若き英雄の鍛錬 〜 グリズリーエリア
ウェリアン首都バンネル近郊にあるガリヴァー演習場は、ウェリアン共和国最大の演習場である。正式名は「マザラス軍アイザン地区第一演習場」であるが、通常このあだ名で呼ばれる。その名前は小人の国にて巨人となり、国を救ったという小説「ガリヴァー旅行記」の主人公の名に肖っている。つまり、この演習場で鍛え上げられ、巨人に喩えられる程の英雄に育て、という願いが込められているのだ。幹部候補生や特殊作戦班候補生である新兵(日本における防衛大学校に相当する)は、まず最初にこの演習場に送られる。そしてガリヴァー演習場中央施設にある複数の寮で生活を行う。寮の名前はアップル寮・バナナ寮・チョコレート寮・ドーナツ寮・エッグタルト寮と、アルファベット順にお菓子やフルーツの名前をモチーフにしたものになっている。格好悪いネーミングになっているのは意図的であり、潜在的に上官に対して馬鹿にされる瑕となっている。要するに「ヒヨッコ」ということである。所属する寮は筆記・実技試験や面接、配属希望などから統合的に決定される。いずれの寮も変わりなく優秀な人間ばかりなのだが、二つだけ突出して優秀な人間が振り分けられる「エリート中のエリートの寮」がある。それがアップル寮とバナナ寮である。この二つの寮に所属する者は全て特殊作戦班の候補生で、将来的に特に高い階級に配属される素質のある者が集められる。この二つの寮に所属する寮生に対しては、四ヶ月ごとに軍戦略や政治に関する筆記試験と、模擬作戦による実技試験が行われ、その成績と成長度合いなどから寮長一人と副寮長二人が選出される。その回数が多い者は四年後の卒業時配属において、希望する部署へ優先的に配属されるだけでなく、隊長候補としての特別な指導を受けることとなる。逆に成績が下位の者数名は、一年ごとに募集される転寮希望者(行われる転寮はアップル寮もしくはバナナ寮への転寮のみである)から選抜された者と入れ替わる形で追い出される。このような苛烈な生存競争を勝ち抜いた戦士のみで、最強の特殊作戦班は作られる。
そのアップル寮とバナナ寮に、四年次最終学期の時点で晴れて所属しているメンバーには大きなイベントが待っている。それが卒業記念二寮対抗型模擬戦闘訓練、通称「ファイナルコンバット」である。その舞台はガリヴァー演習場の西にある広大な野外演習場グリズリーエリアである。このエリアはブッシュ戦・ 近接戦・市街戦がバランス良く配置された演習場で、ファイナルコンバット以外でもウェリアン軍の訓練で用いられることが多くある。しかし寮生は例外である。選ばれし候補生だけが、事前に得られる情報が少ない中で実力を発揮するために、寮生がこのエリアで戦闘訓練を行うことはない。加えて入場することすらも許されない。それどころか、隣接するエリアへの入場も厳しく制限され、ごく稀に避けられぬ事情で通過する必要がある際にのみ隣接エリアへの立入りが許可されるだけだ。一大イベントであるファイナルコンバットでは、他の卒業生が観戦をするため、そして上官らが最後の審査を行うために、射撃禁止のカメラが大量に設置されていて、屋内運動場の大きなスクリーンにて生中継される。
ファイナルコンバットで輝かしい戦績を挙げれば高待遇が期待できる。その第一歩として、両チームは勝利をすることが大前提である。事実、これまで大将になった者は全てファイナルコンバット勝利寮で寮長を務めていた者である。故に、幹部候補生の新兵は何としてでも、ここで勝利を掴まなければならないのだ。