公女陥落
公女主催のお茶会が始まった。
総勢三十名が集うお茶会。
各テーブルに十名ずつが座り、公女のテーブルにメグルカとフィリアの席があった。
自身のテーブルのメンバーについて、アレイラはある考えをもって選んだ。
メグルカに否定的な意見を言った女子生徒とメグルカに好意的な印象を持つ女子生徒をそれぞれ、メグルカを除いて九名を対面させる形で席を設けたのだ。
メグルカが座る側の席の並びにメグルカに好意的な女子生徒が座り、そこには当然フィリアの姿もあった。
当たり障りない会話をし、モルモアのお菓子やお茶を一頻り楽しんだ後にアレイラが皆に話題を振った。
「今日はお茶を楽しみながら皆さんの率直なご意見をお聞きしたいと思っていたの。これからの時代、女性の社会進出についてどうお考えなのか……」
アレイラは柔和な笑みを浮かべながら皆に話題を振る。
女子生徒たちは互いを見遣り、他の者の反応を窺う。
メグルカの反対側の席に座る(つまりアンチメグルカ)女子生徒が我先にと口を開いた。
「さすがは公女様。職業婦人が増えつつある昨今、私たち女性のこれからの在り方を重要視していらっしゃるのですね!」
意見というよりは“おべっか”である。
アレイラは立場的にそんなものには慣れているのもあり、敢えて反応を示すこともなく笑顔を返していた。
すると次はメグルカ側の席に座る……つまりはメグルカに好意を持つ女子生徒が意見を述べた。
「私は貴族の生まれですので、卒業後は父の決めた貴族男性と結婚するという選択しかございません。ですので女性の社会進出とは縁遠い立場にありますわ。ですが国に仕え、領地領民を守る夫を支えることで社会貢献をしていると考えておりますの」
「なるほど、それも考え方の一つですわね」
アレイラにしてみれば自分が表に出て働きたいタイプなのでその女子生徒の考えには賛同は致しかねる…だが、自分の考えと違うからと相手の意見を否定してはならぬと教育されてきたのもあり、その女子生徒の意見に肯定的に返した。
次にフィリアが自分の意見を口にする。
「私は卒業後はバリバリと働きたいです。せっかく魔法や魔術の勉強をしたのですから、それを活かせる職に就いて自分のためにバリバリ稼ぎたいです」
「それは確かにそうよね」
アレイラは大いに頷いた。
対してアンチメグルカ派(いつの間にそんな派閥が)の女子生徒がこれみよがしに言う。
「でも、フィリアのお友達は卒業後はすぐに優秀な婚約者に寄生するべく結婚するそうじゃない?我が家の親戚が教会に勤めているけど、エルンスト家とスミス家の挙式の予約が入っていると言っていたわ」
それを聞き、皆がざわりとする。
アレイラも眉をぴくりとさせメグルカを見た。
メグルカは意に介する様子もなくモルモア産の紅茶を楽しんでいた。
今の発言に対し、異を唱えたのはフィリアである。
「教会の関係者が顧客の情報を外部に漏らすなんて大問題じゃない?当然、雇用契約書に守秘義務について明記してあるはずだけど、これって明らかに職務規定違反でしょう。メグルカ、顧客の個人情報を漏洩する職員がいると教会に抗議するべきだわ」
自らの発言によりそのような事態になると考えていなかったらしい女子生徒が慌てふためく。
「な、なによっ……そんな大袈裟に捕えなくてもいいじゃないっ……そ、それよりも問題なのはスミスさんがエルンストさんに結婚を迫っていることよっ……」
───ほほぅ
アレイラは女子生徒の言葉を聞き、メグルカに視線を巡らせる。
アンチメグルカの他の女子生徒たちがここぞとばかりに口々に不満を口にする。
「そうよ。幼い頃からの婚約者ってだけで彼を縛って。捨てられないようにさっさと籍をいれようなんて厚かましいわっ……!」
「エルンストさんならもっと高貴な素晴らしい女性とだって結ばれることが出来るのに」
アンチメグルカ派が次々に繰り出す発言に、アレイラは心の中で深く頷いた。
───そうね、それはわたくしも思うわ。
幼い頃に結んだ婚約なら彼の意思ではなかっただろうし、お互いのためにも一度考え直していいと思うわ。
そして女子生徒たちはメグルカが黙っているのをいいことにどんどん調子ついてゆく。
「エルンストさんを解放するべきだわ……!」
「ハイスペのイケメン男子を一度市場に出して公平に競り合いましょうよっ」
それに対し、メグルカ側の席の女子生徒たちがメグルカを擁護する。
「ちょっとあなたたち、いくらなんでも言い過ぎだわっ」
「そうよそうよ。もしメグルカとの婚約が解消されたとしてもあなた達が選ばれるなんて天と地がひっくり返ってもないんだからね!」
「なんですってっ?」
「あら、本当のことを言ったまでですけどぉ?」
場が荒れてきた様子をアレイラは達観して眺めていた。
注視するのはメグルカのみである。
───メグルカ・スミス。だんまりを決めているけど、それは敢えてなのかしら?
それにしてもメグルカ・スミスを良く思っていない女子生徒たちの意見って、前々から思っていたけれどただの妬みではなくて?
自分たちが横恋慕するレイター・エルンストの婚約者であることが羨ましくて妬ましくて、彼女のせいで自分が相手にされていないと決めつけているだけではないかしら……?
まぁ、たしかにレイター相手なら盲目的にそう思っても仕方ないけれど……え、……ちょっと待って?いやだわ、こんなことを考えている自体わたくしも彼女たちも同じでは……?
アレイラは心の中でそうツラツラと自問自答し、頭を抱え込んでいる最中、ヒートアップしたアンチメグルカの女子生徒がこう言い放つ。
「なによ!スミスさんなんてなんの努力もしないで婚約者になれたくせに!まさに棚からぼた餅じゃない!」
とある女子生徒が放ったその言葉に対し、今まで平然とお茶を飲んでいたメグルカがはじめて反応を示した。
「なんの努力もしていない……?」
「そ、そうよっ……私は一年からずっと同じ委員で彼と接していたの!そしてどんどん彼を好きになっていって……エルンストさんと同じクラスになりたくて必死に勉強をしてようやく三年生でAクラス入りができたわっ……!そんな努力を重ねるほど、私の方がよっぽど彼のことが好きなのに!ねぇ、親が決めたというだけなら彼を自由にしてよっ……」
女子生徒はこの場が最大のチャンスとばかりに必死な形相でメグルカに詰め寄った。
目に涙を浮かべながらも鋭い眼差しをメグルカに向ける。
だけど急に何かを感じたらしく、
「ひゃっ!?」と小さく悲鳴を上げて背中を気にし出した。
その様子を眺め、アレイラは思った。
───彼女も背中部分の下着の金具がちくりとしたのかしら……?
メグルカは手にしていたカップを静かにソーサーに戻し、しきりに背中を気にする女子生徒に告げた。
「……私がなんの努力もしていないと、どうしてそれがあなたにわかるの?」
「え?」
「確かにAクラス入りを果たしたあなたはとても凄いと思うわ。でもそれでなぜ私が努力していないと言えるの?」
「だって……あなたはずっとBクラスのままで……それって婚約者だからって甘えがあるからじゃ……」
「学校の成績だけで、彼の婚約者でいる努力を何もしていないということにはならないと思うのだけれど」
「そ、それじゃあ他に何を努力するって言うのっ?あなたは何をしていると言うのよっ……?」
「私は、魔法学校に入学するずっと以前から、レイの隣に立つに相応しい人間になれるように努力してきたの。それは勉強だけじゃないわ。心身共に健康で美しくなれるように体力づくりや美容に気を遣い、所作やマナーやダンスレッスンや習字などで教養も身につけた。そして彼に美味しいものを沢山食べさせてあげたくて料理の勉強や快適に過ごしてほしくて家政の勉強もしているの。一日は二十四時間しかないのよ、勉強だけをしていてはそれらのことは学べないわ」
今まで公言していなかったので彼女たちが知る由もなかったのは仕方ないが、メグルカのひとかたならぬ陰の努力を聞き表情が強ばった。
それを見てメグルカはため息をひとつ吐く。
「……何もそれをひけらかしたいわけでも、あなた達に同じことを強要しているわけでもないの。だけどよく知りもしないで決めつけて人を判断するのは良くないことだと私は思うわ」
そしてメグルカは対面する席に座る女子生徒たちをしっかりと見据え、毅然としたもの言いで告げる。
「私がレイに相応しいかどうか、それを決めるのは部外者のあなた達でないわ。私とレイ、二人の問題よ。でもたとえレイ本人に相応しくないと言われたとしても、彼に認めて貰えるように更に努力を重ねるだけのことだわ」
メグルカの意思を聞き、女子生徒たちは押し黙る。
次にメグルカは自分の方がレイターへの想いが強いと言った女子生徒に言った。
「……人の想いの深さは誰にも分からないものよ。だからそれを推し量るようなことはしないし、あなたの想いを否定するつもりはないわ。だけど、私にもレイと過ごした時間の分だけ大切に育んできた愛情があるの。それを軽く見られることだけは我慢ならないわ」
メグルカは怒りを顕にしているわけではない。
相手を責め立てて攻撃しているわけでもない、ただ淡々と自らの考えを口にしているだけであった。
それでもメグルカのその言葉は、女子生徒たちを黙らせるには充分な強い信念のようなものを感じさせた。
公女のテーブルに沈黙が訪れる。
途端に黙り込み、所在なさげにする者や太刀打ち出来ない悔しさに俯いて唇を噛む者がいる中で、アレイラのあっけらかんとした声が唐突に響いた。
「あぁ……もう、わかりましたわ!理解いたしました!どちらの意見が本当の貴女を現したものであったのか。メグルカ・スミスさん、わたくしは貴女の人となりを公平に判断すると言いながら、妬み嫉みで染まった色眼鏡で見ていたことを深く反省し、謝罪いたしますわ!」
突然のアレイラの発言にメグルカは驚く。
「公女さま……?」
そんなメグルカにアレイラは問いかける。
「わたくしがレイターに卒業後は我が国に来て欲しいと口説いているのはご存知?」
「え、ええ……噂で、ですけれど……」
「正直に申し上げると、それは優秀な人材をスカウトしたい思いが半分と有能な殿方を伴侶にゲットしたいという私的な想いとが両方あったの。そして貴女の悪い噂を耳にして、噂通りの悪女ならこのわたくしが鉄槌を食らわし、レイターを救い出さねばなんて密かに考えていたのよ」
「そ、そうですか……」
スカウトか誘惑か。そのどちらかであろうとは予測していたが、それを敢えて公女に面と向かって告げられてしまってはそう返すほかない。
「でもわたくしが愚かで浅慮であったことに気が付きました。貴女はしっかりとした自分の考えを持つ自立した素晴らしい女性よ」
「あ、ありがとうございます……?」
「あぁ~良かったわ!一歩間違えればわたくしもかつて婚約者を奪ったバカ令嬢と同じ轍を踏むところでしたわっ……メグルカ・スミスさん、そうならずに済んで、貴女が素晴らし女性であったことに心より感謝いたしますわ!」
「え、あ、ありがとうございます……?」
アレイラの勢いに気圧され、そして彼女の言葉の意味を理解できずにたじろぐメグルカを尻目に、フィリアが調子付いて公女に告げる。
「公女様、メグルカは努力家なだけではないのです。その努力はきちんと実を結び多方面で高く評価されているのですよ!」
アレイラはそれを聞き、表情を明るくした。
「そうであってよかったわ!それだけ努力を重ねた人が報われないなんてあってはならないことだもの。でもそんな彼女が卒業後はすぐに家庭に入ってしまうのは少しだけ勿体ないと思ってしまうわ」
フィリアは大きく頷いた。
「それは私も思います。なんたってメグルカは、あのアドリフ教授に認められ、卒業後は研究室にて助手をと懇願されるほど教授に気に入られた優秀な生徒なんですから」
「ちょっと待って……?今、アドリフ教授と仰った?あの、魔法力学の第一人者の……?」
「そうなんです。メグルカが書いた、術を用いてプリンの角に頭をぶつけてもプリンが崩れない法則の論文を読んだアドリフ教授がメグルカに惚れ込んじゃって……!メグルカを研究室に引き入れたい教授と、それを阻止したい婚約者のエルンストさんとで一時、一触即発の危うい空気が流れたことがあったんですよ~」
「アドリフ教授といえば偏屈で人間嫌いで有名な変人ですわよね?その教授にそこまで見込まれているなんて……!こ、これはもしかしてメグルカさんを手中に収めれば教授をモルモアに引っ張ってくることも可能なのではないかしらっ……!?」
設立を目指すモルモア魔術学校を魔法学に特化した特色をつけたいアレイラの目の色が変わった。
完全にアンチメグルカの女子生徒たちは放置である。
アレイラはメグルカに向かって告げた。
「アドリフ教授とお会いしたいと何度もアポを取っているのだけれど。教授は持病の“小鼻ムズムズ病”のせいで会えないと断られてしまったの……」
「あぁ……そのありもしない持病を騙るのは教授が面会を拒否するためによく使う手ですね……」
メグルカがまたかと嘆息すると、必死な形相のアレイラに手を握られて懇願された。
「お願いメグルカさん!わたくしをアドリフ教授に引き合わせて欲しいのっ!何ならメグルカさん、貴女を餌にしたら教授をモルモアに誘き寄せられるんじゃないかしらっ?」
「え、えぇっ……?」
口利きをして教授に引き合わせるのともかく、餌にされて誘き寄せるとは穏やかではない言葉が飛び出した。
困惑するメグルカだが、その時よく聞き知った声が耳に届く。
「……公女様に二時間ほど経過したら会場に来ても良いと言われていたので婚約者を迎えに伺ったわけですが……何やら今、聞き捨てならない話が聞こえてきましたが?」
「……レイ」
眉間に皺を寄せたレイターがお茶会の会場に姿を表した。
そろそろラスト!




