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~ワンダの事情~ 二人とも空気を読みなさい

魔王軍統括総司令部には全員が揃っており、セラフィムは大量の書類と菓子の入ったバスケットを持ってその部屋のドアを叩いた。

「入れ」

 返事があり、彼はうやうやしく一礼をすると室内に足を踏み入れた。書類の束をサーキュラーの座る巨大な机に置き、バスケットはその正面に集まっている四大将軍らの前で中身を広げた。

「姫からみなさんへの差し入れです」

 ガタガタと椅子が引かれて四大将軍達が立ち上がる。入っていたのはパウンドケーキだった。やった、と声を上げて皆が取りに来る。女性ばかりだから賑やかであった。

「セラ」

 椅子に座ったままサーキュラーは声をかけた。なんでしょう、とセラフィムが答える。

「なんでそいつらには食い物で俺には紙切れなんだよ」

 つまらなそうな顔でサーキュラーは書類の束を見ていた。結構な量で、それらはどれにも「至急」の判がついてあった。

「だってサーキュラーさん、お菓子食べませんよね」

「そうだけどよ」

 セラフィムはバスケットの底に瓶詰めがあったのを思い出してそれを取り出した。食堂から預かったのである。

「そういえばこれをサーキュラーさんにって、食堂のおばちゃんから頼まれました。どうぞ」

 サーキュラーはがっくりしたようだった。

「食堂のおばちゃん……」

 そう言いながら彼はその瓶詰めを受け取り、ふたを開けて中を覗き込んだ。中身を見ておや、という顔になる。いりますか、とセラフィムはバスケットをごそごそやってフォークを取り出した。

「なんだこれ。こんなのあるのか」

「田舎から取り寄せたそうです。お好きなら作るって言ってましたよ」

 サーキュラーがフォークで瓶の中からつつきだしたのはイナゴの佃煮であった。四大将軍達はそれを見てぎょっとした顔になった。

「あの、司令。分かってはいるのですが……」

「なんだよ」

 グランデが言うのもかまわずに、サーキュラーはイナゴを口に放り込んだ。サンダーが青くなる。

「ここではちょっと……」

「うるせえ」

 ぼりぼりと音を立てて、サーキュラーは二匹目のイナゴを噛み砕いた。

「サーキュラーちゃん、本気でやめて欲しいんだけど」

 ワンダが言っても聞きもせず、彼は三匹目を口に入れた。

「お前らまでそう言うのかよ。けどうまいな、これ」

 無言でファイが横を向いた。セラフィムが困った顔をする。

「あの、皆さんそう言ってますし、続きは部屋に戻ってからでも……」

「知ってるか、セラ」

 少し食べてとりあえず満足したらしく、サーキュラーは瓶のふたを閉め、フォークを置いた。四大将軍達がほっとする。

「俺、ここ来ると食堂があるのに食うもんないんだよ。お前だって鶏とカエルしか用意しなかったじゃねえか」

「はあ、すみません」

 サーキュラーはセラフィムにこうも言った。食事の話というのは誰にとっても切実である。

「他に何かあるなら何でもいいから来る時は用意してくれっておばちゃんに言ってくれよ。虫系のやつな」

「蜂の子とザザ虫があるって言ってましたよ。見てないのでよく分かりませんが」

「じゃあそれでいい。頼む」

「分かりました」

 セラフィムはバスケットを回収し、部屋を出て行こうとした。そのバスケットの正面にはワンダが座っていた。なんとなくセラフィムは、以前から思っていたことを口に出してしまった。大仕事が終わって気が緩んでいたのかもしれない。

「あの、ワンダさん」

「何かしら」

「その格好、寒くないんですか」

 水精将ワンダの服装は体の線が見える薄いぴったりした服に短いスカート、それに脚の線を強調するタイツとブーツである。戦闘時にはこれに小さくて薄い甲冑がつく。いつでもそんな服装だったのでセラフィムはずっと疑問だったのであった。

「無粋ねえ。好きでこの格好だからいいのよ」

 ワンダは少し機嫌を悪くしたようであった。そういえば、と彼女は言い出した。何か思い出したようであった。

「前も誰かに同じようなこと聞かれたのよね。なんかむかつく言い方だったわ」

 セラフィムも思い出したことがあった。ずっと以前のことである。

「わたくしも以前、誰か若い女性に同じようなことを聞いた気がします。ずいぶんと前ですが……」

 そしてお互いの顔を見た。

「雪の日だったわ」

「そうです。吹雪いてました」

「川沿いでバカみたいに寒かったのよ。なのにあんな格好で来たやつにあんなこと言われて……」

「あれ、制服で脱げないんです」

 あっ、という間抜けな声が響いたのはその一秒後のことである。

「水獄のワンダって、あなただったんですか?」

「天軍長が来るなんて聞いてないわよ! 話が違うじゃない!」

 なんだなんだ、と他の者達は二人の会話に聞き入った。ワンダは怒りまくっている。思い出し怒りであった。

「だいたいあんな日にうすもの一枚ではだしにサンダル履きなんてバカじゃないの? しかも電飾ギラギラで威嚇しまくって、何コイツと思ったわよ。言うことは失礼だし」

「あれ、寒かったんですよ」

 セラフィムは困ったように言った。

「あの服すごく寒いんです。ですが規則で脱げないんですよ。上に着るのも駄目だし足元も変えたらいけないんです。ワンダさん、ブーツだったでしょう。羨ましかったですよ。それで聞いたんです」

「じゃああの電飾は?」

「仕方がないのであれで暖を取ってました。直接火を呼べないのであれしか方法がないんです」

 ワンダは不満そうだったが黙った。さっきから話を聞いていたサーキュラーが言った。

「吹雪の日で天軍と魔王軍って、もしかしてそれ、テーゼ川の戦いか?」

 そうです、とセラフィムが答えた。ワンダもうなずく。

「それ教科書に載ってるやつだ。じゃ、ワンダ負けたの?」

 嬉しそうにサンダーが聞いてくる。対するワンダは不機嫌だった。

「こてんぱんにやられたわよ。まさか天軍長クラスがくるなんて思ってないもの」

 セラフィムはバスケットを持ったまま、こう言った。

「兵士達がみんな腑抜けのようになって戻ってくるので、仕方なくわたくしが行ったんです。これ以上損害を出せないので」

 しかし、とセラフィムは言った。

「ああいう攻撃は後にも先にも初めてです」

「正体を知っていたら普通はしないと思うわ。まず引っかからないもの」

 セラフィムはワンダを見た。

「そうですか」

「そうよ」

 さっきから二人の様子を見ていたサーキュラーが言った。ふと疑問が湧いてきたのである。

「ワンダって俺がここに来た時はもう将軍だったよな。セラはともかく、お前いったい何歳なんだ?」

「サーキュラーちゃん! そういうことは言ったらいけないのよ!」

 失礼します、とセラフィムはバスケットを持ち頭を下げて、魔王軍統括総司令部の部屋を出た。色々あったが黙っていよう、そう思ったのであった。

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