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現在俺は異世界の街、トレイタにいた。
南大陸にあるラグニス王国最西端に位置し、山に囲まれたのどかな街だ。
戦争地域よりも遠いため殺伐とした空気もなく、北欧にでも観光に来たかのよう―気分はハ〇ジだ―。
神にもらった管理者権限のおかげでイルアースの各種族の言語と常識なんかは頭に入ったが、ネットが普及しているわけでも交通が充実しているわけでもない。それ以外の情報は足で稼ぐしかないのだ。
というわけでモンスターの生息地を調べるといったらここだろう。
―ハンターズギルド―
外観は周りの家と変わらないレンガ造り。入口の上に目立つように掲げてある旗―剣と矛と弓が三竦みのようなシンボル―で判断できる。
ここイルアースでは冒険者という表現はなく、狩猟者もしくは傭兵にあたるものはハンターと呼ばれており、それゆえのハンターズギルドである。
異世界っぽくなってきたな。
少しだけ高揚する気持ちを鎮めるように、静かにスイングドアを抜けると意外にも閑散としていた。
昼間っから酔っぱらった中年冒険者に目を付けられ乱闘騒ぎに発展した上、あいつただ者ではないという噂が広まり―といった導入部分があるのではないかと期待してはいたのだが、良いのか悪いのか拍子抜けだ。
「あのー、すみません」
とりあえずはギルドカードの発行をすべく、正面にいる受付嬢に話しかける。
「はい、どうされましたか?」
「はじめて登録するのですが…」
「ハンター登録ですね。こちらの用紙の注意事項に目を通していただいた後、ご署名の上、提出をお願いします」
まるで役所かのような完璧な対応と接客スキルに関心しつつ紙を受け取ると、そこには誓約書とあった。
1.クエスト中に発生した災害(怪我:死亡時含む)及び失敗時の賠償金に対してギルドは一切責任を負わない。
2.ギルド員同士の騒動、もしくは依頼主との間でクエスト内容以外のトラブルについてはギルドは一切関知しない。
3.犯罪に関与、またはギルドの信用を著しく損なう行為が発覚した場合、ギルドからの追放、ハンター証の剥奪とする。
4.――
といった決まり文句的な誓約書のようだ。
特に不自然な文章は見受けられない。
上記にサインとして名前を記入し、受付嬢さんにお返しする。
「ありがとうございます。ハンター証ができるまでクエストの受注の仕方など説明を聞いていかれますか?」
「そうですね。お願いします」
異世界常識のおかげで把握はできているのだが、現場との差異などがあっては面倒だ。ここは頷いておこう。
「はい、では――」
――10分後、目の前には俺のサインが入った銅板が置かれていた。
これがハンター証らしい。
一見、何の変哲もない銅板でも魔力を込めて作製されており、鑑定スキル持ちの人物が見ると今までのクエスト履歴、ギルドへの貢献度などが可視化される仕様になっているらしい。
「こちらがブロンズランクのハンター証になります。紛失されますと5000円で再発行といった形になりますので、ご注意ください」
5000円?ああ…お金の単位も翻訳してくれているのか。わかりやすいけど変な感じだな。
「ありがとうございます」
「頑張ってゴールド目指してくださいね」
「あ、…はい」
頭の中で時間を確認すると1時間が経過していた。
18時に開始したから、高校生がバイト可能な時間まであと3時間。そう思うだろう、が実際は違う。
ここでの1時間は元の世界での30分だ。劣化版精神と〇の部屋と思われても仕方がない。
しかし神曰く、あまりに時差をつけすぎると精神年齢と肉体年齢との乖離が起きる可能性があるためこのような仕様にしたらしい。
もちろん、こちらの世界での4時間は給与8時間分である。
続けて俺はクエストボードを値踏みするように見て回る。
・ワイルドボア5頭討伐
・マンイータープラントの除去
・盗賊のアジトの特定
などなど様々である。
そもそもここにはクエストの受注で来たわけではない。
モンスターの生息地の把握だ。
しかし、無暗矢鱈に狩ればいいわけではない。
他のハンターの仕事を奪ってしまうことになるし、生態系を崩してしまい新たな被害が―なんて恐れもある。
―森の調査―
最近森の様子がおかしい。今までは普通に狩れていた鹿や猪が消え、痕跡すら見当たらなくなった。
願わくば森を調査してもらい異変の元凶を調べてほしい。
ガリタ村 村長 ヴォイド・ムノワール
これなんかちょうどいいのではないか。
調査依頼のため報酬も低く、難易度も不明のため誰もやりたがらないクエストのはずだ。
とりあえず異変の元凶がモンスターだった場合は、さっさと退治してしまえば村人は救われるし、正式に依頼を受けたハンターは何も異変はありませんでしたと報告して調査報酬をもらえる。
俺もバイト代もらえるし、一石三鳥だな。
俺は再度村の場所を確認し、意気揚々とギルドを後にした。