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再会 ~魔王位継承者試験の日~

 久しぶりに会ったというのに、何も言わずに互いの顔を見ているだけだった。なぜなら変わりすぎていたからである。両方ともそうだった。ぎこちなく口を開いたのはサーキュラーであり、魔王のほうはじっと彼の顔を見ているだけだった。

「お前……だよな? そうだよな?」

 魔王はまだじっと彼のことを見ていたが、やっとこう言った。

「本物のサーキュラーか?」

「そうだよ、本物だって」

 言うとぷっとサーキュラーは吹き出した。それにつられて魔王のほうも笑い出した。屈託なくげらげら笑った後に二人ともこう言いあった。

「なんだその格好」

「お前こそテンペストの制服じゃん。すげえな」

 どちらもまだハイスクール時代の話である。サーキュラーは地元の公立校の制服でグレーのブレザーと紺ズボン、それにネクタイであった。しかし靴のかかとは踏み潰されており、ブレザーの前は止まっておらず、ネクタイも結ばずに中途半端に首にぶら下がっていた。中に着ている学校指定のシャツも裾が出ている。髪はそれに見合うロングの金髪だったが、この金髪は自前だった。ただし長さは校則違反である。

 一方の魔王のほうは黒の詰襟をきちっと着込み、磨いた革靴を履いていた。彼の通っている私学は服装規定に髪型はないので、紺色の髪だけは長く、腰まであった。だがそれ以外はどこにも非の打ち所がない優等生スタイルであった。

「叔父上に聞いても連絡先を教えてくれなくてな」

「あー、悪い悪い」

 二人はその辺にある植え込みの縁石に座った。目の前を通行人が足早に過ぎていく。通りの向かい側には軽食の屋台が数台並び、彼らの小遣いでも買える額で様々なものを売っていた。

「うちリコンしちまったからさ、お前の一族と連絡しちゃ駄目なんだよ」

「そうなのか?」

 魔王が意外そうに手帳から顔を上げた。エレメンタリー卒業後に行方知れずになってしまったサーキュラーの連絡先をメモしていたのだった。そーそー、とサーキュラーが話を続ける。サーキュラーもポケットの中にあった紙切れに魔王の連絡先を書き込んでいた。なくすなよ、という魔王の小言つきである。

「相続とか血統とかなんかいろいろあってよ、俺、竜族に入れてもらえないことなってさ」

「えっ?」

 ありえない、という表情の魔王に対して、サーキュラーは教えてもらった大人同士の内輪話をばらした。

「俺、おふくろのほうが強く出ちゃったから登録が金蜘蛛になってんだよ。それで竜族には数えられないって話になった」

 ここらで尻が冷えてきたので二人とも縁石から立ち上がった。そのままぶらぶらと歩き、反対側にある屋台で適当なものを買い食いする。魔王はその中で一番安かったピタサンドを買い、サーキュラーは少し考えた後、鶏肉の串を買った。

「んで、お前の一族と縁切りになった」

 もぐもぐとピタサンドをかじりながら、魔王がぽつっと言った。

「理不尽だろう、それ」

 あっさりとサーキュラーが答える。

「しょーがねえよ。おふくろも無理って言ってたし。そんでおふくろの地元に帰った」

 串をそこらに投げ捨てたので魔王が文句を言うと、サーキュラーは拾って目についたゴミ箱に入れた。ピタサンドを包んでいた紙を丸めて、魔王がそれをゴミ箱に投げ入れる。すると彼らに声をかけてきた一群がいた。

「サーキュラーじゃねえか」

「そいつだれだ」

 サーキュラーと同じ制服を着て、同じようにだらしないスタイルの一群であった。ああ、とサーキュラーが答える。

「いとこだ、いとこ。さっきそこで会ったんだ」

 ふーん、と彼らは魔王のことをじろじろと見た。軟弱そうに見えたのだろう、明らかに馬鹿にした口調で魔王に話しかけてきた。

「テンペストの制服かよ。金持ちだな」

「俺達にもおごれよ。サーキュラーにもおごってやったんだろ」

 おい、やめろ、とサーキュラーが止めるが、彼らは耳を貸さなかった。

「俺はあのドリンクとのセットでいいからよ」

「あっちの肉揚げ買ってくれよ、なあ」

 魔王は彼らを一瞥して、サーキュラーにたずねた。

「友達なのか?」

 そうそう、とたかっていた連中が答えたが、彼はこう切り捨てた。

「お前達に聞いていない。サーキュラーに聞いている」

「はあ? えらそうだなてめえ」

 そういう声が聞こえたが魔王は無視した。サーキュラーは仕方なく答えた。

「友達っていうかクラスのやつらだ。バカなんで許してやってくれよ」

「確かに馬鹿そうだな」

 そのうちの一人が殴りかかろうとした。が、魔王はその眼前で財布を取り出した。黒革の財布である。

「なんだよ、いいやつじゃん」

「そうでなきゃな」

 それから財布を開いて中を見た。たかっていた連中全員がまわりに集まる。対してサーキュラーは魔王から大慌てで飛びのいて離れた。

「悪いな。入っていない」

 言った瞬間に彼の周りにいた連中全部が地面になぎ倒された。魔王は何事もなかったかのように財布をしまうと、そっと近寄ってきたサーキュラーに言った。

「あまりいい友達じゃない。付き合うな」

「……そうするよ」

 サーキュラーの目には魔王が彼らを引き寄せ、隠していたドラゴンテイルで全員を一撃にしたのが見えていた。これだから、と彼は心の中でため息をついた。

「全然変わってねえな」

「そんなことはないぞ」

 真顔であった。その顔のまま、魔王は言った。

「なんでこんな奴等と一緒にいる」

「こんなのしかいねえ。お前とは世界が違うんだ」

 そうなのか、と魔王はサーキュラーの顔を見た。

「じゃあ戻ってこい」

「簡単に言うな。縁切りされてるんだぞ」

 そうか、と魔王は言った。何か考えているようであった。

「叔母上は試験のことを知っているのか」

 彼は話を変えた。知っている、とサーキュラーは答えた。

「一応受けろってさ。金蜘蛛じゃ女の世話して終わりだからな。俺はそれでも別にいいと言ったら、金蜘蛛で通知が来たのは俺が初めてだから、受けないともったいないとか抜かしてた」

「そうなのか」

 金蜘蛛は強力な女系社会で、男は女よりずっと低い地位に置かれる。しかも一妻多夫制をとっていた。そのため男は若いうちに結婚をし、他の男達とともに妻の世話に明け暮れることになる。

「筆記はパーフェクトだったみたいだな。当たり前か」

 彼が言うとサーキュラーこそ、と魔王は言った。

「実技で一番を取っていただろう。発表を見てきたぞ。お前がなっても不思議じゃない」

「俺はいいや。お前にやる」

「私もいらん」

 ここで彼は少し考え込むような表情になった。

「だが、魔王になれば理不尽はないかもしれんな」

 じゃあな、と彼らはそこで別れた。魔王が立ち去った後に、サーキュラーは倒れている同級生達を助け起こした。

「バカ強ええな」

「全員一撃かよ。ふざけんな」

 まあな、と彼は答える。それでも手際よく倒れている全員を起こし、立ち上がらせた。

「なんだよ、あいつ」

 一人が文句を言うと彼は言った。

「竜族だからな。しょうがねえよ」

 驚いたように文句を言った少年が彼の顔を見た。

「竜族? マジか?」

「そっ。まず勝てねえよ」

 え、と他の少年が言う。

「お前のイトコだろ。金蜘蛛じゃねえの」

 サーキュラーは彼らより頭ひとつ分だけ背が高かった。なので囲まれると彼らを見下ろす感じになった。

「そうだよ。俺、半竜なんだよ。ていうか見て分かれよ。テンペストなんか竜族くらいしか行けねえから」

 まあそうだな、という空気が少年達の間に流れる。サーキュラーは彼らの先頭に立つと通りを歩き出した。

「仕返しとか無理だかんな。絶対やるなよ。人数いたって無理だ」

「なんでだよ」

 起き上がってからずっと無表情だった少年が言った。彼は自校ではまあまあの強者として知られていた。それが不意を突かれたとはいえ一撃である。プライドが傷ついたのであった。

「あいつ次の魔王候補だぞ。ああ見えて俺よりケンカ強いし、真面目なのはガワだけだ。俺、あいつに勝ったことねえんだよ」

 話を聞いていた少年達は一斉にサーキュラーの顔を見た。それほど驚いたのであった。まさか、という声が上がったが、そのうち一人が気づいた。

「そういやサーキュラー、お前今日試験だって言ってたよな。それってもしかして……」

 この時期の試験は進学塾の模試くらいしかやっていない。サーキュラーがそんなものを受けるわけがないから、この少年は彼が試験を受けると聞いて少し不思議に思っていたのだった。

 そう、と彼はこともなげに答えた。

「魔王位継承者試験だ。あいつ筆記でパーフェクトだったらしいな。ついていけねえよ」

 先ほどよりも大きな驚きの声が上がった。

「サーキュラー、お前魔王になるのか?」

「マジかよ。オマエそんな大物だったのかよ」

 ないない、と彼は右手を振った。

「通知が来たから受けただけだ。無理だしやる気もねえよ」

 だがあのいとこなら魔王になれるだろうと彼は思った。帰ったらあいつに連絡しよう、彼はそう考えながら少年達を率いて通りを歩いていった。

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