二人の休日 ④ 手合わせ
スミス家のあまり広くない庭に父の普段の鍛錬用に整地された一画がある。
そこにレイターとロワニーは向かい合って立った。
この場所は幼い頃からレイターが父に剣や体術の手解きを受けていた場所でもある。
その時から見学として見守っていた定位置にメグルカも立つ。
模擬刀を持って対峙するレイターとロワニー。
どちらからともなく互いに相手の間合いに飛び込んだ瞬間、唐突に手合わせが始まった。
刃の入っていない模擬刀とはいえ本物と変わらない重さと硬さがある。
剣と剣が交わり、硬質な音が辺りに響いた。
互いの剣を受け止めたまま、鍔で競り合う二人。
ガチガチとガードで互いに圧を掛けながら会話をしている。
「騎士相手に怯む事なく真っ向から向かってくる胆力は認めてやろう」
ロワニーがそう言うと、レイターは不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ……そういう根性を俺に求めているんでしょ?」
「ああそうだ。これが手合わせだと手を抜いたり日和るような奴に可愛い従妹は任せられんから、なっ!」
ロワニーがそう言い終わると同時に一気に力を込めてレイターを押し退けた。
と同時に上段から切りつける。
レイターは瞬時に間合いを取り、その軌道を難なく避けた。
しかしさすがは騎士。
躱されたとしても次の攻撃へ転じるスピードが並ではない。
ロワニーは返す剣で今度は下段からレイターを切りつけた。
レイターはそれを刀身で受け、尚且つロワニーのブレードを滑らせるように上方向に流す。
そしてがら空きになったロワニーの胴体目掛けて剣を払う……も、ロワニーはその攻撃を後方に飛び退いて躱した。
両者の緊迫した気がメグルカにも伝わってくる。
メグルカは息をするのも忘れて婚約者と従兄の手合わせを眺めていた。
メグルカが見守る中、その婚約者であるレイターに対し剣を振るいながらロワニーは思った。
あのモヤシっ子がよくぞここまで成長したと。
ロワニーが五歳の時に、従妹であるメグルカが生まれた。
男ばかりが生まれるむさ苦しい家系に久方ぶりに誕生したという女の子。
スミス家の皆がそのメグルカを大切にしたのは当然のことだろう。
スミス本家の当主であるロワニーの父は、どこぞの家のどこの馬の骨ともわからん奴にかっ攫われるくらいなら、メグルカは一族の誰かと妻せると豪語していたくらいである。
そしてその“誰か”とは、必然的に本家の嫡男であるロワニーという事になりつつあった。
ロワニー自身もまだ五歳という幼い身でありながら、この自分がずっと可愛いメグルカを守る事ができるのだと誇らしく思っていたのだ。
だけどメグルカが五歳、ロワニーが十歳の時に唐突にメグルカの父が自身の親友の息子との婚約を結んでしまった。
スミス家の皆がなぜ赤の他人にっ!?とメグルカの父に詰め寄ったが、結婚というのは赤の他人同士がするものだとメグルカの父は言ったのだ。
いとこ同士の婚姻は認められてはいるが、血が濃いのは否めない。
じつはメグルカの父も母方の従妹であった娘と結婚したのだ。
なので今度はスミス家側とはいえまたもや従兄妹同士で結婚をして、何らかの遺伝子的なトラブルを持った子が生まれてくる可能性は高くも低くもない。
万が一のそれを懸念しての決断であったという。
そして、夫人共々人格者である親友のエルンストの家なら安心して可愛い娘を嫁がせる事ができると判断し、婚約を結んだそうだ。
メグルカの父としてそこまで考えて出した結論に、スミス家の本家も分家も含め誰も異を唱える事はできなかったのだという。
それはもちろん、まだ子供であったロワニー自身もだった。
その上でロワニーは幼いメグルカとレイターを近くで見守ってきたのだ。
最初は頭も性格も良いがメグルカに守られてばかりの頼りないレイターに苛立ちを感じていた。
もっと男らしくなれと苦言を呈した事も何度かあった。
レイター自身もそれを気にしていたらしいが、本来運動に苦手意識があるらしく中々行動に移せない様子だった。
そんなレイターにますます苛立ちを募らせていた時に喧嘩をしたメグルカが傷を負い、それをレイターが魔力の才能を開花させて治癒したという一件が起きた。
そしてその日を境に、レイターはメグルカを守れる男になるべくどんどんと変わっていったのだ。
それはもうロワニー自身も目を剥くほどの努力と研鑽を重ねて。
そうしていつしか時が経ち、レイターはメグルカを任せるに値する男へと成長した。
スミス家の誰もが認めるほどに。
ロワニーも認めざるを得ないほどに。
ロワニーは目の前で剣を構えるレイターをじっと見据えた。
本当に立派になった。
あの頼りなかった少年が今や一級魔術師様だ。
既に卒業後は王国魔術師団への入団も決まっているらしい。
それほど優秀な魔術師でありながら、魔術を一切用いらずに騎士相手に立ち向かうという気概も備わっている。
もう何も言うことはない。
だからロワニーは言葉ではなく剣で、レイターに伝えたい思いをぶつけたのだ。
一振り一振りの剣に、メグルカを頼むという思いを込めて。
そうして一進一退、どちらも決め手となる一撃を相手に与えられないまま手合わせは続いた。
そろそろ互いに次の攻撃で渾身の一撃を相手に食らわせるかと思っていたその時……
「お夕食の用意が出来ましたよ~!」
と家の中から聞こえてきたメグルカの母親の呑気な声でなし崩しに手合わせは終了となったのだった。
苦笑いを浮かべながら互いに剣を下ろすレイターとロワニーを見て、一気に緊張の糸が切れたメグルカが深いため息を吐く。
「ふぅ……」
模擬刀とはいえ当たればそれなりにダメージはある。
メグルカは二人が怪我をしなくて本当に良かったと心から安堵した。
そして少し恨みがましくロワニーに言う。
「もぉ……ロゥ兄さんたらいきなり手合わせだなんて。レイは外出から戻ったばかりで疲れているのよ?」
「疲れている時だからこそ、どこまで本気を見せてくれるのか知りたかったのさ」
「えぇ?」
悪びれもなくそう言うロワニーの意図がわからず、メグルカは怪訝な顔を向けてしまう。
それを見たロワニーが吹き出した。
「ぶはっ。そんなに心配しなくても、お前の婚約者はそんな柔な男じゃないさ。それをたった今証明してみせたじゃないか」
「ロゥ兄さんが何をしたいのか意味がわからないわ……」
眉根を寄せたまま首を傾げるメグルカに、レイターが言う。
「これにはちゃんと意味があるんだよ。俺がどんな時でも……魔術が使えない状況でもメグを守れる男か見極めたかったんだろ」
「どうして今さらそんな事をするの?」
「今だからさ。結婚の準備に入り出したこの時に、このままメグの夫となるに相応しい相手かどうかを確かめられた……というわけだよ。多分、スミス家の男性陣を代表してね」
「……それで……ロゥ兄さんは納得したのかしら……」
メグルカがぽつりとそうつぶやくと、ロワニーが片目を瞑っておどけてみせた。
「納得か。……まぁしたんじゃないか?」
「どうしてそんな他人事みたいに言うのよ」
「男心は複雑なのさ」
そう言ってロワニーはポン、とレイターの肩に手を置いて先に家の中へと入って行った。
「俺は今、真にメグのことを託されたんだろうな……」
レイターはポツリとそう呟いて歩き去るロワニーの背中を見つめた。
そして静かに、その背に向かって礼をした。
次回、メグルカが告白されるらしい。