~サンダーの場合~ チャラ男にしか見えません
部屋に入ってきた若い面接官を見て、サンダーは思わず言ってしまった。
「うっわ、チャラ男だ」
最終面接ということで、この室内にいるのはサンダー一人だけである。面接官は金髪をした細身の美青年であり、サンダーと同じくらいの年恰好であった。彼は正面の椅子に座るとじろりと彼女のほうを見た。
「いろいろ言われているのは知っているが、正面切って言われたのは初めてだ」
「す、すみません」
小声のつもりだったがしっかり聞こえていたらしい。まあいい、と相手は手持ちの書類に目を通し、こう名乗った。
「面接官のサーキュラー・ネフィラ・クラヴァータだ。魔王軍統括総司令を務めている」
「サンダーです。よろしくお願いします」
特に言うこともないので、彼女はそうとだけ言った。相手は書類をぺらぺらとめくりながらこう聞いてきた。
「二つ名はあるか」
いきなり理解できない質問が来た。仕方ないので彼女は若い面接官に聞き返した。
「二つ名ってなんですか」
おや、という感じで相手は彼女を見た。
「水獄のワンダとか、紅炎のファイだとか、そんなのだ。なければいい」
「……ないです」
なんだか物騒な質問で、求職先を間違ったかもしれないとサンダーは思った。しかし何でもいいから早く仕事を見つけないと、購入した洋服代等滞っている各種支払いでこのままでは破産するしかない。探しに探した情報の中で一番給料が高く、支払いが迅速で安定した職場がここだった。仕事内容は何かよく分からなかったが、彼女は情報誌にあった「急募・魔王軍幹部候補生」の記事を見て応募したのである。職歴・学歴不問の記載も大きかった。
「前職はフォークローバーか。珍しいな。警備か」
フォークローバー社は衣料品の総合商社である。卸のほかに店舗を構えて小売もしており、自前で警備や清掃の部署を持っていた。
「いえ、販売です」
この時相手は初めて顔を上げて、彼女のことをしっかりと見た。
「販売?」
「はい。ブルーローズとかああいったブランドの販売をしていました」
相手は信じられない、という表情をした。彼女に武術の経験は、とたずねる。
「ありません」
何かを間違ったのが分かったので、サンダーは正直に答えた。サーキュラーと名乗った面接官は持っていた書類から一枚の紙を抜き出し、彼女の顔と見比べた。
「……実戦閾値が高いのか。だから残ったんだな」
この頃にはもう失敗だと思っていたので、サンダーは彼が着ている軍服の生地やついている数々の勲章、それに凝り倒したボタンのつくりなどを近くでよく眺めていた。
(この服高いなあ。自分で買うのかな、それとも支給かな)
買うといくらぐらいになるのか考えていると、こんな質問がきた。
「まったく荒事の経験がないようだが、なんでここを受けようと思った? 別に怒らん、言ってみろ」
サンダーは相手の顔を見た。もう落ちるのは確定だし目の前にいるのはチャラ男である。なので素直に答えた。
「学歴、職歴不問でお金がよかったので。違っているようなのでもう帰ります」
「いや」
席を立とうとした彼女を相手は引き止めた。続けて質問がくる。
「なんで前の仕事を辞めた」
彼女は座り直した。思い出すと腹が立ってきたのでぶちまけることにしたのだった。
「お客さんにストーカーされて追いかけられました」
「それで」
「帰り道まで追いかけてきたので、電撃で追い返しました」
ふむ、と相手は先をうながした。興味があるようだった。
「そしたら入院しちゃって、店長に怒られたんです。触られたぐらいでなんだって言われて……」
「……で?」
サンダーはため息をついた。
「うっかり店長もやっちゃって、クビになりました。弱電のはずだったんですけど」
ついでに彼女はこの時に、説教に来た広域マネージャーと営業も電撃で病院送りにした。同時に三人を病院送りにしたため、彼女は職を失ったのであった。
「全然戦闘経験はないんだな」
「ありません」
念押しするように相手は言い、彼女にさっきから見ていた一枚の紙を見せた。
「実技試験があっただろう。あれの成績は応募者中でダントツで一番だ」
「え?」
手にしていた書類を広げ、面接官は言った。
「精度、射程ともに申し分ない。ポテンシャルも充分だ。だからてっきりどこかで傭兵でもやっていたかと思ったが、違うようだな。計測量のわりに少しパワーが足りないんだが、未経験者ならば納得だ」
若い面接官は立ち上がり、広い室内を歩いて彼女と少し距離を取った。
「さっき話していたそれ、撃ってみろ」
「えっ?」
サンダーはぽかんとしてしまった。
「いいんですか? ていうか怪我しますよ?」
「大丈夫だ。やってみろ」
彼女は椅子から立ち上がり、両手の間に雷球を呼び出した。独特だな、という感想が聞こえた。
「本当にいいんですか」
「かまわん。やれ」
やれと言うから、と言い訳しながらサンダーはその雷球を相手にぶつけた。絶対にまた怪我人が出る、そう彼女は思ったが、予想に反して相手はその雷球を片手で受け止め、消してしまった。
「えっ?」
なるほど、という顔で相手は言った。
「まあまあだ。今度は全力で頼む」
涼しい顔で言われたのがなんとなく気に触り、彼女は本気で雷球を作りにかかった。チャラ男のくせに生意気である。
「いきますよ」
「おう」
返事もむかついた。返事を聞くのと同時に彼女は数十個の雷球を相手に降らせた。すさまじい音がして黒煙が上がり、室内は何も見えなくなった。
(やばい)
やりすぎてしまったかもしれない。もしかしたら死んだかも、彼女はそう思ったが黒煙の中から声が聞こえた。
「なんだ、やるじゃねえか」
煙が晴れると相手は何ということもなくその場に立っていた。サンダーは驚くと同時にへなへなとその場に座り込んでしまった。
「なんで?」
にっ、と相手は笑った。
「採用だ、ド新人。度胸もいいしカンもいい。なかなか面白いヤツを拾った」
そう言うと面接官は右手を出し、へたりこんでいる彼女を引っ張り上げた。思ったより紳士的であった。
「これから一年間は研修だ。その後は俺の下に配属になる。分かったな、ド新人」
「えっ」
サンダーは改めて相手の顔を見た。面白そうに相手は言った。
「研修はきついからな。頑張れよ」
「あっ……はい……」
その時、分厚いドアをノックする音がした。入れ、と面接官が言うと、下士官らしき人間が一人、室内に入ってきた。
「失礼します、クラヴァータ閣下。先ほどものすごい音がしましたが、何かありましたか」
落ち着き払った態度で面接官は言った。
「新人のテストだ。気にするな」
「承知しました」
うやうやしく一礼をして、訪問者は帰っていった。サンダーは思わず「閣下?」と言ってしまった。
「俺の自己紹介をなんにも聞いていなかったな」
ややあきれたように相手は言った。
「魔王軍統括総司令サーキュラー・ネフィラ・クラヴァータだ。上役の役職と名前くらい覚えておけ」
「はい」
おとなしく返事をする彼女に彼はこう追い討ちをかけた。
「チャラ男じゃないからな。しっかり覚えろよ」
どうも見透かされていたようであった。そんな風にしか見えない、と彼女は心の中で反論したがまったくの無駄であった。