はじめに
一ヶ月前に私の母方の祖父が他界しました。何かと繁忙期であったため、バタバタとしながら葬式や役所手続きが進んでいったようですが、孫の私は落ち着いた日を過ごしていました。ある日、相続のために遺品整理をするということで、古物商の方が立ち会いの下で、祖父の私物が畳の上に並べられていきました。祖父は海外製のお洒落なインテリアが大好きで、海外旅行に行く度に日本では見ないようなデザインの家具やアイテムを買ってきました。祖母もそのような家具の配置に拘ることが大好きで、和風の家に住んでいながら、祖父母の部屋はいつも異国感に溢れていると幼少期から感じていました。祖母は六年前に亡くなり、祖父は目に見えて肩を落としていました。毎日のように二人で買った家具を絹布で磨き、いつみても埃一つついていませんでした。三年経った頃に体調を崩しがちになったのをきっかけに、一人では寂しいだろうと老人ホームに入居させました。何度か会いにいきましたが、友人と一緒に楽しそうに喋っており、その選択は正解だったと思います。
母は四人兄妹で、上から兄、姉、母、弟でした。母以外は全員東京へ行ってしまい、母も同じ県内ながら街中へ引っ越したため、実家には祖父母だけで住んでいました。とはいえ車で三十分ほど走れば行けますから、度々会いに行きました。父方の祖父母は揃って無口でいつも眉間に皺が寄っていて、おっかない印象がよく残っています(父も二人に似ています)。その違いもあって母方の祖父母が大好きで、中学生の頃には、ふと電車に乗って会いに行ったりもしていました。これだけ頻繁に会う孫は私だけでしたから、かなり可愛がられていたな、と今でも思います。
私が高校に入学した時です。制服が家に届いてすぐに袖を通しました。鏡に映る自分は中学の頃よりもずっと大人に見え、誰かに自慢したくなりました。
「ちょっと行ってくるわ」
とその格好のまま祖父母の家へ向かいました。帰った時には母に「幼稚園児じゃないんだから」と怒られてしまいましたが、やはり私は祖父母に見せたかったのです。
会うと祖父母は大変喜んでくれました。その時、祖父は祖母に和菓子とお茶の準備をするよう言い、いなくなったのを確認すると私を手招きし、祖父の部屋へ連れていきました。祖父は私に、
「その畳を外してみなさい」
と言って隅を指差しました。意味が分からず、そもそも畳の外し方など洋室のマンションで育った私は知りませんでしたから、
「え?」
と聞き返すと、
「箪笥の一番下の棚を持ち上げながら押したら隙間ができる」
と言われました。置かれていた箪笥は縁よりも棚が少し前面に出っ張っているデザインでした。言われた通り一番下の棚を少し持ち上げてグッと押すと、デザインと思い込んでいた出っ張りは閉め切られていなかっただけで、棚は奥へ入りました。あとで他の段も試しましたが、どうやら一番下だけが奥へ入る、ちょっとした仕掛け箪笥だったようです(若い頃の祖父は工作好きだったと母から聞いていますから、自分で改造したのかもしれません)。そして棚が入るとちょうど隠れていた部分に隙間があり、そこに手を入れることで畳を外すことができそうです。私は隣の畳へ移動し、指をかけてグッと力を入れました。すると、思っていたよりも畳は軽く、簡単に持ち上がりました。持ち上げた畳を見ると通常の畳の半分か、あるいはそれ以下の厚みで、どうやらこれも仕掛けだったようです。畳の下には床下を開けるための扉がありました。私は取手を取り出して、床下への扉を開けました。そこには木箱が入っていました。それを取ろうとしたとき、祖父は肩を叩いて止めました。
「今はここまで。何か困ったことがあれば、この木箱を開けるんだぞ」
そう言って扉を閉め、畳を元に戻したのでした。
今まですっかり忘れていたのですが、畳に並べられる異国のアイテムをみてるうちに急に思い出しました。そんな私の
「あっ」
という声に一同は反応し、祖父の部屋へ向かう私の後ろにみんながゾロゾロとついてきました。ついでに古物商のおじさんも。別に何かに困っていた訳ではないのですが、この機会ですから開けずにはいられなかったのです。私が箪笥の前に行くと伯母が
「そこならさっき全部中身を出したから、何もないよ」
と言ってきましたが、中身に用事なんてありません。一番下の棚をグッと持ち上げて押し込むと・・・やはり棚が奥に入り込みました。
「あら、まあ」
とみんな驚いていました。どうやらこの仕掛け箪笥を知っていたのは私だけだったようです。そして十年近く前の記憶の通り、畳を持ち上げると、例のごとく扉が見つかったのです。
「ええ、こんな場所があったなんて、知ってた?」
と不思議そうに顔を見合わせる母兄妹。そして扉を開けると、木箱が入っていました。
「なんだ、お宝か?」
と伯父が嬉しそうに声を上げました。私は高校時代の顛末を話し、木箱を開けたことがないことを告げると、
「そりゃ凄いものが入ってるかも」
と一族全員と古物商のおじさんが木箱をじっとみました。私は緊張で手を濡らしながらもその木箱を開けると・・・中には金色の腕時計が入っていました。文字盤に刻まれたロゴマークを見れば、誰もが知っている高級時計ブランドです。恐らく、海外旅行に行った際に記念として買ったのかもしれません。みんなは
「これはきっと頻繁に会いに行ってくれたお礼だから、ちゃんと受け取ったほうがいい」
と言ってくれたので、私がありがたく貰いました。とは言っても間違いなく高級な(時計は詳しくないですし、価値を知るのが怖いので検索すらしていませんので、正確な値段は分かりません)ものを着けて歩く気持ちになれず、とりあえず今は部屋の金庫に隠していますが。式典などの際につけようと思います。話は戻りますが、ひと盛り上がりしたあとに再度床下を見ると、一冊の本がありました。表紙には「OLIVER LILIAN WAR」と書かれています。中をパラパラと捲ると、埃とカビが混じったような臭いが立ち、ゴホッと咳き込んでしまいました。そして目に入ったのはアルファベット。どうやら英書のようです。私は大学で近代戦争について勉強していたため、第一次世界大戦以降の、特に戦争に関する歴史については人よりも詳しい自信があるのですが、オリヴァ・リリアン戦争というのは聞いたことがありません。きっと架空の戦争の小説かと思って中身を軽く読んでみたのですが、全てが地の文になっており、小説というよりも歴史書のような作りになっていました。従って非常に退屈で(あまり歴史書を読み慣れていなかったからかもしれませんが)、正直な話をすると、昼に読んでも寝落ちすることが何度かあったほどです。斜め読みの後、検索をかけたのですが、やはりそのような名前の戦争はありませんでしたし、そもそもストーリーに登場する国や地域も全て架空世界のようでした。それどころか作品の情報すら出てこず、奥付けもないため祖父がどこで手に入れたのかが全く分からない本なのです。
通常ならそれで終わりなのですが、この一連の話を大学の友人にした時、友人から「その本を読みたいけど、英語は読めない」と言われ、ぼちぼち翻訳していったのがこの作品になります。些細な情報でも構いません。この戦争あるいは作品について、何かご存じの方は、お気軽にご一報していただけると幸いです。
夜夢野ベル