1
―キラ、―ますのじゃ―
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
声の感じからして年配の男性のようだ。
はて?祖父は二人とも俺が小さいときに亡くなっているはずだ。
近所のおじいちゃんもしくは、親族にあたる人でこんな声の人がいただろうか。
そもそも直接脳内に響いてくるこの感覚は―
「アキラ、目を覚ますのじゃ」
「ふぇ?」
寝起きだったせいか第一声で間抜けな返事をしてしまった。
寝ぼけ眼で周囲を確認する。
どうやら俺の部屋ではないようだ。というか部屋ですらない。
直接床で寝ていたらしい。
鈍く輝く大理石の触感が、ちょっとした冷気を伴って手のひらから体内へと侵入する。
「アキラよ。やっと起きたか」
見上げるとそこには先ほどから俺を呼ぶ男性の姿があった。
純白の衣に身を包み、白髪。立派に蓄えられた髭は胸元まで伸びていた。
さながら、マ-〇ンかダンブ〇ドアかのような印象を受ける。
だが魔法使いというよりかは―、
「…神様?」
「話が早いのう。左様、儂が神じゃ」
髭を撫でながらドヤ顔で肯定されると前言を撤回してきたくもなったが、どうやら真実なのだろう。
そもそもこの状況だ。
落ち着いて、今一度あたりを見渡してみても―何もない。
室内だとは思うのだが、天井が見えない。
光源がないのに暗いわけでもない
一般人にここまでのドッキリを仕掛けることは不可能。
以上の要素からあとは夢という選択肢しかなくなってくるのだが。
「夢ではないぞ。まあ寝ていることに違いはないがの」
自称神は、めんどくさそうに耳に指を突っ込みながら当たり前のように思考を読んできた。
「なんぞ日本人の若い男はこのような状況になっても転生だの転移などと柔軟に対応してくるはずだと思っておったのじゃが、期待が外れたのう」
どんな認識だよ。
日本人男子が皆、異世界転生ジャンルを履修してるわけじゃねぇよ。
…俺はしてるけどな。
「テンプレ部分は飛ばしてもいいかのう?」
「いいわけないだろ!ちゃんとこの状況を説明してください、お願いします!」
日本のサブカルに精通しすぎだろこの神。思わず年上にため口きいちゃったじゃねえか。
いや、むしろ自動翻訳が機能していて俺に分かりやすいように変換をしているに違いない。そう思うことにしよう。
「いわゆるあれじゃ。異世界に行って切った張ったの大冒険してみんかのう?って打診じゃ」
「ほう。魅力的ですが、その前に俺…死んだんですか?」
俺は特にこれといった持病もなく健康優良児だった上、最新の記憶では自分のベッドで寝ていたはずだから事故の線もないはずだ。
「いや、死んではおらん」
「え?」
「言ったじゃろう打診じゃて。こうしてリスニングをした上で同意があった者のみ異世界に転移してもらっておる」
「ちょっ…!ちょっと待ってください、色々と聞きたいことが―。同意って?」
「何事にも拒否権というものがあるからのう。―安心せい。拒否ったところでこの出来事の記憶を消させてもらって日常に戻るだけじゃ」
「…断った人いるんですか?」
「結構おるんじゃよそれが。前途有望な若者だとこっちの私生活が充実しておるせいか、なかなか即答してくれるものはおらんのう」
確かに異世界がどのような文化でどれくらい発展しているのかわからないのならば、この便利な現代を離れたくないのも頷ける。
モンスターなどの危険もあるかもしれないともなれば尚更だ。
であれば―、
「よくある、家に居場所がない人だったり、若くて亡くなった人とかを選別すれば未練はないのでは?」
「そうもいかん。そもそも前提として生きていることが重要じゃ。勘違いしておるやもしれんが、転生ではない、転移なのじゃ。その身そのままでいくことになる。輪廻転生はあくまで同一世界でのみ可能なのじゃ」
「…なるほど」
世界の理に関する重要なことを聞いてしまった気がしないでもないが、今はスルーしよう。
「スキルなどの特典で少しはサポートができるがのう。行くのは自分ひとりじゃ。肉体的に健康なのはもちろん、精神的にも安定している者ではないといかんのじゃ。じゃから適応能力の高さなど、いろんなものを加味して10代の青少年の中からこうして声掛けをしておる」
「…ひとつ引っかかるんですが、僕が読んできた転生モノだと善行を積んだ方に対してのプレゼントだったり、哀れな最期を遂げた人の慈悲としてだったりで話を持ち掛けられることが多かったんですけど。今回の場合、俺に何かをさせたくて転移させるわけですよね?」
「理解力があって大変結構じゃのう。そうでなくてはならんが―」
ここまで訊いてはじめて神がめんどくさそうな表情以外の顔を浮かべた。
「それに関する返答は今のところはできんのじゃ。強いて言うならばお主には、冒険を楽しみ、知識を得、異世界を知ってもらいたいということぐらいじゃの。そして時が来れば伝えると約束しよう」
「…」
使命のようなものはないという認識でいいのだろうか。楽でいいかもしれないが、やはり気になるところではある。
「まだ質問はあるかね?導入はパッパッといかんとテンポが悪いと言われてしまうんでな」
メタいな神様…。
「…では、異世界とはどのようなところになるんですか?」
「ふむ。主たちでいうところの中世ヨーロッパに似ている感じじゃの。場所もお主がとっつきやすいような世界をチョイスしておる。大きく違うのは魔法とモンスターの存在といったところかのう。まさしく王道ファンタジーをリアルにしたようでワクワクするじゃろ」
やっぱりあるんすね、魔法…。それにモンスターも。
近未来や人間がいないような世界でなくてよかったとは思うが、海外旅行すらしたことがない俺でも耐えられるだろうか。
行った瞬間モンスターに襲われて即死。人里に着いてもコミュニケーションがとれずに飢え死になんてのはごめんなんだが。
「安心せい。それについてはスキルや特典を踏まえながら説明しよう。基本的には想像しているような、いきなり剣を扱えたり、魔法が使えたりといったようなことはできん。あくまでも自分の力で習得していくのじゃ。が、言語や身体能力の向上、風土病などに対する耐性なんかはパッシブでつけておいてやろう。」
うーむ…、その特典については魅力的だとは思うが。
「行きたくなってきたじゃろう?」
…いや、よくよく考えてみれば転生ではなく転移なのだ。
なんの訓練も知識もない高校生が、肉食獣のいる、それも紛争地帯に放り込まれるようなものだ。これぐらいのハンデがないと生き残ることはできないだろう。
「異世界常識。みたいなスキルはないんですか?」
「あるにはあるんじゃがのう…。儂の意向としては、そこは自ら経験して得てほしいというか、新鮮味というものも人生には必要じゃと思うんだがの」
まあ、一理ある。
「…ほかに質問がなければそろそろ問おう」
うーん、ないこともないのだが俺の答えは結構前から決まっている。
「アキラよ。異世界に行きたくはないか?」
俺の返事は―、
「お断りします」
もしかしたら、万が一、よしんばですが、4年前の作品をご存じの方のために説明させていただくと―
そうです。4年前一章を書き終えて失踪した者です…。
今回久々に小説を書こうと思い立ち、リメイクといった形で新連載させていただこうかと思っています。
目標は失踪をしないこと、一点のみです!
最初は前作の内容を添削しながらの投稿になると思うので、高スパンで上げられると思いますが、書き溜め分を放出し尽くすと途端に間が空いたりすると思います…。
気長にお付き合いいただけたらと思います。