公女の案内役 朝のお出迎え
「おはようございます。公女様」
「公女様、おはようございます」
モルモア公国公女アレイラがハイラント魔法学校の視察に入り、早や三日が過ぎていた。
事前に話されていた通り、生徒を代表してアレイラ公女の案内役を任された三年生のレイターと生徒会長(女子生徒)は視察中は付きっきりで公女の側に侍っている状態になっている。
朝、生徒たちと同じ時間に学校入りをする公女を出迎えるために、レイターと生徒会長はいち早く登校して正門前にてアレイラ公女を出迎えねばならない。
生徒会長はともかく、レイターの他に学生の代表となれる成績優秀な生徒は居る。
それなのにその者たちが高位貴族の令息であったがために、平民であるレイターが案内役という名の世話係に指名されたのだ。
高位貴族令息は人に傅かれ慣れはしていても傅く事には慣れていないため、不手際があってはならないと学校側は考えたらしい。
そして視察が始まって三日目、今朝もレイターは早めに登校して公女を出迎えた。
当然、メグルカとは一緒に通学出来てはいない。
アレイラ公女を乗せた馬車が滑るように学校の正門前に停車した。
馬車に同乗している公女専属の壮年の侍従が中からドアを開けると、同行している公女の専属侍女が先に降りてきた。
それが合図となり、レイターが馬車に歩み寄る。
そして馬車に向けて手を差し出すと、馬車の中から白いレースの手袋に包まれた細く華奢な手がすっと伸びてレイターの大きく力強い手の上に置かれた。
そして公女が優雅に馬車から降りてくる。
南方の国らしい日に焼けた健康的な肌に、陽の光を浴びて輝くピンクローズのような美しい髪をたなびかせた公女アレイラその人が。
美しい公女と彼女をエスコートする見目麗しのレイター。
二人が共にいる姿はまるで一枚の絵画のようであった。
その神々しい貴重な姿をひと目見ようと、普段よりも早い時間に数多くの生徒たちが登校して正門前にて待ち構えていた。
そして今日も今日とて(まだ三日目だが)レイターと公女(と、生徒会長)が並んで歩く姿を眺める生徒たちから感嘆の声が上がるのだ。
一部生徒の中には“公女様とレイター・エルンストを愛でる会”なるものが早くも発足されているという。
似合いの二人を見ているとまるで人気劇団の恋愛舞台をみているようだと、わりと大勢の生徒たちから支持され人気を博しているようなのだ。
(まだ三日目なのに)
学校に入って行く公女様御一行を眺める生徒たちの人集りを避けながら、メグルカは友人のフィリアと共に校舎へと向かった。
レイターがメグルカを迎えに来れなくなった当日から、代わりにフィリアがメグルカを家まで迎えに来るようになったのてある。
「公女様の視察中のメグルカの送り迎えは私がするからね!……うふ、実は次の試験の山張りを条件に、エルンストさんから頼まれたのよね~。まぁべつに?交換条件が無くても可愛いメグルカのボディガードくらい幾らでも買って出るけどねぇ」
とフィリアは何故か得意気な笑みを浮かべて言っていた。
そうして今朝もメグルカはフィリアと共に通学して来たのだ。
ぼんやりと眺める人集りの向こうにレイターと公女(と生徒会長)の姿を見つける。
公女はレイターの腕に手を添えてエスコートされながら歩いていた。
エスコートを受けているのだから距離が近いのは仕方ないのだろう。
だけどそれを態々ご丁寧に嫌味たらしくメグルカに告げる者がいるのだ。
「こうやって見ると、エルンストさんには公女様のような高貴な生まれの方がお似合いなんじゃないかしら?ホラご覧になって?あんなに寄り添い合いながら仲睦まじく並んで歩いて……ねぇスミスさん、あなたはこれを機にエルンストさんとの婚約を見直した方がいいんじゃないかしら?」
と、ここぞとばかりに好き勝手言ってくる女子生徒が現れる。
当然、メグルカはそんな者たちの言葉に煩わされたりはしない。
毅然とした態度で余計な事を言ってくる者たちに対処していた。
「今さら婚約をどう見直すのか私には解らないわ。この婚約を見直すべき具体的な内容とその理由をきちんと書面に起こして、スミスとエルンスト両家に示してくれる?その上で両家で精査させて頂きたいと思います。もちろん無記名ではなくきちんと筆記者の名前を記入してね?」
メグルカがそう言うと女子生徒は悔しそうに顔を歪ませる。
「なによっ……きっと公女様の視察が終わる頃にはエルンストさんも女を見る目が変わっているわっ……あなたなんて、公女様に比べると霞んで見えるものっ」
公女と比べると……引いてはそれを言った女子生徒自身も霞んで見える者の一人だとは思うが、どうやら彼女はメグルカを言い負かしたい一心でその事には気付いていないらしい。
「ぷっ……メグルカが霞むというならあなたなんて空気くらいなものなんじゃない?」
フィリアが女子生徒に向かって嘲笑じみた笑みを向けると、その女子生徒は怒りを顕にヒステリックな声を上げる。
「な、な、なんですってぇっ!?」
その時、
「もうやめなさいよ……」と言いながら横を通り過ぎる女子生徒が居た。
かつてレイターの心に楔を打つ告白をしたとメグルカに告げたヴァレリー・ジョンストンだ。
彼女が目くじらを立てて憤慨している女子生徒に冷めた目線を向けて言う。
「……悪いことは言わないわ。メグルカ・スミスに害意を向けるのはおよしなさい……後悔することになるわよ……」
「は?なによ後悔って!あなただってエルンストさんにベタベタ付き纏っていたじゃない!近頃急に大人しくなったけど何なのよっ!」
「その理由を知りたいならお好きにどうぞ……でも私はもう二度と御免だわ。ねぇスミスさん、私があなたを庇ったって事をエルンストにちゃんと伝えておいてね……」
そう言って、ヴァレリー・ジョンストンはひと足先に校舎へと入って行った。
その背中をメグルカたちは首を傾げて見送る。
「……後悔、とは何のことかしら……?」
「さぁ?メグルカに恩を売るようなことも言っていたわよね?」
そうしている内に授業開始の予鈴が鳴り、メグルカたちも慌てて校舎へと入ったのであった。