しみの涙とは違っていた。


「……ありがとう……トーマス……ノエルさん……!」

母は涙を拭いながら、ノエルの手をぎゅっと握りしめた。

「そして……ごめんね……本当に……ありがとう……!」


トーマスは、少し照れくさそうに頭を掻いた。

「もういいって。それより、俺のことはともかく、これからの生活をしっかり考えろよ」


母は何度も頷きながら、笑みを浮かべた。

部屋には、穏やかな空気が流れていた。

長い間閉ざされていた傷が、ようやく癒え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ